18 ある護衛騎士の懸念② (ルーク視点)
「久しぶりだな、ルーク。サミュエル殿下の命だって?」
ほどなくして現れたディセック教授は、まだ領地に居た時、何度も命を救ってもらった恩義ある方だ。
当時から教授は珍しい薬草を求めて、幾度となくペータース領を訪れていた。
祖父から山に放り出され、野獣と戦う訓練をし、瀕死の状態になった僕を何度も治療してくれたのだが、祖父はディセック教授が来ているからと、わざとその時期に合わせて訓練していた様に思う。
ディセック教授の、あの医·薬学教授らしからぬ鍛えぬかれた体格は、薬草を山奥で採取する際の野獣対策だという事を知っている。
「ご無沙汰致しております、ディセック教授。今のところ公に出来ませんが、サミュエル殿下と縁があった方が負傷しました。顔から胸にかけて斬られています。その治療をお願いしたいのですが。」
「宮廷医師は連れていけないと?アウロラの同行を希望するのは逢瀬じゃないなら、もしかしてあの薬が必要だと思っているのか?」
「はい、何分傷を負ったのが女性神官なもので。」
「サミュエル殿下の女性問題じゃなさそうだな。詳しい内容は後で聞くとして、場所は?」
「タレッタ村です。」
「タレッタ?あそこは王都をつま弾きになった奴や子供が捨てられる場所で有名な所じゃないか。王都が近いにも関わらず治安も悪い。賊にでも襲われたのか?」
「そういった所です。」
「アウロラの作ったあの薬は、まだ極秘扱いだが、丁度その薬についてアウロラが書いた論文の検証をしなければならないからな。俺も一緒に行こう。」
「宜しいのですか?」
「ああ、アウロラとミュラーには俺から話をしておく。どの位で出発する?」
「では2時間後に。」
「承知した。馬で駆けて行くのだろう?荷物は最低限だな。」
「はい、有難うございます。宜しくお願いします。」
◇◇◇
2時間後、乗馬服を身に付けたディセック教授とアウロラが馬繋場に現れた。
突然の依頼に慌てて準備したのだろう。アウロラは軽く息を荒げながらも、僕の姿を見とめると嬉しそうな笑みを見せたが、すぐに顔を引き締めた。
アウロラは荷物の袋を首から提げ、前に抱えるようにして持っている。
他の荷物はディセック教授の馬に固定する。
「アウロラは私の方に。」
アウロラを馬上に導き乗せると、緊張のせいか頬を赤く染めている。
「やっぱり久しぶりだと高く感じますね。」
「騎士団の馬はまた一際大きいからね。速く駆けるけど大丈夫?」
「領地では乗ること多々あったので··· 速いのは怖いですが、ルーク様のご迷惑にならないように、気合いを入れてしっかりしがみついておきます。」
「ちゃんと支えるから安心して。あと、この眼鏡は外しておこうか。」
「あ、はいルーク様。」
若干ディセック教授から生温い視線を向けられている気がしたが、アンナ神官の容態が気になるため、急ぎ『タレッタ村』へ向かった。
途中休憩を挟みながら漸く『タレッタ村』へ着いた時は、日が暮れかかっていた。
『タレッタ村』が王都近くだったため、道が比較的整備されていた事が幸いし、夜になる前に到着することが出来た。
アンナ神官が運ばれたという村長の屋敷に向かう。
出迎えてくれた村長はほっとした様子で、快く迎え入れてくれた。
村長の屋敷と言ってもさほど広くはなく、奥の客間でアンナ神官は治療を受けていた。
荷物を運び入れ、部屋に向かう。
部屋の中には大神殿から派遣されたのだろう、年若い男性神官と11、2歳位の少年が一人アンナ神官に付き添っていた。
アンナ神官は誰ともつかない程包帯が巻かれており、痛々しい状態だった。
薬師であり、医師でもあるディセック教授は、すぐ様アンナ神官の元に歩み寄り、状態を確認し始める。
ディセック教授を連れて来れたのは幸いだった。
