15 アウロラの夏休み ②
こんなに大掛かりになってしまうとは思いませんでした。
まさかの騎士20名、見習い騎士10名、生物研究棟より5名、医·薬学研究棟より10名となかなかの大所帯になりました。
マシューさん曰く、古代種を従えて行くにはこれでも少し心もとない位だと。
何でもナナイロオオトカゲとハッコウカラスは古代種の中でも国宝級の存在だとか。
研究棟区域に多くの守衛が配備されているのも、常日頃から貴重な資料、薬剤、そして古代種を狙う輩らの侵入が多いらしく、その対処に追われているのだとか。
確かにローヴェル王国は近隣諸国に比べ、多分野での研究が進んでいる国である。
毒の解毒の手掛かりを探すという大きな課題があるとはいえ、若干ピクニック気分だった私は大いに反省した。
それに騎士に護衛されると聞いた時、もしかしてルーク様が···とちょっと期待してしまったが、どうやらサミュエル殿下の公務に同行するらしく来られないとの事。
残念···。
そう思いつつ騎士の皆様を眺めていたら、そこに見たことのある顔···と思ったら、なんとダンテ·モーガン伯爵令息でした。
ルーク様と違い彼はまだ見習い騎士の為、サミュエル殿下の護衛として同行するこが叶わなかったのだろうか。
いずれにせよ、あまり関わらない方がいいだろうと思って見ていると、荷物を運んでいるダンテ様とバッチリ目が合ってしまった。
私の事なんてご存知ないだろうと目をそらそうとすると、なんと彼は私をギン、と激しく睨み返してきた。
え?どうして?
彼がいる場所との距離はあるけれど、そのギラついた目はしっかり私を捕らえている。
その私を睨む目は、どういう感情のものなの?
私に纏わる情報なんて、彼の耳に入ることなんてあるのだろうか?
ルイーズ様絡み?ルーク様絡み?
とにかく今日は絶対に接触しない様にしようと心に決め、仲間の元へ急いだ。
◇◇◇
「いや、どうしてこうなったんでしょうね···」
最近のお世話ですっかり慣れたマシューさんの左腕にナナちゃんがピッタリ張り付いていた。
重そう···
「ナナちゃんお留守番じゃなかったの?」
アウロラの姿を見つけると片手を伸ばし、ワタワタと乗り移ろうとしてくる。
「ナナちゃん、なんて可愛いいの···。」
「トカゲよ、今から移動するのだから、アウロラが重くなるであろう。そやつの腕に引っ付いておれ。」
私の肩に乗っているムク様がそう牽制する。
マシューさん曰く、研究棟に残るメンバーに預けようとした途端、マシューさんの腕に張り付いて離れなくなったのだとか。
機嫌を損ねて、姿を眩ませられても困るからと連れてくることになったのだとか。
そう言いながら希少種に張り付かれているマシューさんも満更ではない様子。
まぁ、たまには自然を堪能したいわよね。
ナナちゃんとムク様と外で戯れるのが楽しみなアウロラとは裏腹に他の面々は、古代種に逃げられたり、傷つけられない様にしなければと緊張した面持ちだった。
今回私達を率いる騎士団が目指したのは、王都郊外の深い森だった。
さすがに高い山のあるような場所まで行くには宿泊を伴うらしく、それには許可が下りなかったらしい。
それでもこの森は野獣も出る事から、気軽に足を運べる場所ではなかった。
ムク様が言うものがあればいいのだけど、と心配していると、現地に到着するやいなや「ここで待て。」と一言残し、ムク様は空高く飛び立って行ってしまった。
焦る周囲を宥め、とりあえず待つことにする。
30分程経ってからだろうか。
ムク様が何かを咥えて漸く戻って来た。
皆ホッと胸を撫で下ろす。
「ムク様お疲れ様です。」
ムク様は再び私の肩に降り立ち、咥えていた赤い葉の植物を私に渡す。
「ここから北東方向へ行くと小さな泉がある。そこに群生しているこの植物を持ち帰ると良い。」
「これは···アカメワサビ?」
「そうそう、そんな名だったな。久しぶりすぎて名を忘れておったわ。」
