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皇子が現れた

読者さん、またお会いできて嬉しいです、今回は、新人物の登場とその経歴、そして一世代前の歴史について語ることになります、まだまだ先は長いので、こんな物でも楽しんでもらえるならありがたき幸せ。これから後書きはなくなりますので、後書きまでスキップしていくのはご遠慮ください。では、また今度もお会いしましょう。

 今日はベアトリスの六歳の誕生日にして、お披露目会の日だ。


 お披露目の前に晩餐会は開かれた、皆晩餐会を楽しんでいる中、私はもう一つの入り口で合図を待っている。でも、問題はそこじゃない——腹が空いた…、まえもって何か口に入れるべきだった。今は我慢しか……


「お嬢様、お腹が空かされてますか?」


「どうしてわかるの?!」


「フフッ、伊達に専属侍女はやってません、顔に書いてますよ?こんな事もあろうかと、ジークフリート様からも『お菓子を用意してあげなさい』と注意したから……はいっ」


「っありがとう、アンナさん」——スリットスカートの隙間に手を入れる所を見て、ベアトリスは少しショックを受けながらも礼を言って渡された紙袋を受け取った。


「いえ、お役に立てて何よりです」


 ちょっと変な所から取り出したやつけど、紙袋に入ってるたからきっと大丈夫、うん…って、美味しいっ!なにこれ美味しい!前世はスイーツはあんまり好んでなかったけど、これは確かにありね——こうして糖分のおかげでベアトリスはお披露目のプレッシャーを忘れ、ただクッキーの味を楽しめ微笑みを浮かばせた。


「それでは皆の者、此れが我が娘だっ!」——ジークフリートが合図を出すと共に会場の扉が開かれ、そこに母譲りの白銀色の髪と父譲りのオーキッド色の瞳を併せ持ち、明るい紫で入れた菫の刺繍を飾る白い洋服と栗色のスカートを身に纏い、楽しそうな笑顔を咲かす可愛らしい幼女とその侍女が立っていた。幼女は手にしている紙袋を侍女に渡し、レディーらしく礼をしながら、挨拶の言葉を発しました。


「皆様、お越して頂き、ありがとうございました。」


「マァッ!何と可愛らしい!」


「伯は幸せ者ですな〜」


「私もこんな娘が欲しいものだ〜」


 参加者達が騒いでいる中、稚さが残る声が上げた。


「ほう……中々の代物(しろもの)じゃないか、でもお前、本当にアジリスを倒したのか?」

 

『?……クーゲル殿下?!なにゆえこんな所に……』——気配を隠していたからか、身長が低かったからか目立たないから、声の主の後に立っていた人たちは驚き、慌てて相手から離れ、声の主を明かした。


 それは平均少しより高い身長、サルビア色の髪と灰色の瞳を持つ男の子。普通の子供と比べて明らかに気迫が強く、筋肉量も年齢に合わない。たとえるなら前世のジュースチューブ動画に出る武家の子供みたいな…あっそうだ、腕の太さの樹を殴り倒す事で有名なあの女の子の感じだ。


「こんなお人形みたいな幼女が、アジリスを倒せるだ?笑わせるな、せっかく来て見たのに、とんだ期待外れだ——」


 こいつ誰?嫌がらせ?いやそれよりクーゲル殿下って呼ばれたよな……もしかして皇子や貴族家の御曹司の類か?……ああっ、ひょっとして四年前帝城の客室で起きた時の!名前しか知らないから忘れるとこだったわ…にしても、こっちを見くびっている様だけど、まあ相手はまだ子供だし、一歩引けば…


「そもそも英雄ともあろう者があんな病態男ってどういうこと?妻と娘を散々ちやほやしていた噂しか聞こえなかったが、そんなヤツが民を守れるかよ。」


 っんん……流石にそこまで言われたらムカつくわね…でも場面が場面だし、ここは我慢…!


