帰って早々戦うのか?
昨日はモンハン一心で怠けてしまったな……ごめんよ本当に。
一年の休養期から、私の父は帰ってきた。服に覆われたけど、彼の肉体はもう前の枯れた様なのとは違い、服の上からでもその逞しさが一目でわかる。頬も前ほど凹んでおらず、目のクマも消えて、健康な顔になってきた。それは何よりもめでたい、なぜならこれで母を何年も困らせた問題は一時解決になった。とは言え、それはあくまで一時、ここからまた前と同じ生活を送るようになったら、彼の体調もすぐ逆戻りしてしまうんだろうな……
「おかえり、パパ。」
「おお〜!リズ〜大きくなったじゃないか〜会いたかったぞ〜大きくならず、ずっと可愛いままでいてほしいな〜」
そう言いながら私の腰を掴んで持ち上げところも彼らしい。この堂々として力が溢れるような笑顔も見るだけで気持ちが晴れる、この人ならなんでもできるの様な感覚が湧く。
それに、健康を取り戻した彼の顔も前とは違うイメージになった。スカスカだった眉は濃くなり、頬も前ほど凹んでいない。突出した眉弓に高く立つ鼻筋。そしてこの口を大きく開けて歯を曝け出す笑顔、吊り上げた口角辺りの皮膚は決して弛んでいないけど、ちょっと出てきた皺はその歳をそれとなく知らせた。
「パパとママの娘は可愛くない時を迎えらないと思うよ〜」
「あはっはっはっ、そうだな、リズが可愛くなくなる時は来ない!うん!はっはっはっは〜…」
「ふふっ、そんな言い回しは一体どこで覚えたか……」
なんでさっきの言葉を言ったのかは自分にもわからないけど、大声で笑う父の姿を見て、母の様子もすっかり晴れたみたい、父はそこに居るだけで周りの人に元気を分けるタイプの人だな。
「それでねパパ、これからは無理はしない様にして?、パパとママに大っきいリズを見せたいからね?」
「そうかそうか、わかった、これからはちゃんと息抜き取るからな。クラリスも、今まで無茶するばっかりで心配をかけて、すまなかった。」
父の謝りで母は眩しい笑顔になって立ち上がり、次に彼女は父の頬を抓もうとしたけど、父の頬に抓める物があまりないから諦めて、かわりに父の頬にキスを入れた。
「今までの無茶は許してあげる……でも、次リズを泣かしたら許さないからね?」
「…あははは……約束するよ、これからは無茶する様な真似はしない。リズもお前も悲しませない…」
うん、一年の休養を経て、父も色んな物事を見て、家族に目を向く事ができたようだな。彼の目からは、もう昔の様な「志のためなら、死んでも本望」の様なものは見えない、代わりに……
「…人とモンスターの共存を既に成し遂げていること、休養地で過ごす一年間で十分理解した。だからこれから俺はハンターの仕事に復帰しようと思っている、なんせ伯爵やら政務やらより、俺はそっちの方が好きだし向いている。仕事を押し付けてすまないが、これからは全部任せられるか?、クラリス。」
「自分が外を駆け回る時、誰がフラワル領の指揮を取ると思ってるの?安心してハンターの仕事を続けなさい、領地のことは私があるから。」
「それはそうだが…本当に大丈夫なのか?ウチには碌な文官がいないんろう?そもそも、俺が文官の勧誘のことを完全に忘れてしまうから、自力で領主の仕事を全部こなすハメになっている、って……あっはは……」
…そう言えば……母にが何回も注意してあげたはずなのに、よく忘れたものよ……まあ、この人のことだ、どうせ文官たちに話しかけて勧誘しようと思ったら話題を妻と娘の自慢話に誘導されて、すっかり忘れたんだろう。
でもやっぱりおかしい、教育が貴族の手に握られているこの世界じゃ、平民の識字率が低い分、これの出身の公務員も希少。とは言え、ジークフリートが助けた人の中には貴族も含まれているし、恩返しに来る人がないわけないのに、ウチでは母は一人で日頃の仕事を全部こなしている。母はまだ余裕がある様だけど、そんな常態より異常なことはないよな……
