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第五話『海より山へ到る道』その九

 ――翌朝。


 深夜の犬の遠吠えが、鶏の鳴き声に取って代わられようとする時間、廃屋で一人眠っていたリンタロウは、人の気配に目を覚ました。


 エルフの聴覚を持たない彼にも、物音が四方から聞こえる。この家が囲まれている?

 やがて乱暴に踏み入ってくるいくつもの足音。乱暴に扉が開き、室内に大勢の武士が乱入してきた。リンタロウは武士たちに取り囲まれてしまった。


「本当に生きていたとはな、トカゲの獣還りめ」

 リーダーであろう中央の武士がリンタロウに棒を突きつける。

「リバース藩ドレッド見廻り組長、ウマエ・ロクジだ。抵抗しても無駄だ、この家の周囲は固めてある。神妙にお縄につけ」


 抵抗する間もなく、リンタロウは両手首を紐でくくられて立たされた。

 何も言い返さず動きもしないリンタロウに、ウマエは堪えきれぬ笑いをあげた。


「ふふふ、あっけにとられておるな。そう、全てはトウザン様の策略! 昨日トウザン様がおとなしく戻ったのは、油断させて態勢を整えるためのたばかりだったのだ!」


 リンタロウを繋ぐ紐を芝居じみた動きで引っ張り、ウマエは意気揚揚と廃屋を出る。二十人からの武士が周囲を囲む。

 リンタロウは、刀を取り上げられ、紐に引かれ、両肩を何本もの棒で押さえつけられながら歩かされた。幸い、まだ日が昇り切っていない時間で、人の目は少ない。


 城の門前に、トウザン・ハイエイが供の者と立っていた。

「トウザン様! ひっくくって参りました」

 声に喜びと自負を滲ませて、ウマエが報告する。


 ハイエイはリンタロウを冷たく一瞥して、ウマエに向き直った。

「よくやったぞ」

「ありがとうございます。こやつ、踏み込んだときには何もわからないみたいな顔をして、トウザン様の策を語ってやりましたよ。したら観念したのか手向かいもしませんで、さすがはトウザン様の知略!」


「うむ。この者の刀を」

 ハイエイに指示されて、リンタロウの刀を持っていた者がハイエイのお供に手渡した。


「下役は解散させよ。皆の者、朝早くから大儀であった」

「はっ」

 二十人いた捕り役のほとんどが去っていった。残ったのはウマエ以下数名だ。


「こやつはこのまま殿のところへ連れていけばよろしいんですか?」

「といきたいところだが、殿はちと朝が遅れておってな」

「では牢へ……」

「うむ。その前に吟味すべきことがある。あの日、この獣還りに同行していたエルフの行方が知れぬ。それについてこの者に聞かねばならない。こちらだ」


 ハイエイは城内を進む。ウマエらはリンタロウを引いて後へついていく。牢で拷問をして聞き出すのだと思っていたウマエは、違う方向へハイエイが歩いていくので戸惑った。


「どちらへ?」

「同じエルフであるし、消えたエルフと騒ぎの直前まで話をしていた。この者と会わせれば何かわかるに違いない。ディープフォグのところだ」

「なるほど!」


 ディープフォグの庵の前に到着した。ハイエイはウマエを振り返って、

「お主らは周囲を固めよ。面会は最低限の人数とする」

「大丈夫ですか?」

 リンタロウの巨体を見上げながらウマエは心配そうだ。今はおとなしくしているからいいが……。


「ディープフォグは仮にも殿の食客。大勢で押しかけるわけにもいくまい」

「なるほど。わかりました、お気をつけて」

 最後にリンタロウをきっと見て、睨みを利かせたつもりでウマエは庵の生け垣の外に留まる。


 ハイエイは庵の戸を叩いた。

「ディープフォグはいるか」

 何度か呼ぶと扉が開いた。中から色眼鏡をかけた猫背のエルフがのっそり出てきた。ハイエイに面倒そうな顔をした次の瞬間、脇に立つトカゲ頭の巨漢が視界に入った……。


 今までリンタロウの異形のほうに目が行っていたのであろう、ウマエ以下、誰も気に留めていなかった。ハイエイの供の者が、尋常の武士ではなく――頭を布で包んだ、女だということを。


 ディープフォグが姿を見せた瞬間、リンタロウは手首の紐を力ずくで引きちぎった!


「カギアギ様!」

 供が差し出した鯨切を電光の速さで掴み取り、


「御免!」

 ディープフォグを真っ向から十分に斬り下げる!


 斬って斬れねば――それが妖魔だ。


 鯨切の切っ先は地面に到達していた。

 だが、見よ、ディープフォグの体は両断されず、血も出ていない。


「しかと見届けた!」

 ハイエイが高らかに宣言した。


 これがリンタロウとメイリがハイエイと打ち合わせた策である。わざとリンタロウを捕らえて城に連行し、面通しの名目でリンタロウとディープフォグを会わせる。

 そこでフォグを斬る。


 供の者が、ハイエイの宣言を待っていたかのように頭を覆う布を取り、表に戻して首に巻いた。巻き袈裟だ。

 メイリである。


「妖魔降すべし!」

 瞬時に踏み込んで攻撃を仕掛けた。清気を込めた拳!


 ディープフォグはすでに事態に反応していた。彼の体が沈み込むように消え去る。メイリの拳は空を切った。

 メイリは鋭く周囲に視線を走らせる。メイリだけではない、リンタロウもハイエイもディープフォグの姿を求めて周りを見やった。


 虚空に声ばかりが響く。


「ふふふ、いやいや、してやられちゃいましたねー。ハイエイ殿、意外と大胆なこともできるんですね。これで予定を少ーし早めなくちゃいけなくなった。姫様にまた怒られちゃうな」


「ピアはどこだ!」

 リンタロウが叫んだ。

 だが、もはや声はしない。姿もない。ディープフォグの気配は周囲からなくなっていた。


 遅れてウマエがやってきた。紐をちぎったリンタロウを見て色めき立つ。

「こやつ、紐を!」

「構わん。それよりもディープフォグを探せ。やつは魔物であった」

 ウマエは大きく顔を歪めて驚いた。

「魔物ォ!? ですか?」

「誰を動員してもよい、一刻も早く見つけ出すのだ」

「は、はっ」

 要領を得ない顔ながら、命令に従ってウマエが出ていった。


「我々も捜しましょう」

 リンタロウの言葉にうなずくハイエイ。

「二人は誤解を生まぬようにわたしと共に行動するほうがよかろう」

 庵をあとにして、どこへ行くべきかと一瞬足を止めたその時。


 どこからか女の悲鳴があがった!


 ハイエイがはっと首を巡らす。

「あれは御殿……殿のご寝所のほうだ!」

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