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12 アウロラは見た②

「エリーサ、どういうつもりだ?ルイーズ·オヴァフ男爵令嬢の私物に手を出すなど!」


その日通用門には、朝の清々しい空気を一気に乱す男性の罵声が響きわたっていた。

気が付いた時には、既に囲むような人だかりが出来ており、その隙間からそっと伺うと、そこにはルイーズ·オヴァフ男爵令嬢を守る様に立つ1人の男性と、彼らに向かい合う1人の女性がいた。

エリーサと呼ばれた女性は、おそらくエリーサ·リュクトフ伯爵令嬢。

男性は婚約者のマイケル·マーフィー伯爵令息だと思われる。


何故わざわざ人目につく場所を選んで声を掛けるのか?

相手に恥をかかせる為の行動だと思うと気分が悪くなる。


薄茶の真っ直ぐな美しい長い髪に落ち着いた顔立ちのエリーサ様は、凛として美しい。


「おはようございます、マイケル様。朝からその様に興奮されて何をおっしゃるかと思えば。私がルイーズ·オヴァフ男爵令嬢の私物に手を出すなどあり得ませんが、どの様な内容か伺っても?」

「10日程前ルイーズ·オヴァフ男爵令嬢の教科書を破る等、私物を荒らしただろう?」

「10日程前とはいつですか?全く身に覚えがありませんが、何故私だと?」

「ルイーズが、おまえが教室を立ち去るのを見たと。」

「立ち去っただけで私の犯行だと?それに人気のない教室にいたことなどありませんが。」

「この前の事があるからな。お前以外に誰がルイーズに危害を加える?落書きはお前の筆跡に間違いない。」

「その筆跡を見せて頂いても?また10日前頃と曖昧ですが、はっきりとした日付を教えて頂けませんか?それに何故10日も経って騒ぎたてるのです?」

「それはルイーズが打ち明けるか悩んだからだろ?」

「授業が終われば速やかに帰宅するよう言われているはずですが?オヴァフ男爵令嬢は何のために残っていたのでしょうか?」


教室では個人の席は指定されていない。

1席3人掛けの長椅子と長机で、自然と王族や高位貴族はそこに1人で座る。

その為教室も広く、座席数も多く、ゆったりとした作りだ。

学園の授業は主に、各自専門分野の勉強に力を入れる様組み立てられており、クラス分けといっても、朝学園からの連絡事項を伝えるいわゆる『朝の会』と共通科目の授業以外は、各々受ける科目の指定された教室に移動している。

その為自分の荷物は常に持ち歩く為、教室に置いたままにする事はほぼない。

その代わりに、一人一人大きめのロッカーが与えられており、皆必要な教科書を出し入れするのだが、鍵を掛けられる為、開けたままにしたり、鍵を無理矢理壊さない限り荒らされる事はない。


「先生に突然呼ばれたのですわ。急ぎでしたので仕方なく···。」


ルイーズ·オヴァフ男爵令嬢は伏し目がちに言葉を返す。


「荷物に関しては緊急を要していたのだから仕方がないだろう?」


マイケル·マーフィー伯爵令息がすかさず庇う。


「朝からこの様な場で人だかりで何かと思えば···マーフィー様おはようございます。エリーサ様とお話になりたいのでしたら、この様な人目にさらされる場所は相応しくないと思いますが?」


マイケル·マーフィー伯爵令息が声を荒げている中、人垣が割れるようにして現れたのはスフィア·ミュランダン侯爵令嬢だった。


「シャーロット様もそう思いませんこと?」

「そうですわね。とてもまともに話合いをしようという振る舞いではございませんわ。」


そうスフィア様の横に現れたのは、シャーロット·ジェンセン公爵令嬢だった。

第2王子サミュエル殿下の婚約者である。

ルークと同じプラチナブロンドの髪は緩く波打ち、透き通るような肌に、微笑みで細められた目元はそこはかとなく色気を感じさせるもので、ルイーズとはまた異なる美しさを持った方だった。


公爵令嬢と侯爵令嬢の登場に、場がしんと引き締まる。


流石に高位貴族のお二人がいらっしゃると空気が変わるわ。


アウロラが一人場の雰囲気に感心していると、スフィア様は更に続ける。


「もしかして10日程前というのは、私とシャーロット様が王宮に呼ばれ、学園を欠席していた日の事かしら?確か11日でしたわね。」


スフィア様の言葉にルイーズ·オヴァフ男爵令嬢は小さく頷く。


11日?

あっ、その日は薬草園にサミュエル殿下とルイーズ様が来ていた時だわ。


その時、スフィア様がちらっと私を見た。

かなりの人混みの中にいるのに、よく私に気付かれたと感心してしまう。


スフィア様は手に持つ扇で口元を隠しながら、シャーロット様に何か囁く。

シャーロット様は小さく頷くと、ルイーズ·オヴァフ男爵令嬢に向き合う。


「そう言えばその日王宮に苦情が来ておりましたわ。何でも許可なく薬草園に入り込み、はしゃいでおられた方がいたと。その時にいらっしゃった方々は厳しいお叱りを受けられたとか。オヴァフ男爵令嬢もお心当たりがおありでしょう?確か馬車場までダンテ·モーガン伯爵令息が送られたと伺っていますが、いったい何時荷物を取りに行かれて、エリーサ様が私物を荒らすのを見られたのかしら?」


