23 王太子と青い馬
「これがアカメワサビの試薬品ね。」
生物学助手でマシューさんと双子のレベッカさんと2人でアカメワサビの味の効果を試す。
幾つか手を加えた物の中から、どれが一番強烈な味か確認中だ。
「うっ!これは·····この煮出した方は、舌が痺れる様な苦さと辛さで包まれる感じで···んんん···」
「むぅ、本当だわ。唾液が一気に出るけど、強烈な味が舌に残って消えてくれない。」
「レベッカさんこれを·····口内の味を消すものです。」
アウロラは茶色い粉末を差し出す。
「ん?!凄いこの粉、味が消えていく。」
粉を口にしたレベッカが驚きの声をあげる。
「ムミタケというキノコを乾燥させ、粉末にしたものです。味を消してくれる不思議な効果があります。小さな子供も、これがあれば苦い薬も飲んでくれます。」
「凄いわ、さすがホーヴェット家ね。」
「では次にこれを。」
今度は粉末のアカメワサビを試す。
「「んっ?!」」
「舌に突き刺さる様な刺激ですね。」
「鼻を通り越して、頭にツーンときたわ。」
「でも舌全体に味が広がるのには、少し間がありますね。」
「そうね·····ムミタケ、ムミタケ·····。」
すかさず2人でムミタケの粉を口にする。
「では最後にこちらです。元々抗菌作用のあるアカメワサビですが、生で搾ったものに、更に酢を加えてみました。」
「恐ろし過ぎるわ。」
「では一緒にいきましょうか?」
2人でスプーンに少量取ったものを口に運ぶ。
「びっ!!」
「ばっ!!」
直ぐ様ムミタケを口にする。
「これは·····凄いわ。」
「ふふ、レベッカさん、伯爵令嬢が『ばっ』って言うのはよろしくないのでは。」
「いえいえ、男爵令嬢の『びっ』もどうなの?」
「男爵令嬢の仮面、崩壊しました。」
「伯爵令嬢の仮面も崩壊しました。」
「ははは、失礼します。楽しそうだね。」
マシューさんが笑顔で顔を出す。
「レベッカ、君はアウロラさんと違って生物学専門の人間でしょう?ここ医·薬学研究棟でアウロラさんに絡んでないで戻るよ。」
「マシュー、喉が渇いてるんだったら、これあげる。」
「いや、舐めるのもギリギリで飲むものじゃないでしょ、それ。死んじゃいそうだから。
それはそうと、王太子殿下がお戻りになられたそうだよ。」
「本当に?じゃぁ、ネイサンと青い馬も?」
「そう、漸くだよ。」
「青い馬ですか?」
「ここローヴェル王国の王家は古来より古代種の青い馬、テンセイバと呼ばれてるんだけど、この国の守護獣として所有してるんです。古代種だから特殊な能力を持っているとされてますが、公にはしていません。まぁ、アウロラさんは追々知る事もあるかもしれませんが。」
「そんな大事な古代種を外国に持ち出していたんですか?」
「そうですね。今回種馬として、ラトゥナ王国たっての希望で渋々。ラトゥナ王国にも2頭純血じゃないけど青い馬がいて。その馬に種付けに行ったんです。それにラトゥナ王国の王女が王太子殿下の婚約者なんですけど、その王女がローヴェル王国にはテンセイバに乗って入国したいと言い出したらしくて。それでうちの助手のネイサン·ジャッシェがテンセイバの管理を任される形で同行する事になったんです。結局、帰還にここまで日程が延びるとは思いませんでしたよ。」
「それは大変なお役目でしたね。そう言えば、レベッカさんのご婚約者がネイサン·ジャッシェ様でしたよね?」
「そうです。そのネイサンが今、研究棟に戻って来たから、呼びに来たんですよ。」
「もうマシュー、早く言ってよ!」
レベッカさんはそう言うと、ふわふわした茶色の髪を踊らせながら、マシューさんを残し走って行ってしまった。
「はは、すみませんアウロラさん。」
「いえ、私もここを片付けて、試薬をエトロン様に提出してからご挨拶に伺いますので。あっ、でもお疲れでしょうから、私の事はどうぞお気になさらず。後日あらためてご挨拶させて頂きますので。」
「分かりました。あっ、そうだ。明日は王城内の神厩舎にテンセイバを見行きませんか?状態を確認に行きますので、一緒に。アウロラさん初めてでしょう?」
「いいんですか?エトロン様にお話ししてみます。有難うございます。」
