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第六話『不死山麓のドラゴン』その三

 リンタロウがピアの檻を下ろしたのは森の中。洞窟というほど深くない、崖がえぐれたといった感じの橫穴の入り口だった。


「どこや、ここ。……鏡?」

 怪訝そうにピアが言った。穴の内壁には姿見が立てかけられている。


「あれは術がかけられていてドライドレッド城内にある鏡と繋がっている」

 フォグの庵から鏡を通じてリンタロウたちが出てきた先は、近くに牢屋がある地下の一室だった。そこからここまで運んできたのだ。


「縮地鏡か。うちもこれで運ばれて来たんやろな。あいたっ」

 鏡をよく見ようとしたピアは檻に頭をぶつけた。


「ちょっと待っていなさい」

 リンタロウは檻に手足をかけた。

「ふっ」

 息を止めて力を込める。全身の筋肉が盛り上がる。


「まさか……!?」

 ピアは絶句した。リンタロウは、素手で檻をどうにかしようとしているのだ。


 鉄の格子だ。筋肉ではどうにもなるまい。だが、見れば、手をかけて引っ張っているところがわずかに曲がってきているではないか。


 リンタロウは限界まで力を入れ、一度力を抜いて一息ついた。鉄格子がそれとわかるほど変形している。


「ほんまか。どんだけ力あんねん」

 怪力に半ば感嘆、半ば呆れたようなピア。

「さすが獣還りや」

「格子があまり太くなくて助かる」

「十分な太さやけど……普通は」


 リンタロウはもう一度引く体勢になった。

 何度も繰り返す。

 リンタロウが荒い息を吐くようになったころ、ピアが出てこられるほどの隙間ができた。


 ピアは檻から這い出ると、今までできなかったことをした。手足を伸ばして体を大きく広げた。

 リンタロウの視線を感じ、頬を染めて伸びた体を戻す。


「……あんま見んといて。言うとくけど恥ずくないわけないんやからな」

「すまなかった。つい」


 リンタロウは指摘されて視線を外した。自由になったピアを喜ばしく見ていただけなのだが、たしかに眺めるものではなかった。

 マントを脱いでピアのほうに差し出した。視線は遠くを向いたままだ。


「綺麗ではないが、よければ羽織っておくといい」

「あ、ありがと……」

 ピアは素直にリンタロウのマントにくるまる。ピアの体には大きい。毛布から顔を出すみたいな恰好で、ピアはリンタロウにニヒヒと笑いかけた。


 それから、ピアは横穴の中を物色する。姿見のほかにも置いてある物があった。


「ウチのリュックやん」

「持ってきた」

「やった」

 ピアはマントを引きずってリュックを抱え込んだ。


「それで、ここで落ち合う手筈なんか?」

「そうだ。妖魔の術は邪魔できたようだし、大師がついているのならば無茶はさせないと思うが……」


 今回、必ずしも妖魔を倒すのが目的ではない。殿とピアの奪還が最優先なのだ。危険そうなら戦いから離脱することも作戦のうちだ。


 敵はかなり手強そうだった。勧善寺で相対した太夫と、さらに数人の妖魔だ。他の妖魔が太夫と同水準の実力があるなら、いくら大師でも大変だろう。

 さらに、ハイエイと殿様は無事ここまでたどり着けるのか。そもそも殿様の命はつながるのか。


「少し心配だ」

 様子を見に戻ることも必要かもしれない。もちろんその場合にはピアの安全を確保してからだが……。


「本日二回目!」

 場違いに陽気な声がした。


「また連れ戻しに来たよ。ヒャァハハッ」

 その笑い声が聞こえた途端、ピアの顔が、体が強張る。両手をぎゅっと握る。


 ディープフォグが木の間から姿を現した。


「何度でも逃げていーよ。鬼ごっこは嫌いじゃない。怖がる相手を追い回すのはさぁ!」

 リンタロウはピアを穴の奥にやった。奥は狭く、ちょうど人一人が入れるほどのサイズのくぼみがある。リンタロウはピアを背に立ちはだかった。


 フォグはリンタロウを無視している。彼の目はピアへ向いている。

「以前から感じてたけど、そんなにぼくに怯えるってことは、あの夜、どこかで隠れて見ていたってことだよね?」


 フォグの笑みが深くなった。ピアは身を縮めて彼の視線から逃れようとしている。

「いやーあの夜は素敵だったね。特に最後のヤツ。しぶとくてよかったな。まだ憶えてるよ。まず肘を折って、それから同じ肘をもー一回……」


「そこまでにしておけ」

 リンタロウはディープフォグの妄言を断ち切った。

「聞くに堪えない」


   ・


 還魂法の祭壇近くでは戦いが継続している。大師の分身はすでに消えていた。


「雑魚には刃は要らぬということか? 先程からゾウジョウには石突ばかりじゃな」

 揶揄するような口調で姫が大師に声をかけた。

「それとも愛弟子に刃を向けるのは逡巡するというわけか?」


 姫が揶揄しているのは大師のみならず、むしろ手加減されているゾウジョウに対しての割合が多いようであった。それを敏感に感じ取り、ゾウジョウは怒りと屈辱に顔を赤くしながら、より一層大師に突っかかっていく。


 それをいなして、大師は槍の石突でゾウジョウを一撃した。ゾウジョウはかわす。人間であったときには決して不可能な回避であった。


 その間も、大師の槍の穂先は油断せず虎男に向いたままだ。牽制して同時攻撃を防いでいる。

「虎は金属を嫌うと聞いたのでな」

 姫に軽口を返す余裕も、まだあった。

 実際は、相手の武器に合わせているのだ。刀に穂先、棍に石突。


「ではこういうのはどうじゃ」

 姫が指を鳴らすと、九体の首なしが起き上がった。

「全員お主の愛弟子じゃぞ」

 大師を包囲し、姫の号令一下、一斉に襲いかかる!


「大師様!」

 メイリが不安そうに師を呼ぶ。


「おいおい、よそ見してる場合かァ!」

 重量感ある煙管の一撃が飛んできた。メイリは蓮華掌の柄で受ける。


「なかなかやるねェ。おめェは見所がある」

 メイリはなんとか大師の元へ行こうと位置を変えるが、それを太夫が邪魔する。三つ目三つ角の遊女は獰猛な笑みを浮かべている。

「浮気すんなよ。やろうぜ、続きを」

「度しがたい!」


 闘争の最中、祭壇の脇に散らばった初代皇帝の骨は誰にも注目されずにいた。


 だから誰も気づかなかった。


 ケガレクリスタルからの光は糸のように細くなっているが、いまだに骨へと注ぎ込まれている。


 血は十分に骨を浸した。


 ゆっくりと、骨がひとりでに蠢き、人体のかたちに配列されようとしていた……。

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