初めて、自分の気持ちを…
「ハハハハ〜♪〜……」
何年ぶりだろう、人前でこんなに笑ったのは……長すぎて忘れた……笑うのって、こんなに気持ちいいことだったんだな。
そんな娘を見て、クラリスも動かれた——この子はこんな風に笑うんだね……ずっとこの様に、憂鬱に染められずにいつづけられるといいことね。少なくとも、自分が側にいられる間には…でも今は……はぁ〜……笑顔、カワイイ……
大笑いで肩を羽ばたくベアトリスの笑顔は今までのとは違く、少しだけ稚気が付いて、七歳の少女にふさわしい活力がある。それと同時に、ふわふわでさらさらと躍る白髪もまた、その主人にこの世を抜けたような気質を与えている。
愛情、戸惑い、感動、感嘆——周りからの注目の中で、鈴の様な笑い声は徐々に止んで、今度鳴り立てたのは先ほどの笑い声より小さいけど、堂々となったベアトリスの声。
「ふぅ〜…すみません、見苦しいところをお見せしてしまいました……どうしたの?みんな固まっちゃって……」
「……ふっ……見苦しい、ね……ママも頑張ってリズを甘やかさなきゃね。」
「ふえ?…どうしてそんなっ——」
気がつけたら、絹と鎖骨の感触が頬から伝わってきた——ずっと枕元に座っていた母は私を素早く抱き寄せ、追いかけで囁いた。
「どうしてもなにも、あんな笑顔を見苦しいものと思うなんて、リズのお頭は本当に不思議なんだもん……そんなこと忘れさせちゃうくらい甘やかすよぉ〜、覚悟しなさい♪」
なんだこの甘すぎる声……しかもなんかいい香りがする。ラベンダー畑の真ん中に立っているような……ッ、離れないと寝落ちそう……
抜け出そうとする動きに気づいたからか、こんど、母は私の耳に口を寄せて囁いた。
「抱っこがイヤなの?リズは本当に子供らしくないんだから……」
「ん……近いです……」
さらにくっつかれて香りが一段と濃くなってくる、ヤバい……ッ…あれ?いつの間にミントっぽい匂いが……
「ふふっ、そんなこと言って、イタズラしたくなるじゃない……そろそろ夕食の時間かしら、行こう♪」
今のなに……体に漂う香りが変わった……?
愉快な顔で離してくれた母の言葉で、アンナ以外の人は自覚的にドアの方に集まって行った。私はベッドから降りて自分で歩こうとしたけど、自力で歩けるだけの元気はまだ戻っていないからか、足に力が入らなく、ダンと他が慌てた声を上げる間に、体はアンナに支えられ、そして其の儘お姫様抱っこをされてしまった。
「…あっ…ありかとう……」
「まったく…やせ我慢するのはやめてください、お嬢様は旦那様と違って、まだ七歳なんですから……」
「…うん」
お姫様抱っこされるのってこんな感じなんだ……今は昔より体が軽いからか、この世界の人間がみんな力持ちだからか、体がぶらぶらするかと思ったけど、案外しっかり支えられてすごくホッとする……ん?ホッとする?なんかおかしいな……まあいいか。…にしても、アンナの手はちょっと冷たいな…、子供の体温が大人より高いからか…?
