31 卒業パーティー ①
「アウロラ·····本当に綺麗よ····。」
そう言うエレナは涙声だった。
目の前の鏡に映る自分の姿をゆっくり眺める。
ルーク様から送られてきたドレスは、私が今まで着てきた中で、一番似合っていると思うものだった。
ルーク様の瞳の色であるエメラルドグリーンに私の髪の亜麻色を少し混ぜた色が若草色だろうか。
このドレスはそんなとても落ち着いた色だった。
袖のレースは白いアウロラの肌と一体化する様に、柔らかく馴染んでいる。
ドレスに施されている刺繍もアクセサリーを着けなくてもいい程華やかだ。
婚約式でしていた様に、両サイドの髪を多めに編み込み、後ろで纏めてルーク様からもらった髪留めで飾り、残りの髪と共に背中に流す。
「アウロラ、私の従姉妹とは思えない程の美しさだわ。ルーク様も·····きっとお喜びになるわ。それにいいわね、今日は計画していた通りにするのよ。一部のルイーズを惜しむ声や、ルイーズを妻に迎える男は幸運だとかくだらない事を言う人間がいたら、アウロラの美しさで吹き飛ばすわよ!ルーク様がいかにアウロラとの婚約解消を嘆いているか知らしめてやりましょう!」
そう言って、拳を高く突き上げるエレナに大きく頷きながら、私も心を引き締める。
◇◇◇
あの日、サミュエル殿下一行に遭遇し、大いに傷ついたアウロラは、涙が止まらないまま研究棟にたどり着いた。
アウロラの様子を見た守衛が、慌てて生物学研究棟のマシューさんとレベッカさんを呼んで来たのだが、2人共アウロラの惨状を目の当たりにし、レベッカさんはそのままムク様のいる温室へ連れて行き、マシューさんは研究室に戻りナナちゃんを抱えて連れてきた。
どうやら2人はアウロラを慰めるのをムク様とナナちゃんに委ねたらしい。
涙が止まらないアウロラにムク様は、
「アウロラ、我を心ゆくまま抱き締めるがよい。この羽毛で優しく包まれたなら、幾分心の痛みも和らぐやもしれぬ。」
「そんな····事をして手加減間違えたら··ムク様、圧死しちゃいますから。」
「もう800年も生きておる。アウロラに抱き締められて死するならばそれで良い。」
「ムク様·····私を1人にするんですか?それに····国宝のムク様にそんな事をしたら、私の家族ごと処刑されますから·····。」
アウロラの膝に乗るナナちゃんは、そんなムク様とアウロラのやり取りを見て、自分の気持ちも同じだとアピールする様に「あ”、あ”···」と奇声を発する。
「ナナイロオオトカゲが鳴いてる?!」
今まで記録がないナナイロオオトカゲの鳴き声にマシューとレベッカをはじめ研究棟全体に衝撃が走ったのは言うまでもない。
同時にアウロラの現在の状況も知られる事になり、皆に同情される結果となった。
ムク様という言葉を話せる古代種の出現で、古文書の解読に大きく前進みせた古代歴史棟も含め、研究棟全体ではアウロラに気遣う研究員が多い中、学園ではルイーズ派の人間だろうか?ルークに会えるかと何度か教室を訪ねた際、アウロラを見て、ルイーズとの婚約で嫉妬に駆られた女扱いをする者もいて、アウロラの心は痛んだ。
このままルーク様と会えないまま離れてしまうのかしら?
