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第四話『対山閣上、春風に舞う』その一

 破壊された勧善寺正門の前、旅支度を終えたリンタロウとピア。


「ええんか?」

 ピアが下から見上げる。

「捜しとったやつを見つけるチャンスなんやろ?」


「仇討ち十年、という言葉があるだろう」

「いや知らんけど」

「仇討ちの旅は一〇年かかるのが当たり前、という意味だ。そう考えればまだ一ヶ月しか経っていない。おまえを送っていくくらいの余裕はあるだろう」


「ふうん」

 ピアは思わず相好を崩しかけて、慌ててリンタロウから見えないようによそを向いた。

「ま、まあ? そんなに言うんやったらええけど? しゃあないな。同道してもええで」


「まず財布を返してもらおう」

「えっ、あれウチにくれたんちゃうん」

「それは別れる場合の話だろう。銭の勘定をおまえにやらせたら先々で散財しそうで危ない」

「そんなことは、まあ、ないとは言わんけど。……本当に返さなあかん?」


 素直に財布を取り出したが、リンタロウに渡すのをためらう。お金に未練たらたらな様子のピア。

「わがままはやめなさい」

 リンタロウがピアのことをおまえと呼ぶようになっていることを、二人とも気づかないまま……旅は続く。


   ・


 今まで立ち寄った町の中で一番大きく、一番埃っぽい。

 リバース藩の藩主が住むドライドレッド城の城下町、ドレッドにリンタロウとピアは来ていた。大きいのはこの町が東西を繋ぐ要衝だからであり、埃っぽいのは西北の山脈から乾いた風が吹き下ろすからであった。


 しばらく歩いていると、前触れなく武士の一団が走ってやってきた。リンタロウとピアは道の端に避けたが、武士たちの目的は二人であった。まるで逃走を防ぐように、あっという間に二人を包囲した。


「な、何や!?」

「捕まるようなことは……」

 リンタロウの視線がピアに向かう。

「してへん!」


 ピアは逃げる隙をうかがうように腰を落として左右に目を配る。リンタロウは同じ武士ということもあり、向こうの出方待ちだ。


 包囲陣の中から一人だけ騎馬の者がいる。その人が馬を進めて出た。三〇がらみの、リンタロウの前でなければ十分偉丈夫で通るであろう馬上でまっすぐに伸びた体躯。上等なシルクの服を着ている。かなりの立場の者であろう。彼以外は皆、警備の下級武士の質素な出で立ちである。


 お互いに会釈する。

「失礼ながら名をうかがおう」

「こちらはベルナミ藩浪人、カギアギ・リンタロウと申す」

「笠を取っていただきたい」


 乞われるまま、リンタロウは浪人笠を上げた。中から出てきたトカゲの頭に、下級武士たちがざわついた。

 正面の武士の表情に動揺はなく、かすかにうなずいたようであった。


「わたしはリバース藩の側用人、トウザン・ハイエイだ」

 リンタロウは驚いて口を開けた。側用人といえば、表向きの地位は高くないものの、殿様の側近である。大家老の家の子だった故郷ベルナミでならともかく、旅の浪人である今のリンタロウが口を利けるような相手ではないはずなのだ。

 配下を引き連れ直々にやってくるとは、どういうことだろうか? いったい何の用かと、リンタロウは警戒せざるをえない。


「カギアギ殿、そなたには城へ上がっていただきたい」

「城?」

 ハイエイの背後に見えるドライドレッド城へと、リンタロウの視線が行く。


「どのような御用でしょう」

「殿がそなたに会ってみたいと仰せだ」

 あまり明朗でない声音であった。ハイエイはこの役目に乗り気ではないようだ。


「旅の獣還りがいるとの評判が殿のお耳に入ったのでな」

 リンタロウとピアがこのドレッドの町に入ったのが昨日の午後。一泊して、今は午前中だ。およそ半日の間に、トカゲの巨漢の話が藩主にまで届いたらしい。

 何しろリンタロウは異常に目立つ。歩いているだけで噂が立っても当然だ。


「殿は、珍しい者がお好きだ」

 ハイエイはわずかに言いにくそうに告げた。

 つまりは殿のために見世物になれということだからだ。


 リンタロウとて気が進まない。断れるものなら断りたいが、そういうわけにもいかなかった。たとえベルナミ藩大家老の血筋という、あまり使いたくないカードを切ったとしても無駄だろう。


 リバース藩のゴトク家は、グランド幕府初代皇帝の血を引く親藩なのである。皇室であるハットク本家に後継がいない場合、皇帝になれる可能性がある七つの分家、セヴン・ヴァーチューズの一つなのだ。


 分家ではあるが皇族。セヴン・ヴァーチューズは普通の列侯とは格が違う。殿様の酔狂であっても、断りきれるものではなかった。


 リンタロウは諦めの吐息を一つ、

「……承知しました。して、いつごろ城へ参れば?」

「直ちに」

(そうだろうと思った)


 リンタロウはピアを見やった。

「お呼びがかかったのはわたしだけということでよろしいですか」

「そのとおりだ」

「や、ウチも行くで。また寺の時みたいになったらたまらんわ」

 ピアは挑戦的にハイエイを見上げた。リンタロウ一人だけ連れていくのは承知しないと瞳が語っている。


 リンタロウは意外に思った。彼女は格式張った場所が嫌いだから、町で待っていてもらってもいい、と思っていたのだ。


 ハイエイは煮え切らない顔でピアの視線を避けたが、やがて覚悟を決めたように、

「エルフも、殿のご興味を引くかもしれぬ。よかろう。同行しても構わない」

 どうやらそれは、急に無理を言われたリンタロウへの、ハイエイなりの温情らしかった。


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