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第二話『妖魔降すべし』その二

 そのころ、ピアは串焼きの魚にかぶりついていた。単純な塩味で、ハーブを多用するエルフ料理とは違うが、素材が新鮮でうまい。

 と、エルフの敏感な聴覚が、寺のほうでミニ法螺貝が鳴ったのを察知した。


「なんやろ?」

 疑問に思ったが、リンタロウが不法侵入者扱いされているなどとわかるわけもなく、ピアの意識はすぐさま目の前の魚に戻った。


「うまいわ」

 満足、満足。


   ・


「何者か!」

 正面から一人が前に出て、厳しい誰何の声を発した。


 リンタロウは意外に思った。それが若い尼僧であったからだ。他に青年や壮年の僧侶の姿もあるが、彼女がこの場では一番偉いということらしい。


 およそ五尺五寸(約一六五センチ)と女性としては高い身長。芯棒が入っているみたいに伸びた背筋は、何事も忽せにしないという性格の表れか。

 鋭い目つきが、整った美貌を硬質なものに変えている。髪は尼削ぎのおかっぱだ。六尺(約一八〇センチ)のブラックオーク製清浄棍(しょうじょうこん)を手に構えている。


「わたしは旅の――」

「まず笠を取るがいい!」

 さっきと同じタイミングでセリフを中断されたリンタロウ。町中では武士に対し、僧侶がこのような高圧的な態度を取ることはまずないが、ここは境内だ。事情が違う。


 少し躊躇した。明らかに自分を怪しんでいる者たちの包囲下で、笠を取って顔を見せてしまっていいものだろうか。余計に先方の態度を硬化させる気がする。

 が、取らねばもっとまずいだろう。


「取る。取るが、わたしの顔を見てもまず落ち着いていただきたい」

 リンタロウは笠を取って、その顔をさらした。

 周囲がざわついた。緊張がさらに高まる。リンタロウの事前の忠告など効果はなかった。


「妖魔!」

「ここまで侵入してきたか!」

「わたしは獣がえ――」

「推参!」

 尼僧が清浄棍を突き込んできた。黙ってリンタロウの話を聞くという選択肢はないらしい。


 まっすぐリンタロウの顔を狙ってきた。リンタロウはのけぞって避ける。その瞬間、まるで魔法のように視界から棍が消えた。顔を狙っていたはずの棍が地面すれすれを這ってリンタロウの足を払おうとしている。


 リンタロウはとっさにジャンプ、棍は空しく宙を薙いだ。尼僧は驚愕の表情だ。反応されるはずのない速さとタイミングだったからだ。リンタロウの超人的な機敏さがここでも発揮されたのだ。

 のけぞった姿勢からの跳躍だったので、リンタロウは背中から着地。後転して立ち上がった。


 尼僧は今の反応を見て攻めあぐねているようだ。

「わたしは獣還りだ。妖魔ではない。ベルナミ藩浪人カギアギ・リンタロウと申す。今はゆえあって浪人し、旅の身だが」

 ようやく名乗ることができた。先方も、ひとまず言葉でのやりとりをする気になったらしい。ただし、清浄棍を油断なく構え、鋭い目でリンタロウを見据えながらだ。


「どうやってここまで入った?」

「禁域であったら申し訳ない。開いていた門から入ったのだが、人の姿を求めて迷い込んでしまった」

「門付きの者は何をしていた?」

 怒ったような声で、これはリンタロウではなく他の僧への問いである。


「ちょうど交替の時刻で……寸刻、無人になったものかと」

大師(だいし)様が御留守なのに、より気を引き締めなくてどうする」

 叱責しておいて、リンタロウに視線を戻した。


 今視線を外したのは、リンタロウが本当に妖魔だったらかなり危険な行為だ。この尼僧は腕は立つようだが、実戦慣れはしていないのかもしれない。ずいぶん気を張っているように見える。さっきからリンタロウの言葉を遮っていたのは、高慢というよりも精神的な余裕のなさの表れに思えてきた。

 大師様とやらが留守で、臨時に指揮を任されて緊張しているといったところか。


「話の筋は一応通っているようだが、信用はできぬ。本当に妖魔ではないかどうか、降してみればわかる……が」

 降す、とは、妖魔を退治するという意味だ。

 だが尼僧は迷っているようだった。考え込んでいる。


 やがて、自分では決めかねたのか、

「大師様がお戻りになるまでおまえを留め置くこととする。処遇はそれからだ」

 先送りにした。有無を言わせぬ響きであった。

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