109 番外編 竜の国の王子 ④
お待たせして申し訳ありません。
宜しくお願いします。
「髪を黒色に染めるのですか?」
「ああ、俺の妃の容姿はそれなりに知られているからな。変装した方が狙われにくい。」
「今、妃って言いましたか?」
「ああ、そうだ。アルネスト王国の第2王子だよ、俺は。」
「え?」
翌朝、目を覚ますとアルクが用意してくれた朝食を食べていた所、思わぬ話を聞かされた。
「そうか····それも思い出せないか。俺達は市井で言う、『真実の愛』で結ばれた仲なんだ。」
「それは····私が身分が低かったからですよね?」
「そうだな····身分というよりもローラはこの国の有力貴族の元へ嫁ぐはずだった。だが、偶然病に倒れた俺を看病してくれて、仲が深まり恋人になった。」
「私は元々この国の者なんですか?」
「そうだ。それで、拐うようにしてアルネスト王国に行ったんだ。」
「看病って私·····。」
「ローラは薬草に心得があったからな。貴族という身分を隠して神殿で医療活動をしていたんだ。その時にね。」
「そうですか····私には婚約者がいたのですか?」
「いや、婚約式をする前だから心配しなくていい。ただ、ローラの事を気に入っていたらしいから、見つけたら連れ戻そうとすると思う。だから、俺以前に、ローラも身を隠した方がいい。」
「分かりました。その話を聞いても何一つ思い出せなくて····。私は決死の覚悟でこの国を出たのでしょうね。アルネストに帰ったら、また詳しく話して下さい。」
「ああ。まあ、取りあえず色々身元がばれると厄介だから、ローラにも変装して欲しい。」
「分かりました。お手数をお掛けします。」
何となくこのローヴェル王国が知らない国ではない気がしたので、話を聞いて納得した。
婚約前なら良かった。
この国に来たいと言ったのは、何かやり残したことがあったからだろうか?
そんな事を考えながら、アレクに髪を染めてもらう。
「王子様にこんなことさせるなんて。」
申し訳なく言うと、アレクは笑う。
「ローラとの出会いもそうだが、元々庶民に紛れて動くのは好きなんだ。市井を知る為に商人に成りすまして生活していた事もある。身の回りのことなんて全部自分でする。」
「そうなんですね。」
「う~ん、その話し方。記憶か戻っていなくても、話し方は元に戻して欲しいな。折角困難を乗り越えて夫婦になったのに。寂しいよ。」
そう言って目尻を下げるアレクに申し訳なさを感じる。
「ご、ごめんなさいっ。あの····アレク、有難う。」
そう言って微笑むと、アレクは優しく微笑み返してくれた。
◇
翌日、身支度を整え、アレクと私はその小屋を出た。
まだ夜が明けたばかりで、ひんやりと冷たい空気が重たい頭をスッキリさせてくれるようで心地よかった。
「身体は大丈夫か?」
「ええ、このくらい冷えていた方が、頭がはっきりするみたいで気持ちいいの。今日は沢山歩くのでしょう?頑張るわ。」
そう笑顔で言うと、アレクは眩しそうに私を見つめ、そのしっかりした腕で優しく抱き締めてくれた。
「早くアルネストへ帰ろう。俺達の離宮でゆっくり過ごそう。」
アレクの言葉が少し切なげに聞こえた。
国境を越える前に小さな町を訪れることにしていた。
野獣に襲われたら危険なので、共に連れ歩くアルネストの国の騎士が数名、平民に変装して待機しているそうだ。
そういう話を聞くと、アレクは確かに王子なのだと悟る。
それ以上に、自分がアルネスト王国の第2王子妃という感覚が全くない。
このまま記憶が戻らなかったらと思うと不安になる。
アレクはそんな私の気持ちを察してか、片時も私から離れようとしない。
「ローラは案外、その黒髪が似合うな。」
そう言ってアレクは私の髪を手櫛でといてくれる。
確かに、何故か黒髪がしっくりきている自分に驚いてしまう。
そうして私の記憶を思い出させる為に、アレクは共に乗る馬上で、知ってると思うけどと言いながら、アルネストの話を色々聞かせてくれた。
間も無く町にある、待ち合わせの宿へ着くという時だった。
深緑の隊服を身につけた騎士達が数名、何かを探している様に、慌ただしく街道を駆け抜けて行く。
アレクが咄嗟に私の身を抱き寄せる。
彼等に気を付けなければならないのかと警戒する。
私がこの国の出身だからかしら、あの騎士達の深緑色の隊服に覚えがある。
そう漠然とした思いを抱えたまま、宿へと急いだ。
◇◇◇
「ルークが帰って来ているだと?」
「はい、1人馬に乗りお戻りになられました。余程無理されたようで、衣服が汚れていましたので、今湯浴みをされていらっしゃいます。身支度が整い次第、こちらにおいでになられる予定です。」
「····こちらから伝令を送った日にちと、ルークが王都から戻って来た日にちが合わないな。」
「ディラン殿下を王都へお送りした日程も、予定より早かったのではないでしょうか?送り届けられて直ぐにこちらに向かえば。まあ無くはないかと。実際に帰って来られていますし。」
「それか、王都で何かしらあったのやもしれんな。」
アウロラが行方不明になって直ぐ、城塞都市を囲う門は閉じられ、グリフォニア領内の町や村に捜索隊が放たれた。また、国境警備にあたっている部隊にも連絡し、出国しようとする者達の検問が行われていた。
