グリンウッド公の来訪
フォレストアイ事件から数週が経ち、グエン・フォレストアイとその部下のエルフたちは捕虜としてグリンウッド家に転送されることになり、グリンウッド家当主が直々にアインハイゼに訪れてそれを受け取りに来た。本来これは良い事だけど、来るタイミングが微妙で、別の目的があるんじゃないかと思ってしまう。
どうしえそう思うのかと言うと、今は冬の獣潮(ジュウチョウ)が進んでいる時期で、街の外は普段より何倍も危険になっているからである。
モンスターは理由なく人に襲うことはありませんが、空腹で他の選択肢がいない時、自分達の安全が脅かされたと思う時、或いは領地が侵入されて不快の時……そう言った時は襲われる可能性が高い。よく考えばこれは地球の動物とも同じで、分かればモンスターとの衝突を避けて進むことができる、実際こっちの人間たちもそうしている。
ただし、襲われなくとしても、人間とモンスターの身体素質の差は歴然;超大型モンスター、例を言えば、竜脚類の恐竜の様な姿で、鞭の様な太くて長い尻尾を持つカジェルドンからしたら、尻尾で少し掠った程度でも馬車を引っ繰り返しかねない。この世界の馬車は車輪を太く作り、車体の横幅も長めにすることで対策したとは言え、外で馬車が動けなくなって、仕方なく持ち物を放棄せざるを得ないことは偶にある茶飯事だそうである。
船にも水がない場所だと使えないと云う制限がついているから、貿易が港のある場所にだけ繁盛しているのは仕方ないことだとは思うけど、これは直接モンスターと水源を争うことになるから、たまに街を襲うモンスターも現れる。特に、「当地の水源を独占したら、街が強力なモンスターに襲われて数日間で消された」と言った話も記録に残されいる。
今は普段の髪型と身なりに戻ったお母様と一緒に、グリンウッド家当主を迎えに橋頭で待っている……なんで街の外は危ないのにわざわざそこで待つ?それはこの前の事件の時にお母様が見せた「モンスターを号令する能力」で、辺りのモンスターは離れてくれたおかげ。そんな能力があったらなんで普段から使って街を守らないんだとは思ったけど、それを聞かれた時、お母様は何かを隠している様に、能力に関する事はイッサイ言及しなかった。
それ以外にもう一つ、気になる事があったーー今のところ、お母様、叔父様、そして自分以外に、生まれ付きで白髪の人は一人も会った事がない。これについて調べようとはしたけど、家の書庫にも倉庫にもそれに関する書籍は見当たらなかった。
一年前に、ウーノス火山辺りで遭遇した「炎帝」と呼ばれるモンスターは一般の文書には記録されていない、それでも伝説や予言程度の文献は残されている、しかし白髪に関する物に来ると、フラワル家の書庫を引っ繰り返しても記録は全く見当たらなかった。
ちなみに、白髪について調べていた時に、ついでにモンスターの大規模移動の正式の呼び方について調べてみたけど、統一された正式の呼び方はいないらしい。例えば、人口が一番多いヒトは俗にそれ「獣潮」と呼ぶ;昔のドワーフは大部分のモンスターは届かない鉱山の洞窟に住んでいて、「この時期になったら鉱山から出るな」の言い伝えがある;エルフは古くから狩猟と採取で生きてきたから、獲物の数の減少と増加に繋がるそれを「狩猟祭」と呼ぶ;鬼は強大なモンスターに挑戦することを楽しむ戦闘民族だったから、一気に大量の強敵に挑めるこの時期を「大合戦」と呼ぶ;竜人に関しては、元々大陸の一番北の温和な地域に住んでいたから、モンスターの大規模移動と云う現象自体を見たことはいないらしい。
