11 毒の侵攻
アウロラには、王立学園で研究したい事が主に2つある。
1つはナナイロオオトカゲの繁殖だ。
驚くべき怪我の治癒能力がある粘液を抽出するためには、ナナちゃん一個体では当然十分ではない。
どういった状況で繁殖するのか、それさえも分かっていない。
それが解明出来ればと思う。
繁殖が可能なら、乱獲(簡単に出来るものでもないが)を防ぐ事にもなる。
複数の目で観察する事により、その生態が解明される事を期待している。
2つ目は解毒薬の開発だ。
実は昨年あたりから、ホーヴェット領を訪れる旅人の中に、毒に侵された中毒症状の患者が増えている。
患者に共通しているのが、他国からダラム国を経由し、ローヴェル王国に入国している者だという事。
そして厄介なのが、その中毒症状を引き起こす毒の特定に至ってない所だ。
父エイダンから王宮とここ研究棟に報告が入っていると思われるが、具体的な指示や報告は来ていない。
そんな折、王国の西ルヴェル領にある国境沿いの村『ソナ』で原因不明の病が発症した為、その病の原因解明と治療要請がホーヴェット家に下された。
父エイダンと医·薬学研究棟のディセック教授はその解決にあたる為、約4ヶ月前『ソナ』へ向かった。
入学式頃に戻る予定だったが結局遅れ、帰還したのは3週間後だった。
◇◇◇
「アウロラ久しぶりだな。髪型等随分印象が変わったな。眼鏡か···研究のし過ぎで目が悪くなったのか?視力ばかりは薬でどうにもならないからな。まぁいい。それより学園生活は順調かい?」
医·薬学研究のダニエル·ディセック教授は父エイダンの師匠の1人だ。
50代半ばという年齢ながら、その気力溢れる身体は鍛えぬかれた騎士の様でもあった。
ディセック教授は、アウロラが物心つく頃から何度かホーヴェット領を訪れていた為、『元気な薬師のおじ様』として接してきた親戚の様な存在だった。
「ディセック教授、ご無沙汰しております。ご無事なご帰還何よりです。」
「エイダンだが、もう少し様子を見てから帰還する事になっている。」
「そうなのですね。それで原因は分かったのですか?」
「あぁ、あまり公に出来ないが、原因は毒による中毒症状だった。」
「毒ですか?」
「ある動物の持つ毒袋だと思われる物が、井戸から見つかったんだ。村人は気付かずその水を摂取していた。始めは我々も病だと思っていたからね。ただ、今回エイダンが大量の蒸留水を持ち込んでいただろう?念のためその水を我々は飲んで過ごしていたから大丈夫だった。逆に村の水を飲んだ者が体調を崩したからそこで水が原因ではないかという事になってな。」
「動物の死骸がなく毒袋だけという事は、誰かが毒袋を投げ込んだという事ですか?」
「まぁそうなるな。動物の特定はミュラーに任せるがな。確かホーヴェット領でも旅人が毒による中毒で倒れたんだったか?」
「はい。その時の症状を書き留めておきましたので、今それに合う毒草や動物による毒がないか記録を調べています。」
「これは研究所をあげて調べた方が良さそうだな。何処かの国が仕掛けているのだとしたら、戦争になるやもしれん。」
『戦争』という言葉にヒヤッとする。
いざ他国と戦争になれば、ルークは間違いなく行くことになるだろう。
毒による攻撃をされたらどうなるだろう···
私に出来ることを全力でしなければ。
そうあらためて心を引き締めるアウロラだった。
◇◇◇
「アウロラさんの研究の原動力は何ですか?」
ディセック教授が帰還したのは丁度休日だったので、アウロラは朝から研究棟に詰めていた。
気がつけば夕方だったので、何時もの通り、マシューが馬車乗場までアウロラを送ってくれていた。
その時にふとそんな質問をされた。
「原動力ですか?そうですね、こんなこと言ったら軽蔑されるかもしれませんが···」
「アウロラさんを軽蔑なんてしませんよ。」
マシューは優しく微笑む。
「私は愛する人の役に立つ事だけを考えて研究をしています。愛する人が少しでも傷つく事を想像するだけで胸が苦しくなります。自分の力が及ぶ限りの事で癒せる事はないか、役立てる事はないかとあらゆる事を考えます。愛する人をただただ守りたいだけ。みんなが幸せになるようにとか、そんな高尚な考えで動いている訳ではないんです。心が狭いでしょう?」
「···いえ、結果それはみんなを救う事にも十分役立ってますから。そうですか、愛する人の為ですか···。アウロラさんから愛される方は幸せですね。」
マシューはそのまま何かを考える様に黙ってしまった。
そうしている間に研究棟の出入口に着く。
ふと見ると、そこで誰かを待つ人の姿が目に入る。
「アウロラさん、今日はお迎えがあるようですよ。」
アウロラがマシューの視線の先を辿ると、そこには夕陽を背にしたルークの姿があった。
黒い騎士服に身を包み、ルークの姿を象る様に差す夕陽。
オレンジ色に染められたプラチナブロンドの髪は風に揺れている。
それはまるで一枚の絵の様な美しさで、思わず見とれてしまう。
「ルーク様。」
「では私はこれで。」
「あっ、マシューさん何時も有難うございます。」
アウロラは、ルークの姿があるのが嬉しくて、頬を染めながらマシューに頭を下げる。
彼が彼女の『愛する人』なんですね。
マシューは少し羨ましく思いながらアウロラを見送った。
「アウロラ、お疲れ様。休みの日なのに大変だね。」
「ルーク様、ごきげんよう。ルーク様も任務だったのですね。」
「あぁ、思ったより早く終わったから、研究棟の守衛にアウロラが来ているか確認してみたんだ。」
「そうだったんですね。お立ち寄り下さって嬉しいです。そ、そ、それに騎士服姿が麗しいですわ。」
真っ赤な顔で嬉しそうに話すアウロラを見て、
ルークは思わずアウロラの頭を撫でる。
よしよしされたアウロラは、飼い猫の様に嬉しそうに目を細める。
それからルークはアウロラに腕を差し出し、アウロラに手を添える様促す。
「寮まで馬車で戻る?」
「い、いえ、あの!もしルーク様がお疲れでなかったら、歩いて帰りたいのですが。その···ずっと会えなかったので、少しでも長く一緒にいたいです。」
包み隠さず訴えてくるアウロラが可愛らしくて、思わずルークは笑ってしまう。
「僕もだよ。」
そう耳元で囁けば、アウロラは一瞬魂が何処かに行ってしまったのだろう、固まっていた。
夕方になれば少し肌寒い風も、すっかり火照ってしまったアウロラには心地良かった。
「次の休みの日、王都では花祭りがあるのは知ってる?」
「はい、教えてもらいました。」
「お昼頃から時間が取れそうなんだ。久しぶりに街へ行かないかと思って。」
「いいんですか?」
「是非。広場で皆ダンスを楽しむんだ。久しぶりに一緒に踊ろうか。」
そう優しく微笑むルークに、アウロラはただただ幸せを感じていた。
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