第四話『対山閣上、春風に舞う』その七
「ピア、もう帰っていいらしい――」
リンタロウと小姓二人が部屋へ入ってきた。室内の様子を見てリンタロウの言葉が止まる。
彼らが見たのは、怯えきった華奢なエルフ少女を後ろから抱くように掴まえている、大人の男であった。
「貴様何をしている!」
リンタロウが事態を把握する前に、小姓の一人が咎める声とともに抜刀した。
(いったい、何が起きているんだ?)
ピアを捉えている男はエルフだ。殿様が言っていた、城に住んでいるというエルフだろう。だが、ピアの怯えようはなんだ? いつもの彼女とは思えない。
リンタロウとピアの目が合う。それでようやくピアは正気を取り戻し、振り絞るように言った。
「こいつがウチのバンドを……お父ちゃんを殺した」
瞬間、リンタロウは腰の鯨切に手をかけてフォグへ向けて踏み込む!
だが、フォグとピアが沈み込んだように見えた次の瞬間、二人の姿は消えていた。
リンタロウの背後にいた。部屋の入り口に留まっている小姓二人とリンタロウの間に出現したのだ。小姓からすれば、突然目の前にフォグとピアが現れたかっこうだ。
「正体を現したな悪しきエルフめ! 殿様の寵愛も今日までだ!」
刀を抜いた小姓が斬りかかる。ピアの身を心配しての行為ではない。もともとフォグのことをよく思っていなかったのだ。
それでもピアごと斬り下げるのには抵抗があったか、小姓は刃を水平に、フォグの首を橫から狙った。小姓の刀さばきはそれなりに鍛錬した動きだ。決して素人ではない。狙いを過たず、刀はフォグの首を真横に両断した。
そのはずであった。
だがフォグの首はついたままだ。刀が効かない。何故か? 理由はリンタロウには明白だった。
(間違いない、妖魔だ……!)
「残念、今日からも続きます」
フォグは愕然とした小姓の刀を奪い、無造作に胸へ突き立てた。目と口を苦痛にかっと開いたが、声をあげる間もなく絶命。
もう一人の小姓は反応が鈍かった。慌てて腰に手をやるがなかなか刀が抜けない。その隙に、一人目の胸から抜いた刀で首を切りつけた。血しぶきが飛ぶ。そのうちの一滴が、茫然としているピアの頬にかかった。
二人の小姓が倒れるのは同時だった。血の海の中にうつ伏せに崩れた。
「ピアを放せ」
リンタロウは鯨切の柄に手をかけたまま、抜けずにいる。抜いたところでフォグは斬れない。
フォグは血で濡れた刀を軽く放り出した。床に落ちて硬い音を立てる。
ぐるりとリンタロウを振り向く。
「この子の名はピアとゆーんですね。教えてくれてありがとー」
リンタロウは内心で自分の失策に舌打ちした。
「その子も殺す気か」
「殺す? きみはせっかく見つけた財宝を海にほーり捨てる人?」
「……どういうことや?」
フォグはけらけら笑った。リンタロウに向けて、
「さて、きみも気をつけたほーがいい。死罪になるかもよ」
そして、ピアを拘束している腕の力を強めた。
「リンタロウ!」
ピアが体をよじって必死に手を伸ばす。
「助けて……!」
「ピア!」
リンタロウは、小さなその手を掴もうとした。
しかし、フォグとピアの姿はまたもや消えた。フォグの笑い声をかすかに残して、再び姿を現さなかった。