家の書庫で本漬けしていた所をお母様に見られたら、「リズは本が大好きなのね〜もっと集めてほしい?」と訊かれた。もちろん私はイエスと言ったけど、やはり新しく手に入れた本にも白髪に関するものがなく、このことは一旦切り上げにすると決めて、私は馬車改良の方に目を向くことにした。
ポーゴースティックの開発はゼルには簡単だった様ですぐ完成された。だからあれから、私はショックアブソーバーのデザインと原理を彼に教えて、彼に試作させてもらった。しかしさすが天才か、まさかほんの二週間で普通に機能するショックアブソーバーを作り出せる様になった。
当然だけど、ショックアブソーバーは一つだけでは何の用にも立たないから、あの後ゼルと一緒に精度のある量産法を考えた。精度が高い且つ品質が安定で効率も良い「旋盤加工」にはしたかったけど、旋盤自体がないから今は加工法を「鋳造」にする事とした。
旋盤の開発と製造もゼルに依頼してみた。あれの開発と製造はこの世界の技術力ではかなり手のかかる作業だから、ゆっくりでいいとは伝えたけど、ゼルは『そんな面白いモノを知ったら落ち着いて居られねえ!』と、ノリノリで当てた。ちなみに、ショックアブソーバーを量産するつもりだけど、肝心なバネはバルカンの様な腕の立つ職人に依頼して鍛造させる予定だ。一番ストレスが掛けられる部品が急に壊れたら困るからな。
ちょうどここ数週にしてきた事を振り返るのが終わった時、グリンウッド家の馬車列が見えてきた。
まだ数キロ先だけど、べロックスのおかげでかなり速い、目に分かる速さで近づいてきている。とは言え、どんなに平たい道路でもそこにあるのは石製の道なので、一定の速度を超えるとさすがに酷く揺れてくる。あの行列が着くまであと数分は要る様だな。
列があと数百メートルの所まで近づいてきた時、私はそれをよく観察してみた;その馬車は特に華やかではない、むしろ公爵家の馬車にしては意外と地味。目立つような装飾は車体の横に貼っている家紋付きの旗と轅の先端にある竜頭の彫像くらいで、それ以外はこの世界の普通の箱馬車とあまり変わらない。
因みに、橋頭であの列を待ち構えている私たちも立っていたワケではない。お母様はドレスを着ている儘べロックスに乗っていて、私はちょうどその前に乗って、グリンウッド公爵家の話を聞きながら待っていた。その話をしているお母様の難しい顔から見て、あまり思い出したくない相手の様だった。
グリンウッド家は帝国に四つしかいない公爵家、通称「クオーターズ」の一角で、林業経営に関してはその右に出る者はいないらしい。統一戦争の間でも狩猟採取で生き残った種族だから、彼らほど森と大自然を知る者はいないと言える。実際この前のフォレストアイ事件では、超感覚と直感を持つバルフェングたちが居なかったら、私たちは間違いなく連装式バリスタで蜂の巣にされたのでしょう。
とは言え、そんな野戦の時が恐ろしいエルフにも大きな弱点はある。彼らは高低差が少ない地区で使える戦術を持たらず、暗視能力も持っていない、何より彼らは元から大規模作戦の決め手になる兵器を持っていないし、その使用も得意ではない。
つまり森と山を避けて平野で対陣、または夜間強襲を行えば簡単に勝てる。あの夜では真正面からフラワルの騎士に挑むエルフたちはほぼ一方的にやられてたから、飛竜による強襲を受けなかったとしても騎士たちには勝てないと、私にも断言できる。
もちろんエルフたちにもそれを十分に理解している。記録によれば、統一戦争の間でも彼らは夜間作戦、平野作戦、大規模作戦を出来るだけ避けて、遊撃戦に徹していた。故にこの前、夜の高低差のない場所から強力な兵器による攻撃を仕掛けようとしたのは、サプライズではなく、ダブルサプライズでもなく、「トリプルサプライズ」だった。
