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第五話『海より山へ到る道』その三

 魔物に殺された死体などは、職業柄何度も見たことがある。

 それでも、これは。


 メイリの心臓の動悸が収まらない。深呼吸しようにも異臭がそれを妨げる。


 ただ殺されたというだけではない。首を切られたうえに、決して細くはない清浄棍に突き刺してあるというのは、普通の人間の仕業ではないことを物語っている。


(妖魔の仕業か)

 死体に残虐な仕打ちをする妖魔と戦ったことはある。両手足を切り取り、位置を変えて縫い合わせるというものだった。そのとき以来の衝撃だ。


 犀角寺に妖魔の痕跡があるというのは、どういうことだろうか。犠牲者たちはどこの誰なのか。僧たちはどこへ行ったのか?


 メイリは嫌な予感に襲われた。

 二本の棒に近づいて、首をよく見た。目玉、舌、頬、唇などの柔らかい部分はカラスに啄まれて、無残な姿をさらしている。だが、いずれも髪の毛がないことにメイリは気づいた。若いのに髪がないといえば、僧侶だ。

 犀角寺にいる僧は一〇人である。


 つまり、そういうことだ。

 誰も起きてこないはずであった。


 メイリは戦慄した。勧善寺の僧よりも屈強な犀角寺の僧たちを襲って全滅させ、この悪趣味なモニュメントを打ち立てたのが妖魔の仕業とすれば、よほど強力な妖魔だということになる。あのトリケラ太夫よりもだ。


 改めてメイリは、串に刺さった団子の如き、僧侶の腐れた首を見やった。

 犀角寺の僧とはあまり交流もないし、決して好感の持てる者たちではなかった。だが、ここまでされるいわれも、またないはずであった。


 生を断ち切られた者に対する普遍的な哀悼の念を込めて、メイリは手を合わせる。曲がりなりにも妖魔降伏の志を同じくする仏門の徒である。メイリの心中は厳粛であった。


 目を閉じ、黙祷。

 そして、前に跪いた。読経をはじめる。


 葬らなければ。メイリは清浄棍を地面から抜いた。一瞬だけためらったが、意を決して頭に手をかけた。素手だ。崩れる肉の嫌な感触。蛆虫がぼとぼとと落下した。腐汁がべっとりと付着する。それでも手を引っ込めず、表情を変えることなく、経を唱えながらメイリは頭を一つずつ棍から外していく。


   ・


 念入りに手を洗って、メイリは本堂裏に戻ってきた。


 清浄棍二本と、首が九つ並べて置いてある。もう一度メイリは手を合わせた。

 本来は埋めるなり焼くなりしてちゃんと葬るべきだろうが、今は串刺しの状態から脱しただけで精一杯だ。身体のほうもどこへ行ったかわからない。僧坊や本堂を覗いてみたがそれらしい物はなかった。


 さらに、気になることがもう一つある。首は九つだった。だが犀角寺の僧は一〇人いたはずだ。残りの一人はどうしたのだろうか?

 別のところで殺された? それとも生きて逃げた?


(だとしたら、その残る一人を捜して事情を聞くべきだろうか……)

 考え込むが、決断できない。


 とにかく、この一大事を早くドウシン大師に知らせよう。大師ならよりよい判断を示してくださるはずだ。

 メイリは鳩を探した。武闘派の寺院には伝書用の鳩舎がある。


 鳩は生きていた。僧が殺されたのが数日前として、それから餌を食べていなかったことになるが、十分な力は残っているように見えた。メイリは水と餌を与え、その間に急いで大師への手紙をしたためる。


 本堂前の参道で、勧善寺へ向けて鳩を放った。

 青空の中、西へ飛んでいく鳩を見やっている。メイリは半ば放心していた。一晩中起きていたがゆえの疲労もあり、次に何をすべきかを見失って途方に暮れかけていたのだ。


 背後に足音。


 警戒を怠った自分を叱咤しつつ、メイリは素早く振り返った!

 妖魔か? 生き残った僧か?


 どちらでもなかった。粗末な衣を着た、頑丈そうな男だ。

 まるで赤銅みたいに焼けた肌の色からして、海の男であろう。メイリの巻き袈裟を見て、その場に伏せて頭を垂れた。


「魔物を退治してくださるっちゅうお坊様ですか!? お願えにあがりました!」

 おそろしく声がでかい。本堂の裏のカラスがまたまた飛び立つほどの大きさだ。

 魔物に困らされている民が陳情に来たのだ。


 話を聞けば、海沿いの村の民で、近くの洞窟で魔物の姿を見かけたという。直接の被害はないらしいが、怖くて漁に出られない。どうにかしてほしいということである。

 村はジェイド川の下流にあるらしく、ここからでは『虎走』で半日といったところだ。


 本来ならばメイリはここに残って大師からの指令を待つべきなのだろう。妖魔の組織的な動き、それに大師が漏らした言葉によるとドレッドが陰謀の中心なのかもしれないのだから。

 それに彼女は正確には犀角寺の僧ではない。リバース藩の魔物に対処する必要はない立場にあるのだ。疲れてもいる。

 村のほうはまだ実害は出ていないし、はっきりと魔物を見た者もいないというし、迫り来る大陰謀に比べれば放っておいても大したことではない。


 だが、メイリは僧である。大きく呼吸をして、ひとまず疲労を棚上げする。

「わかりました。行きましょう」

「行ってくれますかい! ありがてえこってす!」


 小さく見えても目の前の困っている者を等閑(とうかん)に見過ごしてはならない。きっと大師もそうしたはずだ。

 休みなく動くことになるが、やむを得まい。


 事情を書き記して本堂に置き、メイリは犀角寺をあとにする。

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