103 ある悲劇のヒロイン ③
グリフォニア城を前にして広がる森の中に、王都へ通じる道がある。
その森から、前後を多くの騎士に守られながら、アウロラを乗せた馬車が現れた。
そして後方にも騎士達に厳重に守られた特別仕様の荷台が一つ。
こちらも騎士団に厳重に守られていた。
一団が城壁にたどり着くと、到着を知らせるラッパの音と共に、重い扉がゆっくりと開かれる。
アウロラを乗せた馬車が城塞都市に入っていく。
元々知らせが入っていたのだろうか。
街道沿いの高い建物の上階から、花びらが撒かれ、街道は花の絨毯で埋め尽くされた。
やがて馬車はグリフォニア城の城門に到着する。
そこにはグリフォニアの騎士団と共に、城主であるワイアットとルークが出迎えてくれていた。
「城門を閉じよ!」
一団が入り終わると、グリフォニアの騎士が城門を閉じるのを命じる。
ルークは馬車の元へ行く。
御者か恭しく扉を開けると、中からグリフォニアの騎士団と同じ深緑色のドレスを身に纏ったアウロラが現れた。
皆アウロラの美しさに息をのむ。
「アウロラ、長旅おつかれ様。待っていたよ。」
ルークはアウロラの手を取りエスコートする。
アウロラはダラム王国との戦いの際、ローラという偽名を使って医療団の一員として参加していた為、見知っている者も多いはずだった。
しかし出迎えの騎士達は、アウロラの姿をみとめると一様にアウロラに釘付けになっていた。
「ルーク様、出迎えて下さり有難うございます。漸くここまで来れました。」
アウロラはそう言い、涙ぐんでいた。
ルークは軽くアウロラの目元に口唇をよせると、ワイアットに挨拶すべくアウロラをエスコートする。
「アウロラ来たか。長旅ご苦労。それで、あれがそうなのか?」
「グリフォニア公爵様、このようにお出迎え下さり有難うございます。件の古代種はあちらでございます。」
アウロラはそう言って荷馬車を指す。
「この場にいる者達は、これからそなた達を守る者達だ。ここで見せてもらおう。」
「はい、承知しました。」
ワイアットの指示でアウロラは荷馬車へ向かい、馬車の御者に扉を開けるよう促す。
御者は指示に従い、箱形の荷馬車の後ろの扉を開ける。
皆が固唾を飲んで見守る。
しかしそこには何の姿もない。
「どういうことだ?」
若干構えていた騎士団長が思わず呟く。
アウロラは苦笑いを浮かべる。
「ナナちゃん大丈夫よ。ここにいる皆様はこれから私達を守って下さるわ。一緒に挨拶をしましょう。」
何もいない馬車に向かい、幼子を宥める様に話すアウロラに皆、怪訝な表情を浮かべる。
その時、荷馬車が軽く揺れたかと思うと、アウロラの目の前に薄い水色に鱗の色を変えたナナちゃんが現れた。
馬ほどの大きさの小型の竜の突然の登場に、一斉に驚きの声が上がる。
「皆様、古代種のナナイロオオトカゲです。警戒すると周りの景色に擬態して姿が分からなくなります。この様にトカゲから竜の姿になってしまいましたが、大人しい子です。ナナちゃんと呼んで頂ければと思います。古代種ということで、外部からおそらく狙われる事が多いと思いますが、私共々宜しくお願い致します。」
アウロラはそう言い、頭を下げる。
それを見て、ワイアットとルークがナナちゃんに近づく。
「古代種よ。アウロラと共にそなたを守って参ろう。健やかに育てよ。」
ワイアットがそう言うと、意味を理解したのか、鱗の色がグリフォニアの騎士服の深緑色に変化する。そして今まで広げなかった翼を大きく広げた。
それを見ていた周りの騎士団の面々から、再び驚きの声があがるが、やがてそれは歓声に変わった。
後にナナちゃんは、グリフォニアの守り神と呼ばれることになるが、それはまだ先のお話。
◇◇◇
無事グリフォニア城に入城したアウロラは、ルークからこれから住む部屋に案内された。
夫婦の寝室にそれぞれの部屋が通じている作りだが、ルーク曰く、自室は形ばかりで、夫婦の部屋で毎日共に眠ろうと言われた。
毎日寝床を共にするのは、夫婦では珍しくない事だが、アウロラは嬉しくて、恥ずかしくて、色々期待して、想像だけで昇天しそうになっていた。
仕事が残っているルークを見送り、部屋を侍女と整えた後、時間があったので、夕食前に医療団として滞在した時にお世話になった神殿に挨拶に行くことにした。
ルークがつけた護衛2人と侍女を引き連れ神殿に向かう。
するとその途中で意外な人物に会った。
「ホーヴェット様でございますね。」
「貴方はリュシェ·ソドゥリー公爵令嬢様。」
何故かそこには、以前パーティーで会った、ラトゥナ王国の公爵令嬢がいた。
「その節は媚薬の件で失礼しました。疑いも晴れましたので、警戒なさらないで下さいませ。」
「いえ、私は大丈夫です。あの、こちらには?」
結婚式に参列するのだろうか?