ルイーズ·オヴァフ男爵令嬢は薬草園の話を聞いて少し顔色が悪くなる。

恐らく殿下が厳しく注意されたのを知っているのだろう。

それにあの時間から教室に戻ったのならダンテ·モーガン様が付き添われているだろうし、エリーサ様がそんな時間に教室にいるのも考えにくい。

ルイーズ·オヴァフ男爵令嬢としては、シャーロット様やスフィア様が学園にご不在の時に起こった事には対処出来ないと思ったのだろうか。


アウロラがスフィアに渡した情報が役立ったらしい。


まぁ、それ以前にあの薬草園にサミュエル殿下が許可なく立ち入った際、アウロラは気付いていなかったが、薬草園に何かされたらと、植込みに2人程隠れて監視していたらしい。

サミュエル殿下もダニエル·ディセック教授が不在なのを狙って行ったのだろうが、研究員達は即座に報告、抗議したらしい。

危険な毒草も取り扱っている限り、何かあったら処分されるのは研究棟の人間だ。


「ルイーズ·オヴァフ男爵令嬢、私は11日も含め、その前後の日程は全て寮ではなく自宅に戻っておりますわ。声楽の先生と共に過ごしておりましたので、先生に証人としてお口添え頂く事も可能ですわよ。」


自主謹慎され、気落ちしていたと聞いていたが、今のエリーサ様は堂々としていた。


「何をもって私だと断定されるのです?思い込みでこの様な場所で諌める様な行為は、人として恥ずべき事だと思いますが。」


「エリーサ····」


そう呟き、絶句するマイケル·マーフィー伯爵令息。


「それでどうですの?ルイーズ·オヴァフ男爵令嬢。そこにいるはずもない私に、どうして私がしたとおっしゃったのかしら?」


「···茶色の髪が···。ごめんなさい、私不安な気持ちになり、マイケル様にご相談しただけです。」


涙を浮かべ、うつむく令嬢。

あたかもマイケル·マーフィー伯爵令息が早合点した様な言い方だ。


「取り敢えず教科書を見せて下さる?」


シャーロット様がそう言うと、ルイーズ·オヴァフ男爵令嬢は渋々教科書を出す。

受け取ったシャーロット様はパラパラとめくりページを確認する。


「確かに数ページ破られていますわね。そしてこのイタズラだと思われる字ですが···似せていますがエリーサ様のものではありませんわ。エリーサ様の文字は細く流れるような美しい文字ですの。それにもし私がイタズラするなら、筆跡で辿られる様な事はしませんわ。この様な下賤な言葉、利き手ではない方で書くでしょうね。お粗末な事。」


穏やかな雰囲気からは想像出来ない程鋭く、冷静な言葉に思わず拍手したくなる。


さらにスフィア様は自分の鞄の中から同じ教科書を取り出し、ルイーズ·オヴァフ男爵令嬢に差し出した。


「こちらをお使いになって。さすがに侯爵家の者の教科書を破く者はいないでしょうから。私は従兄弟のお兄様にお借りしますから、卒業の際お返し下さいね。」


しかし、ルイーズ·オヴァフ男爵令嬢は、なかなか教科書を受け取ろうとしない。


「では俺の教科書を共に···」


「まさかこの私の申し出を断って、婚約者のいる男性と教科書を共有しますの?」


侯爵令嬢であるスフィア様の好意を断り、婚約者のいる男性の手を取ることはあり得ない。


「マーフィー様は自覚が足りないのではなくて。朝から婚約者以外の女性を伴い、自身の婚約者の潔白を信じず、無実を証明しようとしないどころか、この様な場で辱しめようとするその態度。客観的に見ても異常ですわよ 。」

「う···ぐ···」


ルイーズ·オヴァフ男爵令嬢は、その様子を横目で見ながら、おずおずと教科書を受け取る。


「教科書の件はお気の毒だと思いますわ。でもあなたの日頃の複数の婚約者のいる男性との接し方に問題があり、お相手の方々の心を傷つけているのも事実。学園で平等を謳っているのは、節度のない振る舞いを許したものではなくってよ。ご自身の防衛の為にもお気をつけなさい。それにマーフィー様、あなたはエリーサ様に言う事があるのではなくて?」


シャーロット様はそう言い、スフィア様を連れ立ってその場から離れる。

去り際ふと私の方へ視線を向け、とても優雅に微笑まれた。


う、美しい···


続くスフィア様も、私に笑みを向け立ち去られた。


「マイケル様、お話がございますの。」

「あ、ああ。」


エリーサ様とマーフィー様は、話合いの場所を変えるため離れた。


今まで見ていた人垣も崩れ、各々教室に向かって行った。


シャーロット様もスフィア様もお見事でしたわ。

エリーサ様は大丈夫でしょうか···


そう思いながらアウロラもその場を離れようとした時、ゾクッと悪寒が走る。


何?


周りを確認すると、人の流れの先にルイーズ·オヴァフ男爵令嬢の姿があり、じっとりとした目でこちらを見ている事に気付いた。


ひっ?!


一気に全身に鳥肌が立つ。

不快なその視線は、普段優雅に微笑んでいる姿とは掛け離れたもの。


ルイーズ·オヴァフ男爵令嬢は、シャーロット様とスフィア様の視線の先のアウロラに気付いたのだろう。


こ、これはもしかして敵認定された?


いやあぁぁぁぁぁぁ


恐怖で立ち尽くすアウロラだった。





明けましておめでとうございます。

読んで下さり有難うございます。

また、ブックマークをして下さった方々、有難うございます。

今年も宜しくお願いします。

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