第六話『不死山麓のドラゴン』その七
ピアの手に現れた式神は、燃える大蛇の姿であった。
背が焼ける。リンタロウはたまらず横穴から出た。
ピアの両手の間の空間から這い出るようにゆっくり姿を現す。鱗の一枚一枚が小さな火の塊で、常に模様を複雑に変化させている。
その大きさといったら、桁外れだ。ほとんど横穴の直径と同じくらいの胴回りがある。巨大な蛇は橫穴から這い出て鎌首を持ち上げた。三丈(約九メートル)を優に超える高さだ。
まるで太陽がその場にあるかのような熱と光を放っている。
だが、まだ全体の長さの半分も出てきていない。はたして全身が生まれ出たらどれほどの大きさになるのか、想像もつかない。
術のことを何も知らないリンタロウでさえ、この式神の力が異常であることがわかった。今までピアが喚んだ式神と比べても隔絶している。
これが、今までの呪力限界を突破したピアの本当の力なのか。
「――そんなばかな!」
フォグが狼狽した声をあげた。
「なんで術が使える?」
炎の蛇が口を開けた。光の熱風を吹き出すと、影の触手が日なたの氷のごとく、ことごとく溶け去る。光が陰を駆逐していく。
「リンタロウ!」
ピアが鋭く叫ぶ。その意味を正確に理解し、リンタロウは鯨切を抜いた。
その刀身に向かって蛇が躍りかかった。巨大だった体が圧縮され、刀身に巻き付いた。
鯨切に式神が宿る!
赤熱。火の力を得てまばゆく光る剣が、周囲の空間に陽炎を生む。落ちてきた一枚の葉が、刀身に触れる前に燃え上がり、瞬時に焼き尽くされた。
それはあの夜、フォグと戦った父の剣に宿っていた輝きだ。
『火』のジュー・インの力だ。
「妖魔ディープフォグ!」
大喝一声、リンタロウは彼に向き直った。弧を張る。上段の構えだ。
フォグはとっさに影に潜って逃げようとする。
しかし! 足元に影がない。鯨切に宿ったピアの式神が、その強烈な光が、影を後方へ追いやっていた。自分の真下に、ある程度大きい影がなければ入ることができないのだ。
逃げられないディープフォグを、リンタロウは真っ向から斬り下げる!
獣還りの膂力。陰陽師の術の力。リンタロウと、ピアと、二つが合わさり、妖魔を両断した。
「う……うそだ……!」
ピアに向かって手を伸ばしかけたフォグ。だがそこまでだった。どしゃりと地面へ崩れ落ちた。
ケガレクリスタルを残して消滅する。
ピアは式神を解き放った。刃は元に戻った。
リンタロウは鯨切を納刀。精根尽きたかのようにその場に座り込んだ。尻餅をつかなかっただけ上等であった。
「リンタロウ!」
ピアが、マントも忘れて下着姿で彼の元へ走る。正面からリンタロウの顔を覗き込む。心配そうな顔で、涙ぐんできらきらした瞳で。
「平気か?」
「ピア。おまえがやったんだ。おまえがあの妖魔を倒した」
リンタロウの声は疲労と苦痛の色が濃い。それでも力強く響いた。
ピアには感じ取れただろう。トカゲの顔は表情を作らないが、今リンタロウは笑ったのだと。
ピアは感情が抑えきれなくなったように、リンタロウに抱きついた。
「ありがとうな、リンタロウ。あんたのおかげや」
あとは言葉にならない。すがりつく腕の力と、こぼれ落ちる涙の熱さがリンタロウに伝わる。
リンタロウは彼女の頭を撫でた。
勧善寺での夜、眠っていた彼女を思い出す。泣いて父親に謝るような夢は、もう見なくなればいいと思った。