「殿下、アジリスの件ですが、倒したなんてとんでもございません。(わたくし)はそれに傷を負わせ、追い払ったに過ぎませんわ。」


「あれを追い払った?フッ、馬鹿なことを言うな、それ程の力量の差があるなら、最初から襲って来ないはずだ。実力を隠したとでも言いたいのか。」


 もーしつこいやつだな…っいや、我慢我慢…もう一言言ってみれば…


「恐れ入りますが、先ほど言ったのは全て真実でありますわ。」


「……フン、そこまで言われたら、後で勝負しようじゃないか。」


「え……」「いいな?」


 お父様は旧友と杯を交わし盛り上がり、『お父様、助けて……』の視線に全く気付けないし、お母様は暖かい目でお父様を見つめて、同じくこっちの騒動に気付いてない、侍女であるアンナは身分が身分だから口を挟めないし……


「果たし状は後で送る、三日後、この地の訓練場で会おう!」


 この言葉を置き、第四皇子はそのまま去って行った、


『面倒なやつに絡まれたな…』——来客たちは声を抑えているが、彼らの議論の内容はベアトリスにも聞こえる——クーゲルの実力は同世代の中で最強との噂、城に居た頃はしょっちゅう役人や衛兵をサンドバッグにしていたとの噂、自分を負かす相手に絡みついて技を教わるまで離れないとの噂。


 わがまま御曹司か…まあいい、子供相手に本気出すのは主義じゃないけど、相手が挑発してきたんだし、軽く躾けても大丈夫だろう——そう考えながら、ベアトリスは挑戦を受け入れる事を決めた。


『楽しいお披露目の日だったのに、かわいそうに…』


『私だったらいまごろ泣き出したんでしょうね…』


『きっと我慢してるんだろうな…』


 当事者はそう思っていないけど、ベアトリスの無表情な顔を見て賓客たちは勝手にベアトリスの考えを推測し、同情し始め、そしてそんな議論の中で、ベアトリスのお披露目会は幕を閉じた。


。。。。。。


「すまん!調子に乗ってしまって見えなかった、絶対にどうにかするから、パパを許してくれ……!」


「ごめんよ、リズ、あんなに楽しそうなパパ久しぶりに見たからつい……本当にごめんよ……」


 時はお披露目会当日の夜中、発光苔のあかりのもとでベアトリスは両親の謝罪を浴びている。


 やれやれ、お父様は元々ハンターで、各地を渡ったから旧友が沢山いるって聞いたけど、まさかあれ程とは……まあっ、そもそも勝手に喧嘩を売ったのはあっちだし——泣きそうな両親を見て、ベアトリスは心の中ため息を出した。彼女の手に一枚のカードがある、他ならぬクーゲルからの果たし状。


『改めて勝負を申し込む、貴様らは本物の強者か虚名をようして自惚れる愚か者か、俺の剣で見極めて貰う』——果たし状には帝国の共通語でそう書かれている。その筆跡は良筆とは言えないが、本人の横暴なイメージとは大違いで、見れば意図的に練習を積めた字だ。字は心性の鏡、良い心意気を持っていないと、この様な字は書けない。


「いいんです、この勝負、受け入れようと思いました。」


『え?』


「手荒ですけど、ああ言う相手の口を閉じるのに、実力を見せつけばいいのです、それに……」


『それに?』


わたくし個人をどう言っても構いません……でも、お父様まで話に持ち込んで、何も知らないくせに、おおやけの場でお父様の悪口を言い出すなんて、許せるわけありませんっ…!」


 ベアトリスが生まれてから六年間、雨の日も、雪の日も、ジークフリートは軍隊を率い、民をモンスターの脅威のから守った。モンスターが出ない時期も、各地で臨時教官として活躍した。そのあと領地に戻る途端、休みも取らず政務に没頭し、幾度も倒れたその姿を、ベアトリスは見届けてきた


 人々をモンスターの脅威から解き放とうと、少しでも良いから領民の生活をよくしてあげたいと、その為どれほど己を犠牲したのか……父の辛労を、前世で家族の為に奮闘してきたベアトリスだから理解できる、だから彼女は…許せない


「リズ……」「マア……」


「だから見ていてください、お父様、お母様……必ず勝って参ります」


 前世、幼い頃から恵と言う少年は武術を好んでいた、剣道、弓道、薙刀、合気道など。うち剣道と合気道は全国レベルの試合でも、同世代のベストフォー以内の成績を出した。


 両親を失った後彼はより一層奮発し、剣道、薙刀術と合気道で全国優勝を勝ち取った、他も健闘し、三位以内の成績を出せた。


 それらで勝てた所以は他ならぬ、姉と妹の為に強くなりたいと言う執念、相手の動きを分析し対応する瞬間判断力、そして、各種武術の稽古を日々積み重ね築き上げた、あの莫大な経験。


