40 ジネヴラの見る夢 ③
ジネヴラに向けられたケイレグの冷たい眼差しにジネヴラは恐怖を覚えた。
私に対するあんな目、見たことがないわ。
おかしい、こんなのおかしいわ。
ジネヴラはまだ許可を得ていないにも関わらず、ケイレグ達の方へ近づいて行った。
「お待ち下さい!」
騎士がジネヴラの前に立ちはだかる。
「退いてちょうだい!挨拶するだけだから。」
尚も押し退け、近づこうとするジネヴラにとうとう騎士がその腕を拘束した。
ケイレグの指示を受けた侍従が仕方なく間に入る。
「穏やかではないね、ジネヴラ妃。」
気が付けばケイレグは、黒髪の女性を伴ってこちらに来ていた。
それは、ため息混じりの冷たい声だった。
どうしてそんな声を?
あなたが私に語り掛ける時は、何時も甘い声だったじゃない。
ジネヴラは何とか心のざわめきを抑え、平静を装う。
「申し訳ございません、殿下。少しご挨拶をと申し上げただけでしたのに、私と殿下との関係を知らない者があまりに邪魔するのでつい。」
互いの関係を匂わせる様なジネヴラの物言いに、ケイレグはさらに深いため息をついた。
「公務で疲れていてね。静かで穏やかな時間が必要なんだよ。これからは騎士の指示に従ってもらいたいな。····まぁいい、ご要望通り紹介しよう。彼女がカミーユだ。」
ケイレグの言葉を受けて、後ろに控えていた女性は一歩出て、ジネヴラの前で美しい礼をする。
「はじめましてジネヴラ妃殿下。ラジャルより参りましたカミーユと申します。以後お見知りおきを。」
癖のない美しい黒髪と透ける様な白い肌。向けられたグレーの瞳はとても落ち着いていた。
額に飾られた紫水晶が装飾されたヘッドアクセサリーは光を受けて輝き、彼女の美しさと一体になっていた。
着ているドレスは、グレーでさほど飾りのないシンプルなものだったが、布地には地紋があり、シルバーの刺繍が所々に施されている上品なデザインだった。
一方ジネヴラはこの日、シンプルだが金糸の刺繍が施された目の覚めるような美しい青い色のドレスを身につけていた。
カミーユ妃は美しい顔立ちをしているが、ケイレグの隣に立つには装いもとにかく地味だと感じる。
「はじめまして、カミーユ様。ジネヴラと申します。今日は突然申し訳ありません。こちらにおいでと伺ったので、ご挨拶をと思い参りましたの。それに····」
ジネヴラは一旦言葉を切り、ケイレグに視線を向け優しく微笑む。
「ケイレグ様と暫く顔を合わせておりませんでしたので心配になって。お元気そうで本当に良かった。落ち着きましたら、また以前の様にお茶でも飲みにいらして。安眠にいいと言われる茶葉を用意しておりますから。では私はこれで失礼しますわ。 あっ、そうだわ。」
一度立ち去ろうとする素振りを見せ、再び2人に向き直る。
「折角ケイレグ様のお側におられるんですから、ケイレグ様のお心が晴れる様にもう少し明るい装いをされたらいいですわ。」
王子達は皆、私を自身を飾る宝石の様に考えていたわ。私という輝きを側に置いてこそ王位を得るのに相応しい。
いえ、皆に愛される私という宝石こそ王座に相応しいのかもしれない。
そういう思いを込めて、皆を魅了してきた艶やかな笑みを浮かべる。
以前は王子達は皆、この笑みを見る度に喉をならした。
カミーユ、あなたが来たとしても、ケイレグも他の王子も全て私のものよ。
ゆっくり心を絡めとっていくから。
「ジネヴラ妃、カミーユの装いは亡き我が兄弟の喪に服してくれているからだ。君こそ兄や弟と交友があっただろう?哀悼の意を表してもいいんじゃないか?」
な······
ジネヴラは思わぬケイレグの反応に言葉を失なう。
「こ、これが殿下方に対する追悼ですわ。皆様、私が悲しみに暮れることを望んでおられませんわ。」
「····ふぅ、まぁいい。これからは先ぶれを出してくれ。気が休まらない。そろそろ戻ろうか、カミーユ。」
「はい。」
ジネヴラに背を向け、執務へ戻っていく2人を呆然と見送る。
いったいどうしたと言うの?
あんな態度、許せない。
とにかく最悪ケイレグが暫くあの調子なら、第2王子と第4王子には早く会わなければ。
ジネヴラは早速2人に先ぶれを出す。
第2王子は多忙を理由に断られた。
第4王子には、なんとか約束を取り付ける事が出来た。
◇◇◇
「お久しぶりですね、リテラン様。少しお痩せになられましたね。でも謹慎が解けて良かったですわ。」
「ジネヴラ、心配してくれて有難う。で、今さら何の用?」
「今さらなんて·····そんな言い方やめて下さい。ずっと心配してましたのよ。」
ジネヴラは涙ぐむ。
「本当に?今まで一度も会いに来なかったよね。手紙さえもなかった。」
「それは、私もショックで臥せっていましたから。」
「そう····ジネヴラ、知ってる?私は真剣を用いて決闘をして兄上を殺してしまったけど、あれからも他の王子達は兄弟同士だけでなく、君との接触に異を唱えていた者達にも暗殺者を送り込んだり色々していたみたいでね。まぁそこは互いに慎重に行動していたから誰も死んでいなかったけれど。君があんなことを提案してから、俺たち兄弟は皆おかしくなってるよ。」
「私のせいとでも?」
「何だろうね。君と居たら自分の妃の事すら頭の中から消えてゆく様な感覚だった。兄弟が毒殺されたのも、他国の刺客じゃなくて、やはり俺達兄弟の誰かの仕業だったと思うよ。」
「そんな····私は何も存じませんわ。」
「俺が妃と離婚したのは知ってる?決闘とはいえ、兄上を殺したんだ、当然だよ。ずっと心に穴が空いたみたいだ。」
「それなら、その心の穴は私が埋めますわ。」
「君じゃ駄目なんだよ。カミーユと話して色々気付かされた。」
「な····カミーユ妃のことを好きになったの?」
「違うよ。彼女とはいい友人になった。彼女と話している内に忘れていたことを思い出す事が出来たんだ。」
「忘れていたこと?」
「俺達兄弟は陛下の命でもあったが、皆共に遊んで過ごしたんだ。それなりに仲が良かったよ。他国の王家ではあり得ない位、兄弟の互いの事はよく分かっている。だから女の事で兄弟の死を願うなんておかしいんだよ。そう·····おかしいんだ。それに、カミーユにこうも言われたよ。俺が誰かを見ている時でも、俺を慕っている者がいたのではないかと。」
「それは·····」
「俺は自身の妃を傷つけていた。あいつの事を何も考えず、他の女の事で命を掛けていた。決闘で負傷した俺は、その時でさえも俺の為に流すその涙に気付いてやれなかった。」
「······。」
「もうお前とは会わない。気持ちも何もない。じゃあな。」
リテランはジネヴラが用意していた紅茶に一切手をつけることなく部屋から出ていった。
残されたジネヴラは怒りで身体の震えが止まらなかった。
何者なの?あの女·····。
もしかしたら第2王子ルスランも·····。
嫌な予感と共に不安になる。
「今すぐカミーユ妃が何者なのか徹底的に調べてちょうだい。分かってるわね!」
ジネヴラは侍女を脅すように強く命じた。
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