33 卒業パーティー ③
私は何を見せられているのだろう。
彼女は実家の屋敷で謹慎中のはず。
ルーク様とルイーズの婚約の話を聞いた時、2人が寄り添う姿だけは、絶対にみたくないと思っていた。
目の前で可憐に舞う2人のダンスは、周りの視線をその身に集め、その中には羨望の眼差しさえあった。
『ルイーズを妻に迎える事が出来るんだぞ。嬉しくない訳がないだろう?』
頭の中に、ディラン殿下の言葉がこだまする。
身体の奥底で、鈍い痛みと共に、真っ黒い何かが膨らんでくる。
私、嫉妬してる······。
ルイーズがこれからずっとルーク様の側に居られるかと思うと、羨ましくて、憎らしい。
こんな真っ黒い感情は初めてだわ。
今ここで、この宮殿が崩壊して、見るもの全てが無くなってしまえばいいとさえ思ってしまう。
あぁ、ルイーズの私物を壊したりしていた人達は、皆こんな気持ちだったのだろうか?
醜い感情だと分かっていても、自分の大切なものを奪われていく悲しみと怒り。それを押さえつける為の強い感情を持つことは、心と身体に痛みを伴うものだと、今こうして身をもって体験している。
爪の先まで黒い闇に染まってしまいそう。
そして今にも目の奥から涙が溢れてきそう。
でも、まだ、まだよ·····まだ泣いてはダメ。
泣くのは今ではないわ。
そう思いながらも、目の前の光景を見ていられなくて、カーテンに隠れる様に身を寄せ強く目をつむる。
悲しい、悔しい、羨ましい、痛い、苦しい、辛い·········
愛しい·······ルーク様········
そうしていると、会場のざわめきが徐々に遠のいていき、やがて音が聞こえなくなる。
「·····ラ。」
「アウロラ。」
聞き慣れた、その声で意識を取り戻す。
遮断していた周りの気配が一気に甦る。
「アウロラ。」
「····ルーク様。」
目の前にはいつの間にかルークが立っていた。
隠れる様にカーテンの側にいたのに、よく気が付いたものだ。
誰かがルークに教えたのかもしれない。
「隠れていないで出ておいで。」
先程遠くから見ていた冷たい笑みではなく、アウロラを労る様な優しい眼差しだった。
「ルーク様·····よくお分かりになりましたね。」
「アウロラの気配なら、何処でもすぐ分かるよ。」
そうルークは笑みをこぼす。
「あぁ、ルーク様。」
アウロラの目から、とうとう大粒の涙がポタポタこぼれ落ちる。
「アウロラ·····泣かないで。さぁ、行こう。私達の舞台だ。」
そうルークは言うと、改めて恭しくアウロラに礼をし、手を差し出す。
「愛しいアウロラ·ホーヴェット子爵令嬢。私に最期の喜びを与えて下さいませんか?」
アウロラの名前を強調する様な言い方だった。
「はい、喜んで。」
このルークとの短い最期の愛しい時間を、笑顔で、喜びを持って過ごさなければ。
アウロラはそう強く思いながら、満面の笑みでルークの手を取った。
◇◇◇
ルークがルイーズとのダンスを終えた後、直ぐさま足早に、まっすぐこの場所に向かって行くのを、周りの人間の多くが注目していた。
そしてカーテンの裏から、見たことのない美しい令嬢が現れ、皆唖然とする。
『あの令嬢は誰だ?』
『元婚約者のアウロラ·ホーヴェット子爵令嬢らしい。』
『まるで月の女神の様だ。』
といったざわめきが、その場を起点に波紋の様に広がっていく。
2人はダンスの輪の中へ入り、踊り始める。
ルークは横目に、サミュエル殿下とルイーズが少し驚いた様子でこちらを見ている事に気付いたが、それを無視した。
「この時間だけは、振り回されるのは御免だ。」
ルークの呟きにアウロラは小さく頷く。
「ルーク様·····お会いしたかったです。こんなに素敵なドレス、本当に有難うございます。」
「まだ無名の若い男性のデザイナーなんだ。工房も立ち上げたばかりで、縁があって知ったんだが、本当に素晴らしい出来だ。アウロラにとても良く似合っているよ。」
握る手と腰に回された手が、アウロラの身体を更に引き寄せ、互いを密着させる。
「ル、ルーク様。」
アウロラの顔はたちまち赤く染まる。
「ルーク様、私、先程まで嫉妬で身体の中が真っ黒に染まってましたの。」
「今は?」
「今は不思議と喜びの方が勝って。でもきっと後でまた······苦しむと思います。」
言葉の最後、アウロラの声は消え入りそうだった。
「アウロラ·····聞いて欲しい。私は陛下よりルイーズを一生掛けて監視する任を与えられている。彼女と男女の関係を持つ気はない。」
「·····ルーク様。」
「アウロラ、愛している。私の魂は君のものだ。この身が滅んだ時は、私の魂は君を求めに行くだろう。
だけど私に縛られる事の無いようにして欲しい。君が私に囚われて、誰かを愛する事を忘れて、笑顔を失う事だけは耐え難い。必ず幸せになって欲しい。····だけど···」
ルークは一旦言葉を切る。
同時に踊るのを止め、アウロラを自身に引き寄せ抱き締めた。
「こんなこと·····今言った言葉に矛盾することは分かっている。アウロラがこれから誰かを愛し、心の中をその男で埋めてしまうのは構わない。だけど·····アウロラの心をほんの少しだけ俺に欲しい。俺を忘れないで欲しい。」
ルーク様が初めて『俺』って言った·····。
ルークに強く抱き締められながら、そんな事が頭の中をよぎった。
それからゆっくり腕が解かれ、ルークを見上げると、その表情は今まで見たことも無いような苦しげなもので、アウロラの心を更に乱した。
「ルーク様·····このまま一緒に逃げられませんか?」
「·····すまない。」
アウロラの大粒の涙を、ルークは指で拭いながら悲しげに微笑んだ。
ルークとアウロラの一連のやりとりを、皆食い入る様に見つめていた。
「あんなに愛し合ってそうなのに、婚約解消しなきゃならないのか?」
「それはほら、今回の処分のとばっちりなんじゃないか?」
どこかの令息達の呟きに同調する様に、皆口々に『気の毒だ。』『かわいそうだ。』というざわめきが広がっていく。
いつの間にか、サミュエル殿下とルイーズのことを忘れているかの様な雰囲気になっていた。
その様子を見ていたルイーズが、身体を震わせ怒りを表す。
「ルーク様!その方はもう婚約者ではありませんわ。」
今までのルイーズらしからぬ厳しい口調だった。
「どの口が言う。それにアウロラ·ホーヴェット子爵令嬢と私の婚約解消が正式に成立するのは明日だ。故に今はまだ私の婚約者だ。お前ではない。」
ルイーズに責められたルークは冷たくあしらう。
反論出来ず、怒りを表すルイーズ。
そうなって、漸くサミュエル殿下とルイーズの悲恋じみたやりとりが滑稽なものに見え始めた。
パーティーが始まった当初の空気が明らかに変わった瞬間だった。
その時、国王陛下と王妃陛下の入場を告げる声が会場に響き渡った。
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