「くふっ、言われてみれば、リズの性格は本当にジークフリートによく似てるね〜 とくに、助けを求めないという所は父親そっくり……ふふっ、後でジークフリートにじっくり話さないとね〜」
明るい顔なのに、最後の句で周りが暗く見えるのは錯覚か……私が体を壊したのは父の影響が原因としている様だ……ごめんよお父様、周りからしたらどう見てもあなたのせいだから、少なくとも死なないでくれよ——私は…ッ、医者の指示に従って、ここ数日じっとしていよう、何しろ、体調管理がなってないからこんなハメだし……
『グゥ〜〜』
あっ……またお腹が……
「…ふふっ、リズがお腹減ってるし、この話は後に回そうか……アンナ、リズを引き受けるから、みんなを案内してちょうだい。」
「かしまりました、……ッ……ではお先に失礼します……皆様、こちらです。」
話が終わるまでに、私は母の懐に渡され、その後にアンナは一礼して、ダンとターシアたちに挨拶をかけ、廊下を辿って行った。みんなが部屋から出た後、この部屋に残ってるのは私と母の二人だけ、なんで母様はまだ出ようと……あっ、何か思い出した様な顔だ。
「…そう言えば、フランシスの奴も居るんだったわね……はぁ……」
あ〜…そういえばうっかり忘れてたわ、あの変人公爵まだ帰ってないんだった……確か、アクセサリーを売るお店に居たとクレイナは言ったな……あんなところで何やってたんだろう。
「…まあいいでしょう…異論を上げたら追い出す、最初から招かれてない邪魔者だし、そうされても文句は言えまい。」
邪魔者に関しては同感だけど、うちの母って時々言葉や行動が尖るんだよな……食事を客室に送ればいいことなのに、いきなり相手を追い出すって…
つい数週前で遺跡を爆薬で丸ごと吹き飛ばして敵を生き埋めにしたし、七年以上前の授爵式にても、政治結婚を申し出る相手は容赦無く滅すと言い張ったことだ。貴重な遺跡の破壊も、目上の貴族への無礼も、普通なら絶対問罪されるのに、クオーターズどころか、皇帝ですら何も言ってない……どう考えてもおかしい。それといい、モンスターと交流できるかのような能力といい、母方と自分にしか見えなかった白髪といい、フランシスの「女王様」呼びといい、お母様はまだまだ謎に包まれているな……
私が考えている間に、母は部屋を出て廊下を辿っていた。そして今、気づいたことがもう一つ増えた——それは歩みの速さに対する揺れの無さ——重心を別足に移るタイミングが感じないし、上下の動きもほとんどない、まるで滑って前へ進んでいる様で、お母さまのふにゃふにゃなお胸にもほとんど揺れがない。
直球すぎる言い方だけど、パイユレのせいで歩き回るのが辛いなだけでは、こんな高度な技は身に付けない。筋肉がついてなくても、運動には長けているはず、それに対して、お母様の体に目立つ筋肉は見えないし、運動してる姿にも見覚えがない。外見は可憐なる貴婦人に過ぎないし、今私の膝裏と背中に付いて支えてる腕も細くて柔らかい、なのにこの安定感は一体……
「ほらリズ、ついたわよ」
あっ、いつの間にかもうダイニングだ……
お披露目会の時通り、ここの食卓も椅子も灯台も床も、侍者達の手によって綺麗に手入れされている。ただあの時とは違く、今は円卓二卓と椅子がそれぞれ十脚なだけで、装飾の幟や花瓶は取り外されている。円卓は扉に近い場所に置かれ、低めの屏風で余分の空間を遮ったけど、ドーム外の景色は遮っていない。
お披露目会に備えてに建てられた広間だからか、侍者達の日頃の雑談によれば、ここはフラワル邸中唯一のガラスを大量に用いた場所だという。外の氷点下の景色に対して、中は焚き火をつけなくてもちょうど良い温度に維持されていて、寝間着を着ているままでもさほど寒くはない。
「おやおや、これは『女王様』とベアトリスお嬢さん、ごきげんはいかが〜?」
「まあまあですが、なにか。」
「もちろん何もありません、聞いてみただけです〜」
のびのびした声が来た方角に見ると、昨日と同じ服のフランシスがのんびりな様子で席に座っているところを見た。その両隣にはおととい馬車の中にいた男性と女性が座ってる。そういえば、昨日の夕食で会うはずだったけど、風呂に入ってる時に失神したから二人にはまだ直接会った事がないな…
「にしても、今日は賑やかですよねぇ〜」
無論、それはダンとターシア達のことを指して言っていること。その本人達は今 円卓の向こう側に立っていて、対応に困っているようだ……無理もないか、相手は国中でも前列を争う権力者、そんな者の気分に障ったらどうされるか分からない。でもおかしいな、誰かがいないような気がするけど……
「あら、不満かしら。」
そもそもここはアインハイゼだ、グリンウッド領ではないし、皇帝の直轄領でもない。なにより、うちは皇帝から親筆の謝罪状を貰えるほどの地位にある。皇帝が伯爵家に謝罪だぞ?いくらこの国は階級関係がハッキリしていないとしても、いくらうちが国民の支持を大量に集めているとしても、皇帝ともあろう者がわざわざ親筆状で一伯爵に詫びるとか、なにかワケがあるに決まっている。そして、そのワケというのはおそらく……
「いえいえ、『女王様』が招いた客に不満なんてとんでもありません…それに、仮にそうだとしても、私は追い出されるだけでしょうねえ〜」
にしても……高ぶってるワケじゃないのになんだろう……椅子を傾けて座ってるし、勝手に泊まったヤツのくせになんだよその図々しい態度は……そもそも此処に来た目的はとおに果たしたから早く帰れよ、自分の領地の方は大丈夫なの?
