囚われた……
一ヶ月も待たせて申し訳ありません、自分が定めた時限を3回も遅れて、ようやく納得できるストーリーに成りました。
結局何処となくシリアスな物に成ってしまったけど、「主人公に制限や理不尽を加わることは全然爽快じゃないけど、これもこれで一味ある」と思わせたのなら幸い、「これからの物語も知りたい」とコメントしていただけるのならそれ以上ない励みになりますし、できれば是非コメント欄で感想を教えていただきたいです。
因みに、本作の世界観を語る部分とバレンタインエピソードを投稿する予定があります、良かったらそちらもお読みになっていただければ嬉しいです。
最初に感じとれたのは、顔に付いた水気を帯びた髪。目を開いたら、数メートル先の場所に鉄窓がいる——今、俺は……いや、私は水の中でプカプカ浮いている。その上、最低限の服しか着てない…イヤ、これはもはや服ではなくただの布だ。形から見ると、奴隷用の物か?こんな旧世代の品物を調達できて人に使うなんて、相手は只者じゃなさそうだ。
ダンの病室から出て角を回る時、うなじにチクっとした感じがして目が回って、その後気づいたらもう此処に居た……恐らく私は、病院で麻酔された後別の場所に運ばれた……一言で言えば、拉致だ。
なぜ病院で拉致されるかと言うと、今の季節の病院は人手が少ないし患者も少ない、人気がないから、ツマリ言うと向こうの路地裏と同じ様な物だ。
この世界の人たちは体が頑丈だからか。病気する人はあまり見当たらない。病気がかかってもせいぜいちょっとした風邪の様なもので、あまり入院する必要はない、しかしハンターたちがよくよく負傷するから、病院の存在は必要だと言う。そして今は獣潮に備える時期、必要ではない限りハンターは任務に出ないから、怪我する者が少ない以上、病院にいる怪我人や職員も当然激減する。
でもおかしい、病院の向こうにハンターギルドがいて人が多い、病院から人が積めるほどの荷物を持ち出すのも不自然だから包まれて運び出す可能性も薄い。加えて近くにいるグランドスクエアーの警備隊は探知能力と戦闘能力が共に優れたタツビトとエルフの編成だから、逃走経路はほぼ封鎖されたはず。相手は一体、どうやって私をこんな場所まで運んできたんだ?
「ようやくお目覚めかい?」
自分で状況の分析と推理を進んでいる間、窓の方から標準な統一語が響いて、私の注意をそこに引きつけた。
鉄窓の向こうに人の団体が居る。松明の明かりは逆に邪魔だったが、大体の特徴は見えた——金髪翠瞳、そして何よりその種族を示す特徴である長い耳が見られる。あの団体のメンバーは——エルフだ。
文献に拠れば、エルフの平均寿命はヒトの四倍ちょいで300年、五大種族中第二の長命種族であり、その日間視力は全種族最強。昼間なら肉眼でおよそ500メートル以内のものを見分けると云う、ただし暗視能力はヒトと同等、或いはそれ以下だ。彼らの年長者らは民族意識が強く、五つの種族が結盟し、帝国を成立させた時、唯一内部の分裂が起きた種族でもある。
共存を支持する一派の首領である若君は後に帝国の林業を担うグリンウッド公爵となった。対して、共存を反対する方の首領のほとんどは後に、反逆罪や国家転覆罪で処された、その中に若君の父もいる。その後反対派の勢力は一気に弱まったが、まだ逃走中の残党が残っていて、今も懸賞中とされている。
「だとしたら警備隊のメンバーにエルフがいると言うことは危ないんじゃないか」と言うと、実は心配いらない。なぜなら残党からのスパイを防ぐために、グリンウッド公爵家も協力している。
警備隊や軍隊の加入を希望する者がエルフの場合、スパイ防止策としてグリンウッド公爵家の身分調査報告と担保が要る。また、それらの文書の作成に必要な紙は獰猛な竜種モンスターの皮から作れる竜皮紙。値段の高さ一つで民間の偽造が非現実的になるし、文書作成用に指定された式様の竜皮紙は闇市にさえ流通されていないから、どんな犯罪者でも偽造は不可能だ。
えっ、なんでそんなことが分かるって?それは……当面は夢がないから、領主の仕事をこなしてる母から色々教えてもらったからな。二年前だけど、親の役に立ちたいと口に出した…約束を交わしたわけじゃないけど。前世は一庶民だったものの、貴族として生まれた以上、領主として領地を治むと言う可能性にも向けて準備しないと。って、誰に言ってるんだろう私……
