34 パーティーの後で ①
「ルイーズ、早くこちらに!」
「え?ジョセフ様?」
サミュエル殿下の側近候補の1人、ジョセフ·トルーソー伯爵令息が、ルイーズの手を強引に引っ張りテラスの方へ出ていく。
「何事だ。」
「間もなく両陛下がご入場されます。」
別の1人がそう告げる。
「いくら謹慎期間が卒業式までとは言え、その後のパーティーにルイーズが出席していることを陛下がお知りになれば、また何かしら処分が下るやもと思い、ジョセフと共に会場の外で様子を窺っておりました。」
「そうか、咄嗟の機転感謝する。」
ルイーズが無事テラスに消えるのを確認し、サミュエル殿下はほっとした表情を見せた。
「もはや手遅れですわ。」
その様子を見ていたシャーロットが冷たく告げる。
その言葉の意図を確認しようとサミュエル殿下が口を開きかけた時、両陛下の入場を告げる声が会場に響き渡った。
◇◇◇
通常、王立学園の卒業パーティーに出席するのは王妃陛下の場合が殆どだった。
両陛下が出席するのは初めてと言っていい。
本来学園は、身分の違いを超えて、学業や研究、卒業後まで繋がる仕事上の交友関係を築く場とされている。
にも関わらず1人の女子生徒を巡る騒動は、婚約による家同士の関係にひびを入れる事態となった。
それがサミュエル殿下とディラン殿下という、次世代を担う王族が関与していたとなれば、王家の信頼を損なう事になる。
両陛下の出席は、今回の事態を重く見ているという表れであり、王家が家同士の仲を取り持つという意思表示でもあった。
その証拠に、このパーティーが終わり次第、個々の家との面談が用意されていた。
◇◇◇
両陛下は入場後、卒業生に祝辞を贈り、それは今後の国を担う人材となるよう、更なる成長を期待するというものだった。
「最後に学園を掻き乱したネズミの件だが、その処分について納得していない者も多くいることだろう。これ以上増殖しない様手を打つ故、任せてもらいたい。また今回被害に会った家には、王家が責任を持って対応する事を約束しよう。」
会場にいた者達の中で、今しがた目の前で繰り広げられていた事を進言する者はいなかった。
ただ、卒業する生徒のみならずその家族もこのパーティーに招待されていた。
その者達から陛下の耳に情報が入るのは明白だった。
陛下の言葉の後、パーティーは何事もなく再開し、各学年の首席の表彰、そしてアウロラの褒章授与の儀と進んでいった。
褒章授与の際アウロラは、ルイーズの登場で更に精神を削られ、このパーティーが終われば、ルークとの本当の別れが控えているかと思うと、立っているのもギリギリの状態だった。
そんなアウロラの心情を察してか、ルークは支えるように寄り添ってくれていた。
両陛下は、実際のアウロラの美しさに驚きながらも、2人の様子を労る様な視線で見守っていた。
何とか倒れること無く褒章授与の儀を終え、アウロラはルークにエスコートされながら、エリナ達の所へ戻って来た。
「アウロラ、ではここで。」
一瞬ルークはアウロラの手を強く握り、ゆっくりと身体を離した。
途端にアウロラに虚無感が襲う。
それを振り払う様にアウロラはルークに告げた。
「ルーク様!······私はルーク様を愛することが出来て幸せでした。これからもずっとルーク様の幸せを願っています。本当に、本当に、今まで有難うございました。」
声を震わせ必死に話すアウロラに、ルークは目を見開き見つめる。
そして一瞬口を引き結び、口を開く。
「アウロラ、先程私が言った言葉を忘れないで欲しい。私もアウロラの幸せを心から祈っている。今まで幸せを有難う。」
ルークは切なげに微笑むと、そのまま背を向けサミュエル殿下の方へ戻って行った。
アウロラとルークの夢の時間はここで終わりを告げた。
◇◇◇
ルークが離れ、1人になったアウロラの元へ、様子を窺っていた令息達がジリジリと近寄って来た。