ダラム王国に勝利して後、グリフォニア領と縁付こうとする者達が多いとルークから聞いていた。
ラトゥナ王国もその関係なのだろう。
「勿論結婚式の為ですわ。この度は本当におめでとうございます。」
「有難うございます。」
「もし宜しければ少しお話しませんか?」
侍女を見ると時間はまだ大丈夫だと頷く。
余程の事がない限り、他国とは言え、公爵令嬢に対し断る事は出来ない。
「では、どちらか場所を移しましょう。」
アウロラがそう言うと、侍女が王城内の庭園に案内してくれた。
リュシェは自身に付いていた侍女と護衛を放す。
それを見て、アウロラも侍女達に離れて控えてもらうようにする。
「もしかして何か特別なお話がございましたか?」
誘って来たのに、何も話さず、何か物思いに耽っているリュシェに、不敬だとは思いつつも話し掛ける。
「ごめんなさい、お誘いしておきながら少し考え事をしていましたわ。そうね、私が結婚式に参列するのを少し疑問に思っていらっしゃるでしょう?率直に申しますと、我が兄は、私をルーク様の側室に収めたいようですの。」
「側室?」
「勿論断られましたわ。」
「私は少ししか話を伺っておりませんが、リュシェ様はダラムの王太子殿下の妃に乞われていたとか。ラトゥナ王国側はそれを望んでいなかったので、今回のダラム王国との戦いの際、その王太子殿下を討ち取ったルーク様に恩義を感じていらっしゃると伺いました。」
「ええ、そうね。」
「それで側室にと?あの·····ダラム王国の王太子殿下はどのようなお方だったのでしょう?」
アウロラが質問すると、リュシェは何かを思い出す様に、何処か遠い目をする。
「ダラム王国の国内は荒れていましたの。他国へ侵攻しようとする者達が力を握っていましたわ。私はソドゥリー公爵がダラム王国で作った婚外子なのです。母となる人は、ダラム王国では伯爵の身分だったので、待遇は悪くないものでした。しかし、ラトゥナで生活する事は許されず、ダラム王国で過ごしていました。その時、王太子殿下の目にとまったのです。私は王太子殿下に気に入られ、妃に望まれたのですが、その時ラトゥナはアリーチェ王女をローヴェル王国に嫁がせる事を画策していましたから、ローヴェル王国と敵対するダラム王国の王太子と私の婚姻は認められませんでした。」
「·····その事をダラム王国の王太子殿下は何と?」
「·····あの方は強引な性格をしていますから、ローヴェル王国よりダラム王国が上の立場を知らしめれば問題ないと。」
「まさか·····。」
「このローヴェル王国随一の軍事力を持つグリフォニア領を落とす事は、ダラム王国にとってとても大きな意味を持ちます。王太子殿下にとっては、グリフォニア領との戦いで勝利を収めることは、自国内での権力を確かなものにするものでした。結局、上手くいきませんでしたが。」
そんな言い方だとまるで、ダラムの王太子は、このリュシェを得るために戦争を仕掛けてきた様に聞こえる。
「先の戦いは、ダラム王国の王太子殿下がリュシェ様を得るために始めた事なのですか?」
「さぁ、どうでしょう······。それで命を失う事など、誰も望んでいませんでしょうに。」
「····リュシェ様は、王太子殿下をお慕いしておられたのですね?」
アウロラがリュシェを見て、引っ掛かっていた事を聞いてみた。
「何故その様な事を?」
「リュシェ様に初めてお会いした時から、ルーク様を見つめる眼差しに違和感を感じていたのです。」
「違和感?」
「····はい。媚薬を盛られたルーク様を心配しているというよりは、観察している様な。それに先程話し掛けられた際にも、眼差しに陰が指しておられました。」
「陰?」
