29 失意のアウロラ
「アウロラ、気がついた?」
先ほど目覚め、天井をぼんやり眺めていたアウロラは、ベッドサイドに従姉妹のエリナがいる事に気がついた。
「エリナ·····。」
「話は聞いたわ。全然大丈夫じゃないのは分かってるから。今ね、皆何とかルーク様とアウロラが今まで通り一緒にいられる方法がないか探してくれているの。だから弱ったままでは駄目よ。」
そう話すエリナの目には、アウロラの事を想ってか、今にも涙が溢れ落ちそうだった。
それを見て、ああ、婚約破棄はやっぱり現実なんだと悟ってしまう。
重い身体を何とか起こし、身支度する為、ベッドから降りようとするが身体に力が入らない。
「何してるの、アウロラ?」
「学園に戻ろうと思って。」
「戻るの?」
「在校生はまだ卒業準備があるでしょ?研究棟でもやりかけている事があるし。」
「無理しなくても。事情があるんだから、数日屋敷に居てもいいんじゃない?」
「まだルーク様と会ってないの。会って話すまでは、正直実感がわかないわ·····。
学園で噂の種になるかしら·····。」
「生徒が退学になったり、他にも婚約破棄された方々もいるみたいね。心穏やかでないのは、アウロラだけではなさそうよ。元凶のオヴァフ男爵令嬢は普通に登校してくるのかしら?」
「エリナ·····ルイーズ·オヴァフ男爵令嬢はルーク様の事が好きなのかしら?」
「それは無いと思うわよ。本命は殿下方だと思うわ。」
「ルーク様は、美しいルイーズ様と婚約する事になって····やっぱり嬉しいわよね?」
「何いってるの?アウロラにゴタゴタに巻き込まれないように変装させてる位よ。アウロラ一筋に決まってるじゃない。王命だから仕方なくって、ペータース子爵、あっ、伯爵になられたのだったわ。そう伯爵もおっしやってたらしいわよ。」
「今は、ルーク様に会って話すまでは何も考えられないわ。だからルーク様がグリフォニア領から戻るまで、何時ものように過ごしたいの。」
「····分かったわ。·····そこに飾ってあるドレスはルーク様からよね?」
「ええ。」
「何て素敵なのかしら。ルーク様はアウロラにこれを着せて、卒業パーティーに出るおつもりだったのでしょう?ルーク様のアウロラへの愛情をとても感じるわ。」
「·····うん。」
「決めたわ!アウロラ、卒業パーティーでこれを着て、目一杯ルーク様と踊るのよ。アウロラの美しさ全開でルイーズに見せつけてやりましょう!今日これは私の屋敷に持って帰るわね。向こうで一度試着して、補正の必要がないか確認しましょう。」
こうしてアウロラは、何時もの眼鏡ときっちり三つ編みそのままに、卒業パーティーまでは何時もと変わらず過ごす事を決めた。
◇◇◇
研究棟へ続く学園の廊下を一人歩く。
『色を失う』とはこういう状態を言うのだろうか?
今まで感じていた美しさや楽しさが、生活の中から一気に失われたようなそんな感覚だった。
朝、エリナと共に登校した時は、もう噂になっているかもしれないと警戒していたが、皆アウロラのホーヴェット家の陞爵やエリナのロッシュ家の叙爵のお祝いを述べてくれるだけだったので、少しほっとした。
友人のリリィとマリーにはそれとなく話をしてみたが、2人共アウロラの気持ちを察してか、騒ぎたてる事もなく静かに慰めてくれた。
アウロラは1年生なのでさほど噂になっていないが、おそらく明日までには2年生を発端にルークがアウロラと婚約を解消し、ルイーズと新たに婚約を結んだ話が広がって行くだろう。
ルイーズと婚約する事になり、ルークの事を幸運な奴だとかそういう声も聞こえてきそうだ。
アウロラは、そんな事を耳にしたら精神的に耐えられる自信がなかった。
授業が終わり、1部の生徒は卒業式の準備に取りかかり忙しそうにしている中、心配するエリナ達とは別れアウロラは今日も研究棟へ向かう。
その通路で、こちらに向かってくる1つの一団がいるのに気づく。
見れば、サミュエル殿下とディラン殿下を先頭にルイーズを取り巻く男性達の一行だった。
そこには何時もいるルークの姿もルイーズの姿もなかった。
何時も遠目で見る限り、ルイーズを囲み、そこが世界の中心だと言わんばかりにイキイキしていた面々は、今は皆一様に暗い表情をしていた。