「…よくゆーよ、まったくあなたは……違う話だけど、あなたが休養地に居る間、統一戦争の間に助けた方々から連絡が来たの、『宜しければウチの息子と娘をこき使ってくれ』とね…捨て難い人手だったけど、断ったわ。」
「そうか、いい提案だとは思うんだが……まあ、お前が決まったことなら間違えはないだろう。」
父は残念そうな顔をしたけど、私は母の決定が正しいと思う。命が助けられたのに、その後十数年間何もしなかったこと自体が道理に合わない。それに、人手が足りないと分かればそれを送ればいいのに、息子と娘を送ってくるのは何か意図があるに違いない。
「教育事業もそろそろ軌道に乗らせたいし、去年の社交季もアインハイゼに学園を設立しようと陛下に申し出たんだけど、相変わらず大臣と貴族たちがね……」
一部の人からすると、『自分より優秀な者が現れる』=『自分の立ち位置が奪われる』。清白で誠直な大臣ならさておき、立場を利用して腐敗を行った者は必ずそれを阻止するだろう。仮にアインハイゼで学園が建てたとしても、成功させない様に裏から邪魔に入るんかもな……
「…はあ……お兄様が羨ましいよ、経営と鍛錬に集中すればいいなんて楽な仕事をとって……」
「ほんとうにご苦労だったな。」
ブレインおじ様は一人でスタルスタッツの市長&フラワル騎士団団長を兼任してるから、多分楽とまでは言えないけど、母がいかに優秀な人物なのかも見えてくる言葉だな……そう言えば、おじと滅多に会えないよな……最近顔を合わせたのは今年のアジリス試練だっけ……もう半年以上前のことか……
「…そう言えば、帰る途中にグリンウッド公と顔を合わせたげど、あれが来るのは珍しいな……何かあったのか?」
…やっぱ父も彼を「あれ」と呼んでいるか……まあ、仕方ないかもな、七歳の娘の前に全裸になる様な真似をした人だし、もっとエグい事やっていたとしても驚きがないって言うか……能力は確かかも知れないけど、現代人だった私からしてもとても親睦を深めたくないタイプだ、あれは。
母は数週前の出来事を父に語り、その経緯を彼に教えた。詳しくい所までは行かなかったけど、脅迫状が送られた事やグエン・フォレストアイを捕虜にした事、加えて引き渡しのためにグリンウッド家に連絡を出した事まで諸々説明した。
「なるほど、数週前に俺を捕らえようとした奴らがエルフじゃないかと思ったら、これが原因か。懲りない奴らだな……」
「え?あなたと渡り合えるほどの者がいたの?」
「なかった、かなりヤバい麻酔薬を使ってきたけどな。あいにくこっちは耐性を持ってるから効かなかった。まあ安心しろ、これでも帝国最強の大剣使いだ、俺と対等で戦えるのは他の帝国最強やモンスター、後はアンナと…」
アンナさん、そんなスゴキャラだったんだ……強いのは知ってたけど、英雄と互角のほどか……
彼女は流れる様な動きで紅茶を淹れていて、とてもそれほどの強者には見えなかった。でも一年前で彼女が怒り狂ったダンを一瞬で取り押さえたのは事実だし、この前あっさりとエルフたちの拠点に潜入して私の居場所まで辿り着いたし、強いのは事実かもな…それに、最強と渡り合えるとすれば彼女はとんでもない天才だぞ、自分より十歳年上の帝国最強に追いつくなんて……
「…リズだな。」
ん?
「へ〜〜?リズはどうかかしらね〜。第四皇子殿下との模擬試合、あの流れる様な攻勢をたやすく捌いたし、皇子を捜索に街を出て、炎帝と遭遇した後に全隊被害なしで帰ってきたし……もしかするとリズは既にあなたより強いわよ?」
え?父より強い?私が?