「ふん…ターシア医師、それにハンター達、ご自由にかけたまえ、君たちはリズに招かれた客なのです、堂々としていたまえ。」
『女王』の泰然とした姿と話で、四人はまだ不安そうだけど、向こうの様子を見ながら席に腰を下ろした。公爵も居ると知ったのはかなりショックだったな……ちゃんと服を着てくれているのは幸いだけど、それ以上にアイツが同じテーブルにいるだけで場面が堅苦しくなってしまう、そんなことになったら折角の家族が全員揃った夕食が台無しになっちょう。それだけは絶対にやだ……!
「…ママ……」
「どうしたの?」
「…ターシアさん達と同じテーブルにしたい…でもフランシス様と同じ食卓は…嫌です……」
「えっ?」
「ッ……」
「あっ……ふふっ、いきなり大声出してごめんね、怖くないわ。言いたいこと、もう一度言ってみて?」
思わぬ言葉を聞こえたからか、「え」と大声を出して一瞬固まったけど、お母様はすぐ眩しい笑顔になって、声もとてつもなく優しくなった。母のこんな爽やかで光るような笑顔は見たことがない、しかもなんとなく柑橘系の香りまで出てきてる…いや、それより今は……!
「私、ターシアさんたちと同じテーブルにしたい、でも、フランシス様と同じ食卓につくの、嫌です!」
自分の気持ちをお母様にはっきり伝える、昔やったことないけど、今なら聞き入れてもらえる気がする——向こうにいた頃、両親はできるだけ三兄弟に同等の愛情を分け与えた。ただ、私は一番上の子でも、一番下の子でもなく、ちょうど二人の中に居た子。次子とは一番親の関心を集めにくいというポジションというし、その説の通り、姉妹に比べて私は親からの関心をあまり集めていない。
決して両親のことを怨んでいるわけじゃないけど、前世の両親を思い出すと——『恵、寂しいのはわかるけど、佐織は進学で大変なんだから一緒に遊ぶのは我慢しようね。』、『お母さんは家事で疲れたから、詩羽の相手をしてくれると嬉しいな。』、『なぁ恵、詩羽が新しい学校に慣れてないみたいだ、妹になんか 教えられないかい?』、『…お前の姉ちゃん、同じクラスの男子に告られたらしい……武術を習ってくれ!姉ちゃんを守るんだ!』——このような言葉ばかり頭に浮かんでくる。
二人が亡くなった後、家事、学校、会社の三方を並立して担いだ俺は真っ先に二人の苦労を身で体験した—— 一日三食のメニューを考えて支度すること、制服やオモチャが散らかしてる家を片付けること、両親の死没によって起きた様々な問題、一会社の社長として下した数々の決断——家の柱としてあれこれ体験したから、納得した、親が私に目を向けられなかったのはしょうがなかったんだと……
気持ちを口にして、前世の両親との数々が頭を走っている間、すべてが沈黙したかのような静けさが広間を覆った。フランシスを含め、この場にいる者すべてが固まった——ハンター達とターシアは息を凝らして視線を泳がせ、フランシスは椅子の足を床に戻して額を撫で、そして目の前にあるお母様は今まで一番晴れやかな笑顔で私を見つめている。
「くふっ……リズの気持ち、ママにしっかり伝わったわ。」
やっと 気持ちを正直に伝えてくれた、ようやく 子供らしくなってきた、何とも嬉しいこと……娘がいやだと言ったのなら、やるべき事は一つだけ——嬉しみで頬を緩めていたクラリスは息を整って、また女主としてフランシスに臨んだ。
「聞いての通り、うちの子は閣下と同じ食卓につくのがいやでな、あちらの食卓についてもらえるかしら。」
「やれやれ、過保護だと思いませんかねぇ〜?」
言っている言葉はフランシスに別席につくことを請っているけど、どう見ても命令になっている。それに対して、言ってる内容こそ不満そうだけど、席を換えるフランシスの姿には不満のカケラもない。そこがとにかくおかしい——昨日私を手に入れたいのようなことを言ったばかりなのに、私に近付けるチャンスを手放すなんて……いや、彼は兵卒を使わずにエルフの内戦を全勝したという謀略家だ、警戒を緩まない方がいい。
フランシスが新しい席についた後、ダイニングの扉はまた開かれ、その音でお母様は扉の方に向いた。