 今と前世に体格の差がある、間合いの感覚は慣れてないけど、やるべきことは一つ……大切な人のために、勝つ!——翌日の朝、ベアトリスは自らクーゲル皇子との練習試合を客に布告し、決着の日はあっという間に訪れた。


『双方、礼!』


「リズ……本当に良い子すぎる、俺なんかが父だなんて……勿体なすぎる……」


「ジークフリート、泣くばかりしてないで、ちゃんと見届けてあげなさい、あの子が『見ていてください、必ず勝ってみせる』って言ったでしょ?」


「らしくないぞ、ジークフリート。アジリスの時は散々自慢じたじゃないか。」


「俺の名誉なんて正直どうでも良いんだ、皆が危険に脅かれず、楽しい生活を送ればよかった……でも俺の名誉の為に、あんなに憤慨して……そもそも俺が酒飲んで周りを見てなかったからこのような事態に……動かずに居られるかよ……」


「そうね……本当、家族想いな良い子ですわ……」——そう呟くクラリス夫人は、微かながら微笑みを咲かせた



『構え!』


 場内、剣身約百三十センチの両手剣を握るクーゲルに対し、ベアトリスはランスと盾を構え、先日のアジリス戦同様槍先を収納しているまま。


 無論二人とも訓練用の武器を使っている、武器の有効部分は鯨髭のような素材でできている。軟装甲も着用されている故、並の力なら間違っても大怪我はしない、しかし、それは『並の力』の話……


「ふんっ、槍先を出さないのか、随分余裕だな」


「どうぞお気になさらず。」


「っん……舐められたものだ。」


「そうですね……簡単に許すつもりは無かったので……」


『始めぇ!』


「来なさい、全力で叩き潰すっ!」


 このアホみたいなプレッシャー、本当に六歳なのか…でもこっちだって戦う理由がある、負けてられるか!——声を低くしたベアトリスを直面するクーゲルは相手を睨みながら思わず震えた。


 これまで彼は武芸に長ける貴族子弟を何名も直面してきたが、睨み付きで彼をぞくぞくさせた者は初めて遭った。本能が相手を見くびってはいけないと信号を送り、クーゲルは普段より何倍も集中し、迂闊に動くことをできるだけ避けた。


「どうしたのですか、来ないのならこちらから行きますわよ?」


「余計なお世話だ……参るぞ!」


 二人の距離はおよそ十メートル、武器の長さを考慮に入れば、これも合理的、だがクーゲルはその距離を徐々に詰めた……残り三メートル時点、ベアトリスは…まだ動いてない。


 動かない?いくら盾があるからって、ランスの有効部分は先端の一部だけ、普通はもっと距離を取るははず……イヤ、槍先が出してないなら間合いはこの剣より短い、有効部分は僅かに露出した槍先、一度体勢を崩したらこっちの勝ち、ラッシュで圧倒する局面に持ち込めば……!


 作戦を立てた後、クーゲルは両手剣を槍のように構えて動いた——まずは槍術の中に剣術を混じり、時に円頭で重みのある一撃を打ち出し、時に鐔で盾を引き離す試みをする、両手剣という武器の可能性を使い尽くして、たえなる連打を繰り出して行く。それに対して、ベアトリスはただ盾で守りを固めている……ように見えた。


『ザッ…ザッ…ザッ…ザッ』


 なぁっ!——予想外の流れでクーゲルは動揺した、なぜなら彼は気づいた——ベアトリスは進んでいて、自分は後ろに下がっていることを


 コイツ、引くどころか逆に前へ……!こっちが主導権を握ろうとしたのに、逆に握られた!——驚く暇もなく、彼は相手の間合い詰めによる無形な攻勢を捌くのを強いられた。


 攻撃してるクーゲルが退いて、防御に徹するベアトリスは進んでいる——その光景を見る群は愕然した、その中でも、戦場に出たことのある実力者達は特に驚いた。


『攻守は既に入れ替わったな、殿下の足捌きが乱れていく一方と比べて、フラワル嬢の足捌きは安定で規則正しい…』


『攻撃がフル加速する前に受け止める、相手の武器の長さを利用して動きを封じる、正しいタイミングで進みバランスを崩す……これを六歳児が?』


『やれやれ、鳶が鷹を産んだか……』


『皇子の動きも面白い発想だが、これは……』


 一方、ジークフリート達の席では


「オ〜〜〜!リズ!!!」


「あなた、ちゃんと見なさいって」


「でもぉおおお!!」


「もーう、仕方ない人なんだから……」


 …と大泣きしているジークフリートとそれを慰めるクラリスだった。



 クソ、俺は国を、民を、家族を守るために努力してきたんだ……自分より小さい女の子に負けてたまるか!勝つんた、勝たなきゃ…!——完全に主導権を握られ、自由に技を振るえないクーゲルはやがて焦り始めた。