未だ有力な情報がない事から、何処かに潜伏しているのではないかと予想していた。
明日から国境に近い町や村の建物を細かく調べる予定にしている。
「失礼します。」
ワイアットの執務室で地図を広げ、探索予定を立てていた時、身なりを整えたルークが入ってきた。
「ルーク戻ったか。」
そう声をかけるも、一瞬言葉を失う。
これは·····今直ぐにでも人を殺しそうだな。
執務室に現れたルークは寝ずに馬を走らせたのだろう。
目の下には隈が出来ており、目付きもきつかった。
そして何より、その醸し出すオーラが冷たかった。
「早かったな。話は聞いているかと思うが、アウロラが拐われた。小隊を組んで、捜索にあたらせている。」
「承知しました。王太子殿下から書状を預かっています。」
そう言って渡された書状に、ワイアットは目を通す。
思った通り、王都へ向かう日程は、2日分短くなっていた。
2日短縮するとは。
アウロラとの初夜の2日後の王都行きは、ルークにとって、相当気に入らないものだったのだろう。
その時のディラン殿下の表情が目に浮かぶ。
「なるほど、アルネスト王国の王子か·····。アウロラが拐われた時、神殿の同じ室内で殺されていたのもアルネストの商人だったな。やはり、アウロラ狙いで、古代種である竜化したナナイロオオトカゲを呼び寄せる気か?しかし、距離が離れていて呼び寄せられるのか?もしくはアウロラと引き換えに古代種を要求してくるか····。」
「王太子殿下のご指摘があり、王都に到着後直ぐ、戻ることにしたのです。まさか、懸念していた事が、現実になるとは。」
「アウロラを守れなかった事を謝ろう。話は聞いているか分からないが、侵入者は意識障害を起こす薬を使っている。倒れていた者達が、漸く少しずつ思い出してきている所だ。アウロラにも何か薬が盛られているかもしれないな。まあ、明日の早朝新たな捜索隊を出すことにしている。城で報告は待たないのだろう?」
「はい、私も国境へ向かいます。おそらくダラム王国を抜けて向かうでしょうから。」
「分かった。ならば、今は仮眠を取れ。相手は組織的に動いている可能性が高い。見つけたら戦闘になるだろう。」
「····承知しました。」
「ルーク、殺すなよ。」
ワイアットは今にもアウロラを探しに飛び出しそうなルークを宥め、ルークを休ませた。
アウロラは拐われた時点で殺される事はないだろう。
『古代種に愛されし乙女』と知られているなら、酷い扱いを受ける事も考えにくい。
気になるのは薬を盛られていないかだが·····。
それに拐った人間がアルネスト王国の王子で、アウロラと行動を共にしていたら厄介だな。
ワイアットは深い溜め息をついた。
◇◇◇
「国境線の警備が厳重になったか·····。」
無事宿に着いたアレクとアウロラは、アルネスト王国の騎士達と合流し、そこで数日滞在することにした。
アレクは早々にアウロラを部屋に案内し、そこで休むよう促した。
アウロラもまだ頭が若干重たく感じる為、アレクの言葉に甘え、部屋で休ませてもらうことにした。
「しかし、予想より随分早い対応ですね。ここからは離れていますが、別の村では、一軒一軒家の中を捜索隊が確認しているらしいです。」
「いつまでもここに滞在はして居られないか····。」
「この人数で動くのは難しいでしょうね。囮を2組程作って撹乱した方がいいでしょう。」
「そうだな。亜麻色の髪の女、いなければ髪色の薄い女でも構わない、金を掴ませ、2名急ぎ用意しろ。囮にするとは言うなよ。後で尋問されても不自然じゃない言い訳で誘い込め。」
「承知しました。では明日の夜出発で宜しいですね。」
「ああ。彼女はもう一度薬を飲ませるか·····。」
「構いませんが、また記憶をなくしますよ。この数日のアレク様との記憶も無くなりますが、宜しいでしょうか?」
「そうか····そうなるのか。」
「お見受けした所、あの方はアレク様に従順なご様子。薬を新たに飲ませずに、このままアルネストに向かった方がいいでしょう。」
「記憶は後どのくらいで戻る?」
「まだ、一週間程は大丈夫かと。徐々に戻りますので、それまでにローヴェルを出なくてはなりません。」
「·····分かった。」
「戻る前に、あの方法で古代種を呼び寄せなければなりませんね。」
「古文書のやり方が正しいかは分からないが、やるしかない。」
「御意。」
「しかし、あの記憶を失くす薬を飲ませ、好きな女を囲い、一生添い遂げた男は、薬を飲ませる度に、一から自分の記憶を植え付けていたという事か?」
「····そうなりますね。」
「凄まじい執念だな。」
「アレク様はそうなりません様に。記憶が戻ってもアレク様の傍を選ぶ程、アレク様に心酔させねばなりません。」
「他の女なら容易いが、彼女はどうだろうな。」
アレクは隣の部屋で眠るアウロラを想いながら小さく溜め息をついた。
◇
無事宿に着いて、平民に変装した護衛の騎士達と合流出来てホッとしたものの、何処か違和感を感じていた。
皆、私の顔を見て驚いていた。
まるで初めて会うかの様に。
髪を染めたからだろうか。
それとも王子妃でありながら、ほとんど面識がなかったから?