「どうした、まだ座ってないのか?ん?今日は賑やかだな……ターシア医師に、そこの者たちは……ははっ、どうやら料理をたくさんに作らせたのが正解だったようだな〜!」
「これはこれはジークフリート殿、ん〜……外套を纏っていない姿は新鮮ですねぇ〜」
お父様が現れた、その身に纏っているのは彼の普段着——普通のシャツ、ズボン、ベルト、そしてブーツ——これらの上に外套を足せばヒト族男性の一般的な取り合わせとなる。その上で貴族は 地位、身分や財力などを示すために、様々な装飾を施された外套や飾り物を着用する。
「ここは俺の家だ、外套を着る必要などないだろう?それに、そういうフランシス殿はそもそも外套を持ってないじゃないか、人ごと言えるのか?」
「あははははっ、確かにその通りです。」
二人が話す間、お父様は私たちを席にエスコートして、椅子の位置を調えてくれた。私をお姫様抱っこされてる儘、お母様はその椅子にかけた、その後彼女は私を自分の太ももに座らせて、ナプキンを私の太ももに置いて、さっきから何も言っていないエルフの男女に話しかけた。
「そういえば、まだ御二方をうちの子に紹介していないわね。あちらの女性はアクトレス・グリンウッド…その隣にあるのはアクター・グリンウッド。さぁ、挨拶をかけてあげよう?」
二人とも、名前を呼ばれた時に軽く頭を下げてこっちに微笑んだ。誰かさんと違って、この礼儀正しい姿勢は好感度が上がるな……、お母様の態度もフランシスの時と全然違うし、この二人は信じてもいいようだな。女はアクトレスで男はアクター、それに、フランシスと同じく「グリンウッド」か……
「…お目にかかって光栄です、アクトレス様、アクター様。」
「こちらこそ光栄ですっ♪」「こちらこそっ、光栄ですよ。」
二人とも晴れやかな微笑みで答えてくれた、何ていうか、まるで童話に出るキャラクターのイメージだ。変人公爵だけ他のテーブルにつけさせたのはいささか気まずいじゃないかと思ったけど…いい晩ごはんになりそうだ。
「御二方の向こうに座っているのはうちの子が引き止めた医師とハンター達、医師のターシア、ハンターのクレア、ダン、そしてそクルガだ。」
母の紹介に沿って、名前を呼ばれた人から立ち上がって、アクトレスとアクターに頭を下げた。ところが誰も口を開いていない……まあしょうがない、普通、公爵家の人間と顔を合わせる事すらない平民がいきなりその人物と同じ食卓を囲むとか、考えられない。ただ、公爵家の人間はそう思っていないようだ。
「ふふっ、そんなに怖がらないでください、わたくし達は愚弟の意地張りでここに泊まらせているだけ、正式に招かれてはいませんから、ここでの地位はあなた達以下ですっ。」
「むしろクラリス様がその気なら、私たちは今すぐここから去らねばなりません。なのでどうぞお気になさらず、平常心で接してくれればいいです。」
そんなに言われても、四人はまだためらっている……あっ、扉が鳴った……
「失礼します……旦那様、お待たせしました。今日のメニューをお持ちしてまいりました。」
「アンナか、ご苦労、早速振り分けてくれ。…そうだ。せっかくの高級肉、まだ新鮮なうちに食わないと損になる。屋敷のみんなにも作って分けてくれ、美味いものは分けて食った方が断然美味いからな!」
「これ以上無き光栄でございます。」
誰かいない気がしたけど、道理で……
「…さて、お料理もついたし、今日も平和な一日であったことを祝って、カンパ〜イ!」
「カンパ〜イ!」
こんにちは、銀魚です、生活いろいろお疲れ様です。ワーフリに時間をだいぶ持て行かれて、筆をあまり進められませんでした、言い訳ばかりで申し訳ありません……それとこの作品がどんな人に向けているかという問題について考えていました。今までの内容を振り向いて見ると、これは迷っている方の、特に学生や新卒の方々のための作品だと言って無難だと思います。なので身近ににそのような人がいたのでしたら、是非この作品を薦めてほしいです。ベアトリスと共に成長し、自分の「答え」に辿り着い行きましょう。




