37 ある推察 ②
オーウェン王太子の指示で侍女が白い布を取る。
そこには癖のない、長い黒髪の女性が描かれていた。
前髪は分けられ、淡い紫色の宝石の付いたヘッドアクセサリーが額に飾られていた。
透き通るような白い肌にグレーの瞳を持った美しい女性だった。
ルークはその肖像画を見て、言葉を失った。
「彼女の名はカミーユ妃。第7王子の妃として召しあげられた小国の王女だった。カミーユ妃が王子の妃になった後、小国はローヴェル王国に吸収される事になった。今の南西部辺りだ。先ずは彼女が入宮した頃の王国の状況を説明しよう。
当時ローヴェル王国は周辺諸国とまだ領土を巡る戦いを行っていた。先ずアスラン王は隣接する小国を平和的交渉で吸収していった。カミーユ妃の婚姻もその1つだ。
丁度その数年前から、王妃を含む、アスラン王の妃が数名亡くなることが相次いだ。
その暗い雰囲気を払拭するためと一部の者達の政治的な思惑の下、当時社交界で一目を置かれていたジネヴラが妃として入宮する事が決まった。
しかしアスラン王はジネヴラ妃には一切興味を示さず地方に遠征に赴くことが多かった。
ジネヴラ妃を使い、政治介入をしようとした者達の思惑は外れ、ジネヴラ妃自身も寵愛を得る事が当然と考えていた為に立場に不満を抱くようになる。
その頃、北部で戦いが始まり、アスラン王自身が出征することになった。
その事がきっかけで、アスラン王が城を出ると同時に、ジネヴラは8人の王子達と積極的に接触を図った。
誘い文句はこうだ。『子供が欲しい。』と。
ジネヴラ妃と接触した王子達は、次第に取りつかれた様にジネヴラの愛を得ようとした。
そしてそれは既に妃を持っている王子達も含め、ジネヴラ妃を巡る、王子同士の争いへと発展した。
そんな中、真剣を用いての決闘が行われ初めの死者が出た。
そこで皆が正気に戻れば良かった。が、既に精神を侵されていたのだろう、そこで争いは収まらず、更に悪化していった。ある時は暗殺者を使う者も現れた。更には食事に毒が盛られ、数人が命を落とした。
そんな最悪な状況の中、カミーユ妃は第7王子の元にやって来た。
その時点で生き残っていた王子は第7王子を含め3人。
第7王子もジネヴラ妃に熱をあげていた為、カミーユ妃との婚姻に不満を持っていたとされる。
しかし、カミーユ妃の入宮の後、まるで空気が浄化された様に王子達の争いは無くなっていったと言われている。
カミーユ妃の何が浄化したかと言うと、王子の手記には、彼女の人柄に触れ、会話をするようになってから、何かに解放されたかの様に皆心が穏やかになったと。」
「会話だけでそう収まるものでもないでしょう。そうなると、ジネヴラ妃と同様にカミーユ妃にも何かしら無意識に、ジネヴラ妃の媚香を打ち消す様な何かが発せられていた可能性がありますね。」
「カミーユ妃も古代種だと?」
「どうでしょう。ただ生物には、天敵が存在するというのはご存知ですよね。基本食物連鎖上の食べる側、食べられる側でそう位置付けられるのですが、この場合のカミーユ妃はジネヴラ妃にとって、彼女の媚香を無効化する存在だったのでしょう。」
「天敵ねぇ····まぁ、ジネヴラ妃が処刑を言い渡されるまでを話すと、王子達の争いが落ち着きを取り戻した事で、それまで自身への被害を恐れていたアスラン王の妃達がジネヴラ妃を排除しようと、漸く動き出す。」
「動くのが遅いですよね。明らかにアスラン王に対する不貞行為だというのに。」
「王子達はジネヴラ妃を否定する者達も容赦なく排除していたらしいからね。下手に進言して、口封じのために暗殺されるのを恐れたんだろう。 それで立場が悪くなったジネヴラ妃の攻撃の矛先がカミーユ妃に向くことになる。
そして事件が起きた。