その雰囲気から、仲間だと思えなくて、アレクの背に隠れるようにして過ごす。
アレクは何だか嬉しそうだけど。
一晩明けると、アレクからその日の夜にダラム王国に向かって国境を越える説明を受けた。
山道が険しい為、途中から徒歩で行くらしい。
そして日の午後、囮の2組が馬車で別の方向へ出発していった。
それを見届けてから更に日が沈んだのを見計らって、アレクと2人の護衛を連れて私達も出発した。
途中遠くに、こちらに向かって来る松明の灯りが見えた。
私達は直ぐに馬車の灯りを消し、脇道に逸れ隠れる。
暫くすると向こうの道に、松明を片手に走ってくる4、5名の騎士が見えた。
私は咄嗟に身を屈め、身体を隠す。
アレクは私のその様子に満足そうな笑みを浮かべていた。
「不味いですね。騎士が1人こちらに向かってきます。」
「何だって?」
かなり離れた距離だったのに、私達に気付いていたのだろうか?
「お二人は降りて森に隠れた方がいいかもしれません。」
「分かった。」
アレクは私の手を引き、こっそりと馬車から降り、森の奥へと入って行く。
「ローラ大丈夫か?」
「はい。」
「足が痛くなったら直ぐ言え。俺が抱いて行くから。」
「そ、そんなっ。大丈夫です。頑張ります。」
私は少し震える声で答えると、一生懸命足を動かし、なるべく音を立てないようにしながら急いだ。
途中振り向き、残った騎士達の様子を伺う。
馬に乗り、松明を持って現れた騎士が馬車に近づく。
遠目だが、暗闇の中にその騎士の顔が浮かび上がる。
ストレートのプラチナブロンドの長めの髪を後ろで結んだ男性。
何?
胸がドキドキする。
あの人は·····誰?
急いでいた足が止まりそうになる。
後ろを振り返って足が止まりかけている私に気付いたアレクが、私の腰を抱き自身に引き寄せる。
「ローラ、早く。」
「ご、ごめんなさい。」
私は直ぐに前を向き、アレクに合わせて急いで歩く。
しかし胸の鼓動が止まらない。
私どうしてしまったの?
「気付かれた。」
後ろを確認していたアレクがそう呟く。
「急ぐぞ。」
「はい。」
「相手は馬だ。少し急な道を登る。」
アレクはそう言い、私を引っ張りながら険しい道を登っていく。
登りきると視界は開け、月明かりが明るく2人の姿を照らし出す。
「綺麗·····。」
息を切らしながらも、思わずそう呟く。
「ローラ····。」
アレクはそう言い、私の手を強く握る。
私とアレクは互いに見つめ合う。
「何故逃げる?」
少し離れた背後から、男の声が聞こえた。
追いつかれたと思い、2人は驚いて振り返る。
2人を見て、男も驚いた表情を浮かべた。
癖のない、プラチナブロンドの髪に涼しげな切れ長の目、月の光で煌めくエメラルドグリーンの瞳。
美しい男性だった。
美しいからか、目が離せない。
一瞬の間·····それは時が止まったかのような時間だった。
しかしそれは突然3人の立つ横から現れた。
野獣が4体、歯をむき出しにゆっくり近づいて来る。
そしてそのままこちらに向かって走りだし、私達に襲いかかってきた。
読んで下さり有り難うございます。
また別の作品の投稿も行っています。盛り上がるまで少々読み進めて頂かなくてはなりませんが、気長に気楽に読んで頂ければと思いますので、こちらも宜しくお願いします。
「闇の聖女は愛を囁く。」
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