「確か···鼻の奥が痺れる程の辛味と、喉がヒリつく苦味が特徴で食するには適していないんでしたか?」
私の側に来ていた医·薬学研究棟のラティキア·エトロン助手に聞いてみる。
因みに彼は今日来ることが出来なかったディセック教授の代わりに参加している。
20代後半で長めの髪はきっちり後ろで結び、野性味溢れるディセック教授とは反対に、細身で理知的な眼鏡が特徴である。
アウロラが学園に入学して以来、ディセック教授が不在の間、ミュラー教授と共にアウロラに目をかけてくれた人の一人だ。
エトロン様は植物を受け取ると葉の裏からくまなく確認する。
「アカメワサビで間違いないですね。山奥の清流で育ち、食にも適しているアカネワサビによく似ていますが、アカメワサビは葉の裏が黒っぽい色をしているのが特徴です。よくアカネワサビと間違えられ食される事もありますが、その強烈な辛味と苦味のため食には適していません。」
「これを粉末等にし、患者に高熱の症状が出たら、意識を失う前に数回舐めさせよ。」
アカメワサビはその強烈な味から解毒する程の量を摂取するのは難しい。となれば···
「ムク様、解毒というよりこれで患者に刺激を与えるのですか?」
「アウロラは賢いな。あやつの毒は、生き物が生きていく上で必要な脳が身体を動かす命令系統の神経を眠らせる作用がある。高熱が出るのは脳が抵抗しているからだろう。そこで敏感な舌に刺激を与えることで、眠ろうとする脳の機能を起こしてやるのだ。これだけの刺激のある味で、食して無害な植物はなかなかないだろう。」
「ムク様、高熱が出て脳に障害を負ってしまうことがあります。解熱剤も合わせて服用してもいいでしょうか?」
「良いのではないか。薬の相性については、そなた達で確認した方がいいだろう。」
研究棟の人間は、アウロラとハッコウカラスが会話するのを知っているが、騎士団の者達は初めての光景に皆驚いて固まっていた。
それからムク様は再び飛び立ち、アクトリ草という水草を見つけて持ってきてくれた。
これは元々水中の汚れを浄化してくれると言われている水草で、ムク様曰く、アクトリ草がスヴェナカエルを始めとするほとんどの毒に反応するらしい。
「毒が入っていると思われるものの中にこの水草を入れてみよ。水草が真っ黒に変色する。試してみると良い。」
「ムク様有難うございます。勉強になります。」
その後、エトロン様は他の研究員、数人の騎士を連れ、ムク様が指定する場所の確認に向かった。
採取に関しては日をあらためて行うらしい。
残された私達は騎士団に守られながら小さな滝のある川辺で休憩することになった。
ムク様は水浴びをすると滝壺へ飛んで行く。
ナナちゃんを私に預けたマシューさんとレベッカさんは、慌ててムク様を追って行った。
私の膝を枕に眠るナナちゃんを優しく撫でながら、水浴びをするムク様を眺めていると、目を瞑っていたナナちゃんがびくりと身体を大きく揺らした。
人の気配がするので見ると、私の座る斜め後ろにダンテ·モーガン伯爵令息が立っていた。
ナナちゃんは鼻を私に擦り付ける様に顔を埋める。
私は座ったまま、ダンテ様に軽く会釈をする。
「お前はルーク·ペータースの婚約者のアウロラ·ホーヴェットだな。」
ダンテ様は名乗ることなく、無表情のまま上から見下ろす様に話しかけて来た。
怖っ···
「はい···。」
短くそう答える。
彼は私とナナちゃんの護衛を命じられているのだろう。
待機の姿勢をとっている。
「お前の話を聞いた。」
「話?」
ルーク様からだろうか。
「お前はルイーズ·オヴァフ男爵令嬢に会うたび睨み付けているらしいな。」
「はい?」
「ルイーズは別にペータースなど相手にしていない。不快な事はやめろ。」
はい?
突然の事で理解が追い付かない。
どうやらダンテ様は私を非難する為に近づいて来たらしい。
ちょっと呆れてしまう。
えっと、ここはどのように対処すべきだろう?
泣いてみる?