「護衛を連れずに街に出るはともあれ、まさか自ら保護者の視野から離れるとはな、病院なら安全だと思ったのかねえ?見た目はそこそこ目に入れて血の卑しさはどうしようもない様だな。」
不愉快だけど確かに、思い返すと自分でもびっくりするくらい不用心な行動だ……昔は一庶民だったけど今は裕福な伯爵の令嬢、色んな連中に狙われるなんて当たり前なんだよな……
「反論はしないのかねえ?フラワル家の令嬢はとても器用な娘と伺ったが……、これでは飛んだ期待外れだ。」
そうゆう噂があるのは光栄だけど、こっちは中身が成人男性に過ぎない。天才でもなんでもないし、遠回しの皮肉だったら気付きもしないのな…でも逆に隙を見出して重要情報を洩らせる手もあるか?しかし、仮に旨く行ったとして、如何やって手に入れた情報を外に伝えば……
「抵抗は諦めろ。そこから脱出できると思っているのなら大間違いだ。」
話をしている間に、あのカシラらしき男がは革製の小さい矢筒からダートを取り出して、話を続いた。
「こいつには濃縮されたアングティグアの毒が塗ってある、一発当たれば身体中に骨が砕くような痛みが起きるんだ。あ〜心配ない、死なない様に解毒剤を塗ったダートで助けてやるから、精々ハズレない様に祈ることだな。」
男の言葉が終わるところ、周りの者が一斉に吹き矢の筒を取り出した。でもこいつ、嘘してるな。確かにアングティグアは毒持ちだけど、その毒の性質は……
「つまらない威嚇ねっ。アングティグアの毒は致死性の猛毒、それをさらに濃縮させるなんて効率が悪い、そもそもやられたハンターの報告に依れば、あの毒は凝血能力の低下を引き起こす毒で、激しい痛みを与える物ではない。」
「……ほー、ヒュウマの分際で少しは学んでいる様じゃないか……ご名答、アングティグアだと言ったのは嘘だ。だが激しい痛みと言ったのは嘘ではない…「キング・パンデナス」は聞いたことあるかね?」
ヒュウマ?……モンスターの情報の整理を暇潰しにした甲斐があったわ。普段はトレーニングとティータイム以外退屈でしかたないしね……詰まり言うと、「キング・パンデナス」とは節足種に分類された巨大サソリ型モンスター、「パンデナス」の上位個体だ。
外見はロブスターの爪とカブトムシの足を持つダイオウサソリの様な生き物だけど、サイズは間違いなくモンスタークラス。一般個体の重さはおよそ6ポンで、キング個体はその10倍。ちなみに平均的な成人男性の体重が36ポンくらいで、私の体重は10ポンくらいらしい。
彼らは普段おとなしいが縄張り意識が強く、侵入者を発見したら相手を引き裂く勢いで襲うと言う。討伐の際に、素早い毒針と強靭なハサミを如何に避けるかが課題になる。斬撃と弓矢の効果は弱いものの、高熱と鈍器ならかなり有効だから、少し頭を使えば討伐できるモンスターで、足とハサミはハンターの間では人気食材だと言われている。
「そいつの毒は致死性ではないが、一刺しで大の大人でも三日間泣き喚くほど痛いと言われているのだ。」
「そー?パンデナスの毒は人間への効果が薄いと聞きましたが……」
「んっ……!」
「そもそもパンデナスは「クラッシャー」と「カッター」と呼ばれる二本のハサミで獲物を制圧して仕留めるモンスター。毒針はしぶとい相手に会った時や天敵から身を守る時にのみ使われる。ただ麻酔剤としてはよく効くと聞きましたが……私の意識を途切らせたのもそれでしょう。」
「ち……」
舌打ちしたってことは当たったかな…でも状況は変わっていない。そう思ってる間に、あの男がいきなり笑い出して、前と同じ、いや、自分の勝ちだと確信している口調で反撃してきた。
「モンスターについてある程度知ってることは予想したが、此処まで詳しいとは予想外だ……だがしかし、それがどうしたのかね?貴様は今この私の手の中にいるのだ。ずっと水の中に浸かっていてそろそろ寒くなってきたろう……それに、我々が手にしている毒は必ずしも一種類だけとは限らないし、これが本当にアングティグアの毒だったらどうするつもりだ〜?そもそもその姿で何かできると思うのかい…?」
悔しいけどその通りだ。水に浸かると体が冷えるし、相手は数、装備、配置位置共に不明。その上私はこの建物の構造について全く知らない、こんな陣から潜り出すなど非現実的な事、できるわけがない。
なんでも食ってみる蛇じゃないし、真っ黒装束のイケメン救世主でもない。なんでも防げる防具がなければ、相手を無力化にする武器もいない。仮に敵から武器を奪えばいいとして、毒塗りの矢は確かに脅威だ、あれで弾幕を撃ってきたらまず間違いなく被弾する。
