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第五話『海より山へ到る道』その一

 メイリは街道を駆ける風と化していた。首に巻いた巻き袈裟をなびかせて、常人に数倍する速度で走っている。追い抜かれた人はつむじ風だと思うか、それとも魔物だと恐れるか。それほどのスピードであった。


 信心宗武闘派のセルフエンチャントで脚力を増強させ、日に五〇里(約二〇〇キロメートル)を駆ける、『虎走(こそう)』といわれる能力だ。


 リバース藩のドレッドへメイリは向かっている。ドレッドにある武闘派の寺院、犀角寺(さいかくじ)へと。

 この国には、小さい支藩を含めて藩が二〇〇近く存在する。一つの藩に一つずつ武闘派の寺院があって、魔物退治の前線を担っているのだ。


 各藩の寺院を、全国一二の地方ごとに統轄する寺が「別院(べついん)」である。別院の住職が「大師」と呼ばれる。だから大師は全国に一二人しかいない。

 勧善寺は中央南部地方の別院であり、ドウシン大師はこの地方の武闘派全体のトップなのだ。

 メイリはそのドウシン大師の命を受けて犀角寺へ向かっているのである。


 駆けながら思い出している。

 リンタロウが(残念ながら)勧善寺を辞した日からしばらくは、メイリたち僧は負傷者の手当や破壊された門の修復といった雑事に追われた。


 その間、大師は調べ物をしたり、山へ入ったりしながら、各地に飛ばした鳩の返事を待っていたようであった。

 そして、鳩が戻ってくるとすぐさまメイリが呼ばれた。


「何かおわかりになりましたか」

「うむ。妖魔の大量発生についてじゃが、中央南部地方以外では起こっておらぬようだな。まだ遠方からの返答は来ておらんが、おそらくは同じじゃろう」

「では、事件の核心はこの地方だということに……」

「お主には犀角寺へ行ってもらおう。事情を説明する必要があろうからの」


 奪われたケガレクリスタルは勧善寺の僧だけが集めたものではなく、中央南部地方各藩の寺から送られてきた物が含まれている。それはその寺にケガレクリスタルの浄化ができる僧がいないからであるが、リバース藩の犀角寺からはケガレクリスタルは送られてきていない。犀角寺にはケガレクリスタルの浄化ができる者がいるため、わざわざ勧善寺へ送る必要がないのだ。


 セヴン・ヴァーチューズのお膝元だけあって犀角寺には手練れが多い。大師を除けば勧善寺よりもレベルは高いといっていいだろう。犀角寺の僧に伍せるのは、勧善寺ではメイリくらいしかいない。そのためか時に勧善寺を軽んずる振る舞いもないではなかった。


「それに……」

 珍しく大師が言い淀んだ。

「拙の推測が当たっているのならば、妖魔組織の蠢動(しゅんどう)は、ドレッドが中心となるやもしれぬ」

「それは、どういうことでしょうか」

「いや、先走った。まだ当て推量の域を出てはおらん。外したら恥ずかしいからの」

 大師はつるりと頭を撫でた。


 …………。

 だからメイリは今、街道を東へ駆けているのであった。


 勧善寺があるハラミ藩の東隣がデイガオ藩、その更に東がリバース藩である。メイリはデイガオ藩の、リバース藩に近いあたりにいる。


 デイガオとリバースの藩境にはジェイド川が流れている。幅が広く、流れが速いことで有名である。大雨の後などは渡し船が出せずに足止めを食う旅人もいる。そのため川の両岸は宿場町だ。


 宿場町の、デイガオ側のほうを西ヒスイという。メイリは『虎走』を西ヒスイに入る直前で一度ストップした。疾風から歩く速度まで自然に減速。後ろへ流れていた巻き袈裟が下に垂れて落ち着いた。


 渡し船を雇うのに船頭小屋に行く必要がある。さすがのメイリも川の上を走っていくことはできない。同乗したい客が他にいれば、割り勘にして単独より渡し賃を安くすますことも可能だ。


 何度か来たことがあるメイリは、西ヒスイの街の通りをまっすぐ歩く。

 周りの人は、メイリを恐れるように距離を取る者もいれば、物陰から手を合わせて頭を下げている者もいる。どちらにしろ遠巻きなのは変わらない。信心宗武闘派の武法僧はあまり民衆に親しまれる存在ではない。

 メイリは昂然と顔を上げ、背を伸ばして進む。


 彼女の鼻が焼きたてクッキーの匂いを嗅ぎつけた。途端に腹が高らかに鳴った。

「……」

 巻き袈裟を鼻の辺りまで上げて、赤くなった頬を隠すメイリ。仕方ないではないか。今朝軽く粥を入れてきただけで、後はずっと走り詰めだったのだから。


 それでも我慢しようとしたが、クッキー屋台の親父が焼いたクッキーにあんこを塗っているのを見て、メイリの体が自然とそちらへ引きつけられた。

 あんこ大好きなのだ。


 どうせ渡し船を捜さなければならないし、食事を抜いて体調を崩すわけにもいかないし……と自分に言い訳をしながら、

「あんクッキー下さい」

「あいよ……おっ、その巻き袈裟、武闘派のお坊さんじゃないですかい」

 クッキー屋は感激した面持ちだ。


「なんでも、知り合いの床屋の息子が魔物に食われそうになったところを武闘派の坊さんに助けてもらったことがあるとか言ってましたぜ。姉さんも武闘派なら金は取れねえ。クッキーはロハでもらってってくんなさい」

「いいえ、だめです」

 メイリはきっぱりと断った。


「感謝していただけるのはありがたいことですが、こちらは魔物を退治するのが仕事であり、貴方はクッキーを売るのが仕事です。我々が仕事をした結果貴方の仕事を妨害するようなことがあってはよろしくない。堂々と金銭の授受を行なうことこそが我々の望むところなのです」


 まるで説教をするようなメイリの弁舌に、クッキー屋は白けたような顔になっている。はっと気づいたメイリは言葉を収めたが、気まずい空気はそのままだ。

「それじゃあ……一つ一〇文ですよ」

「はい……」

 金を払ってクッキーをもらい、しおしおとメイリはその場を離れた。


 やってしまった。


(人の善意を無下にしてしまった……うう)


 自分の言ったことは間違いではないと思うが、もっと言い方があったろうに。大師にもたびたび注意されている部分だ。


「真面目なのは良いが、もそっと人の情というものに気を配らねばな。情理の二輪あってはじめ

て御仏の車は馳駆(ちく)するのじゃからの」


 メイリは反省しながら、あんクッキーをかじった。塩味のクッキーに、厚く塗られた粒あんが乗っている。

「……おいしい」

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