21 褒章と側妃
「アクトリ草は順調に育ってますね。こちらの地下水が栽培に適していて良かったです。」
ムク様がスヴェナカエルの毒の治療と対策に有効なアカメワサビとアクトリ草を教えてくれた日から3ヶ月程が経過し、季節は冬を迎えようとしていた。
アクトリ草という名の水草の栽培実験場を温室内に新たに設けて以来、初めて採取出来そうな位までに成長していた。
元々は清流で育つ水草と言われていた為、順調に育つか懸念されていたが、問題なく育っていることに安堵する。
当初、噴水内にも植えようとしていたが、ムク様から水浴びがしにくくなると苦情を受け断念。
新たに噴水から流れる地下水の水を引く形で場所を設けていた。
「アカメワサビも順調ですか?」
「ええ、今のところ問題ないですね。」
医·薬学助手のラティキア·エトロン様と共に成育具合を確認し、記録していく。
アカメワサビは水辺の湿った土に群生する。
必要な自然環境を、かなり広いとはいえ温室内で再現するのには驚いた。
「新年の祝祭に王都に各地域の領主の皆様が集まる際に、陛下より時間を頂いて、極秘にスヴェナカエルをはじめとする毒対策について説明してさせて頂く事になっています。アカメワサビとアクトリ草については、自領で賄えそうな所は自分達で入手してもらうとして、そうでない領地はホーヴェット領他、幾つか既に栽培を担っている領地より入手するよう通達されるそうです。」
「ホーヴェット領は元々アカメワサビとアクトリ草は沢山生育していましたし、栽培も上手くいきそうだと連絡がありました。なんとか被害が出る前に準備を終えたいですね。」
特にアカメワサビが生のままでなく、効力を保持したまま保存が効く状態にしたい所だ。
夏以降、主にダラム王国との国境沿いの村々で怪しい旅人が目撃されており、実際数人の村人が『ソナ村』と同じ症状で倒れたと報告があった。
その為、アカメワサビとアクトリ草を携え、先行して騎士団に守られつつ、ディセック教授と王命を受けたホーヴェット家が、被害にあった地域に医療団として送り込まれている。
「ディセック教授が不在の為、ミュラー教授からお話があると思いますが、アウロラさんが提出した『ナナイロオオトカゲの分泌物を利用した怪我の治療薬について』の論文が、陛下をはじめとする評議会で正式に認められたそうです。」
「本当ですか?」
「ええ、近々褒章を賜る事になるでしょう。」
「褒章?!」
「ナナイロオオトカゲの研究は捕獲自体困難な為、不可能と言われていたのは知ってますよね?あの様に検証し、尚且つ治療薬まで開発するとは驚きです。褒章は当然の結果ですよ。」
「あ、有難うございます!」
ナナちゃんと出会い、何となく出来そうだと気楽な気持ちで作ってみた結果なんて言えないわ。
「アウロラ!」
羽音を鳴らし、ムク様がアウロラの肩に舞い降りる。
話の途中から褒章を頂く事が気恥ずかしくて身体を縮こませていた事もあって、思わず慌ててしまう。
「わっ、ムク様、ごめんなさい、びっくりしてしまいました。」
「ん?考え事か?我の羽音に気付かぬとは。」
「ふふ、すみません。提出した論文が認められ、褒章を頂ける事になったと聞いて、少し呆けてました。」
「おお、そうか。良かったな、アウロラ。」
相変わらず渋い声のムク様が、羽を広げ、優しくアウロラの頭を撫でてくれる。
「それにアクトリ草とアカメワサビの栽培も順調の様だな。」
「はい、ご覧の通りです。研究員の皆様の土地の再現力は驚くばかりで、とても勉強になりました。」
薬学では製薬、調合を行う前に薬草の栽培も行う。
育ちやすい環境を整える農業の技術も必要とされる。
アウロラも領地にいた際、農夫の皆さんと共に様々な薬草の栽培を行ってきたが、広い土地ではなく、この箱庭の様な場所で栽培に適した状態を造りあげる技術は、他国でもそう多くはないだろう。
「あ、あのアウロラさん。」
「はい?」
エトロン様が何処かぎこちない言葉と少し驚いた表情でこちらを見ている。
ん?