そんな時にトーマスからこんな情報を聞いた。
「騎士団の知り合いの話だと、ペータース卿は卒業式の日まで戻らないだろうという話だったよ。」
「そうなんですか?」
「ああ。それとさっき、生徒会にいる知り合いの令息に聞いたんだが、卒業式は在校生もごく一部しか出席が許されないらしい。」
例年なら、在校生が自由に座れる観覧席の様なものが設けられ、お目当ての麗しの先輩を巡る、主に女子生徒達の席の争奪戦が繰り広げられるのだが、今年は撤廃されるらしい。
「やっぱりルイーズの件で?」
今回の件で、エリナはルイーズ·オヴァフ男爵令嬢の事を裏ではすっかり呼び捨てするようになっていた。
「婚約破棄やらで被害を被った生徒が何するか分からないからだそうだ。ルイーズ·オヴァフ男爵令嬢を擁護したのが、卒業するサミュエル殿下やその側近達だからね。当日は王宮から警備増強で騎士が多く配備されるらしいよ。」
「ここまで大事になっているのに、あの処分はやっぱりないんじゃないかしら?」
「ここだけの話、あれは処分と言えないですわ。他国によっては、処刑も有り得ますから。そうでもしないと秩序を守れないとか。」
何処から得た情報か、マリーが小声でそう話す。
トーマスもそうだが、実家が商売をしている家の者の情報収集の能力には驚かされる。
「卒業パーティーはどうなるのですか?」
卒業パーティーはルークに会える最後の頼みの綱だ。
おまけにあんなに素敵なドレスをもらって、ルークに見せることなく離れてしまうのは辛すぎる。
「アウロラさんはペータース卿から卒業パーティーの招待状をもらってるんでしょう?それに何と言っても褒章の授与もある予定だし、そこは問題ないと思うよ。」
「寧ろ私達がアウロラと共に会場に入れるかよね。」
「そこは何とかするしかないね。まぁ、大丈夫でしょう。」
「そうですわね。」
このすっかり商人の血を発揮している皆さんは、きっとその辺の貴族よりも強く、頼もしい。
こうしてエリナを筆頭に作戦が立てられ、今日に至るのである。
◇◇◇
「な?」
「え?」
「えぇ?」
宮殿の卒業パーティー会場入口で待ち合わせたトーマスとリリィとマリーは皆一様にアウロラの姿に驚いていた。
「どう?私のアウロラは。これこそ本来の姿なのよ。美しいでしょ?」
エリナが自慢気に話す。
「そんな風に言ってくれるのはエリナだけだから。」
これだけ磨かれて、綺麗に仕上げてもらえれば、誰でもそれなりになるだろう。大袈裟語るエリナに私は恥ずかしくなる。
「でもルーク様にも、少しでも良く記憶に残してもらえれたらいいわ。」
早くも目頭が熱くなってくる。
「アウロラ、こんな所で泣いている場合じゃないわ。とにかく中に入って、なるべく目立たないようにしましょう。」
エリナに急かされて、まだ人がほとんどいない会場に入る。
会場はさすが宮殿。煌びやかであまりの豪華さに息をのむ。
緊張しながらも窓際の厚いカーテンの側に場所をとる。
そして4人はアウロラを取り囲む様に立ち、周りの視界を遮る。
「まだ始まるまで時間がありますから、色々伺いたいですわ。それで、結局アウロラ様は、実は目が悪くなかったという事で宜しいでしょうか?」
「そうなのよ。あのとんでもない眼鏡は、私が用意したのは間違いないけれど、それも全てアウロラを地味で目立たない様にして欲しいっていう、ルーク様のご要望に応えたまでの事よ。」
「なるほど、ペータース卿の本心を見た気がするな。」
パーティーが始まるまでの間、今まで敢えて話さなかった事をみんなに打ち明けた。
話を聞くにつれ、3人の表情が痛ましいものに変わる。
リリィなんかは、もうアウロラの代わりに泣きそうだった。
「ここまで想い合っているのに、今回の処遇はあんまりですわ。」
「ああ、おまけにペータース卿とアウロラさんは関係ないですしね。」
「だから、ルイーズよりもアウロラがいかに得難いか、この会場にいるルイーズを擁護する人間に知らしめてやりたいのよ。」
「おそらくルーク様とアウロラ様がゆっくり話が出来るのは、もうこのパーティー以外にないかもしれませんわ。時間が許す限り、お二人で過ごせる様にしませんと。」
マリーも息を荒くする。
そのうち会場は人が埋まり、後はサミュエル殿下をはじめとする、高位貴族の入場を待つばかりになった。
優雅な音楽が聞こえはじめ、入場してきたのは在校生代表のディラン殿下と婚約者のスフィア様だった。
続いてサミュエル殿下とシャーロット様が入場される。
遠目ではあるが、シャーロット様もスフィア様も優雅な微笑みを見せているものの、何か複雑な雰囲気だった。
殿下方も微笑んではいるものの、元気がない様に思える。
そしてそれを見守る私達も皆複雑な心境だ。
どこか異様な雰囲気の中、開会の宣言と共にファーストダンスが始まった。
ご出席予定の両陛下は、後程姿を現されるらしい。
1曲目はサミュエル殿下とシャーロット様だ。
本当にシャーロット様のどこが不満なんだろう。
シャーロット様は他とは違うオーラを醸し出しながら、優雅で繊細な美しさだ。
王子然としたサミュエル殿下と共に踊る姿は、1枚の絵画の様だった。
2曲目からディラン殿下とスフィア様、さらに他の卒業生の組も加わり、会場は一気に華やかになった。
「ペータース卿の姿はまだ見えないな。」
頭1つ背の高いトーマスからもルーク様の姿は見えないらしい。
アウロラの胸に不安がよぎる。
その時だった。
会場の入口が俄に騒がしくなる。
そちらの方に目を向けると、そこには黒い騎士の正装に身を包んだルーク様と、ルーク様にエスコートされたルイーズ·オヴァフ男爵令嬢の姿があった。
読んで下さり有難うございます。
またブックマークをして下さっている皆様、何時も有難うございます。