現在研究棟では毒の侵攻への対策を講じている最中であり、さらに先日新たな情報を得たらしく、昼夜問わず忙しくしているという話は聞いていた。
サミュエル殿下の命と言わなければ、アウロラを連れ出す事も叶わなかっただろう。
付き添っていた神官からどの様な治療が行われたか話を聞くと、どうやら街から来たのはかなり年老いた医師だったらしい。
傷は幸運にも内臓に達するものではなかった為、消毒し縫合、解熱剤の処方をしたとの事。
長い乗馬で疲れているだろうに、ディセック教授とアウロラは治療を行う為準備に入った。
やがて2人以外部屋から出るように指示され、神官と少年と3人で別の部屋へ移動して待つことになった。
大神殿から派遣された若い神官はクリスと名乗った。
少年は村の神殿に引き取られ育てられた子供の1人で名前はバズと言った。
「君はあの日神殿に居なかったように記憶しているが。」
「僕は街の治療院に住み込みで働かせてもらっていて、アンナ神官の治療はそこの先生がしてくれたんです。いずれ僕も治療のお手伝いをさせてもらえる様になって、いつかこの村に戻って···」
少しずつとぎれとぎれ涙を堪えつつ、バズは言葉を紡ぐ。
「殿下が来て、短剣をもらったと···それが狙われたと聞きました。···どうして···こんな村に貴重なもの···あからさまに金目の物があると知れれば狙われるに決まってる。」
「······」
「ジョン爺さんが死んだのも、あんな物もらわなければ!」
「悪いのは賊だ。他の誰でもない。それは間違えるな。」
バズは涙目で、何か言おうとした言葉を飲み込む様に、何度も深く頷いていた。
クリス神官によると、この村の神殿は暫く閉鎖されるらしい。
子供達は人数が多いため、1ヶ所で預かる事は難しいらしく、結局皆バラバラに数ヶ所の神殿に分かれることになったという。
どのくらい経っただろうか。
村長の妻らしき女性がお腹が空いているだろうと軽食を持って来てくれた頃、ディセック教授が部屋から出てきた。
「取り敢えず出来ることはした。おそらくこれ以上悪くなることはないだろう。」
「中に入ってもいいですか?」
バズが気が気でない様子でディセック教授に詰め寄る。
「ああ、静かにな。」
自分もバズと共に部屋に入ると、アウロラが道具の片付けをしていた。
「アウロラ、お疲れ様。」
「ルーク様、有難うございます。」
疲れていながらも、何かを達成したような、すっきりした明るい笑顔で応えるアウロラを見ると、治療は上手くいったのだろう。
ベッドで眠るアンナ神官に目をやる。
あれ程巻かれていた包帯は外されていた。
ベッドに駆け寄ったバズが驚きの声をあげる。
「静かに。」という教授の声に「すみません。」とバズは何度も頭を下げていたが、アンナ神官の様子に興奮しているようだ。
賊に斬られた傷は、左頬から胸下あたりのようだ。
腹部から下は上掛けがかけられているが、胸回りは白い薄い布がなるべく傷に触れないようにするためか軽く掛けられている。
斬られた跡は、まだ紫色に腫れ上っているが、肝心の傷は薄い透明の瘡蓋のような膜の下に、うっすら線が引かれたように見えるだけだった。
「縫っていた糸はどうしたんですか?」
バズは傷を凝視しながら教授に聞いている。
「始めに治療した医者はかなり高齢だろう?あのままだと残念ながら跡がかなりはっきり残るからな。抜かせてもらった。それに今回は特別な治療を施している。少年よ、くれぐれも他言するなよ。出来るな?」
「は、はい。誰にも言いません。」
言いながらもバズは傷から目を離せないらしい。
確かにバズが驚くのも無理はない。
患部が腫れてはいるが、とても剣で斬られた傷に見えない。
これがアウロラが作った傷保護シートという名の薬の効果なのか?