話をグリンウッド家に戻そう;知っての通り、グリンウッド家当主は元々エルフの王族で、フォレストアイ家の王子。母の話によると、彼は全エルフ中でも特に自由奔放で計略にも長けている若者で、外力を借りることは拒まない、これも彼が政変に成功した理由の一つではある。
彼と彼に付き従う賢臣の指導の下で、エルフは全体的に前より積極的に外来の知識と技術を取り入れ、それを林業や民生などに用いれて、経済に於ける飛躍的進歩を成し遂げた。優秀な君主であることは多分間違えないでしょう。
胸の中に明君のイメージが築いてきた時に、グリンウッド公の馬車列もちょうど私たちの居る場所に着きた。べロックスに乗る護衛達は馬車の先導をして、馬車の窓をこちらに向かわせる様に、右に回らせた。
「この辺りはモンスターが少ないなと思ったら……、『女王様』が直々にお出迎えになっていただけるとはっ、光栄極まりですね〜」
声を聞くところ、話し手は二十代くらいの青年に聞こえる。でもエルフの場合、そう云う調子の声が出せる時は200歳くらいだと聞いた。どこで聞いたと云うと、工房フェリウスで、ゼルに付き合ってアブソーバーのテストをしていた時ですね、もちろんあの鍛冶バカからではなく、周りの人から聞いた話です。
「お世辞はいいです、フランシス様、早速 叔父様の元へ案内してさしあげましょう。」
「着いたばかりなのに休ませてくれないっ、ですか……私情より公務を先にする性格は昔のままの様ですね〜ま〜あっ、それがぁ『女王様』らしいではありますが……おや?」
お母様がべロックスを左に向けさせたことで、私は相手の視野に入ったようだ。もちろんそれは私にとっても同じ。普通ならできないけど、神より授かれた奇跡的眼力で、私もルーバーの隙を通して相手を見ることができた。
馬車の中には二人だけいる、うち一方は小柄で可愛らしいエルフの女性で、もう片方は目尻が軽く吊り上げて、左目の目元に黒子が二つ付いているエルフの男性。女の方はもちろん、男の方もすごく美形で、お化粧を少しつけば女性に変装できるのではと思わせてしまう。おっと、目が合った……でも、なんかおかしい。
「…その容姿と瞳……、さては、『女王様』の娘さんですね?お名前を伺えるかな、小さい『女王様』?」
小さい女王様?…母に似ているのは分かるけど、子供相手にいきなり「女王様」呼びは感心しないな……でも中の人は誰も口を動かしていない……うん?
「っ…!そんな綽名、娘につけないでください。彼女はまだ何も知りません。」
何も知りません?、っていうか、いきなり語気重くなった……お母様はそんなに「女王」と云う二つ名を拒んでいたのか……
「おっと、これは失敬でした。では改めて…お名前を伺えるかな、おじょーちゃん。」
すると会話の流れが切れて、一時、周りは静かになった。空気不味いな……えっと…、答えていいんだよな……
「…お初にお目に掛かります、フランシス・グリンウッド公爵閣下、私はベアトリス・フォン・フラワルと云います。かくれごはご遠慮いただけませんか?」
私は馬車の中へではなく、馬車の屋根に寝ている荷物箱の方に言葉を発しました。すると、あの荷物箱はパッと開けられて、中から車の中にいるエルフの男性とほぼ同じ顔で、黒子の位置が右目当たりになったエルフが笑いながら立ち上がった。しかも、パンツ一枚で……
「ハァハァハァハ〜、まさか一発でバレたとはなぁあ、やるじゃないかぁ……」
「我が友よ〜!」
その話が終わる前に、彼の格好を目に入れたお母様は慌てて叫び、湖から巨大な蛇型モンスターが飛び出して、体であの裸のエルフを湖の方へ打っ飛ばした。
「あっはぁ〜〜〜!」
湖に落ちた……なんだろう、フリーっていうかっ、オープンっていうか、飛ばされた時「あっはぁ〜〜!」とか言ってるし……変人、いやっ…ヘンタイ……?
