41 ジネヴラの見る夢 ④
残酷な表現があります。ご注意下さい。
「テンセイバ?」
「はい、ラジャル国の守り神とも言われる古代種の馬です。この度ケイレグ殿下とカミーユ妃殿下の婚姻により、ラジャル国は我がローヴェル王国に吸収される形で統合されました。その証として、カミーユ妃と共に王城に連れて来られた次第にございます。土地の浄化と豊穣の神獣と言われているそうで、その青い毛並みが見事だと。」
「土地の浄化と豊穣ねぇ·····。」
今までずっと皆私に酔っていた。雄を呼び寄せる生き物の中で一番強い媚香。
カミーユが来てから、この媚香が効かなくなるなんて。
もしかして、浄化の力を持つという古代種のせいなの?
それなら話は早いわ。
その古代種を殺してしまえばいい。
そう、ついでにカミーユも。
違うなら違うで構わない。
憂いを一つずつ消していけばいいだけ。
ジネヴラは養父である子爵に自身の護衛と称して、腕効きの刺客を数名寄越すよう連絡をとった。
◇◇◇
「古代種を殺せって?」
子爵から送られて来た男達は、不遜な態度でジネヴラと向き合っていた。
「どんな古代種だ?」
「ラジャルで神獣として扱われていたらしいテンセイバと呼ばれている馬よ。」
「テンセイバ?あれを殺るのか?」
「何?駄目なの?」
「ラジャルが小国でありながら豊かなのは、浄化と豊穣の神と言われるテンセイバがいるからだというのは有名な話だ。だから何時も他国に狙われていた。そんな事も知らないのか?」
「古代種には興味がないの。」
「あんたも王の妃の1人だろう?知識不足も甚だしいな。」
「失礼ね。それでその古代種は殺せるの?」
「でかいし、気性も荒いし、おそらくこっちにも怪我人が出るな。おまけに古代種の中でも神獣に位置付けられているやつだ。呪われるだろうな。あぁ、その呪いの行き先はあんたにすればいいか。」
「何?怖いわ。」
「怖いのはあんたの方だ。何が気にくわないんだ?テンセイバなんて神厩舎で大人しくしているだけだろう。」
「あの馬が来てから私には良くない事ばかりなの?どんどん私の立場が悪くなっていくの。」
「関係あるのか?あるならラジャルの王女の方だろ。」
「·····じゃあ、あの女を殺して。」
「まぁ、それなら。折角だからテンセイバのたてがみぐらいは貰っていくか。因みにここには他の種類の古代種はいるのか?」
「他の?温室になんとかっていう鳥がいるとは聞いたことがあるけど。」
「そうか····。ある古代種のトカゲを探してるんだがな。」
「トカゲ?」
「あぁ、そいつは再生の加護を持ったやつで、何でも不治の病や怪我もそいつを食せば治るらしい。」
「そんな古代種が?ここにいるとは聞いたことかないわ。」
「まぁ、捕まらないだろうな。
じゃあ。さくっと王女を殺して、テンセイバのたてがみも貰って帰りますか。」
「え?いきなりいなくなったら疑われるわ。」
「あぁ、大丈夫。本物の護衛は、ここに来る前に俺達に襲われて死んだ事になってる。森で適当な死体が転がってるはずだ。で、俺達はそいつらの衣服を奪い護衛に成りすまして代わりに入城。あんたも入れ替わりに気づかなかった。そもそも俺達を中に通した門兵達の罪になる。念のため、俺達がここを出たら気絶したふりでもしておけば?俺達にやられた風に装えばあんたも被害者だ。罪に問われる事はない。」
「そういうことね。」
ジネヴラが納得すると目の前のリーダー格の男はいきなりジネヴラに口付けた。
「何するのよ!」
「そんな色香振り撒いておいて、何だその反応は?何時も王子達とよろしくやってたんだろう?」
「クズだわ!」
「お前程じゃない。希少な古代種を訳分からない理由で殺そうとする位だからな。まぁ、いい。で、古代種のいる場所とカミーユ妃の予定は?」
「·····カミーユは毎日早朝、神厩舎に顔を出しているそうよ。」
「丁度いいな。明日の朝、早速やりますか。」
刺客の男達はその後、下見等で城内を確認し、完全にジネヴラの部屋から姿を消したのは夜中のことだった。
ジネヴラは部屋で待機と言われていたものの、どうしてもカミーユの死を見届けたく思い、部屋を抜け出し神厩舎へ向かった。
神厩舎はジネヴラが思っていたよりも遠く、月明かりを頼りに漸くたどり着いた。
神厩舎はただの厩舎ではなく、まるで誰かが住まいとしているようなほど、大きく、真っ白な建物だった。
ジネヴラは建物が見える近くの木々の下、外套に身を包み隠れる。
やがて空が白み始める。
暫くすると数人の人影が建物に近づいて来る。
侍女を1人、騎士を2人連れたカミーユだった。
来たわ。
刺客の男達は何処に隠れているのかしら?