通路の端により、頭を下げ、一行が通り過ぎるのを待つ。
そのままやり過ごすつもりだった。
「お前は·····。」
その中の1人が立ち止まり、こちらに声を掛けてきた。
サミュエル殿下とディラン殿下も立ち止まりこちらに視線を向ける。
「君は····ルークの婚約者だったか?」
先に聞いてきたのはサミュエル殿下だった。
「アウロラ·ホーヴェットです、殿下。」
側にいたダンテ·モーガンが殿下にそう伝える。
「そうか·····。」
「アウロラ·ホーヴェットがサミュエル第2王子殿下とディラン第3王子殿下にご挨拶申し上げます。」
アウロラはあらためて深く礼の姿勢を取る。
「顔を上げよ。ルークの事は君にとっては残念な事だと思う。だが君には研究がある。これからも気落ちせず励む様に。」
「····お言葉頂き、光栄に存じます。」
そう言ってみたものの、サミュエル殿下の言葉がとても軽いものに聞こえてしまう。
正直、サミュエル殿下やディラン殿下に何か思わないでもない。
エリナの話によると、ルイーズの為に陛下に嘆願書を提出したとか。
それが無かったらルークとアウロラの婚約はそのまま続いていたかもしれない。
「殿下、申し上げたい事があるのですが、お許し頂けますでしょうか?」
「何かな?」
「今回、ルイーズ·オヴァフ男爵令嬢の為に処分を軽くする様、嘆願書をお出しになられたと伺いました。殿下の常日頃から、生徒皆に平等にご配慮下さるそのお心で、是非ともルーク様と私の婚約を元通りにして頂けるよう、お話して頂けないでしょうか?」
「それは·····。」
サミュエル殿下が言い淀む。
それを見たディラン殿下がサミュエル殿下の前に出て、アウロラと対峙する。
「そもそもルイーズは今回の諸々の事で処分されるべきではないんだ。彼女の身分差やしがらみに囚われない自由な振る舞いが我々の癒しになっていたのは事実。処分など相応しくない。それを正す為に進言しただけの事。それに君には悪いが、ルーク·ペータースは今回の決定に満足してるんじゃないか?元々ワイアット·グリフォニア辺境伯を尊敬していた様だし、実家の爵位も上がり、自身も次期辺境伯の地位を得たんだ。満足しない訳無いだろう?」
「ルーク様はルイーズ様との婚約に満足していらっしゃると?」
「ルイーズは満足していないだろうな。だがルークはあのルイーズを妻に迎える事が出来るんだぞ。嬉しくない訳がないだろう。」
「おい、ディラン。」
「ルークは普段はルイーズと距離をとっていた様に思うが、今となってみれば、こうなる事を狙っていたのかもな。ルイーズの側にいて心を奪われない人間なんていないからな。····君には気の毒な事だが。」
「ディラン、言い過ぎだ。」
サミュエル殿下がディラン殿下を制しようとするが、ディラン殿下はお構い無しだった。
ルーク様も喜ぶ·····。
普段の言動からは、そんなことは微塵も感じなかった。
でもいざこうなってしまうと、ルーク様も悪い気はしないのかもしれない。
アウロラが聞きたくない言葉をディラン殿下はスルスル口に出してくる。
ディラン殿下の言葉を聞き、今まで抑えていた涙が溢れてきた。
アウロラの頬に涙がつたわるのを見て、殿下他皆が少し慌てる。
端から見ると虐めている様に見えるかもしれない。
「ディランの言葉が少し過ぎた様だ。しかし残念だが陛下が決められた事だ。我々がそう何度も嘆願書を出す訳にもいかない。これ以上どうにかは出来ないだろう。ゆっくり休んで気持ちを落ち着かせよ。」
「私が医務室へ連れて行きましょう。」
ダンテ·モーガンがすかさずそう提案するが、アウロラはこれ以上彼らに関わりたくなかった。
「大丈夫です。モーガン様、お気遣い有難うございます。これで失礼致します。」
アウロラは震える声でそう告げると、失礼だと思いつつも、その場を後にした。
サミュエル殿下達はその姿を茫然と見送るしかなかった。
「他の女子生徒達も、あの様に泣いているのだろうか?」
サミュエル殿下の呟きに、誰一人応える者はいなかった。
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