◇◇◇
「ネイサン·ジャッシェだ。ネイサンと呼んでくれ。宜しく。」
レベッカさんの婚約者のネイサンさんは、青みのある黒髪に深青の瞳、青いテンセイバのお世話をしているせいではないが、全体的に青色が似合う方だった。
レベッカさんは、それはそれは嬉しそうにネイサンさんに寄り添っている。
王都に戻ったばかりだというのに休みも取らず、今日もテンセイバの様子を見に行くらしいので、レベッカさんとマシューさんと共にアウロラも同行させてもらった。
王城の外壁を境に外側に学園、内側に研究棟という位置関係だ。
更にテンセイバは研究棟区域ではなく、王城内に他の馬の厩舎とは別に、神厩舎という別の場所で管理されている。
その白く美しい建物の中から、ネイサンはテンセイバを引いて連れて来てくれた。
テンセイバを見た瞬間、アウロラは雷に打たれたような衝撃を感じた。
テンセイバは表現するならまさに『青』そのものだった。
混じりけのない青い毛は、光を受けて青銀色に輝いて見える。
たてがみと尻尾の毛は長く、風を受けて流れる様は美しい。
そして瞳はガラス玉のような澄んだ空色だった。
軍馬よりも更に一回り大きい体躯と存在感は、もはや馬という種に一括りにしていいような存在ではなかった。
アウロラの中の何かが訴えてくる。
皆が美しいと言って駆け寄る中、アウロラはその場で神殿で神に行う様に、膝をつき最上の礼を示す。
アウロラを見てレベッカとマシューが呆気にとられる中、ネイサンは口角を少しだけあげ、アウロラを興味深げに見つめる。
テンセイバはそのままゆっくりアウロラに近づくと、おもむろに大きな顔をアウロラの耳元に近づけ頬擦りをする。
アウロラはテンセイバの迫力に倒れそうになりながらも耐える。
「お会い出来て光栄です。アウロラ·ホーヴェットと申します。」
そう言うと、テンセイバは嬉しそうに鼻を鳴らした。
「アウロラさんには分かるんだ。」
「え?アウロラさんに?何が?」
「うん、レベッカには後でゆっくり説明するよ。」
「ちょっとネイサン、僕を忘れないで。」
「へぇ、珍しいね。テンセイバが自分から近づくなんて。」
聞きなれない声がアウロラの背後から聞こえた。
正面のマシューさんとレベッカさんは驚いた表情をし、直ぐ様頭を下げた。
「王国の守護たる獅子、王太子殿下にご挨拶申し上げます。」
な?!
アウロラも直ぐ様立ち上がり、王太子に頭を下げる。
「ヘリング伯爵家の2人は久しぶりだね。ネイサンも昨日帰って来たばかりなのにご苦労様。それと君は·····?」
「はい、大変失礼しました。アウロラ·ホーヴェットと申します。お会い出来て光栄に存じます。」
「あぁ、あのホーヴェット男爵家の?そう、セオドアの妹だね。はじめまして、私はオーウェン·アドゥ·セラ·ローヴェルだ。宜しくね。堅苦しいのはやめよう。顔を上げて。」
王太子の言葉にならい顔を上げる。
王家の証の紫水晶の瞳で異母弟2人の王子と顔立ちは似ているものの、弟達とは違い、癖のない美しいプラチナブロンドのストレートの長い髪を後ろで1つにまとめていた。
その雰囲気に派手さはないが、どこか艶のある目元と王たる器に相応しい独特のオーラを身に纏った人物だった。
「それにしてもアウロラ嬢はこの気難しい馬に気に入られたみたいだね。」
「おそれ多い事でございます。」
王太子に話し掛けられて、アウロラの緊張は頂点に達しようとしていた。
「折角だから一緒に乗ってみる?」
「殿下、テンセイバに乗れるのは王族だけです。」
ネイサンさんがすかさず間の手を入れてくれる。
「堅苦しいなぁ。それじぁ、私の膝に乗って乗る?」
「!!」
「殿下お戯れを。」
「いや、本気だよ。あぁ、婚約者に気を使っているのかな。なら仕方ないね。じゃあ、皆もいることだし、私は失礼するよ。」
テンセイバの様子を見に来たであろう王太子殿下はそのまま護衛騎士を連れて、王宮へ戻っていった。
何だろう·····
王太子の背を見送りながら、アウロラはどこか懐かしさを感じていた。
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