うーん、でもそれだと感情に身を任せやすい性格で、且つ認めたと言っているように思われるかもしれない。
ここは素直に申し開きをする方がいいかも。
「ルイーズ·オヴァフ様のお話は耳にすることはありますが、私は面と向かって顔を合わせて会話したことはありません。ただ思い当たることと言えば、以前マイケル·マーフィー様とルイーズ様、エリーサ·リュクトフ様が朝何やらもめていらっしゃった時、周りの人垣の中からその様子を見ていたのですが、その場をシャーロット·ジェンセン様とスフィア·ミュランダン様が収められた後、お二人が私に気づいて微笑んで下さったんです。その後視線を感じたのでそちらを見るとルイーズ様がこちらをご覧になっていらっしゃいました。そこで目が合いました。その時位です。」
「·····。」
「睨んだつもりはありませんが、もしその時の私の目付きがお気に召さなかったのでしたら謝ります。しかし常に私の視線が気になるとおっしゃるのは間違いです。日々放課後、研究棟で時間を費やしています。ルイーズ様をお見かけする事もありませんし、機会もありません。どうぞ気のせいだとお伝え下さい。」
ふぅ、結構話してしまったけど、大丈夫かしら?
視線を向こうで水と戯れるムク様に向ける。
もうこれ以上接触しないで欲しい。
心の中で必死に祈る。
「···しかしルイーズの事を不快に思っているのは間違いないだろう。」
ダンテ様が漸く口を開いたかと思えば更なる追撃···。
「そんな心根だとペータースの心もいずれ離れるだろうが。」
な!?
あ、あまりに失礼過ぎます。
思わず二度見してしまいました。
「図星か?まぁ、あいつは『冥府の使徒』とか悪名がつけられる程冷酷な所がある。嫌われでもすればお前に危害を加える事もあるかもしれん。大人しくしていることだな。」
ん?
『冥府の使徒』って?
ルーク様が?
「『冥府の使徒』?『氷の騎士』とかではなくて?」
「あぁ、知らないのか?野獣やら何やら切り捨てる姿は残忍だったからな。そんな悪名つけられても仕方がないだろう。それに『氷の騎士』の異名は、現ワイアット·グリフォニア辺境伯がそう呼ばれているからな。」
「何て斬新で強そうな異名でしょう。名付けた方は、ある意味言葉の天才ですね。ふふ、ルーク様にピッタリかも。では日々調合に明け暮れている私は、さしずめ魔女といった所でしょうか。『冥府の使徒』を支える魔女。ふふ、案外素敵な組み合わせですよね。」
「·····いや·····。」
ちょっとルイーズ様の事で絡んでこられて悪印象でしたけど、最後に素敵なルーク様情報。
感謝ですね。
「貴重なルーク様情報有難うございます。また何かあったら教えて下さいね。
あぁ、ルイーズ様の件はご心配なく。」
「いや、だから···。」
何かダンテ様がいいかけた所で、羽音と共にムク様が私の肩に舞い降りた。
「そこの者、アウロラに近づくでない。去ね!」
渋い怒声でダンテ様もびくりと反応する。
初めてムク様の声を聞く人はびっくりするわよね。
ムク様は両羽を広げ、ダンテ様を威嚇する。
「アウロラ嬢、大丈夫か?」
遠くで全体の指揮をとっていたミュラー教授も側に来ていた。
マシューさんとレベッカさんも突然飛び立ったムク様を追いかけてこちらにやって来る。
「あっ、大丈夫です。お話をしていただけですから。」
まぁ、ダンテ様に嫌味を言われたけど、貴重なルーク様情報を下さったことだし、ここは穏便に済ませないと、今後情報がもらえなくなるわ。
ばつが悪くなったのか、ダンテ様は一礼をしてその場を辞した。
「ムク様ご心配をお掛けしました。本当に大丈夫ですから。」
「大丈夫かどうかはトカゲを見れば分かる。赤く変色しているであろう。」
「変色?」
膝の上のナナちゃんを見ると、鱗と目が赤黒く変色していた。
「え?ナナちゃん、もしかして私が無意識にギュッとしちゃってた?それに何だか身体が大きくなってない?」
気のせいか一回り大きく見える。
ミュラー教授は興味深くナナちゃんを観察する。
「一回り大きくなっているね。それにこの色は
初めて見る。この様子から怒りを表しているかもしれないね。」
「この色は危険を察知した時に現れる。」
「ちょっと言われましたが、危険なほどでは。」
「あやつのあの甘い臭いは危険だ。我が最も嫌う臭いの一つだ。」
「甘い臭い?私は何も感じませんでしたが。」
「ムク様、後で詳しく伺っても?」
ミュラー教授は何か気になる事があるらしい。
この後、ムク様とナナちゃんの気を宥めるために持参した果物を2体にふるまって、漸く機嫌を直してもらった。
こうしてムク様のお陰でスヴェナカエルの毒に対抗出来るものを入手し、充実した1日となったのであった。
読んで下さり有難うございます。
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