「焦っていらしたようですわねっ」——相手の心構えが崩れていくのを感じ、ベアトリスは息をつける機会を与えようとペースを下がり、相手に話かけた。


「うるせぇ!俺は、負ける訳にはいかないんだ!!!」——ベアトリスの言動を挑発だと思い、とうとう我慢できなくなったクーゲルは間合いを取って剣を構え、そして渾身の一突きを放った。技として突きは速いが躱されたら隙だらけ、その上相手は自らバランスを崩してくれた。当然、ベアトリスはこのチャンスを見逃さない。


 「フゥンッ!」——大きく踏み出し、剣の軌道を盾で変え、その儘クーゲルの懐に侵入し、ランスで慌てる相手に力強く一突きを送り出した!


「カハッ!」


 この一撃を真正面から喰らったクーゲルはくの字になって後ろへ飛ばされた。数秒後、クーゲルは両足を震えながら、立ち上がった。


「まだ続きますか?いいですけど、アレで槍先を伸びたら……わかるかしら。」


「クッ……」


 悔しいけどクーゲルは承認するしかない……今の一突き、接触前に伸縮機構を発動すれば体を貫通された判定で、何を言ってもアウトだ。


「俺の…負けだ…!」


『勝負あり!勝者、ベアトリス・フォン・フラワル!』


 その宣告にを前にギャラリーに立つ人々は一時沈黙した、そして声の跳ね返りが止まった途端、拍手喝采の音は瞬く間に訓練場を響き渡った。


「見事だったぞ!二人とも〜!」


「ベアトリス〜!カッコいいぞ!」


「殿下も〜!勇ましかったですよ〜!」


 これらの歓声はクーゲルには皮肉でしか聞こえない。彼はわかっている、自分は目の前の者に弄ばれた。それに耐えきれなく、彼は礼もせず去って行き、対するベアトリスも何か違和感を感じた。


 あの表情、自分を追い詰めている。達人じゃないから言い切れないが、一戦交えたことでなんとなくわかる——相手の心意気は多分悪くない、その上彼には才能がある、挫折で武道を諦めてしまったら惜しい逸材だとベアトリスは思った


 実際、クーグルのラッシュは相当手強かった。「剣」という万能武器をよく理解しているからこそ、両手剣を長物やハンマーのように使う発想が浮かべられる。これは仮想ではなくフルプレートアーマーの全盛期——14から16世紀末——の騎士や傭兵にも使われた実戦技術の一種だ。


 最後の一突き、隙だらけだったけど、あの言葉になにか強い決意を込めてるな。機会があったらうかがってみよう……でも今は——


「お父様〜♪、お母様〜♪、見ていてくれましたか〜」


「当たり前だ!本当に俺達の誇りだよ!リズゥ!……ウハハァ……!」


 あんなに泣いて……やっぱりすごく心配していたようだね、お母様が大変そう、後で謝ろ……


 こうして、第四皇子クーゲルとベアトリスの対決は終えた。クーゲルは帝都に帰還せず、旅館で泊まろうとしたが、野放しにするのは問題になると判断したフラワル夫婦は彼を保護し、帝都に手紙を送った。


 その儘二ヶ月が経ち、今クーゲルはフラワル邸で泊まっていて、彼のせいでベアトリスはもはや爆発寸前……


「何処でそんな技を覚えだ、教えろ。」


 シツコイ……毎日のように同じ問題を聞いてくるとか、二ヶ月続くとやり過ぎだってわかれよこのバカ皇子…!


