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第二話『妖魔降すべし』その七

 駆けつけたメイリが見たものは――門扉だけでなく門柱や屋根まで完全に破壊された勧善寺の正門。その周囲で倒れている僧たちと、遠巻きに包囲している僧たち。

 そして、門の瓦礫を踏んで立つ一人の女だ。


 その姿はあでやかと言ってよかった。白皙の顔に、鮮やかな紅を引いた唇がよく映える。高級遊女オイランが晴れの舞台のときに着る打掛(うちかけ)ドレスを纏っている。白地に赤と黒の髑髏柄だ。結い上げた髪に挿した金銀の髪飾りがさらさらと細かく揺れ、鬢から後れ毛がはらりと幾筋か落ちる。四尺もの長さがある漆黒の煙管を手にし、黒紫の煙を口から吹く。


 ただし……その女には目が三つあり、生え際から角が三本伸びていた。背丈は足元のぽっくりを入れて六尺七寸(約二メートル)はありそうだった。

 妖魔である。

 この妖魔が門を破壊したのだ。


 メイリが見る限り、立っているのは武法に未熟な者ばかりだ。ある程度腕に覚えのある者が軒並み倒されている。攻め込んで返り討ちになったということか。これでは、残った僧が攻撃できずに遠巻きにいるのも仕方ない。


 倒れた僧たちの生死も気になるが、メイリは妖魔へと視線を向けた。

「若院様」

「若院様!」

 生き残りの僧たちが生色を取り戻したような声をあげた。

 大師様がいない今、勧善寺でもっとも技量のある武法僧はメイリなのだ。


 妖魔の三つの目がじろりとメイリを見た。

「ようやくまともそうなやつが来たかァ!?」

 オイランのような出で立ちには似つかわしからぬ、乱暴でがさつな言葉遣いである。


(果たしてわたしで勝てるか……)

 そこで倒れて呻いているラガイ、向こうで血にまみれたハギ、彼らに比べてメイリは確かに上回るとはいえ、隔絶した差があるわけではない。彼らが圧倒的にやられるような相手を、メイリが降せるかどうか。


 だが、彼女の他に人はいない。メイリは眉をきりりと上げた。

「ここは仏法の清浄界、なんの用あって妖魔が入り込んだか!」

 距離を置いて二人の女が対峙した。メイリは妖魔から目を離さず、脇のアドウに小さく指示をした。

「傷ついた者の撤収を。ただし無理はしない。それから『(しょう)』を」

「はい」

 アドウはすぐに駆けだしていった。


 妖魔は小坊主などには目もくれない。値踏みするだけの意味があるのはメイリだけとばかりに、彼女だけを見ている。

「なァに、大した用じゃねェ。ちょっとばかし体を動かしによォ。ついでに、おめェらが持ってるケガレクリスタルをいただきに来ただけさァ!」

 女妖魔が大股に歩を進める。瓦礫の山から下りて、メイリへと近づいてきた。


「若院様!」

 アドウの声とともに『蓮華掌(れんかしょう)』が飛んできた。メイリはそれを視線も向けずに見事キャッチ。

 蓮華掌とは、信心宗武闘派の武法僧が使う武器で、六尺の薙刀のことだ。

 主に尼僧が使うのが薙刀の蓮華掌、男の僧が使うのが槍の金剛拳(こんごうけん)である。刃物は不祥の器、ということで、僧が使う槍を『拳』、刀を『掌』と言い換えているのだ。


 メイリは蓮華掌を恐るべき速度で回転させ、ぴたりと構えた。この構えに隙を見出すのは、よほどの達人でも難しいだろう。

「妖魔降すべし」

「いいねェ」

 女妖魔は自らを指す薙刀の刃に、獰猛な笑みを浮かべた。歩みは止まらず、鈍くもならない。


「一発で吹っ飛ぶんじゃねェぞ!」

 無造作に間合いを踏み越える。メイリの薙刀がまっすぐ女妖魔の顔へ突き出された。妖魔は手にした煙管で払おうとする。その瞬間、刃は翻り女妖魔の足を狙っていた。昼にリンタロウへやったのと同じコンビネーションだ。


 リンタロウと違って女妖魔は避けられず、命中。足に薙刀の刃が冷たく食い込んだ。見守っていた僧らから歓声が上がった。

 しかしそれは一瞬のことであった。骨まで届く一撃を受けながら、妖魔は身じろぎもしなかった。痛みなどないかのように前進する。


 メイリは今まで妖魔と戦い、降したことが何度もある。が、ここまでの頑強さを持つ肉体ははじめてであった。

 今まで出会った妖魔とはレベルが違う。


 メイリは後退。

 煙管が風を切ってメイリを襲う。余裕をもって避け、かなり離れたところを通った煙管だが、頬に風圧を感じる。まるで目の前で巨木が倒れたときのような風だ。当たれば人体などひとたまりもあるまい。