「勘違いだと思いましたが、今お話を聞いて確信が持てました。リュシェ様はダラムの王太子殿下をお慕いしておられて、このグリフォニア領を、いえ、王太子殿下を討ったルーク様を憎んでおられると。」
「·······。」
「何かされるおつもりですか?」
結婚式を控えて、このような話を持ち出して、私に何かを悟られても構わない様な態度。
ルーク様ではなく、私に何かするつもりなのだろう。
そう考えていると、リュシェは胸元から小瓶を取り出し、テーブルに置いた。
「これは?」
「記憶を奪う薬です。ある古代種の植物の種から作られたものです。貴重なものですわ。」
「それを?」
「元々兄が、ダラムの王太子殿下の事を私に忘れさせる為に用意した物なの。·····これをあなたにかけるとどうなるかしら?」
「私に?」
「 ルーク様との楽しい記憶を失うわね。」
「·····それをしたからといって、リュシェ様にもラトゥナ王国にもいいことなどありませんわ。」
怖い·····。
「ラトゥナなど、あの国がどうなろうとも私には関係はありませんわ。あの、王家の血の濃いアリーチェ様を追い出す位ですもの。節操のない国の行く末など興味ありませんわ。」
「私に薬をかけた後、どうするおつもりですか?」
「捕まって処刑されるでしょうね。死ぬ前に嫌がらせをしたいだけなのよ。」
そう言うリュシェは、壊れている様に見える。
それだけ彼女にとっては、王太子が大事な存在だったのだろう。
「亡くなられた王太子殿下のリュシェ様への想いはお強いものだったのでしょう。そんな王太子を失われたリュシェ様に同情します。しかし、戦いを仕掛けた事により、かり出された兵は沢山います。そして傷を負い、苦しんで亡くなられた方も大勢います。大事な恋人や家族を失った方々は、ダラムの王太子殿下を憎むでしょう。」
「······。」
「ですが、リュシェ様だけは、王太子殿下の死を悼み、思い出を大事にし、彼の方の記憶を忘れずに残す事が出来ます。リュシェ様が居なくなったら、誰がそれをするんですか?」
「私が居なくなったら、王太子殿下の記憶も消えるのね。それは寂しいわね。」
リュシェは目を閉じ、想いに耽る。
そしてその目からは涙が溢れ出した。
「ホーヴェット様は、私と違ってお心が綺麗な方だわ。·····あの方はとても傲慢で、私が嫌がっても無理矢理抱き締めて、口付けをして、本当にどうしようもない方だったわ。でもあの方は私を、私だけを本気で愛してくれた。死ぬかも知れないから、危険なことは止めて欲しいと何度もお願いしたわ。でも聞いて下さらなかった。グリフォニアを落とせば、実力が認められ、誰も文句を言わなくなるだろうからと。ラトゥナに対しても、強い立場を取ることが出来るだろうと。自分は戦う事でしか実力を示せないからと。·····私はあのお方に生きていて欲しかったのに。私も本当に愛していたのに。」
リュシェは、泣きながらアウロラに訴える。
離れて待機している互いの侍従達が、リュシェとアウロラの様子を訝しむ。
アウロラの護衛が危険を察してか、こちらに駆け寄ってくる。
「だから、ごめんなさい。あなたに何かしても意味は無いことは分かっているの。でも何かせずにはおれないの。本当にごめんなさい。」
そしてリュシェは手元にある小瓶の蓋を取り、アウロラの顔を目掛けて、中身の薬液を投げかけた。
読んで下さり有難うございます。
この作品がエンディングに差し掛かる中、新作の投稿を始めました。はじめ、盛り上がるまで少々読み進めて頂かなくてはなりませんが、気長に気楽に読んで頂ければと思いますので、宜しくお願いします。
「闇の聖女は愛を囁く。」
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