「何度も言ったつもりですよ?、訓練による賜物ですわ」——最初はまだ泰然と答えられるけど、二ヶ月間べたり付いて来る皇子にベアトリスにはもう構えたくない。


「嘘をつくな、あんな技、そんなもので身に付ける程甘くない。先日の件は伯に許してもらったんだから良い加減教えろよ」


(わたくし)が許した覚えはないですが?」


「ウッ!……」


 声を低くしたベアトリスの威圧を前に、クーゲルは視線を合わないように頭を下げた。


「謝りで万事解決だとでも?そもそも殿下は噂しか知らないくせに公の場でお父様の名誉に泥を塗る真似をして……しかもお父様達が殿下の身を案じて保護してあげたのに、散々人に迷惑をかけた身が頭一つすら下げないで、何が『先日の件は済まなかった、よろしく頼む』ですか?」——憤怒に満ちた少女は出し惜しみなく言葉の矛を少年に向け、まるで親が過ちを犯した子供を説教するように道理を語った


 そう叱られたクーゲルは、己がいかなる不始末を働いたかを自覚させられた、


「……すまない」——その言葉と共に、クーゲルは初めて体を屈め、人に謝った——人に説教されるのは初めてなのに、なんとなくスッキリした気がする、こいつなら、話に聞いてくれそうと彼は思い、語気を低くして口を開いた。


「あの……一つ、聞いてくれるか?」


 やっと打ち明ける気になったね——腹を括ったような真っ直ぐな目でベアトリスを見た。そしたらベアトリスは怒りを収まり話を聞こうと階段にかけた。


「俺は自分が情けないと思っていた……兄上達は勉強が良くて、芸術に達して、教養も溢れている、父上と母上の誇りだと周りが言ってて、俺だけ何もできず『無能』だと…」


「……」


 自分の言葉を一心不乱に聞く相手を見て、クーゲルの心の中の不安はやっと落ち着いた。


「五歳になった日、抑えきれなくて母上に泣き付いたんだ。なんで俺だけ役立たずなのか、俺も父上と母上の誇りになりたいって、そしたら母上はこう言った——そんな事はないわ、三人は勿論誇りだけど、クーゲルも私達のお宝なのよって、成績を出して悪口を言う人達を黙らせよって、そして、クーゲルは体が強いから、ハンターになって人々と兄達を守ってあげようと……」


 ここまで話したら、クーゲルの雰囲気は一変した。


「俺は母上の期待に応えたい、父上と母上の名誉のためにも、自分のためにも。だからまずは世代最強を目指す、そして訓練と試験を受けて正式にハンター免許を取って、最終的にはどんなやつでも認める、ウニタスの人々の『守護の剣(ワード・エッジ)』になるって」——彼の目は清らかで情熱的になった


「日々訓練を重ね、武器のことを研鑽して、人の技をならうのもその為。そしたらある日を起点に俺は帝都の同世代で敵なしになった、だから俺は家から出て、更なる鍛錬を求めて各地を巡った」


 なるほど、同世代の中では敵なしの話は少しだけ信憑性があるようだな、どうりであんなに自信満々に果たし状を送るわけだ——二ヶ月前に聞いた賓客たちの議論を相手の話と繋がり、ベアトリスは相手への評価を持ち直した。


「帝都へ帰る途中で君の噂を耳に挟んだ、『六歳未満なのに一撃でアジリスを仕留めた』っと、好奇心を釣られて来た、そして君がお菓子を楽しむ顔を見て、ムカついて叩きのめそうと挑発したんだ。」


「……そしたら逆にやられて、この人から学べられる、何としても技を盗みたい、超えなきゃいけないと思って、今のこの状況か。」


「っあっ、っああ……」


 話の的を正しく突き止めたベアトリスを相手に、クーゲルは思わず冷や汗をかいた。それを見るベアトリスは、微かなる微笑みを浮かした。


 昔もこんな時代があったな……姉さん達のため強くならなきゃとプロの選手まで挑戦して、打ちのめされて、迷惑をかけても稽古を押しかけて…そういえば、さっきの説教も姉の言葉とそっくりだな、懐かしいな……


 でも、こいつは自分を追い詰めてる、私と言う壁が出て更に傾向が深まった。昔は押し掛けで乗り越えたけど、今は違う。もしあの日私が全力で突き出したとしたら、練習用の槍で彼を貫くかも知れない。まあ、強くなりたい気持ちは共感できるけどな……