ジネヴラ妃ははじめ、王子達の心が離れていった原因を、カミーユ妃とカミーユ妃が嫁いで来たときに連れてきた神獣テンセイバの影響と考えた。テンセイバはカミーユ妃の国では神として崇められていて、ローヴェル王国との盟約でもテンセイバの保護を上げていた。
ジネヴラ妃は元々、自身の媚香の能力を知っていて、その力が弱まったのが、カミーユ妃と土地の浄化の神と言われていたテンセイバの影響だと考えたと思われる。
ジネヴラ妃は数人の騎士に近づき、身体の関係を持って籠絡し、カミーユ妃とテンセイバを殺す様に命じた。
それに気づいたカミーユ妃と王子達は別の護衛の騎士を連れ、テンセイバを守ろうとジネヴラの騎士と戦闘になる。その最中1人の王子が巻き込まれて斬られ、カミーユ妃も深手を負う結果になった。
その後斬られた王子は亡くなり、カミーユ妃は後遺症が残る事になった。
テンセイバ殺害の指示がジネヴラ妃によるものだと証明され、また王子達をそそのかした悪女として断罪される事になる。
その頃、漸く帰還したアスラン王はこの事態に怒り、ジネヴラ妃の処刑の命を下す。そして事の次第を調べる内、生き残っていた第2王子も侍従を使って他の王子に毒を盛った事が明るみになり、毒杯の刑を言い渡された。
残った第7王子が王太子となるが、カミーユ妃は傷を負い、王太子妃、ゆくゆくは王妃としての役割を果たすのは難しいとされ、亡くなった第1王子の妃が王太子妃となった。
カミーユ妃はその後、王太子の子を1人出産するが、産後の日達が悪く亡くなったとされる。
そしてジネヴラ妃は知っての通り、結局脱獄し
国外逃亡した。
記録はここまでだ。」
王太子は話し終わると、ゆっくりと紅茶で喉を潤した。
ミュラー教授は何やら考えを巡らしている。
ルークは一点を見つめ、黙ったままだった。
「ところでルーク、君は肖像画を見て何をそんなに驚いたんだい?」
ルークは言葉に詰まる。
しかし黙ったままでは埒が明かないと判断したのか、ゆっくり口を開いた。
「その肖像画のカミーユ妃ですが、アウロラにそっくりです。」
「へぇ·····。」
「なるほど。」
「髪の色も髪型も違いますが、アウロラにとてもよく似ています。」
「あの眼鏡を取った姿が、ということか。因みにあの眼鏡は君が掛ける様に言ったのかな?」
「眼鏡を掛ける様にとは言いませんでしたが、学園に入学するにあたって目立たなくして欲しいと言いました。」
「ははは、とんだ独占欲だね。私はパーティーの時、遠目で覗いただけだったが、陛下の話を聞くとルイーズにも負けない程の美しさだったとか。·····そうか、カミーユ妃に似ているか。」
「ただ、転生したと思われる様な会話はしたことがありません。」
「天敵として、神が遣わしたかですね。そうですか、今度ゆっくり顔を見てみましょう。」
「ルーク、君の元にアウロラ嬢を行かせてやれないのはルイーズの事もあるが、彼女は古代種に愛されていてね。アウロラ嬢がグリフォニア領に行くと、古代種達もついて行きそうだからね。古代種に愛されし者は、王家が保護せねばならない。他国に拐われでもしたら古代種ごと奪われるかもしれないからね。もしカミーユ妃と同じ力を持つならば、陛下は間違いなく、王都の外には出さないだろう。」
「承知致しております。」
「それでルイーズの監視だが、彼女を同行させる。」
王太子は、先程から指示を出していた侍女を差し示した。
「裏の仕事も出来る優秀な侍女だ。名前はエマ·カールトン。子爵家の人間ということになっている。彼女には私からの指示は既に伝えてある。宜しく頼むよ。」
「承知しました。」
「そうか·····カミーユ妃はアウロラ嬢にそっくりか·····。」
ルークとミュラー教授が退出した後、一人カミーユ妃の肖像画を眺めるオーウェンの眼差しが、どこか切なげだった事を知る者はいない。
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