10 古代種に愛されし乙女
アウロラがこの学園に入学し、古代種のナナイロオオトカゲのナナちゃんを生物学研究棟に預けてから、懸念されていた突然姿を消すといったことは、今のところ起こっていない。
ただその代わりに、ナナちゃんはアウロラが研究室に来ると、のそのそアウロラの元に行き、べったり引っ付いて離れないのである。
何時もじっとして、必要な時以外ほとんど動かないナナイロオオトカゲがこうして示してくれる行為に、深い愛情を感じてしまうアウロラだった。
ナナちゃんはミュラー教授の部屋のソファーで惰眠を貪っているのが常だ。
ただアウロラが研究棟にいる間は、なるべく外に連れだそうと思い、研究の時間以外は敷地内の温室で過ごすことにしている。
温室内はかなり広く、高い木々も植えられ、中央部には地下水を汲み上げている噴水もある。
アウロラは腰をおろせる様整えられた芝生の場所に座り、馬の毛を使ったブラシで、ナナちゃんの鱗の手入れを始めた。
捕獲された時のナナちゃんの鱗は酷く汚れていた為、傷に菌が入る事を懸念し、手入れしたのがきっかけだった。
鱗を磨いていくと、やがてナナちゃんの鱗は薄ピンク色に変わっていく。
それがナナちゃんの気持ちを表している様で、何だか嬉しかった。
「ナナちゃん気持ち良さそうね。」
アウロラは薄ピンク色に色づき始めた鱗を見ながら満足げにそう呼び掛ける。
それは、そんな何時もの穏やかな時間を過ごしている時だった。
「名前、いいな。」
すぐ近くで聞こえた、男らしい美声に身構える。
周りを見渡すが人気はない。
ただ傍らに、いつの間にか白いカラスがいる。
見た目、見慣れた黒いカラスをそのまま白い色に置き換えた様な姿だが、尾羽は倍ほどに長かった。
そんなカラスの視線はアウロラではなく、ぐうたら微睡んでいるナナちゃんに向けられていた。
今の声はこのカラス?
九官鳥の様に人に飼われていて、覚えた言葉を口真似しているのかしら。
じっと暫く見つめていると、カラスは漸くアウロラの方に顔を向けた。
「いいな。」
!!!
美声!父親位の年代の男性の渋みのある声。
低く、響く声。
カラスなのに···
見つめあってどれ程経っただろうか。
カラスと面と向かい合う機会なんてない気がして、アウロラは思わず話し掛ける。
「このブラシはあなたの羽にも合うかしら?」
そう問い掛けてみた。
果たして、何処かで聞いた声真似なのか、自分の意志で話すのか。
「して欲しいが、その前に名前が欲しい。」
「ん?名前?」
自分の意志で話したことに驚きつつ、名前を要求された事に少し困惑する。
名前····ナナちゃんって呼んでいたのが羨ましかったって事?
ふふ··そうねぇ、真っ白だから···
アウロラは暫し考える。
その間にカラスはアウロラの膝先に近づいてくる。
「ムク···」
「ムク?」
「そう穢れを知らない様な、美しい白だから、無垢のムク。」
「ムク···ムク···ん、娘、いい名だ。これから私の事はムクと呼ぶが良い。」
いやぁ、本当に目を瞑れば何処かの紳士の様。
少し尊大な話し方と見た目の可愛らしさが、何だかちぐはぐでいい。
「ふふ、有難う、ムク様。私の名はアウロラです。どうぞ宜しくお願いします。」
「アウロラ、アウロラ···」
ちょっと美声に呼ばれるとくすぐったい。
声のせいで思わず丁寧語で、さらに名前も様付けしてしまうアウロラだった。
「質問してもいいですか?」
「あぁ、許す。」
「あなたは古代種なのですか?」
「古代種という言い方は、人間が勝手にそう呼んでいるだけだが、まぁ、年齢は800歳位だ。」
「800歳?!」
えぇぇぇー?!
そう言ってムク様はアウロラの肩に飛び乗ると、そっと頬擦りしてきた。
「800歳って思考が追い付かないんですが、古代種はみんなそんなに長生きなんですか?」
「まぁ、怪我等負わねばそれなりにだな。そこのトカゲはおそらく300歳位であろう。」
「えっ?ナナちゃんが?」
ナナちゃん、実はまさかの人生の大、大、大、大先輩でした。
話せる古代種ムク様の次々明らかにされる事実にアウロラは驚き、ハクハクしてしまう。
そんな時、
「あぁ、アウロラさん、こちらでしたか?」
そう言って生物学研究員でミュラー教授の助手のマシューがこちらにやって来たのだが、目の前の光景に固まってしまう。
「えっ?ハッコウカラスを肩に乗せてる?!」
目が飛び出んばかりに丸くして、アウロラと肩に乗っているムク様を凝視する。
その様子を見てムク様は威嚇する様に羽を広げる。
「マシューさんこんにちは。一応許可を頂いて入ったのですが、すみません、探されました?」
「それはいいんですよ、それは。ハッコウカラスは、普段エサを置いておいてもめったに姿を見せないんですよ。それが人の肩に乗るなんて···初めて見ました。」
「えっ?そうなんですか?」
驚く私にムク様は頬擦りを繰り返してくれます。
可愛いぃ。
「頬擦りしてる···」
マシューは驚いた顔のまま固まっている。
「ふふ、くすぐったいですよ、ムク様。」
「ムク様?」
「はい、ナナちゃんみたいに名前が欲しいとおっしゃったので、真っ白で穢れがないイメージでムク様と命名させて頂きました。」
何となく自慢げなムク様である。
「名前をつけて欲しいって誰が?」
「ムク様です。とても紳士的で素敵な声なんですよ。」
「しゃべるの?」
「はい、とても流暢に。」
「話せるなんて聞いた事がないんだけど。と、とにかく教授に報告しないと!」
そう言って、マシューは駆け出して行ってしまった。
その後教授を含め生物学の研究員達が皆温室に詰め掛け、ちょっとした騒動になったのは言うまでもない。
捕獲されたものの人を嫌い、姿をほとんど見せないハッコウカラスを飼い慣らしたという事で、アウロラはこの日から『古代種に愛されし乙女』と呼ばれ、研究棟区域でちょっとした有名人になった。
また、このハッコウカラスが、今後様々な場面で助けとなる存在になることをアウロラはまだ知らない。
読んで下さり有難うございます。