 再び相手の脛に刃を叩きつけた。一度、二度、もう一度。

 執拗な足攻めに、妖魔の片足はズタズタだ。それでも、彼女の紅を引いた口元に浮かぶ笑みを消すことはできない。歩みも無傷のときと変わらない。メイリの額に焦慮の汗がにじむ。


 ただの攻撃ではない。清気を以ってその身を満たす武法僧のセルフエンチャント闘法は、身体能力を向上させ、武器に清気を通すことで妖魔にもダメージを与えることができるはずなのだ。実際、相手の足は傷ついている。

 それなのに、前進するのは向こう、こちらは後退を続けている。


(いや、涓滴(けんてき)石を穿つ。一〇度で駄目なら二〇度、一〇〇度だって)

 自らの弱気を叱咤する。


 スピードなら、エンチャントしたメイリのほうが上なはずだ。

 避けて打つ。それだけに集中する。女妖魔もなかなか捕まらないメイリに苛立ちを覚えはじめているようだ。

 これならいけるかもしれない、という期待が、アドウら周囲の者の顔に表れている。彼らは倒れた同胞を助け出しながらも、メイリの戦いを見守っていた。


 そう、何事もなかったのなら、最終的にはメイリが勝利を収めていたかもしれない。


 が、誰にとっても予測しなかったことに、戦いの場に何も知らないミョウドウが姿を現した。建物の角から、よりにもよって女妖魔の近くへ出てしまったのだ。

 妖魔はまるで邪魔なハエを追うように煙管でミョウドウを打とうとした。高いところから落とした瓜のごとくミョウドウの頭が砕け散るかと思えた。


 メイリが飛び込み、薙刀で煙管を弾いた。

 だがそれにより、相手の間合い内で、自分の身の守りがおろそかになってしまった。


 妖魔の拳!


 かろうじて薙刀の柄で防ごうとしたメイリだが、ブラックオークの柄はあっさりと折れ、拳が腹に命中した。内臓が破裂せずにすんだのは、柄が折れたときすでに彼女の体が後ろへ吹き飛ばされはじめていたからだった。


 メイリは背中から仏堂の壁に激突、肺から苦しげな息を吐いて、そのままずるずると地面にへたり込んだ。

「おいおい、一発で吹っ飛ぶなって言ったろォ!?」

 妖魔は哄笑した。


「頑張ったほうだけどな。足首狙い」

 ズタズタになった自分の足を上げてみせた。

「もうちょっと力が足りなかったなァ」

「くっ……」


 妖魔がとどめを刺しに歩いてやってくる。

 メイリが死ねば、もはや勧善寺にこの妖魔に対抗できる武法僧は存在しない。その責任を背負って再び立ち上がろうとするが、意志に体がついていかない。腰が浮いたと思ったら、また座り込んでしまう。メイリは悔しさに顔をゆがめ、拳で動かない足を殴った。


 そのとき、メイリと妖魔の間に壁ができた。


 いや、壁ではない。そう錯覚してしまうほど大きな、人の背中だ。誰かが間に割り込んできたのだ。

 メイリから見える後頭部には髪の毛がない。かわりに鱗が生えている。爬虫類の頭部。あれは、メイリが監禁したはずの男だ。


 リンタロウだ。


「貴様、なぜここに……!」

 座禅堂にいるはずだ。メイリの頭をよぎったのは、やはりこの男は妖魔に与する者だったのか、ということだった。


 だが、それにしては立ち位置が違う。リンタロウは妖魔の隣ではなく、妖魔に向かい合う位置にいた。妖魔の仲間ではなく、敵のポジションだ。まるで、メイリを守るみたいに。


「助勢に参った」

 メイリは理解ができないというように首を振った。

「助勢? なぜだ」

「わたしは武士だ」

 それですべて説明がつく、というようなリンタロウの口調であった。


 メイリはまだ納得がいかない。

「だが、妖魔相手に何ができる? 刀すら持っていないというのに」

 持っていても妖魔には効かない。この男はそれをわかっているのか? 暴漢を取り押さえるのとはわけが違うのだ。


「そうだな……」

 リンタロウは背後のメイリをちらりと見て、

「盾くらいにはなるだろう」


 それを聞いたメイリの目が大きく見開かれた。

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