建物の中から馬丁がテンセイバを連れて出てきた。
テンセイバは軍馬よりも更に一回り大きく、長い尻尾とたてがみを持った、目の覚めるような美しい青い毛色の馬だった。
あれがテンセイバ······。
遠目でもその存在感に圧倒される。
しかし出てきたテンセイバはどこか落ち着きがない。
カミーユが宥めようとテンセイバに近づいたその時、物陰から黒ずくめの男達が現れ、カミーユ達に襲いかかった。
侍女は斬り捨てられ、騎士2人が守ろうと相対するも人数で圧倒されていた。
カミーユがテンセイバを守ろうと立ちはだかると、刺客の剣先がカミーユの胸辺りに刺し入った。
更に深く刺し込もうとした所で、テンセイバの蹄が刺客の上に降ってきた。
刺客は咄嗟にカミーユから剣を抜き避けるも、尚もテンセイバは刺客に襲いかかる。
「カミーユ!!」
その時、そこに現れたのは騎士を数人引き連れたケイレグと第4王子リテランだった。
刺客は向かってくるテンセイバを躱しながら、カミーユにトドメを刺すべく剣を振り下ろす。
ケイレグはそれを見て短剣を投げ、刺客の剣筋を乱す。
その間にリテランがカミーユと刺客の間に身体を入れる様に飛び込み、刺客の胴を斬る。
リテランは尚も斬りかかる別の刺客に応戦しながら、ケイレグがカミーユを抱き上げ退避するのを助ける。
ケイレグとカミーユが騎士に守られ場を離れたのを確認したリテランは、他の騎士と共に残った刺客を追い詰める。
分が悪くなったと判断した刺客の1人が逃げに転じた際、リテランめがけて剣を投げる。
別の刺客と揉み合っていたリテランは避けきれず腰辺りに剣が深々と突き刺さった。
剣を投げた刺客はテンセイバの突進を躱しきれず飛ばされ、木に激突して意識を失なった。
別の逃げる刺客を騎士達が次々取り押さえ、その場は漸く沈静化した。
「リテランしっかりしろ!兄上!兄上!」
叫ぶケイレグの声に反応することなく、倒れているリテランの身体の周りには血溜まりができていた。
ジネヴラはその様子を息を殺して見つめていた。
なぜリテランとケイレグが?
リテランは死んでしまったの?
カミーユは殺せたの?
身体の震えが止まらず身動きが取れない。
「そこで何をしている?」
声に気づくと、騎士が剣先をジネヴラに向け立っていた。
恐怖のあまり声が出ないジネヴラは、そのまま騎士に拘束された。
◇◇◇
ピチャン····ピチャン····
湿ったカビ臭い地下牢に、水滴の落ちる音だけが響きわたる。
「なぜカミーユを殺そうとした?」
沈黙を破ったのは、冷たい男の声だった。
拘束され、力なく座り込むジネヴラはゆっくり顔を上げ、男の顔を見る。
「ルスラン·····。」
鉄格子越しに久しぶりに見るルスランは、顔色も悪く、目には隈ができ、頬は痩けていた。
「私じゃないわ。私は新しく入ってきた護衛達の様子がおかしかったから、跡をつけて来ただけなの。」
「怪しいと思うなら、真っ先に知らせるべきだと思うが?」
「ごめんなさい。その時は頭が回らなくて。」
「····もう演技はいいよ、ジネヴラ。君の侍女が全て白状したから。」
「え?な、何を?」
「どうしてこんな凶行に及んだ?」
「私は知りませんわ。」
「カミーユは片方の肺を潰したが何とか命は取り留めた。リテランは····死んだよ。君の養父の子爵家もおしまいだ。ジネヴラ、私は君と出会って間違った。どうしてこんなにも他を傷つけてまで君を求めたんだろう。乗り越えなければならない自分の弱さを君と過ごすことで誤魔化そうとした。」
「あ、あなたもカミーユに何か言われたの?」
「カミーユは気づかせてくれた。いかに私の周りの人間が弱い私を支えようとしてくれていたのかを。」
「来て間もないカミーユが、そんな事を知る訳ないわ。適当に言っただけでしょう?」
「いや、侍従一人一人を見て、それが私を想っての行動だと教えてくれた。妃の事でも私が気づけなかった愛情がどんなものなのか目を向ければすぐに分かることだと。そしてあのテスランでさえ····」
ルスランは言葉に詰まる。
「ルスラン!」
ジネヴラはたまらず鉄格子に身体を押し付ける様に詰め寄る。
「来ないでくれジネヴラ。君のその甘い香りはもう不快でしかない。」
「甘い香り?不快?」
まさか·····この媚香が分かるの?
そして不快だと····。
ジネヴラは呆然とする。
「私も罪人だ。間もなく陛下もお戻りになる。さらばだジネヴラ。」
「罪人?ルスラン····まさか····。」
ルスランは力なく、その場を後にした。
ジネヴラは牢に一人残された。
こんなはずじゃない。
私はこんな所にいる人間じゃない。
怒りで再び身体が震え出す。
とにかくここから出なければ。
この国を出て、やり直すわ。
そして子を成して命を繋ぐの。
生まれ変わる為に·····。
離れた場所でこちらに背を向け立つ騎士に声を掛ける。
「申し訳ありません、騎士様。お願いが···ございます。」
ジネヴラはカチカチ歯をならす。
「薄着で出て来てしまいましたの。とても寒くて····どうか、私の身体を暖めて···下さいませんか?」
騎士は驚いて振り向く。
「身体を暖めて····下さい。このままだと死んでしまいますわ。お願い····。」
騎士は目を見開き、喉をならした。
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