アウロラとルークの様子を涙ながらに見守っていたエリナはいち早くその気配に気付くと、トーマスを壁にして、直ぐに会場を出る様、アウロラを促した。
未だ心が定まらず茫然とするアウロラを引きずる様にして外に連れ出す。
「アウロラ、しっかりして。」
小声で必死に声を掛けるエリナ。
先に出て馬車の手配をしていたリリィとマリーに合流し、そのままエリナとトーマスは共に馬車に乗り込み宮殿を出た。
馬車が走り出すと消え入りそうな声でアウロラがエリナに話しかけてきた。
「研究棟で降ろして欲しいの。」
「研究棟?こんな夜に?」
「えぇ、今日パーティーの後に行く事は、研究棟には話しているから。エリナは先に帰っていて。私は用事が済んだらホーヴェットの屋敷に帰るから。」
「心配だわ。」
「大丈夫、お願いエリナ、トーマスさん。」
「エリナ、アウロラさんの言う通りにしよう。」
「····分かったわ。気を付けてね。」
「有難う。」
研究棟は研究の為、そのまま寝泊まりする人もいるので、夜でもちらほら灯りが見える。
研究棟で降ろしてもらうと、守衛の所でマシューがランプを持って立っていた。
「マシューさん?」
「····あ、すみません、アウロラさんがそろそろ来られる頃だと思っていたので。」
マシューはアウロラの美しさに一瞬惚けていた。
「そうなんですね。有難うございます。今日はまた以前の様に私が落ち込むだろうからと、ムク様が特別なものを見せて慰めて下さると言っていたので。」
「特別なものですか?それはミュラー教授もご覧になりたいものかもしれませんね。では早速温室へ向かいましょう。」
カチコチになってアウロラをエスコートしながらも、努めて明るい口調で話すマシュー。
アウロラがどんな気持ちでパーティーに出席していたかは分かっていた。
温室に着くと鍵を開け中に入る。
ガラスの天井を通して差し込む月明かりを頼りに噴水のある場所に進む。
静寂の中、噴水の水音だけが辺りに響く。
「ムク様。」
噴水の音で掻き消されてしまいそうな力のない声でムク様を呼ぶ。
直後、温室内に風が吹いた。
風が吹いた方向に目をやると、温室内の奥の木々の隙間から光が漏れているのに気付く。
「あれは?」
マシューが呟いたその時、羽音と共に強い光が天井に舞い上がった。
眩しくて思わず目の前を手で覆う。
強い光はゆっくりアウロラ達に近づき、噴水の上部で止まった。
「アウロラ。」
ムク様の渋い美声が聞こえる。
「ムク様?」
そこには全身が光輝くムク様の姿があった。
「これがハッコウカラス·····」
マシューの驚きの声が聞こえる。
光は再び舞い上がり、天井付近を円を描く様に翔んでいた。
そして蝶が振り撒く様に、キラキラした粒子が舞い降りる。
「綺麗······。」
あまりの美しさに暫し見惚れるアウロラ。
やがて光はムク様の姿を目視出来るほどに弱まると、アウロラの肩に舞い降りた。
「アウロラ、驚いたか?」
「はい、ムク様。びっくりして私·····今、パーティーでの事を全て忘れてました。」
「そうか、アウロラの慰めになっていれば良い。それで、気持ちは伝えられたか?」
「····はい。」
「アギャ、アギャ。」
変な声がしたのでアウロラが足元を見ると、そこにはいつの間にかナナちゃんの姿が。
「え?どうしてここに?まさか····転移?」
アウロラは座り、足元のナナちゃんを膝に抱きあげる。
肩に乗る柔らかく光るムク様に照らされて、ルークを想い静かに涙をながすアウロラの姿はまさに女神の様に美しく、マシューは目を離せなかった。
結局、マシューの他にも、こっそり温室を覗いていた数人はこの光を『温室の奇跡』として語り継ぐことになる。
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