家族揃っての一日(1)
気を向かないと気付きづらいけど、確かに血の匂いがする。市場だからか……?
ルーバー透して最初に見えたのは足を駐めて一致した方向に目を向いている人混み。その視線の先にはおととい父が仕留めたアグレックスの死体があって、その解体が行われている。
すごく頑張ってるけど、やっぱあいつの鱗は硬いんだな……四人がかりでも解体を済ましたのは胸部と腹部だけか……
アグレックスの周りにも解体中のクレーギスと見たことないモンスターもあり、その臓器のほとんどは取り除かれた。残りは肝だけ、血の匂いするのは多分あれがあるからだと思う。
「外は混んでる様だな、アグレックスを見に来たのか…まあっ、この辺りの人間からしては珍しいやつだからな〜しょうがないかぁあ゛ぁ……」
「ほら、水よ」
「ああ、ありがとう」
咳が…やっぱ十数年間苦労して蓄積されたダメージたった一年で全快するわけないよね……そんな状態であの化け物と互角に渡り合えるなんて、帝国最強の名はだてじゃなかったってことだな……にしても、あの郵便も知らない天然さんもこのくらい強くなれるのかな……?
「ん?リズも飲みたいか?」
「え?あっ、いえ 大丈夫です。ひょっとしてまた無理してるのかなって……」
「そんな事ないぞ〜パパは頑丈だから゛!……心配ないよ。」
そう言いながら、父は腕を上げて、そのソフトボールくらいの大きさの力こぶを見せつけた。
「あら、それはつまり去年のあれは演技かしら。」
「えっ…いやいやいやいや、あれは本当だぞぉ、てか演技で血を吐けるワケないだろう!?」
「ふふふっ……そんなに乱れるなんて、よそに聞かれたら笑いものねっ。」
「げっ!」
「——そういえば、男の人って結婚したらみんなだらしない人になるのかしら……」
「うっ!」
「——はぁ〜あっ、昔はあんなに押しが強くてカッコよかったのに……私が惚れたジークフリートはいったいどこへ行ったのかしら……」
「あぅ……」
…お父様、隅っこで円描き始めた…ちょっと気の毒だな……
「…ふふっ、揶揄ってるだけよ。ちゃんとした食事と休息を取れば、お酒くらい好きに飲んでいいわ。ただ、全快するまで量は規制からね。」
「…はぁ……っ!ああ!もちろんだ!」
生き返った!やっぱり男って単純だな……まあ、私も男だったけど……
「でもっ、また前の様な無茶な戦い方をしたら、一生酒抜きにしてもらうからね。」
「ああ安心してくれ、今後心配をかける真似は絶対にしないッ!」
「ふふっ…よろしい。」
お父様、強がってるのバレバレだぞ、体震えてるじゃないか……しっかしお母様って、見た目はそれらしくないけど貫禄を感じさせるタイプなんだよね……別に顔や声の調子が怖いんじゃなくて、時々居るだけでピリピリする。しかもそれは一般人にだけではなく、お父様の様な統率者としての資質が高い人にも効くし……
『旦那様、お待たせしました。』
ノックの音が立った後、窓際からアンナが挨拶をして、この前のピリピリな感じも無くなった。
「ああ、お疲れさん、門を開いてくれ。」
『かしこまりました。』
バ車のドアは開かれた途端、父は新年の朝を迎える様に真っ先に飛び出した……ってなんだよこれひぃどっ…!鼻がおかしくなる……っ!
「ふぅ〜、やっぱ外はいいなぁ〜、スッキリしたぜ〜」
こんな匂いの中でよくそんなこと言えるよ!…汗臭いし生臭いし、血と糞の匂いも混ぜてマジできつい、ビックリするくらいスッキリ要素無いんだけど…!