その上、敵の言葉に信じるなど愚の骨頂ーー矢に毒が塗られているかいないか、どんな毒が塗られているか、本当に吹き矢で脱走行為に対応するのか。何もかも不明な状況で突っ込むなど自殺行為…一回したことあるけど、そういうのは私の主義じゃない。
「……にしても、面白そうな物を作っている噂が聞いたな……あの妙な鉄塊、何に使うつもりかは知らんが、さぞ面白いものだろう。報告を聞く限り、あのオニの男とヒトの娘がそれで何らかの筒を作っていると聞いたが……それは貴様の指示だな?ふんっ…次会う時、何に使うか吐いてもらおうか。」
そう言いながら、男は数人を連れて去って行った。そのおかげで松明の数が減って目が闇に適応し、周りの状況を目に収めることができた。頭を横に回ってほんの少しここの水を啜った結果、一つだけ分かったことがある。それは、「今の位置はアインハイゼにそう遠く離れていない」と言うことだ。
土と岩層に含まれる水溶性のミネラルは水の味と舌触りに影響を与えると言うことは小耳に挟んだことあると思うが、分かりやすく言うと、蒸留水と鉱泉水の様な微妙な違いだ、まあ、そっちも微妙だけど……この水の味はいつも飲むものと同じだから…おそらくアインハイゼの上流か下流の何処かだ。
目的は不明だけど、相手はおそらく闇裏に組織がある集団だ……外部への連絡はできないし、強行突破もまず不可能。何よりさっきの話に依れば、こっちが抗わない限り、あいつらも害さないつもりでいる………解せない、相手は一体何を欲しているんだ?
アインハイゼは貿易都市だから、税収でフラワル家の財産も極めて充実している、雑物と現金を置く倉庫が住む屋敷より大きいくらいだしな、飲食の節約も理由の一つだけど、他の貴族に比べるとこっちの護衛はかなり…いや、貴族らしくないくらい薄い、もしかしたら商人以下だ。
でも金目当てならなら態々私を攫わなくても、富商の子を何人か攫えばいい話だ。なぜ私を?……情報がない、何が欲しいのかサッパリ分からない。分かったとしてもこの状況の役には立たない。とりあえず潜ってみるか……!
そう考えたベアトリスは音を立てないように、ゆっくりと息を入れて、水中へ潜り込んだ。
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「大変です奥さま!お嬢さまが行方不明に……!」
事務室の門を開いたクレイナの顔から普段の落ち着きが見当たらず。それに対するクラリスの表情は変わらなかった、ただ…それは稀に見るクラリスの真顔、「女王」の異名に相応しい迫力が込められている。
「……あの子が視野から離れたの?」
「私めの不始末です!反応が遅かったから……!」
「……ふっ、責めるつもりはないわ。今までアンナを除いて、初同行であの子について行ける者はいないもの。責任問題は後に回すから、今は取り返しに専念しなさい。」
顔だけでなく、クラリスの声も今や冷たくて威厳に溢れた。優美な音であることに変わりはないが、これまでの印象が可愛いお姉さんなら、今の彼女には凄まじい貫禄が溢れ出て女王だ。
「……はい……」
思わず頭を下げて命令を受けたクレイナの目にある物が映した。それはクラリスの卓面にあるのは一枚のカードと巻かれた布。
カードに「ジークフリート・フォン・フラワルは我々の手にある、一ヶ月内にバルフェング二十頭と500人を完全武装できる装備を寄越してもらう、場所はウーノス火山、交渉は受けん」と書かれている。そしてカードに付いてきた布の巻きの中に、灰色が混ざった茶髪の束もいる。
「これって……」
「有り得ない、この髪は、ジークフリート様の物が…?」ーークレイナの頭から問題が浮かびでた。ジークフリートはしょっちゅう遠出するから実のところ、彼に会える機会は滅多にない。機会が有っても、普通は遠くで見るだけで、主人への認識は灰色が混ざった茶髪のたくましい人に過ぎない。
「冷静さを取り戻しなさい、茶色に灰色が混ざったからって必ずしもジークフリートの髪だとは限らないわ。ヒト族の髪は栗色系が大多数だが、他の色系も存在することは事実。それに、彼の髪だと言うには調子が明らかにおかしい。」
「療養地での食事は体を調えるために作り上げたに好物揃えのメニュー、先日の定期連絡に日常訓練を淀み無くこなしているという報告もある。あの人は元ハンターだから、各種モンスターや毒草の毒と麻酔への耐性もしっかり鍛えられた。並みの縄が縛られる者ではないし、護衛が居る限りそんなことは起きないわ。」