エトロン様が差し出したのは、縁が幅広の茶色い眼鏡。
あっ、さっきのびっくりした勢いで落ちちゃったんだわ。
「有難うございます。」
感謝を込めて、笑顔で受け取ろうとするが、エトロン様はまだ固まったままだ。
ん?
「アウロラさ~ん。」
その時、生物学助手のマシューさんが手を振りながら急ぎ駆けてくる。
「はーい。」
ここにいます、の意味を込めて手を挙げる。
「え?」
マシューさんは私の顔を見とめると驚いて立ち止まる。
「マシューさん、どうかしましたか?」
そう聞いてみたものの、眼鏡をしていないから、違和感があるのだろうと気付く。
「すみません、眼鏡落としてしまって。」
エトロン様から眼鏡を受け取り掛ける。
これで分かるだろう。
マシューさんは我に返る。
「あ、すみません·····。あの、ミュラー教授が急ぎお呼びです。」
「分かりました。ではムク様、すみません、また帰る前に伺います。」
そう言って、エトロン様にも断りを入れて、急ぎ教授の部屋に向かう。
「アウロラさんの眼鏡外した顔、初めて見ました。」
「ええ。」
「何なんでしょうね、あの眼鏡·····。」
「ええ。」
「アウロラは美しい。そなた等、アウロラには婚約者がいることを忘れるでないぞ。」
「「はい」」
マシューの頭の上に乗るムク様の言葉もあまり響かず、暫し立ちつくし、アウロラを見送る2人だった。
◇◇◇
「え?王妃様ですか?」
ミュラー教授から聞かされたのは、なんと王妃様の学園視察だった。
「ああ、急な事だが、今回は王妃様たっての希望で組まれたらしい。エトロン辺りから聞いたと思うが、まだ公表されていないが、アウロラが褒章を貰うことは王妃様もご存知の事だ。おそらくお声掛けがあるだろうから、覚悟しておくように。」
「年末を控え、王妃様もお忙しいお立場ですよね。毎年行われる事なのですか?」
「いや、無いと思うがね。」
「そうですか·····わ、私、王妃様の前で粗相して不敬罪で処刑されたり、家が没落したりとか無いですよね。」
「ははは、無いんじゃない?」
ミュラー教授に軽く受け流されたけど···不安。
何となく、何となくだけど、殿下方の素行が王妃様のお耳に入ったとか·····
◇◇◇
「何でも側妃探しだって噂よ。」
翌日学園では、王妃様の視察の話題で持ちきりだった。
「側妃?誰の?サミュエル殿下とディラン殿下の?」
「違いますわ、アウロラ様。間もなくお戻りになる王太子殿下ではないかと。」
「王太子殿下?わざわざ学園に来られなくても、相応しい方々を集めて王宮でお茶会でもされたらいいのでは?」
「王妃様は今は亡き前王妃様の意志を継いだ真面目な御方だと伺いましたわ。華やかなお茶会よりも、どのように勉学に取り組んでいるか、直接ご確認されたいのではないかしら。」
「側妃を狙っている方々は今、大急ぎで準備されているそうよ。」
「そう、大変ね。それでいつお見えになるの?」
「明日。」
「ええ?!」
「王太子妃になられる方は、確かラトゥナ王国の王女様でしたわよね?側妃は後ろ楯になるような国内の有力貴族の方をご所望でしょう?」
「まぁ、私達には関係ありませんわね。」
この王妃の学園視察が、アウロラ達の運命を大きく変えることになるとは、この時誰も考えていなかった。
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