「あはははは……それはそうかも知らないけど、正直言って、戦わせたくない……武人としての素質と才能は飛びっきりだけど、できれば戦場しか知らん武人なんかじゃなくて、ちゃんとした女の子らしい生活を送らせたい。」
「そうね、私も同意見だわ…」
武人としての才能、ね……後半を聞くと、十数年前までこの世界は戦火に塗れた事実を思い出してしまう。今は三十代だけど、戦争が終わったばかりの頃の母は十六で、父はちょうど二十歳になっていたよな……子供が人道救援を行わないといけなかった世界って、いったいどんな地獄絵図してたんだろう…
「…特に女の子らしい方にね。だってリズがする事は全然それらしくないもの。」
「え?どう言うこと?」
いやっ……え?、なんでいきなりそっちに行くの?
「聞いてよジークフリート、リズはいっつも『体を鍛えてきた』とか、『改良装置の進展を見てきた』とか、可愛げのない事ばかり口にするのよ?偶には『美味しいお菓子食べた』とか、『可愛い服買ってきた』とか聞きたいのに……」
「そういえば俺たち、何もリズに教えなかったな……これから教えても遅くない、頑張ろう。」
「ええ、頑張りましょう。」
二人ともすごく意気込んでいる……「女の子らしい」か……女の子になって甘味は好きになったし、オシャレされるのも普通に受け入れられる、前世の頃より女子力はかなりアップしたと思うけどな……まあ、女の子はそれだけじゃないのも分かるけど。
「…旦那様、奥様、ちょっとした息抜きに紅茶はいかがですか?」
「ああ、ありがとう、いただこう。」
「アンナちゃんも疲れてない?座って紅茶飲んでもいいのよ?」
「とんでもないです、奥様と旦那様に比べれば、私の疲れはどうってことありませんから。」
ぽかぽかしてる空気で今日は元の日常に戻るんじゃないかと思ったら、開けっ放しの扉に鎧を着た騎士が現れた。と言うことは……
「クラリス様、我々では手に負えないモンスターが現れました、『轟震竜』アグレックスです。どうかご助力を……ジークフリート様!、お帰りになられたのですか!」
それを聞いて、父はすぐ立ち上がった。
「わかった。お前らは奴の足止めを、俺もすぐ行くから誰も死なせるなよ!」
「……はっ!」
高ぶりで声が高くなった騎士は駆け出して行き、その後で父は話しかけた。
「よし、錆びた体を叩き起こすにはちょうどいい狩りだ、行って来る。」
え?帰って早々戦うつもりなの?この人…やっぱり鉄砲玉?
「待ちなさいジークフリート、貴方は病み上がりよ?いきなり単身で『轟震竜』を相手するのは流石にないわ、念の為私も行くよ。」
「私も行きましょう、多少力にはなれるはずです。」
よし、アンナは当然戦力に入られて絶対助かるけど、モンスターを命令できるお母さんが居れば、戦闘を避けられるかも知れない…うん、私の出番はないね、欲しくもないけど。
「うん……そう言えば、リズは強いモンスターを見てみたいか?ママからの手紙に書いてあるぞ〜リズがモンスターに関することを研究してるとな〜せっかくだ、生きているアグレックスを見せてやろう。」
「そうね……ちょっと危ないかも知れないけど、いい経験になりそうね。どうかしら?」
え、いきなり?っていうか、そんなに弛んだ感じで軍隊でさえも手に負えないモンスターに勝てるのか?