「そんなに窮屈だったら歩いて帰ろうかしら。どうせ急ぐ事はないんでしょう?」
「えっ?ああ〜へーキだ。のこのこ歩いてる間にリズが風邪引いたらいかんからな。」
「あら、全員歩いて帰るって言った覚えはないんだけどね。」
「あ…あはぁはぁ…」
父が提案の意味を悟って笑ってる間に、アンナは二枚のマントを持って来た。メインカラーは紫で、それぞれにターコイズ色とオーキッド色の花の刺繍がついてて、仄かにローズマリーっぽい香りがする。
「お嬢様。」
「あ…ありがと…」
「奥様もどうぞ。」
「ご苦労さま。」
「恐縮です。」
貰ったのはオーキッド色の刺繍が付いた方、普段着るやつより柔らかくて肌触りがいいな、しかもあったかい、純綿かな……どういうことかわかんないけど、とりあえず着るか…
「少々お待ちくださいお嬢様、私が手伝いましょう。」
「えっ、ええ、いつもありがと……」
「いえ、お役に立てて何よりです。」
嬉しそう……精神年齢二十九歳でこんなお世話されるのはちょっと恥ずかしいけど、体の方はまだ七歳だからしょうがないか……って、あれ?、なんか…不快な匂いが無くなってきた……む?外なんかざわついてるな……
「…ねえねえ、聞いた?、今日ブレイン様が市場に来たらしいよ?」
「ブレイン様?奥様の兄君の?」
「…そー、しかも仕留めたアングホークスも連れて来てるらしくてさ。」
「さっき見かけたよ、売り渡す相手を探してるご様子だけど……ここにそんな大金持ってる人はもういないんだよな……」
ブレインおじ様も来たのか?しかもアペックス級モンスター連れ回して……さすがブレインおじ様だな、アングホークスは空を飛べるので、ある意味アグレックスより手強い相手だからな
「…よしっ、これで完成ですっ。」
アンナがバ車から出た後に続けて、父は期待に溢れた笑顔で出入り口に寄ってきた。
「リーズたん、おーいで〜」
そう言いながら、彼は腰を下ろしてこっちに両腕を伸ばしてきた——昔からこんな感じだったな… 普段は貴族の公務やハンターの指導で外を駆け回るけど、一緒にいると娘を甘やかすことしか知らなくなる。
馬車の中なら匂いは遮断できそうだけど、外は流石に無理じゃないかな……行きたかった場所はここじゃないんだけど、あんな楽しそうな顔見せられたら断れるワケない。はぁ…せめて早く終わらせてくれ……!
腕を父の首にまわって掴んだ後 私は目を瞑って父の手と周りの変化に集中して感じた。しかし予想していた殺人的な匂いはない、顔が少し寒くなっただけだった。
「どう?嫌な匂いがなくなったでしょう?」
えっ、なんでお母様がわかるの?——私がそう思って心の中で驚く間に、母もバ車の中から出てきた。
「なぁクラリス、ずっと聞きたかったけど、ここってそんなに臭うのか?」
「そうね……マントを着けないとバ車から降りたくもないってとこかしら…リズもそうでしょう?」
「うん」
「えっ?」
ハンターだった父にとってどうかは知らないけど、あんな刺激的な匂いが漂う場所になら常人は一刻も留めたくないはずだ。このマントがなかったら、絶対にバ車から降りない。けどよく見れば父だけではなく、周りの人たちもあの匂いに気づいてない様だ。ひょっとして……
「…ねえ、あそこにいるのって領主様とお嬢様じゃない…?」
「え?どれどれ…?……っほんとだ!あのオーキッド色の目、間違いない、奥様もいるぞ……!」
「ブレイン様といい、領主様といい、今日はいったいどうしたんだ……?」
馬車から出て体感的に三十秒も経ってないのに、もう周りに気付かれた……やっぱり白髪はどうしても目立っちゃうな……普段工房に行く時はマントで顔を隠すから何とかなったけど、今日のこれはフードのないやつだからな……
