2 私の研究パートナー
「はいナナちゃん、ご飯の時間よ。
でもその前に···。」
今やペットというか、研究のパートナーとなった、ナナちゃんと名付けたナナイロオオトカゲの前に蒸した鶏肉を置く。
すると口にする前に、まるで木の実を口に溜め込んだリスの様にぷっくりと両頬を膨らませる。
それを見とめると、小さいガラスのビーカーをナナちゃんの口元にあてる。そうすると、ナナちゃんは頬に溜まった粘液を上手に吐き出してくれる。
「ナナちゃんいつも有難う。」
私はそう声を掛け、蒸し鶏を与える。
ナナちゃんは、のそのそ餌に近づき、ゆっくりはむはむと食べ始める。
その姿にほっこりしながら手早く作業を始める。
採取した粘液は、空気に触れるとやがてカチカチに固まってしまう。その為、薬草で作った一定量の培養液を混ぜ合わせることで、伸びが良く、柔らかい薬液を作ることが出来る。
そのまま塗り薬として瓶に移し封をしてもいいが、陶器でできた四角いトレーに薄く流し込み、ゆっくり乾燥させると透明なシートが出来上がる。
このシートを傷口に貼ると、傷口を塞ぎ、新しい皮膚ができる迄の保護膜になるのである。
さらに言うならば、培養液には消毒効果のある薬草を配合している為、感染症を防ぐ役割も果たす。
私はナイフを取り出し、そっと指先にあて、小さな傷をつける。
流れる血を止める為、他の指で傷口を圧迫し流血を防ぐ。
そうしたら、予め用意しておいたシートの切れ端をピンセットで取り、傷口に被せて肌に馴染ませる。
すると、指を離しても傷口からは血が流れず、傷口も赤い薄い線を引いた跡が残るだけで、ほとんど分からなくなる。
「うん、いいんじゃないかしら。」
指で肌触りを確かめながら、ナナちゃんに再度労いの言葉を掛ける。
はじめ原液で試した時はカチカチに固まり、そのまま皮膚と一体化したらどうしようと焦ったこともあった。
しかし試行錯誤しながら培養液を作り、それを加えて薄めても効果があることが分かり、ようやく今のシートを作り上げる迄に至ったのだった。
因みにこのシートは、傷口に新たな皮膚が出来上がると、一部は一体化して残るが、不要な分は自然と剥がれることが分かった。
「王都に行く前に完成して良かった。」
私は出来上がった保護シートを前に安堵する。
「あとは量産化だけど、こればかりはナナちゃん一体だからねぇ···」
ナナちゃんことナナイロオオトカゲは、この世界では古代種と呼ばれる希少な生き物だ。
エルフをはじめ、多種族がいたとされる古代。その時代は、精霊から加護を得て、特別な能力を有する生き物が生息していたと言われている。
エルフが残したとされる古文書に、一部の生き物については、その能力が記載されているものの、殆どが分かっていないのが現状だ。
ナナイロオオトカゲについては、名前の通り、外敵から身を守る為、目立たないように環境に合わせて身体の色を変化させる為その名がついたとされる。
それが精霊の加護を受けた能力かと言われれば些か疑問ではあるが、それ以上の事は分かっていなかった。
皮膚を再生させる能力は、今回アウロラが傷ついていたナナイロオオトカゲを森で保護し、連れ帰り観察して、奇跡的に見つける事が出来たものだった。
乱獲を懸念し、まだこの事は公には発表していない。
アウロラは今年、とうとうルークとおなじ王都の王立学園に入学することが決まっている。
王立学園には、古代種を研究している生物学のリアム·ミュラー教授の研究室がある。
ミュラー教授が父エイダンの学友であることから、父は事前に手紙でアウロラの研究に力を貸して欲しい旨打診していた。
その後、教授は賞賛の言葉と共に、研究室にアウロラの席を設ける約束をしてくれた。
教授と共に研究出来たら、医学、薬学はさらに前進するだろうと思うとわくわくする。
「ルーク様にお土産作らなきゃ。」
因みにナナイロオオトカゲの粘液を原液そのまま物に塗ると、防水加工が出来ることも分かった。
特注で作ってもらった、アウロラの手のひら程のサイズの薄い木箱の内側に粘液を塗り、防水の加工を施す。
その中に、傷保護シートを数枚、小さいピンセットと共に入れ蓋をする。蓋にはルークの名前が彫刻されている
その他、痛み止めや胃腸薬等、ホーヴェット家が作っているあらゆる薬の中から厳選したものを入れ、携帯用の薬ポーチを作った。
アウロラもお揃いで持つ事にしている。
ルークとは顔合わせの日、婚約式、そして昨年の夏の帰省時の2日と、実際まだ4日しか共に過ごした事がない。
その代わり会えない分、手紙のやりとりは頻繁にしている。
ルークはアウロラの誕生日のプレゼントは勿論のこと、毎月その季節の花束を贈ってくれる。
そのまめまめしさに家族からは、毎回生温い視線がおくられる。
アウロラが王立学園に入学しても、ルークの第2王子の護衛という立場上、共に過ごす時間はあまり取れないだろう。
しかし、ルークが同じ敷地内の何処かにいると思うだけで、アウロラは胸がドキドキして幸せな気分になれる。
早く会いたいな。
アウロラは木箱に彫刻されたルークの名をそっと指で撫でた。