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第七話『ゴートへ』その一

 それにしても、さすがにこの体勢は武士としてあまり慎みのあるものではない。ピアが子供だとはいえ、服装も服装だ。


「ピア、そろそろ――」

 言葉は途中で途切れた。


 遠くから獣の雄叫びのような声が聞こえた。祭壇がある方角からだ。


「何や今の……」

 復活した初代皇帝の遠吠えとは知らぬピアが不安そうに言う。


 答えを求めるようにリンタロウを見るが、彼の視線が自分より向こうを見ていることに気づいた。ピアも振り向く。

 その顔が恐怖に変わった。


「どうやら……」

 リンタロウはピアの体を優しくどかした。満身創痍の体に鞭打って、立ち上がる。

「まだ続きがあるようだな」


 トカゲの顔をしたリンタロウ。

 それに相対するは、虎の顔をした妖魔であった。


   ・


 状況は、フォグのときよりもさらに不利になっている。


 果たして、ピアは再び式神を喚ぶだけの呪力を余しているだろうか? 喚べたとして、傷ついたリンタロウに、式神を折るまでの時間を耐えることができるか?


 だが弱味を見せるわけにはいかない。リンタロウは納めた鯨切を再び抜いて、妖魔へ向けた。痛みと疲れで、ともすれば震えそうになる剣尖を、意志の力で押さえ込む。

 だが、虎男は襲いかかってこない。リンタロウの様子を観察するように眺める。


「万全じゃないようだな」

 その言葉に、リンタロウはどこか引っかかるものを感じた。

「ディープフォグごときに苦戦したのか?」

 失望したような声音だ。虎男は数歩前に出たが、やはり攻撃をしかけてくる気配はなかった。ディープフォグが消滅した場所だ。虎男は身をかがめると、何かを拾った。


 フォグのケガレクリスタルであった。リンタロウが見たことのある、火熊の妖魔のものよりはるかに大きく、こぶし大ほどもある。黒紫の色が濃い。


 虎男はそれを掲げると、天を仰いで口を大きく開けた。ケガレクリスタルを飲み込む。舌で口の周りを舐めた。


 喰った。


 虎男は獰猛な瞳をこちらへ向けた。

「剣が上達してないのじゃないか? ――リンタロウ」


 ぞわり、と、リンタロウの人肌の部分に鳥肌が立つ。虎男の声が強烈に記憶を刺激する。


(まさか……)


 信じがたい思いでリンタロウは虎男を見据えた。虎の頭は本物で、かぶり物などではない。獣還りの姿の妖魔であることは疑いない。

 しかし……。


 リンタロウが、間違えるわけがなかった。いくら姿形が全く変わってしまっていても、その声、その話し方、その立ち方。

 リンタロウは、ついにその名を呼んだ。


「――ソウヤ!」


 コガ・ソウヤは、虎の顔でにやりと笑った。


   ・


「早くケガを治すんだな」

 負傷したのがリンタロウの落ち度であるかのような口振りである。


「ソウヤ。わたしは仇討ちの許可を得てここにいる」

 どのような感情によるものか、自分でもわからぬ波にのまれかけて、リンタロウの声は平静ではいられない。

「だろうな」

 ソウヤはうなずく。


 次の瞬間に、来た。全く反応できない早さでソウヤは間合いを詰めた。刀の間合いどころではない、肩が触れあうほどの距離だ。


 リンタロウの口が大きく開いている。

「がっ……!」

 そこから漏れたのは苦痛の吐息だ。


 ソウヤの拳がリンタロウのみぞおちにめり込んでいた。たまらず両膝をつくリンタロウ。その顎へ蹴り。リンタロウの意識が飛ぶ。巨木のようにゆっくり、うつ伏せに倒れた。


 それでもリンタロウは刀を手放していない。ソウヤはそれを見てとった。

「あのときおまえに負けたのは、おまえが獣還りだからだ」


 ソウヤは額に手を触れた。リンタロウがつけた竹刀の傷は、毛皮に埋もれてなくなっている。今でも痛みを感じるかのように、憎々しげにソウヤは額をさすった。


 手を伸ばしてリンタロウの襟首を掴もうとする。

 そこへピアが身を投げ出してかばった。涙を溜めて、噛みつきそうな顔でソウヤを睨む。

 ソウヤは面倒そうに手を戻した。


「今ここでは殺さん。ゴートへ来い、リンタロウ。決着はゴートだ」

 一方的に言ってその場を立ち去ろうとした。


「……待て……!」

 心配そうに見守るピアを押しのけるように、地に這ったままのリンタロウが顔を上げている。

「なぜ二人を殺した……!?」

 そして、なぜリンタロウの居場所を奪った――?


 血を吐くような叫びであった。


 ソウヤは振り返らない。


「待て……!」

 土を掴み這いずってリンタロウは追う。


 地鳴りがした。それとともに地面が微かに震え出す。ピアは不安そうに周囲を見やる。リンタロウは完全にそれを無視してソウヤへ火の出るような視線を向けていた。


「ドラゴンの餌になるなよ」

 そう言い捨て、リンタロウの問いに答えることなく、ソウヤは木々の間に消えた。

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