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第一話『トカゲ侍と陰陽師エルフ』その一

 他郷といえど、同じ春だ。風も光も同じように柔らかい。


 ここはハラミ藩、グレイの町だ。街道沿いの小規模な宿場町である。

 リンタロウは一人、大通りを堂々と行く。ただ歩くだけで、通行人たちはそそくさと道を空け、歩み去る彼の背中を眺めやる。


 石畳の道沿いに小さい屋台がいくつか並んでいる。大通りに店舗を構えているのはパン屋など少数のようだ。

 旅人が集まりそうな店を探すが、このあたりにはなさそうであった。


 向こうに人だかりができているのが見えた。そこから言い争う声が聞こえてくる。


「いいか、食った分は払えって言ってるだけだ」

「ないもんはない言うとるやん」

「開き直るな! この、腐れエルフめ!」


 見れば、団子屋台の主人が、小さなエルフの首根っこを掴んでいる。団子屋は四〇がらみの男。捕まったエルフは一〇歳くらいの少女で、顔も服も旅塵で薄汚れているが、エルフ天性の美しさは損なわれていない。金の髪、青い瞳、尖った耳。

 彼女は団子が口に入ったままなのだろう、頬がリスのように膨らんでいた。

 周りの人たちは、ちょっとした面白い出し物を見るような顔で見物している。


「こんだけあるんやから、一本や二本もろてもええやないか!」

「まだ言うか!」


 拳骨がエルフ少女の脳天に落とされた。少女は短い悲鳴をあげて両手で頭を抱えた。団子屋はさらに拳を振るおうとする。


「あるじ、しばし」

 リンタロウが進み出た。

「ああん? いらん口出しは――」

 不機嫌そうに振り返った団子屋はリンタロウの姿を見た途端、今までの威勢をどこかへやったように怯えた顔をした。


 原因の一つはリンタロウの出で立ちだ。頭に浪人笠を深くかぶり、外から彼の顔は見えないが、一見して普通の町人などでないことは明らかだ。


 上はシルバーグレイの小袖(こそで)、下はオフブラックの野袴(のばかま)、いずれも柄なし、と飾りっ気のない地味な服装。足元は踏破性重視の編み上げの革靴。雨合羽を兼ねた革のマント。

 そして何といっても、腰に差した二本の刀だ。二本差しは武士の証である。町人とは身分が違う。


 原因のもう一つは、リンタロウの体そのものにあった。七尺三寸(二二〇センチ)、四〇貫(一五〇キロ)という、怪物じみた巨躯である。歩くだけで通行人がよけたのも当然であった。


 巨漢のサムライは穏やかに言った。

「子供を殴るのはやめてくれないか」

「い、いえ、おサムライさま、こっちだって団子四本食われちまってるわけです。ただ許せってわけにはいきませんね」

 商売人の心意気か、相手が武士でも無条件に従うのではなく、声は若干震えているものの言い返してきた。


「おいおい、おサムライさまに逆らってええんか?」

 頭のこぶをさするようにしながら、エルフ少女が尻馬に乗って調子づく。

「いい加減にしろ、腐れエルフ!」

 団子屋が拳を振りかざした。


 リンタロウは、深くかぶっていた浪人笠を、ついと持ち上げた。

 異相!


 団子屋のみならず、リンタロウの顔を見た周囲の連中の顔にも、驚きと恐怖が走った。

「ま、魔物……!?」


 彼の顔は尋常な人間のそれではない。前に突き出た鼻面、大きく裂けた口。大きな目。そして頭部を覆う鱗。

 トカゲである。

 リンタロウの頭はトカゲであった。


「わたしは獣還りだ」

 怯えた群衆の声を穏やかに訂正した。それがどれほどの効果があったのかはわからないが、少なくとも逃げ出したり、悲鳴を上げたり、役人を呼んだりする者はいないようであった。


 リンタロウは、半ば腰を抜かしてこちらを見上げる団子屋に目を戻した。

「わたしが払おう」

「……へえ?」

「その子が食べてしまった分、いくらになる?」


 リンタロウの物腰が柔和なおかげもあり、異形を見た衝撃から立ち直ったらしい団子屋は、

「でも、いいんですかい? 知り合いってわけでもないんでしょう? 銭の無駄遣いってことになりますよ」

「いいんだ。単にわたしが、子供が殴られるところを見たくないというだけのこと」


 おかしなお人もいるもんだ、と口には出さず顔に出して、

「へえ、それじゃあ遠慮なく……四本で三二文になります」

「その子を放してやってくれ」


 団子屋が少女の首根っこを捕らえていた手を放す。エルフ少女は走ってリンタロウの後ろについた。リンタロウを盾にして口を出す。

「ゲンコ一発ぶん割引きせえや。そやないとウチ殴られ損やないか!」

「このガキ……!」


 まだ何か言おうとする少女の前に手をかざし、リンタロウは止めた。

「きみは少しおとなしくしていなさい。盗みを働いたことは事実なのだろう」

「そやけど計算合わんやん」

「まず自らの行いを反省するように」

「加勢したったのに……」

 少女はきまり悪そうにぶつくさ言った。

「懲りたら、もう悪いことはやめるがいい」

 行っていいぞ、とリンタロウは少女を解放した。


 少女が去ってしまうと、一幕の見世物が終わったかのように、人だかりも解散していく。

 さて、とリンタロウは懐から財布を取り出し、銭を数えて団子屋に渡す。

「四〇文ある。わたしも一本もらおう」


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