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第六話『不死山麓のドラゴン』その五

(ウチのせいや……ウチに勇気がないからお父ちゃんは死んだんや!)

「ごめんなさい、お父ちゃん……!」


 完全に手が止まってしまったピア。ぽろぽろと涙がこぼれる。無力感に打ちひしがれてピアは何もできない――。


「――大丈夫だ」

 リンタロウの声が降ってきた。


 ピアが顔を上げると、そこに見えるのはリンタロウの大きな背中であった。攻撃をガードし続けながら、

「何も怖がることはない。ゆっくりでいい。遊びのような気持ちで気軽にやればいい」

「でも……!」

「安心しなさい」

 不壊(ふえ)の信念そのもののような声。そして巨岩がそびえ立つような後ろ姿だ。


 任せろと、リンタロウが言っている。頼りになるトカゲ頭のサムライが言っているのだ。

 ピアは一度ぎゅっと目を瞑って、必死に自分に言い聞かせる。

 これは遊び……気楽に、気楽に。


(小さいころお母ちゃんの前で折ったときみたいに、目の前で起きとることは忘れて、紙だけに集中するんや)


 遊びだから、無理矢理にでも口角を上げて笑顔を作る。

 息をする。吸って、吐く。


 ――動く! 手が動く!


 ピアはゆっくりと丁寧に紙を折りはじめた。


「しかし、嫌になるほど頑丈だね」

 ディープフォグは少し離れて、橫から殴るように手を動かした。影が全く同じ動きでリンタロウを打ち据える。


 人体を骨まで揺らす思い打撃音! リンタロウの大きく開けた口から苦しそうな息が漏れた。


 すでにリンタロウの体はボロボロだ。顔の鱗は剥がれ、赤く痛々しい。何発の攻撃が入ったのか、誰も数えてはいない。


「もー一発!」

 ものすごい一撃が、ガードをすり抜けてリンタロウの腹に決まった。この巨体が浮くほどの攻撃であった。


 踏ん張った両脚がわずかによたつくのを、フォグは見逃さなかった。顔には表れないが、ダメージは確かに蓄積されているのだ。ほくそ笑む。この忌々しいトカゲ男が倒れるのももうすぐだ。


 もうすぐだ。もうすぐ完成する。ピアは、浅く速い呼吸を繰り返しながら折ってゆく。笑顔でリラックス。


 かたちが出来上がる。あと一折り、二折りというところまできた。


(これで、リンタロウに……!)

「残念でした」

 手の中の紙が弾き飛ばされた。


 ピアは現実に引き戻された。ずっと手元ばかりを見ていた彼女は顔を上げた。

 なんということだろうか、リンタロウが膝をついている。

 そして彼の肩越しに、ディープフォグのおぞましい笑顔があった。


 リュックから次の紙を取り出す余裕はない。ピアは空になった両手を空しく見る。

「ああ……」

 彼女の口からかすれた絶望の息が漏れる。


 もはや万事休す……!


   ・


「どうした? 息が上がっておるぞ」

 大師を揶揄するように姫が言う。


 虎男、ゾウジョウ、首なし男九人との一一対一で戦う大師。真に手強いのは虎男一人だが、ゾウジョウも油断はできないし、首なしたちは動きは遅いが斬っても突いても動きを止めない。


「敬老の精神を発揮していただきたいところ」

 形勢は大師に不利であった。目的であったゴトク・クモナリとピアはもうこの場から脱出したし、還魂法を防ぐこともできた。あとは安全に脱出するべきところだが、退却する隙を見出せないでいる。今度は大師が足止めを食らう番であった。


「愚かな坊主め、わしのほうが年は上じゃ」

 子供のような姿の姫が嗤った。妖魔であるということは、年齢と見た目は必ずしも同じではないのだ。


 大師の息が荒い。戦闘もさることながら『転現』の負担も大きかった。


 虎男の振るう刀!

 大師はかわす!


 だが紙一重だ。皮一枚切れて、額から血が流れた。

 この戦いで、大師のはじめての出血であった。


 メイリは――?

 メイリも、すでに大師を気にかける余裕がなかった。


「おらおらァ!」

「くっ」

 トリケラ太夫の連続攻撃をなんとか受け流すメイリ。一撃ごとに手がしびれるほどの威力だ。


 勧善寺とは違う。相手は一度戦ったことにより、メイリの手を読んでいた。攻撃が防がれる。

 だが太夫の攻撃もメイリに当たらない。


 こうなると力の差が出る。じりじりとメイリの体力が削られていく。妖魔に疲労はない。太夫の攻撃が弱まる可能性はなかった。


「ゾウジョウ、莫迦者が……!」

 大師が元弟子を叱咤する。

「御仏に背を向けるとは」


「黙れ! おれが仏を裏切ったのではない、仏がおれを見捨てたのだ」

 ゾウジョウは怒りの視線で首なし男らを見やった。犀角寺壊滅の背後には、ゾウジョウと他の僧の間の軋轢があったらしいことを大師は察した。


「御仏の慈悲は広大無辺。耐え難き境遇にあってこそ慈悲にすがるべきに。逃げてもよい、反撃してもよい、だが身を妖魔と化すべき道理なし!」

「問答無用!」

 ゾウジョウと首なし男たちが大師を集中攻撃する。大師は流れる血で片目の視界がなくなり、いっそう戦いづらそうだ。


 このままならばいずれ妖魔側が勝つ。

 冷静に判断した虎男が戦いの輪から一歩退いた。


「ディープフォグが戻らぬ。おれが追う」

 構わんな? と虎男は姫に視線をやった。姫は顎をつんとさせて承諾を与えた。


 虎男は矢の如く駆け去る。逃げた者どもを追って。

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