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第五話『海より山へ到る道』その六

 空気が冷たい。

 ピアは牢獄にいた。


 方形の部屋の六面のうち五面が岩である。岩盤をくりぬいて部屋にしてあるのだ。作りは荒く、壁には地層の縞模様が露出している。

 そして残りの一面にアイアンウッドの格子がはまっている。


 部屋の外の通路も岩盤をくりぬいたトンネルになっていて、その壁面に松明が一本かけられている。人間だったらどうかは知らないが、エルフの目には十分な光量である。

 トンネルは左右どちらもすぐに曲がっていて、その先は見えない。どのくらいの規模の地下牢なのかまるで見当がつかない。


 室内にはベッド、椅子、テーブルが備え付けられている。どれも安物ではない。今ピアが座っているベッドなどは、旅の途中で泊まった宿屋の大半より寝心地がいい代物だ。


 右隅に扉があって、そこを開けるとトイレだ。別室になっているだけでも牢獄にしては相当恵まれた環境といえる。


 ここはどこなのか、ピアにはわからない。少なくともドライドレッド城内には思えない。あの後……控え室からフォグに連れ去られた後、ピアは城内の庵に一度連れて行かれた。それからピアは極度の恐怖と緊張で失神してしまったのだが、目が覚めたらこの牢獄にいたのである。


 今がいつなのかは、これもわからない。何日か経っている。食事が運ばれてきた回数は、十を超えるほどであろうか。ちゃんと数えておけばよかったと後悔している。毎回食事を運んでくる者の姿が異様だったので、そちらに気を取られてしまっていた。


 ピアは顔を上げた。エルフの耳が、誰かが歩く音を感知したのだ。通路をこちらへ向かってきている。複数人だ。いつもの食事番ではない。

(まさか、あいつやないやろな)

 ディープフォグのことを脳裏に浮かべるだけで身体が強張り、呼吸が浅くなるピア。彼女の脳裏にはいまだに、父を惨殺するフォグの姿がトラウマとなって焼き付いている。


 姿を見せたのは、四人の男女だ。幸いと言うべきか、ディープフォグの姿はない。

 そのうち一人はピアの知っている顔だった。

 髑髏柄の打掛ドレス。結い上げた髪に金銀の飾りがさらさらと揺れる。長い煙管を片手にしている。三本の角、三つの目。勧善寺に現れた、トリケラ太夫だ。こいつもフォグの仲間だったのだ。


 他には、虎の顔をした武人らしき男と、頭を剃り上げた僧侶の男。

 そして、その三人を従えて堂々と先頭をやってくるのは、一人の少女である。エルフだ。年格好もピアとそう変わらない。


 だが、頭をそらし、視界に入る物全てを見下しているような視線に、肩をそびやかし胸を張った姿勢は、この場の支配者がこの自分であると宣言しているかのようであった。


「姫様、こちらです」

 僧侶がへりくだって少女に正面を譲った。

 姫と呼ばれたエルフ少女は檻の前で立ち止まり、ピアを観察するように見た。他三人は斜め後ろで控えている。


「近う寄れ」

 ピアに声をかけた。ピアは警戒してベッドとテーブルを隔てた位置にいる。さながら毛を逆立てた猫のようだ。

「なんや、アンタは」

「わしは来いと言ったぞ」

 姫はちょいと指でピアを差し招いた。彼女の爪は長く、黒紫色をしている。


 姫が指を動かした瞬間に、ピアは後ろから透明な何者かに突き飛ばされた。ベッドを越えて、そのまま檻の格子まで転がる。

「痛ったぁ~……」


 格子を掴んで立ち上がったところが、姫の正面であった。

 ピアは姫に手を掴まれた。冷たい。爪が食い込む。


 目が合った。


 胸の奥まで覗かれるような、心細さと嫌悪感が背を這う。値踏みされている。ピアはぞっとして手を振り払った。姫の爪がピアの肌に一筋の赤を残す。血がわずかに滲んだ。


「どうだった?」

 太夫が気安く姫に訊ねた。

「確かに、本物じゃ」

 尊大な口調の中に、わずかに満足そうな気配があった。

「役に立つであろう」


(何のことや……?)

「逃した獲物に偶然会うたァ、フォグの野郎も運がいいぜ」

 カラカラと笑う太夫。

 彼の名が出ただけでピアは身震いする。


 そのまま、四人は去っていこうとした。

「ま、待たんかい!」

 姫が振り返った。

「アンタら何を企んどるんや!」


「――『不死山大帝還魂法』」


 姫はそう言った。

「今、その準備をしておる。楽しみにしておくがよい」

 それだけ言って、あとはピアが何を言おうが無視して歩き去っていった。


 再び地下の静寂が戻る。

 一人になったピアは考える。


 不死山大帝還魂法のことは聞いたことがある。陰陽術の大秘法だ。

 その術にピアが役立つとはどういうことだろうか? ピアが陰陽師だからか? いや、ピアはそんな高等な術は使えない。まだ式神を喚ぶのに折り紙が必要なレベルで、大秘法など無理に決まっている。いや、ピアのみならず、普通の陰陽師にできるはずもない術だ。


 そのくらいのことは相手にもわかっているはずだ。

 とすると……。


 少し考えて、ピアは閃いた。

(人質か……!?)


 ピアの母シンティラントはこの国でも最高の陰陽師だ。還魂法を使える者がいるとすれば、彼女が筆頭であろう。娘のピアを人質にとって、その身と引き換えに母シンティラントを脅し、還魂法を行なわせる。


 そうだ、それに違いない。それ以外にピアが捕まる理由は見つからない。

「……そんなことさせてたまるかい」


 妖魔の思い通りにさせはしない。おそらく今後、交渉のためにピアが牢から引き出されるときが来るはずだ。その機会を逃さず、隙をついて脱出する。


 そのときのためにも、今は身体を養わなくては。ピアはベッドに飛び乗り、ともすれば襲ってくる不安を振り払うかのように、あえて無防備な大の字に寝てやった。

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