第六話『不死山麓のドラゴン』その一
『不死山大帝還魂法』。
三つ横並びの祭壇の中央に蘇らせたい者の遺体、右に血の贄、左に生気の贄を置く。
中央には初代皇帝の骨、右には檻に入れられたままのゴトク・クモナリ、左には大量のケガレクリスタルが置かれている。
三つの祭壇を取り囲むように、九つの小祭壇が並ぶ。ロープがぐるりと張り渡されて、九角形の結界を成す。
術を司る主事が中央祭壇の前に立ち、呪力を供給する従事が後ろに控える。姫と、檻の中のピアである。
そして、雑務を行なう介添人が脇に立つ。虎の男である。
他、太夫やフォグ、僧侶は結界の外側で見守っている。術で動かされていた首なしは、術を失ってその辺で積み重なって倒れていた。
ピアの位置から見ると、この祭壇が不死山に正対して作られていることがわかる。
姫は目を閉じ、挑みかかるような口調で呪文を唱える。
「夫人之有死生何也猶天之有陰晴地之有起伏也今恐惶頓首奏上大帝……」
その足は特定のステップを踏む。足で描く図形は生死を司る星座を模している。
途端に、ピアの身体から力が抜けていく感覚があった。呪力が吸い取られて姫へと流れ出る。普通に陰陽術を使ったときともまた違う。めまい。気分が悪い。ピアの顔から血の気が失せていく。
ピアから奪った呪力が骨に注ぎ込まれる。
空気が震える。生暖かい風が渦巻くように祭壇へと集まっているようであった。
しばらく姫の呪文とステップが続いた。
姫は目を開き、虎男に目配せした。
それを受けて虎男がゴトクの檻に向かい、憔悴したゴトクの腕を檻から引っ張り出して固定した。
「放さんか貴様、本来ならば直接触れもかなわぬ身ぞ」
ゴトクは抵抗するが腕力の差はどうしようもない。びくとも動かせない状態だ。
姫がそれに近づく。きらりと長く鋭く伸びた爪を閃かせる。ピアはそれにひどく剣呑なものを感じた。
「何する気や」
「静かにしておれ」
ピアを黙らせると、爪でゴトクの手首をかっ切った!
「ぐうっ」
ゴトクのうめき声。手首から赤い血が流れ出す。
虎男はゴトクの手首を掴んだまま檻を持ち上げ、その流れ続ける血を中央祭壇の骨に注ぐ。
今まで影も形もなかったはずの黒雲が、祭壇の上空で渦を巻く。
姫は再び呪文を唱えはじめた。
ピアの体からまた呪力が絞り出される。
左祭壇のケガレクリスタルが発光をはじめた。黒紫色の光が帯となり骨へと吸い込まれていく……。
上空の黒雲はその濃さを増し、天地の理に逆らう仕業が今ここで為されていることを明示しているかのようであった。
ケガレクリスタルの光を全て吸い込んだとき、死者は復活する。ピアにはそれがわかった。
ゴトクの血は少しずつずっと骨に降り注いでいる。ゴトクの表情が苦痛から忘我へと移っていく。出血過多で意識が朦朧としはじめているのだ。
このままでは妖魔の邪悪な意図が完成してしまう。ピアになす術はない――。
「――妖魔降すべし!」
姫の唱える呪文を圧し去る大喝が、その場に響いた!
・
森の中から何人もの人影が飛び出し、祭壇へ向かって駆ける。
「喧嘩の相手が来やがったぜ」
結界外にいた太夫が、勇躍して飛び出した。
だが、すぐに太夫はおかしいことに気づいた。走ってくる者が皆、同じ姿をしている。小柄で小太りな僧侶だ。
……分身だ!
「目くらましだ、本体を狙え!」
太夫は近くに来た分身をぶん殴りながらフォグとゾウジョウにわめいた。太夫の攻撃を受けた分身は簡単に霧散すると思われたが、なんと太夫の一撃を受け止め、攻撃を返してきた。
「なんだァ!?」
この耐久力、こいつが本体かと一瞬思ったが、違う。確かに分身だ。だがこの強さは……?
これがドウシン大師の絶技『転現』だ。体内に収まらないほど充実させた清気を、自分の形にして体外に放出する。ほとんど見かけだけの分身術『別身』とは異なり、状況に応じて自動的に行動し、並の妖魔相手ならばしばらく戦い続けられるくらいの戦闘力を持つ。
大師は、一体作れれば一流という分身を、なんと三体も作っていた。まさに絶技。
太夫は分身と戦いながら視線を横に走らせた。これが陽動とするなら――本体は祭壇を狙うはず。
が、それらしい動きをしている者はいないように見えた。
否、いるのだ!
――上だ! 分身に視線を引きつけておき、大師自身は上空を跳躍して一気に祭壇へと迫る。
寸前で気づいた姫が、突き出された大師の槍――『金剛拳』を、手のひらを突き出して受け止める。大師の清気と姫の呪力が火花を散らす。
あおりを受け、急ごしらえの祭壇が潰れ、倒れて骨が地面に散らばった。
虎男が刀を抜いて大師に斬りかかった。
大師の槍が姫を弾き飛ばした。姫は虎男にぶつかり、二人はそのまま結界の外まで吹き飛ばされる。
姫と虎男を中央祭壇の近くから排除した大師は、
「今じゃ!」
と号令を出した。
それを合図にリンタロウらが一斉に森から姿を現した。