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第五話『海より山へ到る道』その十三

 ピアは檻ごと姫の前に引きずられていった。僧侶が緊張した面持ちで跪く。


「ゾウジョウ」

 姫が冷徹な声で僧侶の名を呼んだ。

「はっ」


「あの者らの仲間入りであったぞ。逃がしておったらな」

 姫は鋭い爪で、祭壇を作る首なしたちを指し示した。ゾウジョウは下げた頭をさらに深く下げる。

「助かったなァ、新入り」

 太夫がケラケラと笑う。


 姫はもうゾウジョウは捨て置き、ピアに視線を向けた。椅子から腰を上げて、檻の前まで近づいてくる。

「な、なんや!」

 威嚇するが、手足が伸ばせないような檻の中では何をすることもできない。格子の隙間から手首を出すくらいの幅はあるが、それだけだ。


「言っとくけどな、お母ちゃんはめっちゃ冷たいんや! ウチのこと盾にとってもアンタらの言うことなんか聞かんからな!」


 姫は不思議そうに首を傾げた。

「……? ああ、お主を人質にしてシンティラントに術を行なわせるつもりだと思うておるのか」

「そうなんやろ」

「ではない。術を行なうのはわし」


 姫はしゃがんで、視線をさらにピアへ近づける。爪がピアの肌に刺さるほど近く指さして、

「お主は人質などではない。呪力の貯蔵庫じゃ」


「『不死山大帝還魂法』は大秘法。陰陽師一人の呪力では遂行できぬ。一人が術を行ない、もう一人が不足する呪力を補う――そういうことじゃ」

 姫は椅子に戻った。背もたれに身体を預ける。

「大秘法に参加できる光栄を噛みしめるがよい」


 まるで恩に着せるような言い方だ。姫に嘘をついている素振りはないが、ピアは納得しない。

「ならウチやなくてもええやないか」

「何?」

「呪力だけが必要やったら、陰陽師の誰でもよかったんやないか。なんでウチを……ウチのバンドを……お父ちゃんを!」

「はっ、そう自分を卑下するな。光栄を噛みしめよと言ったじゃろう。自身の強大な潜在呪力に気づかぬとはな」


(潜在呪力……? なんやそれ)


 そんなものがピアにあって、それで選ばれたとでもいうのか。嘘だ。ピアは、未熟な一介の陰陽師にすぎない。式神を昼下がりから日没まで走らせただけで疲労困憊になる程度の実力だ。

 だが他に、わざわざピアを狙う理由は浮かばなかった。


(本当に、お母ちゃん目当てやないいうんか?)


 わからない。

 何にせよ、ピアに行動の自由はない。檻の中で、歯噛みしながら事態が進んでいくのを見ているだけだ。


 そうこうしているうちに祭壇が完成したようだった。


   ・


「ディープフォグの目的はわかった。阻止せねばならぬこともな。だがヤツと殿はどこへ行ったというのだ。それがわからぬ限りは動けまい」

 ハイエイが唸る。


「メイリ。説明して差し上げなさい」

「は……え?」

 きょとんとした顔になるメイリ。大師は溜め息を吐いて、

「わかっておらんかったのか」


 姿見の前へ行った。

「この血の跡を見よ。鏡の前で不自然に途切れておるじゃろう。いかにも怪しい。あとは『浄眼(じょうがん)』で見れば……」


 清気を目に集め、この世ならぬものを見る『浄眼』。大師に言われてメイリの瞳が青く光る。その目で姿見を確認したメイリの表情が変わる。

「こ、これは……呪具!」

「陰陽術の『縮地鏡(しゅくちきょう)』であろう。二つ一組で、離れた場所へでも瞬時に繋がるという」


「つまり、その先にピアがいる」

 リンタロウは今すぐにでも行こうとせんばかりの口調で確認した。


「その通りですな」

「殿を救い参らせねば。人数を集め次第出発するぞ」


 場を仕切ろうとするハイエイに、大師は首を振った。

「それが、この鏡はそう大人数が一度に出入りはできませんでな。そもそも陰陽師がおりませんで、陰陽術の呪具を、拙とメイリの清気で無理矢理動かねばなりません。入れるのはせいぜい四人といったところ。また、側用人様にはすでにご存知のことでしょうが、妖魔に尋常の刀槍は効きませぬ。おサムライさまが多ければそれだけ犠牲が増える道理で」


 穏やかに言って、大師は弟子のほうに視線をやった。メイリは緊張した面持ちながら決意と共に合掌した。

「妖魔を降すために拙とメイリは行きますが……」


 みなまで言わせず、リンタロウが口を開く。

「わたしも行く」

「危険がありますぞ」

「言うまでもない」

「わたしがお守りします」

「では三人ということでよろしいですかな」


「……いや、わたしも行こう」

 難しい顔をしていたハイエイが決断したように言った。

「いずれ殿がお戻りにならねば腹を切らねばならぬ身」


 大師は厳しい顔で、

「お武家様と言えど、姿見の向こうへ渡ったら拙の指示に従っていただきますがよろしいですかな。横柄な物言いがあるやも知れませぬが」

「やむを得まい」

 ハイエイは了承した。

 リンタロウは当然のことだと思っていたので、わざわざ返事をしなかった。

 ふっと大師は表情をやわらげた。


「では四人で参りましょう」


 ハイエイは配下に留守中の指示を出しにいくため部屋を出ていった。わずかな間があいたのを機会に、大師は少し離れたリンタロウに聞こえないほどの声でメイリに訊ねた。


「カギアギ殿のことをどう思うておる?」

「ふぇっ!? あ、あの、あの」


 面白いように動揺する弟子を眺めて、大師はつるりと頭を撫でた。

「武士としてじゃよ。むろん」

「あっ、そうです。はい。むろんそうです」


 メイリは咳払いを一つして態勢を立て直す。

「カギアギ様には、自らの身を顧みず人を助け、戦う気概があります。仁、義において優れたものをお持ちだと思います」

「武士として素晴らしいと?」

「はい」

 勢い込むようなメイリの返答に、大師は微笑した。


「ふふ……お主はまだ人を見る目を養わねばな」

「どういうことですか?」

「不満かの? 武士として不適格と言っておるわけではない。じゃが如何せん陶冶(とうや)が足りん。宝玉としてもせいぜい(あらたま)といったところかのう」

「あらたま……」


「言い換えよう。あの方は子供よ。自分を犠牲にすれば褒めてもらえるのではないかと思っている子供……いや、少し違うな。自分を犠牲にせねば褒めてもらえぬと思っている子供じゃな」


 メイリは師の言葉に納得いかない。彼女の受けていた印象はむしろ逆で、頼りがいある大人の風格を持つように感じていた。


 思わず彼女はリンタロウを凝視した。目が合ってしまった。メイリは視線をぱっとそらした。


「いずれにせよ、よく見極めるがよい」

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