「…早く行きましょう、さっさとここでの用事を済まして、次の場所に行くわよ。」
「ああ、そうだな。アンナ、車の見守りは頼んだぞ。」
「かしこまりました、行ってらっしゃいませ。」
その後、アンナは私達を見送った。
私の記憶の中では、母がここへ来た事はない、でもなぜか彼女は最初から道を知っていたかの様にためらわず進んでいく。周りの人たちは私たちの姿を見た途端道を開いて、熱い視線を投げてきた。前にこれより熱いのを浴びたことがあるけど、やっぱりこんなにたくさんの人に見つめられるのはちょっと恥ずかしいな……
「店主さまはいらっしゃいますか?」
母の案内に着いて辿り着いたのは一張りのテント。しかもかなり大きい、サーカスのテントみたいっていうか……入り口の布は巻き上げられたから中は見える、クレーギスの幼体多数、ライファローの若い雌が少々。恐鳥っぽい奴もいるな、たしか学名はアルダム…だっけ。
「ぃらっしゃいらっしゃい!この声は新しいお客さぁ…あ゛?!」
母の問いかけに返事してテントから出たのはオニ族の男性、帳簿っぽい本を持ってるけど。あの顔お化けでも見たのか……
「ごきげんよう、君が店主かしら。」
「……おっ、お゛はようご…ございます!」
めっちゃ噛んでんじゃん……いやまーしょうがないか、もし向こうにいた頃に首相の類いが花沢オート——うちの会社——に来たとしたら、私もたぶん同じ様な反応するし。
「——もっ 申し訳ありません軽々しい態度を取って……」
「そんなに畏まらないで。普段のお客さんと向き合う時の構えで構いませんわ。」
「はっ はぁ……」
ショックからは回復した様だけど、今度はうちの母をガン見し始めた。精一杯失礼を避けている様に見えるけど、あの眼の動き、どうやらこの人はお胸が好きのようだな。
「クレーギスとライファローを五頭ずつ、それからアルダムも十匹貰いたいけど、お値段は幾らかしら。」
「え?いやあの…えーっと…ん……」
顔が一気に難しくなってるね……クレーギスの単価はたしか一般人の生活費約一年分だったっけ。ライファローとアルダムは肉用だけでなくミルクと卵も産出できるから、提供できる肉の量はクレーギスより少ないけど相場の差は狭い。いきなりこんな大きい注文申し込まれると困るよな……予約とかもしてないし断ってもいいけど、相手が領主だと断れるもんじゃないしね……
「ただでお譲りしましょう!」
え?!
「それは流石にサービスし過ぎたじゃないかしら……」
「いいんですいいんです! 戦争から生き残れたのも、畜産業がうまく育ったのも、こんな恵まれた生活が送れるのも、領主様と奥様のおかげなんだからよ!それに、この間アグレックスが現れた時命拾いしたのもおかげさまなんで、細やかな物だけどぜひ受け取ってほしいんだ。」
?あぁっ、あの日の囮役の人、この人だったのか…!兜被ってたから種族は特定できなかったけど、道理で囮役を引き受けわけだな……オニは五大種族の中でも一番生命力が強くて屈強だから、他よりこの役目に適任してるのはわかるけど、それってつまりこの人は独り身ってことか……
「上に立つ者の義務をこなしているだけですから、そんな事しなくても…」
「そう言わずに、今後も頼りにしてるからさぁ!」
そんな晴れやかな笑顔でこんな頼み事されると、重いな……流石のお母様も悩んでるようだ……ん?周りに声が……
「領主様ご一家が揃ってこんなところに…一体どうしたんだ?」
「お嬢様かわいい……」
「一回きりでもいいから私もあの方々と話したいな……」
「なんという美貌……」
周りにだんだん人が集まって来た、いくら冬でも暑苦しくなってきたな……ん?今お母様がチラッとこっちに見たような……
「はぁ……わかりました、ご好意に甘えて受け取りましょう。」
あれ?交渉をあっさりと諦めた……?
