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第五話『海より山へ到る道』その十二

「トウザン様!」

 リンタロウらのいる部屋に、突然、下級武士が駆け込んできた。


「今度は何だ?」

「殿にお目にかかりたいという方が城門に……」

「今は無理だ」

「しかし、火急の用とのことです」

「くどい。そのような暇はないぞ。だいたい、来客の予定などなかろう。誰だ?」

「それが小太りな年配の坊さんで、『妖魔の件で是非とも』などと」


 それを聞いてメイリがはっとした。

「まさか……大師様!?」


 果たしてドウシン大師であった。ディープフォグの庵の、最奥の部屋まで通された大師は、まずハイエイに挨拶した。それから城で起きたことについてメイリの説明を聞く。


「――という現状です」

「なるほど、お主の報告はいつも手際よくまとまっておるの」

「あ、ありがとうございます」


 大師の姿を見たときから、メイリの張り詰めた雰囲気が薄くなっている。自分より上の人が現れたから安堵したのだろう。


「御坊には、何やらこの事態を予期しておられたようだが」

 メイリの説明を聞いても驚く様子がない大師に、ハイエイが丁寧に訊ねた。

「というよりも、推測がついたので急ぎ参上つかまつった次第。タイミングとしてはわずかに遅れてしまいましたが」

「では、殿の行方についてもご存知か?」


 大師は姿見に映った自分の姿を眺め、禿頭をつるりと撫でた。

「先日、拙がゴートまで呼び出された件じゃが、その理由はまだお主にも話しとらんかったな」

 メイリに話しかけたのは、別の話題のようであった。

 ゴートに呼び出された件というのは、リンタロウが勧善寺を訪れたときに留守だった、あのときのことだろう。ゴートまで旅をしに行っていたのだ。

「? はい」


「武闘派の大師全員が集められた理由は、ある物が盗難されたからじゃ」

 血痕を避けて姿見に近づき、鏡の枠に触れた。悠揚として緊迫しない大師の語り口に、ハイエイが焦れた。

「御坊、今はそれどころではないのだ。寺の話は後にしてもらおう」

「急くのは忠義ゆえか。お待ちあれ。無関係の話をしているわけではありませんでな。むしろ大いに関係しておると言ってよいのです」

 物腰は柔らかいが、偉い武士の言うことも意に介さずに大師は自分の話を続ける。


「盗まれた物とは? そう……建国帝のご遺骨であった」

「なんと!?」

 ハイエイのみならず、その場にいた全員が驚愕した。


 グランド幕府初代皇帝、〈朱の狼〉ハットク・クモヤス。この国において最も尊崇されるべき人物であるといえる。狼の頭部を持つ獣還りで、類まれなる武勇で乱世を平定し、強固な幕藩制度を作り上げた建国の英雄だ。


 信心宗武闘派の総本山にその墓はある。本人の遺言通りに、華美にならぬようひっそりと葬られているはずであった。それが何者かによって掘り起こされ、盗まれた。


「なんという不敬!」

 ハイエイが憤る。リンタロウも、口には出さないが同じ気持ちだった。幕府の中央から遙かに遠いところで生きてきたリンタロウでさえ、初代皇帝に対する畏怖尊崇の念は根強い。


 大師が勧善寺を空けていたのは、その件についての協議のためだったのだ。その協議は、ひとまず様子見し、内密に調査、また陰陽師の占術に頼る、などの及び腰な対応が採択されて解散になった。公になることを恐れたのだ。


「次に、この地方での妖魔の増加。これは拙らに妖魔を降させ、ケガレクリスタルを大量に手に入れるためですな」

 それはわかっている。


 大師は鏡に背を向けて三人のほうを振り返った。

「妖魔どもがご遺骨とケガレクリスタルの次に狙うものは何か。拙の推測によれば、そう、ゴトク・クモナリ殿です」

「なぜそれらが繋がる? 妖魔は何をしようとしているのだ?」


「それは――」


   ・


 ピアはあっさり捕らえられてしまう。追いついてきた僧侶によって鉄の檻に入れられた。

 そのまま僧侶は檻を引きずるようにしてピアを運んでいく。


 木々の密集した一帯を抜けると、急に開けた空間に出た。あまりにも平坦で、草一本生えていない平地は、自然にできたものではないことを示していた。


 そこに祭壇のようなものが作られようとしている。これは大がかりな陰陽術を行なうときのものだ。


『不死山大帝還魂法』――


 姫と呼ばれるあのエルフが言っていた、大秘法。そのための祭壇であろう。


 異様な光景であった。森の中に陰陽術の祭壇があるのも奇妙だが、それ以上に異常な点がある。

 祭壇を設営するために男が一〇人くらい働いているのだが、その全員、首から上がないのだ。首なしの体が働いている。


 ピアは今さら驚かない。すでに見たことがあるからだ。これまでの数日間、地下牢に食事を持ってきたのがこの首なしだった。はじめは驚いたが、妖魔なら死体を操る術くらい使ってもおかしくはない。


 そして、設営を監督する位置に椅子が据えてある。妖魔の姫がどっかと座り、首なしたちの働きぶりを眺めていた。両脇には虎の男とトリケラ太夫が立っている。


 姫の前にもう一つ檻があった。

 中には中年の男が入っていた。ピアの知らない顔だ。ずいぶん憔悴しているようで、揺られるたびにうつむいた顔が上下に力なく動く。ずいぶんと派手で細かい模様の入ったいい服を着ているから、身分の高いサムライだろう。よく見れば服に血がついている。


「面を上げよ、ゴトク・クモナリ」

 姫が尊大に命令した。男が顔を上げる。

「……余にそのような口を利いて、ただですむものか」

 だがそう言い返す口調は弱々しい。


「本来ならばもっとしっかりした祭壇を作るはずじゃった。粗忽者のおかげで突貫工事になったのは業腹じゃが――」

 冷たい視線をフォグに向けた。フォグは姫の手が届かない遠くにいる。


 たしかに、整地の完璧さに比べれば祭壇そのものは生木を組み立てただけで華美さがない。本来予定されていた日時が前倒しになったということだろうか。


「喜べ、お主の矜持の源たる、グランド幕府初代皇帝ハットク・クモヤス、その復活のための贄になれるのじゃからな」

「初代の……復活だと?」


 姫は颯爽と立ち上がった。腕を広げ高揚したように宣言する。

「そう。そして復活した建国帝は、我々妖魔の王となり、この国を統べる! 妖魔の国としてな!」


   ・


「建国帝の復活……?」

 ハイエイが茫然と呟いた。


「それも、妖魔として、ですな。――陰陽術の秘法、『不死山大帝還魂法』を使って」

 メイリは、大師がここ最近山へ行ったり書物を読んだりしていたことを思い出していた。あれはエルフに話を聞きにいき、陰陽術のことを調べていたのだ。


「必要な物は、本人の骨、血縁者の血、そして大量の生気。この生気を、ケガレクリスタルの濁気に変えることによって、妖魔として転生させようということであろうと」

「殿はそのための生け贄にされるというのか」

 ハイエイが唸る。


「待った」

 と言ったのはリンタロウだった。


「今の話が本当だとして、ならばピアは何のためにさらわれたのだ?」

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