「殿下、あなたの夢は立派です。」


 「っなっ、っ何だよ、いきなり……」——意外の賞賛を耳にして、少女の微笑みに胸を擽られるクーゲルは思わずビクッとして、顔を赤くした。


「そして一つ質問したい、自分が幸せ者だと思いますか?」


「エッ?普通に幸せだけど……」


「そっか、普通か……知ってますか?、十六年前で終わった統一戦争を」


「え?…っアア、歴史の先生に教わったよ、あの戦争あってこその帝国だって。」——いきなりの新しい話題で少し戸惑ったけど、クーゲルはそれに乗った。


「そうですか…なら死傷者の数は、知っていますか?」


「それは……ったくさん」


「ふぅ…推算によると、戦場で命を落とした兵士だけで三十万ありましたわ。」


「三十万?!」——たくさんだと知っているけど、ベアトリスの口から出た数字でクーゲルはショックを受けた、


「身障者になった者も十二万を超えているわ。しかも戦争中、駐屯兵と村の担当騎士達まで前線に送られ、保護を無くした村はモンスターに襲われた。これにって壊滅した村の中、記録に残った箇所はおよそ九百ヶ所、どれも三百人以上の人口を持ち、軍用物資の生産を担える村ですわ。」


 三百人の村が九百も…!——少なくとも二十七万もの村人がモンスターの襲撃に遭ってしまった事を知らされ、クーゲルは震え始めた。


 「史書によると、統一戦争前の登録人口はおよそ二百万、そして帝国成立の時点で調査を行った結果、残り人口は僅か百三十万。百年以上も続いた戦争だから、命を落とした者の数字は七十万なんかを遥かに超えたのでしょうね……」


 自分と関係ない話なのに、どうしてそんなに詳しいんだ?——クーゲルの心の中の疑問が解かれるまで、長くはかからなかった


「お父様はそれを観ていられず有志を寄せ集めて、モンスター退治と避難民誘導で各地を駆け回る日々を過ごしていた。さきほど言った村、中の三分の一はお父様とその仲間が見つけたの……生き残った子供や婦人を保護して近くの大都市まで送って、そしたらまたすぐに出立して次の村に向かうの。」

 

 っああそっか、フラワル伯と言えば、数え切れないほどの村人を助けた功績で伯爵の位を破格的に授かった英雄…でも、どうして俺にこれを…——ベアトリスの言葉が進むと共に、クーゲルの中の疑問は増える一方だった


「この屋敷の侍女と執事の多くはベルバイストを苗字にしている。それはどういう言う意味かわかる?」


「いいや…」——共通語しか学んでいなかった故、ジークフリートの母語の中の単語をクーゲルは知らない。


「彼らは孤児なのよ、お父様達が保護してくれた、親族を全て失った子供達だったの……だからアンナから聞いた時愕然したの、父と母の愛と保護から引き離された子供があんなにあったなんて……」


「あの人たち孤児なのか?!」


 孤児はそんな珍しいものじゃないのよ、経済が悪い場所にたくさんあるし、戦争の世だったら尚更——信じられないの字を顔に書いた様な相手にベアトリスはそう答えたいけど、相手の考えを父の大変さに誘導するために、言い出すのをやめた


 前世の世界はだいぶ平和になった知識経済の社会、独立ところか、二十歳になるまで挫折を知らない人も少なくない……親を亡くした孤児は養護施設が収容してくれるとは言え、彼らは棄子と違って、既に家族を持っていた、私と同じ。父の名誉を汚された時に感じたあの怒りも多分そのためだろうな…


「お父様は彼らの居場所を作ってくれた、少なくとも帰る場所を彼らにと、そして今も歴史が二度と繰り返さぬ様に奮闘し続けてる……このフラワル邸に住む間、殿下もその目で見たはずよ?」


「ッ…」


 ここ二ヶ月、ジークフリートはすでに何回も倒れかけた。妻と娘の勧告を従って休憩を取っても、一日も経たずに仕事を再開してしまう。彼より頑固な男をクーゲルは知らない


「本当にごめん…この前ひどいことを言ってしまった、二度としない」


 よしっ、これで思いやりは身につけた、これからの成長が楽しみだな…——頭を下げて謝罪するクーゲルを見て、目的を果たしたベアトリスは相手の赤い髪にたなうらを当て思わず微笑んだ。


「…ァッ」


 頭を撫でられて恥ずかしくなったか、しばらく経ったらクーゲルは頭を上げて体をベアトリスに背けた。


 恥ずかしがってるのか、まあはぁはぁっ、頭を撫でるのは度を超えちょったか——赤髪に半分遮られた緋に染まれた耳を見て、ベアトリスは思わず心の中で笑い、立ち上がった。


「そろそろ時間だし、昼食にしましょう?」


「っああ…」


 今のは、なんなんだろう——廊下をたどって行くベアトリスの後ろ姿を目で追い、心の中のドキドキをなんとか落ち着かせたクーゲルはこの初めて味わう感覚で戸惑うのであった。

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