「よかった、それではここにサインしてください、明日お届けしますね。」
「今日から三日後にしてもらえるかしら、準備を整えないといけないから。」
「はい、承知しました。」
この時、懐かしい声が立った。
「よー、こんなところで珍しいなぁ」
「兄上ですか、お久しぶりね、元気かしら。」
ブレインおじ様…!って、本当にアングホークス引き回してる……画像は前にも見たことあるけど、アングホークスの実物を間近で見るのはこれではじめてだ——アグレックスほどじゃないけど、がっしりしてる、流線的な体つきは空を飛ぶためかな…裏側の皮は米色で外側を覆う鱗の色は黒が主体だけど、それぞれに赤と白と青色も多少混ざってる……保護色かな……
「おお〜、戻ってきたかブレイン!そいつはアングホークスじゃねえか、売る相手を探してるのか?」
「ああ〜軍の連中は前よりいい動きしてるけど、空飛ぶ奴にはまだ対処できなさそうでな、ちょこっと手伝っただけさ。それよりそっちこそ何してるんだ?家族揃って買い出しか?」
「いやぁ〜、実はリズが一緒に出かけたいと言ってな〜」
ドヤ顔がすぎないか?どっちが先に誘われるか勝負してんじゃないんだから……まあこの二人は仲がいいし、そういう意味のない賭けをするのは不思議じゃないか…
「へえ〜、よかったじゃないかぁ、願いが叶ったね〜」
「ああ〜…って、それは言わない約束をしたはずじゃねえのか?!」
「あっはっはっはっ すまんすまんうっかり忘れた。でも元気そうでよかったなジークフリート。リズちゃんも元気かい?おじちゃんのこと会いたくなってなかった?」
そう言いながら、おじ様はこっちに寄ってきて、父と同じくらいの厚い手で頭を撫でてきた——両親ほどではないけど、ブレインおじ様も私のことをすごく可愛がっている。実は、私の服の三分の一くらいはブレインおじ様が買ってくれた既製品、ちなみにその他は母が実力派デザイナーに依頼を出してオーダーメードしてもらった品である。
「今日もおじちゃんが買ってあげた服を着てあげないのか?ちょっと悲しいかも…」
いやそんなことで悲しがるなって、大体普段から装いは私が決めることじゃないし……でもなんていうか、おじさまが送って来た服はなぜかこう……、服自体は可愛いけど私が着るとなんかいまいちだなって感じの物ばかり。それで人前に出ない日に限って着ることになってる。
「まあいいか、悔しいけど、服選びに関しては武人の俺がプロには勝てるわけないからな。」
「せっかく整えた髪型が乱れるからその手をリズの頭から離しなさい、兄上♪」
「はいはいっ……そうだ、急な話だけど、これから釣りについてリズに教えて構わないか?」
「え?構わないけど、どうしていきなり……」
「そうだな……暇つぶしにはちょうどいいと思ってな。リズには息抜きだと言える習慣がないから、何か教えないとって思ってな。それについこの間断食しただろう、リズは。前より大分痩せてるぞ。」
「実はちょっとあってね…」
母はおじ様の横に寄って、小声で私が国を再建しようとしていたフォレストアイ家残党に拐われて水牢に閉じ込まれた事を教え、今の体調についても説明した。どうして言ったことが聞こえるかって?
「……なるほど、フォレストアイの残党がぁ…」
一瞬だったけど、おじさまの顔に怒りの気配があった。それにこのピリピリな感じ、お母様ほどじゃないけど相当だな…
「……とにかく、リズが無事で何よりだな、当分は医者の言うことに聴いて安静しよう。しかしそれだから部屋に引き籠もるわけにはいけない、外に行かないと健康な人も病気になるからな。うまく行ったら釣りが趣味になって友達ももっと作れるし、いいと思わないか?」
「それはそうだけど……」
お母様なにか悩んでる様だな……思い返してみれば、前世は中学校から卒業した頃からスケジュウルは家事と仕事と学業でいっぱいだから、趣味探してる暇はなかった。ぶっちゃけあの頃から筋トレと武芸の練習はストレスの解消法にもなったから、いきなりほかの趣味作れって言われても困っちゃうな……まあ、どうせしばらく暇になるし、できる事を増やしてみるのに損はない。
「どうだリズ、試してみないか?」
「はい、ぜひ」
「よかったっ、これからどこに行くんだ?、おじちゃんも混ぜていいかい?」
「もちろんです。」
お疲れ様です、銀魚です。今回も一ヶ月かかりましたね……展開と会話の内容を書き直してる間にもう一ヶ月経って、廃稿になった文字数が本文より多いかもしれません……とりあえず、今回はどうだったでしょうか?面白い…かな。コメディももちろん好きですが、僕はこういう日常茶飯事の話も面白いと思っています。読者からしてはどうなのか、よろしければぜひぜひ教えて欲しいです。