「いくら頭が開放的だからって、清らかな乙女の前に裸を曝け出すなんて…相変わらず馬鹿げた男だわ…」
ちょっと待って、「開放的」ってそんな意味あったの…?、あれで元王子とかありなの?、道理で思い出したくもないワケだな……あんなのが知り合いだったら、人前では絶対に知らない振りするよ。
「すみませんフラワル夫人、主人が迷惑で……止めようとはしましたが……」
「…いえ、普段からあんな破天荒に付き添って、散々苦労してるでしょう……事情はわかりましたから、もういいわ。」
「寛大なお言葉、感謝致します。」
いつの間にか護衛達がべロックスから降りて、お母様に謝りに来た。あんなのが主人とか苦労人だな…ちょっと一言言ってあげて、励んでみよう……
「ご苦労さま、護衛の人。」
そう言ってみたら、彼らの目から涙がパッと、水道管がパンクした様に噴き出した。
「恐れ入りまぁーす!」
うわぁ……涙流してるのに笑いながら叫んでる……どんだけ人に苦労させたんだよあの人……
「あの…公爵閣下を助けた方が良いのでは……」
あっ…そう言えばアンナさん、ずっと居てたな……
「必要ないよ、お嬢さん。」
「え?…フワ〜〜ァ!」
「フラっ……!」
テ、あのヘンタイいつの間にかうアンナの後ろを取ってる!、ていうかっ、パンツ流されてスッ!…
「いけませーん!」
「リズ見ないで!」
自分の目より、母とアンナは私の目を先に覆い隠した。アンナは身長足りないから飛び上がって私のヘアバンドを目まで引き下げて、其の儘お母様が手で覆った。
「何してるんですかフランシス様!はやく馬車に入ってください!」
護衛の方も取り乱してる様ね…
「仕方ないねえ君たちは〜では『女王様』、話の続きはお宅でっ。」
「いいえ遠慮します、続きは牢で行います!」
音に聞く限り、あの人は馬車に入った様で、母も私の目を覆っていた手を離してくれた。そしたら、馬蹄が地面に当たる音も聞こえてきた。どうやら再び動いて、今は家に向かっている様だ。
にしても、あれがグリンウッド家の当主……ずば抜けた人には必ず何かのクセがあるとは聞いたけど、あれの場合、そのクセは変な方向に行かれた…のか?色男だけどクセが強すぎる、できれば二度と会いたくないし関わりたくないタイプだ……その話で難しい顔になっていた母の気持ちもなんとなく共感できる…
「いいですかリズ、橋を渡ったらアンナに付いて、先に家に帰りなさい。ママはあのおじさんにこの前の悪者を引き渡すだけだから、すぐ帰ってくるわ。」
「ママ、お疲れさま。」
「…っ、んもう〜なんて嬉しいこと言ってくれるの〜!」
私の言葉を聞いて、母はちょっとびっくりした顔をしたけど、その後すぐ嬉しい笑顔に変えられて、私に抱きつけた。その後の捕虜の引き渡しで、母はあのヘンタイ公爵とその叔父の前でも笑顔でいられたらしい。とは言え、やはり事はそんな簡単に終わらない、グリンウッド公が来たのはフォレストアイの残党を回収しに来ただけではなかった……
。。。
夜、私は親の寝室で母の太ももに座り、今日した事の話しながら頭を撫でられているところ、フランシスが勝手に部屋に入り込み、空気も読まずに母に話しかけた。
「お忙しのところ失礼ですが、『女王様』。ジークフリート殿はまだ帰っていなくて、今の都市防衛は一般兵士とハンターの方に任せられているとお聞きしましたねえ?」
緩々な顔と声なのに、妙な違和感を感じる。普通に話しているのに、どこかおかしい。
「ええ、その通りですが、なにか。」
「いやあ〜、そんなに警戒しないでくれ。僕はただ、戦場の指揮に長けて、精神の後ろ盾にもなる英雄様が居ないのに、死傷者の数が僕の予想よりはるかに少なかったワケが気になっているだけさ。」
残党の引き取りが終わった後、ヘンタイ公爵さんはこの街から離れず、母に付いて我が家まで来た。外はもうそろそろ夜だから、無理矢理追い出すワケには行かなく、母は仕方なく彼とその他二名をこの家に泊まらせることを許した。
「勝手にうちの戦闘報告を読んだのか?あなたには本当に気が緩めないわね……」
「ま〜ま〜、でさ?僕気付いたのっ、君たちの戦闘報告には一つ面白い項目がある。それは改良型馬車への評価ですが……『ちょっと高低差のある地形で速く走らせても問題なかった。』、『これまでの物よりずっと安定で乗り心地がいい』、『足場が安定だから移動中でのクロスボーの命中率も上がった』…これは実に興味深いですね……」
「…それで?何がしたいと云うのですか?」
「…そうですね……」
そう聞かれたら、あの男は緩々だった顔をいきなり引き締まって、声の調子もパッと変わった。なるほど、こっちがスイッチが入った姿か…!
「その改良法の発明者と話してみたいのですが……いかが?」
こんにちは/こんばんは、銀魚です、如何でしたでしょうか。この部分は書くのが楽しかったです、特にフランシスの登場からの行動があまりにも個性的(笑)で、書く時はずっと口角を吊り上げていました。よろしければ次回もご期待していてください。