はっきりした論理の振り回しは一つとして、クラリスの目、動き、言葉、そこに長年付き合って来た夫への信頼が込められている。
「それに、ジークフリートは帝国最強の大剣使いで、過酷な狩場と戦場で磨かれた鋭い直感の持ち主よ。仮に内通者が居たとしても、そう簡単に食められるほど甘くないわ。」
どんな状況でもあの人なら潜り抜ける、どんなピンチだって彼は乗り越えてきた。彼はモンスターから人を守り、二者の共存を志し、周りの嘲りを顧みず、夢を現実に変えた男だ、その程度の障害で躓くほど柔くない。
その後、いつの間にか微笑んでいたクラリスは気構えを妻から母親に切り替えて、再び話を進んでいく。
「さて、そろそろアンナが戻る頃かしら。」
その顔に怒色はいないし、普段の優しい微笑みも見当たらない。しかしクラリスにとって、無表情とは最大級に怒っている象徴である。その目から深淵に近い何かが見える様で、額と目も影に覆われていた。
クラリスの顔を見て、主の身は絶対安全だと敷衍されたクレイナは再び引き締めた。なぜなら自分は弱一年間この屋敷で仕えていたのに、女主人のこの様な状態は一度も見たことがない。
「奥さま。先程矢を放った輩に追跡した結果、相手はエルフの内戦で負けた勢力の残党で、頭目はグエン・フォレストアイと言う、現グリンウッド家当主の叔父です。奴らは今、アインハイゼ南部の古文明遺跡を根城にしている模様です。僭越ながら、私個人の判断んで偵察隊を送って行きました。」
いつの間にかクレイナの背後からアンナが現れ、抑揚のない声で一文字ずつ把握した情報を報告した。「ご苦労さま。」ーークレイナの悲鳴を無視し、クラリスは流れる様に本棚からポケットサイズの筆記本を取り出し、それをアンナに渡した。
「早速だけど、偵察隊に加勢して欲しい。まずは前哨の位置を明かして、そこから相手の位置、人数、武装、その辺りの撤退経路とその辺りの利用できる地形を探察して頂戴。拠点の構造とその内部の状況もできるだけ詳しく、途中でリズが見つかったら救出経路も確かめなさい、できるよね?」
「はっ、必ず遂行します。」
速やかにクラリスの命令に応じたアンナは瞬く間に行動力の化身となり、部屋から去って気配を消した。
「今のは……アンナ先輩なのですか?」
少し前クレアが描いた護衛としてのアンナの像を知ったとしても、クレイナは驚愕で動揺した、普段のアンナが優しいお姉さんだったら、さっきの彼女はまるで諜報作業のために訓練されたエリート軍人の様で、思わず同じ顔の別人ではないかと疑ってしまう。
「そうよ。他の誰かに見えるのかしら?」
「信じられない様だからもう一度言うわね。今のは確かにアンナだった、そこに偽りはないわ。」
「……さようでしたら、ひとつお伺いたいのですが……」
「いいわよ、言って御覧?」
「普段とさっきの姿……どっちが、本当のアンナ先輩でしょうか?」
「それは私にも分からないわ……強いて言えばどちらも本物よ。」
「……どちらも……ですか?」
「そう、どちらも。普段君が見るアンナはリズが生まれた時から感情を少しずつ取り戻したアンナ。さっき私と話していたのはその前のアンナ。もっとも、あれでも最初の頃よりずっとマシだったけど……」
17年前、あの死骸と血水に塗れた里で、十歳だったアンナが助かった時の姿は未だ、昨日起きた事の様にはっきり見える。もう少し遅ければ、彼女は生理的にも心理的にも壊れて、取り返しがつかなくなる。
昔の記憶から意識を背けて、クラリスは丁寧に整えられた前髪の一部を後ろに回し、三つ結びを解きその滝のような銀髪を下ろし、強い威圧感を与える形象に切り替えた。今の彼女は妻ではなく、母でもないーーこれぞ気高きフラワル家の女主人、「レイクスレギナ」ーークラリス・フォン・フラワルとしての姿だ。
「ではクレイナ、騎士団本部に行って、タツビトの方に出動準備をする様に告げなさい、短剣と小型ボウガンで武装すればいいわ、防具は吹き矢と短剣を防げるくらいで十分だから、できるだけ早く準備を済ます様に。」
「……あっ、はい!」
命令を承り、門を通って行ったクレイナの足音が離れていくと同時に、部屋の中に残ったクラリスは聞こえないくらいの音量で囁いた。
「『グエン・フォレストアイ』か……別に仇はなかったけど。あの子に手を出したらただじゃ済まないわ……これからは、狩の時間よ……!」




