19 タレッタ神殿の悲劇
残酷な描写があります。
ご注意下さい。
「アンナ様、起きて下さい。」
真夜中、下男のジョンの声が部屋の扉の外から静かに響く。
「どうしましたか?」
ただ事ではないことを感じ、カーディガンを羽織りながら起き上がる。
「どうやら賊に囲まれた様ですな。」
「なんですって?何人です?」
「5、6人か···暗くてよく見えないが、おそらく力ずくで入って来るでしょう。」
「分かりました。急ぎ子供達を起こして、祭壇の裏の隠し部屋に避難しましょう。」
つい5日ほど前に街から騎士が来て、見回りを定期的にする事になったばかりだった。
おそらく殿下方が来られた時側にいたペータース卿が手配してくれたのだろう。
彼は私達同様、賊に襲われる事を懸念していた。
「 急ぎましょう。」
ジョンと2人で年上の子供達から静かに起こし、他の小さい子供を起こすのを手伝わせながら避難させる。
「アンナ様、入って来られたら我々では守りきれない。殿下には悪いが、短剣は大人しく差し出しましょう。」
「そ、そうね。素直に渡せば何もせず立ち去ってくれるわよね?」
「アンナ様は短剣を持って来てください。私は残りの子供達を避難させる。」
「えぇ、分かったわ。」
ジョンに子供達を任せ神官室に向かう。
神官室の机の下に隠してある保管庫から布に巻かれた短剣を取り出し胸に抱え込む。
その瞬間、部屋のすぐ側の窓がガシャンと割れる音がした。
大人が通るには小さい窓のはずだ。
しかしそこから入って来ようとする人の気配を感じる。
咄嗟に身を隠し様子を窺う。
入って来た小柄な影はそのまま神官室に入って来ようとする。
ここで見つかって捕まれば交渉出来ない。
そう判断し息を潜める。
やがてドンドンという激しい音と共に、扉が壊される音が響き渡る。
賊はその音を聞きつけ祭壇のある部屋へと向かって行った。
早く、早く·····
震える身体を叱咤しながら、自らも追いかける様にして向かう。
ドンドンという音は激しさを増す。
神殿の正面入口の扉は既に半壊していた。
どうやら大きな木槌を打ち付けて破壊しようとしているらしい。
一振ごとに扉の木片が散っていく。
祭壇裏の隠し部屋の入口を見ると、丁度ジョンが外から扉を閉めようとしていた。
そのジョンに迫る小柄な男の影。
あの男は先ほど小窓から忍び込んだ者だろう。
「待って、待って!」
賊の男に向かって叫ぶ。
「お願い、待って!」
布に巻いた短剣を差し出す様に持ち上げながら叫ぶ。
しかしアンナの叫びも虚しく、男は剣を振り上げジョンに斬りかかる。
アンナの声に気付いたジョンが、なんとか剣を避ける。
尚も迫る男は空振りした剣を引き、今度はジョンめがけて刺し入れる。
ジョンは隠し部屋を守る様に両手を広げ剣を受け入れる。
男の剣は、そのままジョンを貫いた。
刺されたジョンは、前のめりになりながらも男の剣の柄を掴み倒れ込んだ。
「いやあぁぁぁぁ···ジョンーー!!」
あぁ、なんて事!!なんて事!!
直後、入口の扉が壊され、賊がなだれ込む。
守らなければ、守らなければ
今すぐに逃げ出したくなる気持ちを抑え込み、賊と向き合う。
「あなた達は短剣が欲しいのでしょう?これは渡しますから出ていって!」
そう言って布を解き、短剣を差し出す。
ジョンを刺した男はジョンの身体を押しやると、返り血を浴びた生々しい様相でアンナの方へ近づいてくる。
「渡しますから、早くこの場を立ち去って!」
手は震え、差し出した短剣はカチカチ音を鳴らす。
男は短剣を取り上げ装飾を確認した後、ニヤリといやらしい笑みを浮かべる。
「あぁ、分かったよ。」
低く、しゃがれた声だった。
そう言って男は再び剣を振り上げ、アンナめがけて振り下ろした。
身体の中を突き抜けるような熱さと衝撃を感じ、斬られたのだと悟る。刃を受けた身体は耐えきれず後ろに倒れた。
視界が赤く染まるのを見ながら浅く息をする。
痛みと共に耳鳴りがする。
賊が何を言ってるのか分からない。
ふと頭だけ動かすと前のめりに倒れたジョンの姿か見える。
ジョンはピクリとも動かない。
あぁ、ジョン·····
あなたは、15歳の時不正に手を染めた実家の子爵家が没落し、1人放り出された私を憐れんで付いてきてくれた従者だった。
嫌われていた親の子とあって、親戚の誰からも手を差しのべられなかった。
私を救ってくれたのは、年の近かったという亡き娘と私を重ね合わせたから。
『タレッタ村 』の神殿に身を寄せてから、何も出来ない私の側で、一から洗濯、掃除、料理といずれ自立出来る様に教えてくれた。
実の親以上に家族だった人。
神官になったものの、何の恩にも報いることなく死なせてしまった。
どんどん失われていく生ぬるい血を感じながら、ジョンの側に這っていく。
やがて視界はぼやけ、アンナは意識を失った。
一度目を覚ますが、顔がひきつる度感じる激痛に耐えきれず、再び意識を失った。
◇◇◇
ふと、何か·····とてもいい香りがする。
何だろう···香水ではなく、空気が透き通るような優しい香り。
「お目覚めですか?」
目蓋を持ち上げると亜麻色の髪の美しい少女がいた。
「ここは····」
そう呟くと、もう1人若い神官が覗き込んできた。
「アンナ神官、気がつかれましたか?」
襟元に銀と水色の糸で刺繍が施されている神官服は、大神殿に席をおく神官の証だ。
きっと襲撃に会った事を聞いて、大神殿から遣わされたのだろう。
「アンナ様!!」
街の治療院で住み込みで働いているバズが、飛びつくように覗き込んできた。
優しく頭を撫でてやる。
そしてバズの向こうにペータース卿の姿もあった。
知らせを聞いて駆けつけてくれたのだろう。
クリスと名乗った神官は、子供達は無事である事、残念ながらジョンは助からなかった事を説明してくれた。
涙が溢れて止まらない。
少女が優しく拭ってくれる。
また治療は、あらためてサミュエル殿下より命を受けた、王都の研究員が特別な治療を行ったという。
確かに剣で斬られたはずなのに、多少ひきつる感はあるものの、驚くほど薄い跡になっている。
治療を行った研究員の1人が目の前の少女ということに衝撃を受ける。
聞けばあの医学で有名なホーヴェット家の方らしい。
その能力の高さに驚く。
私の15歳の頃とは大違いだわ。
ペータース卿とアウロラ·ホーヴェット様は私の容態を再度確認すると王都に戻って行った。
あれから傷は驚く速さで回復していった。
2週間ほど経ったある日、アウロラ様から荷物が届いた。
『アンナ様のお役に立てば』とメッセージが添えられたそれは、皮膚を柔らかくするクリームと白粉だった。
こんなことまで···心遣いに胸が熱くなる。
離れ離れになった子供達のためにも、頑張らねばと力が湧いてくる。
あれから何度もお見舞いに来てくれるバズに、いつかホーヴェット家にお礼に行こうかと話すと、身を乗り出さんばかりに同意してきた。
バズはホーヴェット家で修行したいと、強い希望を持っているらしい。
ペータース卿とアウロラ様に、いつかこのご恩に報いたいと心から願った。
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