「それとこの薬をぬるま湯にでも溶かして飲ませるんだな。賊が使っている剣なんて、手入れの行き届いた騎士の剣と違って、日頃から動物やら何やら斬ってそのままかもしれないからな。どんな菌が付いているか分からん。感染症を防ぐ為に必ず飲ませるように。」
「もし宜しければ容態の確認の為に私が数日残りましょうか?」
アウロラが教授に提案する。
「あなたが看病するのでしょう?私がいた方が安心ならそうするわ。」
バズにそう優しく微笑むアウロラ。
そんなアウロラを見たバズは、顔を真っ赤に染める。
しまったな·····アウロラは今、眼鏡を外しているんだった。
「そうだな。俺は明日の朝王都へ戻る。ルークはどうするんだ?」
「サミュエル殿下に状況を報告しなければなりません。明日確認し、王城へ戻る予定ですが···。」
「まぁ、一息ついた所です。取り敢えず用意して頂いた軽食を取りながら別室で詳細を私の方からご説明と、今後の対応をお話します。」
クリス神官にそう促され、別室に移動した。
◇◇◇
「しかし、ディセック教授に来て頂けるとは、サミュエル殿下のご厚意ですね。それにアウロラ様はあの医学·薬学で有名なホーヴェット家の方でしたか。お若いのに教授の助手としての役割を担われるとは、さすがですね。」
「ハハハ、いや今回は俺がこの子の助手だな。」
「あの技術は驚きですね。神聖力のようです。」
「あ、あれはどの様な治療を行ったのですか?」
「悪いがまだ公にする事は出来ない。皆くれぐれも他言無用だ。それだけは守ってくれ。」
治療に興味深々のクリス神官とバズに教授は釘を刺す。
「それはそうとアウロラ、ルークの身体はな、深い傷だらけなんだ。まぁ、アウロラが居るから、これ以上傷を負ったとしても、目立たないようにしてもらえるだろうがな。」
「ル、ルーク様も深傷を負われた事があるのですか?」
「あぁ、昔ね。いずれアウロラも毎日見る事になるだろうけど。」
「直接···見る···毎日···。」
アウロラが呟きながら、ギ·ギ·ギと音が聞こえてきそうな動きでこちらを振り向く。
「そうだね。」
「!!!。」
アウロラの顔が湯気が出てきそうな程、一気に真っ赤になる。
「あの···お二人は?」
「ああ、アウロラは私の婚約者だ。」
バズが驚きであんぐり口を開ける。
これで少しは釘を刺せたかな。
「ホ、ホーヴェット家の方々のお話は聞いたことがあります。僕は貧しい出身だけど医師になりたいんです。僕を弟子にして下さい。」
「ハハハ、そこは俺じゃないのかよ。」
「いえいえ、恐れ多くて···。」
慌てるバズはアンナ神官の治療が上手くいったので、心に余裕が出来たのだろう。
少し顔色が良くなった様だ。
「ふふ、私はあなたとさほど年齢は変わらないのよ。それに知識も技術もまだまだだし。弟子ではなくて弟ね。」
「弟···それもいいですね。」
おい··
「まぁ、俺はとにかく明日戻る。アウロラの論文の検証も出来たしな。研究棟よりこれ以上人は出せん。」
「はい、これ以上はお気遣いなく。ご指導下されば薬等は私が側に付いておりますので。サミュエル殿下にはどうぞ感謝の意をお伝え下さい。ホーヴェット様も有難うございました。明日の経過をご覧になったらどうぞお戻り下さい。」
クリス神官がそう伝える。
バズはとても残念そうな表情をしていた。
食事が終わるともう深夜だった。
アウロラはアンナ神官の部屋で仮眠を取るというので、自分も側にいることを伝える。
因みに教授達は別室だ。
「えっ···ルーク様も宜しいのですか?」
「勿論、私が連れて来たからね。」
そう笑顔を向けると、アウロラは心から嬉しそうな顔をした。
部屋の長椅子に2人座り背にもたれる。
肩を抱いて寄り掛からせると、カチカチになりながらもぴったり身体を寄せてきてくれた。
アウロラも疲れたのだろう、すぐ寝息が聞こえてきた。
「アウロラお疲れ様、有難う。」
そう言って、軽く口付けた事をアウロラは気付いていない。
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