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第二話『妖魔降すべし』その一

 ハラミ藩のユリガタニは高低差があるわりに大きい町で、人も店も多いが、いまいち繁華な感じがしないのは、町の北側にそびえる勧善寺のせいであろう。

 寺院というより城塞のようにいかめしい、全面黒の大伽藍(がらん)は、高台から圧倒的な威圧感を周囲に放っている。


 その威容をユリガタニの入り口近くから眺めたリンタロウは、感心したように言った。

「ベルナミの城より大きいかもしれないな」

 浪人笠ごしの狭い視界からでもわかる。

 ベルナミ藩はリンタロウの故郷で、ハラミ藩の西隣に位置する。一ヶ月ほど前までは、リンタロウは故郷の藩から出たこともなかったのだ。


「あの寺まで行かなあかんの? けっこう遠いで。登りやし」

 ずっと坂道が続いているのを眺めやって、げんなりした声をピアが漏らした。

「別にどっちか一人で行ってもええんちゃうかな?」

 どっちか、と言っているがピア自身が行く気はさらさらあるまい。


「あー、しんどいなー。ひょっとしたら頑張って陰陽術使った疲れがまだ残っとるかもしれへんなー」

 わざとらしく疲労をアピールするピア。

 ゴッタチ村を出て、途中で一泊している。疲労はもう残っていないはずだ。現にさっきまでは元気に歩いていた。

「ミカサ山の村まで遠かったなー。あんなに長い間式神使い続けたの初めてやったなー」

「わかった、寺へはわたしが行こう」

 リンタロウは根負けした。


 二人は目についた食い物屋に入った。靴を脱いで上がる座敷がいくつかある、休憩処を兼ねて食事を出す店のようだ。

 リンタロウの巨体に驚く店の娘に、銭を渡した。一食分としてはかなり多い。座敷一つ貸し切りの代金だ。


「少ししたらわたしも戻る。それまでこの子をここに置いて、許す限り好きな物を食わせてやってくれ」

「は、はい。わかりました」

 少し戸惑ったものの拒否する気配はなかった。往来の多いこの街では、エルフというだけでは排斥されないのだろう。


「それともう一つ、聞きたいことがあるのだがよいか」

「なんでしょうか」

「人を捜している。――」

 コガ・ソウヤのことを訊ねたが、娘は知らないと言った。

(さすがに、そう簡単にはいかないか)


「まずは塩焼きの魚とー、蕎麦ヌードルでええわ。あ、魚は二尾な」

 嬉々として注文するピアを置いて、リンタロウは寺へと向かう。あの様子なら何か騒ぎを起こしたりはしないだろう。


 坂を上ったところに勧善寺はある。境内の全体が高い塀で囲まれているのが見えてきた。近くに寄るとますます宗教というより軍事施設めいている。

 正門らしき大きな門は閉まっていて、呼んでも開かないし誰も出てこない。しかたなく塀に沿って右へしばらく歩いた。すると別の門があった。こちらは開いている。


「誰か! ……」

 待ったが、やはり誰も出てこなかった。リンタロウは境内に足を踏み入れた。

 人に会えれば、ケガレクリスタルを託して帰れるのだが。リンタロウは寺院の造りには詳しくない。幼いころからあまり外出をさせてもらえなかったので、本で読んだ知識が大半なのだ。さらに勧善寺はかなり大きく、建物もたくさんあるし、その一つ一つが似たような形状なので余計にわかりづらい。


 決して寺は森閑と静まっているわけではなく、人が働いているような気配はある。だがそれはどこなのか……、リンタロウはきょろきょろしながら進むが、どうもわからない。

(方向を間違えたかもしれないな)

 歩いているうちに、正門から遠く、暗く冷たい空気の流れる一画に来てしまった。参拝者が来るような場所ではなさそうだ。

 いったん戻ろうときびすを返す。


 そこで、若い僧侶と鉢合わせた。若いというか、まだ子供と言ってもいいくらいの年齢の小坊主だ。

 よかった、誰か話のできる者を呼んでもらおう。

「わたしは旅の――」

 事情を説明しようとしたが、小坊主は明らかに不審者に出くわしたという態度で飛び退るや、首からかけたミニ法螺貝を吹き鳴らした。


 けたたましい音が鳴り響く。

 リンタロウが戸惑っているうちに僧侶たちが集まってきた。特徴的なのは、全員がマフラーのような布を首に巻いていることだ。信心宗(しんじんしゅう)武闘派(ぶとうは)武法僧(ぶほうそう)に特徴的な巻き袈裟である。


 リンタロウの前後、さらには左右の建物の屋根の上にも、あれよあれよといううちに一〇人ほどにぐるりと包囲されてしまった。

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