「リズ、足手纏いになるのはヤだな……」
私の心配を聞いて、周りの人たちは笑い出した。
「…なぁに、パパは昔から何千人も守ってきたんだぞ〜戦友たちも居てこそのことだったけど、リズ一人くらいなら余裕で守れるさ。それに、偶にはパパのカッコいいところを見せてないとな〜」
「ふふっ、カッコ悪いところしか見せてなかったしね〜」
「あっはは……、そろそろ行こう、犠牲者を出さないためにもな。」
「ええ。」
すると、ずっと父の懐中にいる私は母に渡され、会客室を出た後に父は駆け足で倉庫の方へ行き、母の懐中にいる私はそれとは別方向のバルフェング小屋の方へ行った。距離はあるけど、母の口笛で、バルフェングの白子双子がすぐ駆け寄ってきた。
「アイン、ヴィア……」
「……!」
聞き覚えのある咆哮、そしてこの振動……音は北の方からか……ライオンの縄張り主権を宣するための咆哮は八キロ先まで届くらしいけど、フラワル邸から北の防衛線までは少なくともその二倍余はある、あんなに遠い場所からの音でも尚、振動が感じられるなんて……現場の人たちは一体どうなっているだか……
「…始まったわね……」
咆哮の音が止まった後、バルフェングと同じく、厳しい顔で北の方を睨む母は切られた話を続いた。
「あれの近くまで運んでくれる?」
二頭は話を理解しているように何のためらいもなく伏せて、「乗って」と言っている様に頭を振ってくれた。母も二頭の頭を撫で、アインに乗りながらで二頭に感謝の言葉を置き、そして春の融雪のような顔で私にも手を差し伸べた。
「ほら、リズも早く乗りなさい。パパもすぐ来るよ。」
そんな素敵な母に見とれて、私は母の手を握りその懐に引き込まれた。次にアンナは悔しそうなヴィアに乗り、そして母が軽くアインの背中を叩くのを合図に、二頭は放たれた矢の様に駆け出し、乗ったばかりで未だ落ち着いてない私はこのスーパーカーの様な加速力に生み出されるGで後ろに投げられ、後頭部と首が完全に母の横胸にくっ付いた。
大敵を前に緊張感は保つべきだけど、こんなんじゃ緊張感保てるわけない…!母に意識を行ける様になった後、この柔らかい感触だけでドキドキが……!
永遠だと思ってしまう様な一刻のあと、私はついに『アグレックス』の正体を目で確かめた。
ここ数年でウチに提出してきたハンターギルドの報告によれば、『アグレックス』はアペックス級の中でも特に凶暴さが他より一段上の超危険飛竜種モンスター。強さはもちろん、食欲も半端なく、特にその視力と嗅覚はとてつもなく鋭い。獲物を捉えるためにどんな障害でも越えて行く行動力の持ち主で、季節に沿って移動する獲物の群れを追い回ることがその習性。それ故に、アグレックスは凄まじい身体能力と持久力を併せ持つと言う。
ここまでは分かるけど、あれの姿は想像以上だ。
まずはイナズマの様な線に上下顎を区切られた大頭、稜線に沿って盾状の鱗が重ねて、兜のように顔を覆っている、それを支えるのは太い頸と体、当然背後の稜にも盾鱗は生えている。手足の存在で胴体はちょっと人間っぽいけど、基本は大蛇の様な体つき。普通の鱗は淡い赤だけと盾鱗は赤黒い、警戒色かな……
そこで最も目を引くのは体が小さく見えるほど発達した前足——肩から手首までほぼ同じ太さの腕の外側に翼膜がない、腕毎に四本生えている鉤爪は見るだけでゾッとする。そして前足ほどではないけど、後足もかなり発達していて、前足と共にあのダイナミックな動きを支えている。
それを相手に足止めを行っている守備軍はべロックスに乗っていて、クレーギスのもも肉を囮にしてアグレックスを防衛線から連れ去ろうとしている。とは言え、風向きが変えてアインハイゼの人々が蓄えた食糧の匂いがあれの鼻に拾われたら、奴は多分直ぐに矛先を変え、防衛線を突き破って凍りついた湖面を進んで行くだろう。
さいわい今のところ風向きに変わる様子はいない。守備軍も攻城兵器で牽制を行っているけど、カタパルトは運動中の目標に当てずらいし、バリスタで撃ってもあまりダメージ通らないし、あれを倒せる人って一体……
「アンナちゃん、あの人が乗ってるべロックスはそろそろ限界だわ、代わってあげて。」
「御意。」
するとアンナはヴィアを動かせて、囮役の人の方に駆けた。しかも囮役を引き取る前にアグレックスの頭に飛び蹴りを入れて突進の方向をずらせて、反動でまたヴィアの背中に着いた……すごい…!普段はただ私にめっちゃ優しいお姉さんのようなのに、こんな力があったのか……じゃあジークフリートは……
「…遅くなってすまない、あとは俺に任せろ。」
べロックスの蹄音と共に、父の声が後ろから伝わってきた、振り向いたら、目の前に重装でべロックスに乗り、両手大剣を肩に担いているジークフリートの姿が居た……
次回、ジークフリートの戦いぶりが見えるぞ〜〜




