大事にすべきもの
結局一周遅れました……ベアトリスと云うキャラの成長につなぐために、納得できるまで何回も展開とセリフを変えました。成長に関しては新鮮さのない内容と思いますが、いつか役立つと僕は思っています。では、本文へどうぞ。
ベアトリスが依頼した品物の正体は,各式のばね——板式、渦巻式、蔓巻き式の三種類。なぜばねかと言えば、この世界の陸上乗り物にサスペンションの概念がまだ存在していないからである。
クーゲルの捜索行動で出動した大型荷馬車やクレアたちが刃金を運びに借りた普通の荷馬車、そしてベアトリスが一歳余りの時に乗ったアングティグアで引く豪華客車も、強いて言えば車輪を容器につけたにすぎない。
そう云う物は急な高低差に弱いから、高速で走れる路面が極めて限られる。たとえ道辺のいしころによる高低差でも震動が激しく,この衝撃による車軸と車輪へのダメージも大きい。
暑い工房の中から大量の大型ばねを運んできたばかりのゼルは汗ひとつかいていない、むしろ達成感のある顔だった。
「にしても、板状のやつは鋼弓の要領で作れば簡単だけど、何回も均整に巻かないといけないやつはなかなかの挑戦だったぜ〜おかげでここ一年間の作品量が半減したわ〜」
「ご協力に感謝いたします、これで難しい材料は大体そろえてきたわ。」
ベアトリスは嬉しそうな顔と軽快な語気でそう言った、考えてみれば当たり前でしょうが、便利で乗り心地のいい乗り物が沢山いる地球から転生してきた「恵」にとって、この世界の乗り物は雑すぎる。
(陸上輸送手段の効率を上がれば、今までより物産が各地に渡れる様になって、ハンターギルドを設立できる街が増える。然すればハンターの数もある程度増えるて、人の住処を守りきれるはず……ジークフリートの健康に妨げず彼の夢を叶えるし、馬車に乗る時も尻と三半規管を苦しまずに済める。道路と車輪の出来も不満があるだけど、今はまだ七歳児だし、社会事業は以後にしよう……)
「いやあ〜さっぱりした!久しぶりだぜこの気分は。三式重装弓以来だ〜」
ゼルの声ももいつもより軽やかで、傑作を作り出した職人の誇らしい目の様な煌めきがその目に宿した。
ベアトリスの斜め後ろにいるクレイナは話の筋をよくわからないが、とにかく口を挟まず、何か思いついたように、ばねの圧縮、伸展、そしてリカバリー性能を確認するベアトリスの後ろ姿を見ていた。
「よし、これなら次の開発に進めるわ。」
「それにしても、どうしてこんな物を作るんですか?」
「そういえば聞いてなかったな。新式武器の開発に使うのかい?こいつらなら物をかなり飛ばせそうだな〜いや、柄に使って一撃のパワーアップか?どっちも面白そうだな〜なんの使い方なんだ?」
「あんたいい加減にしなさい、お嬢さまに戦わせる必要なんてないじゃない、何考えてるつもり?」
ゼルの推測は何一つ当てていない、しかしクレアがゼルを圧迫すると同時に、ベアトリスの頭の中に浮き出したのは、前世の家族たち。
(自称神が言ったことが本当だったら、二人ともこの体になった、魂も欠片もない……ははっ、自分の幸せを追うって告げたのに、これで何度目だろうな……こっちに来てから、もう何百回もあいつらを思い出した。みんな亡くなったと頭が分かるけど、やっぱあ心はどうしても認めたくないな……)
沈黙したベアトリスを見ると、クレアは何かとらえた様に、話題を移した。
「……じゃあ、まだ他の依頼や買いたい物はある?みんな腕を大分上がったから、今度の新作はきっと前よりいいよ〜」
「……えっ?あっ、そうねっ、じゃあ今日もお邪魔しようかしら。」
「やったぁ〜じゃあ作品を集めてくるから、ちょっと待ってね〜。ゼル、モンスターゲットを組み立てて頂戴〜,部品と馬車は倉庫にあるから。」
「げっ、なんで?」
工房の中に向かおうと走り出していたクレアは止まって、振り返って反問した。
「なんでって、武器試しに決まってるじゃん。」
「いや何で俺がやらないといけないんだ?」
「半裸でお嬢様に話しかけたのを許したつもり?早く行きなさいな、しないと……これからあんたに回す鋼材を減らすから。」
「げっ、あれクソ重いんだよな……俺一人でやんないとダメなのか?」
「お嬢さまの手を借りるつもり?半減するわよ?」
「でえいわかったわかった!一人でやるよ、やるから半減すんなって!」
そう叫びながら、ゼルはすぐ近くの倉庫に走り、門を開けて入った。それを見送ったクレアも表情を緩んで、ベアトリスに挨拶をした。
「じゃあ行って来るね〜」
そしたら、クレアは工房の中に行って展示区の武器を取りに行き、その間にベアトリスとクレイナはそこら辺を歩き回った。
(あの子もそろそろ二十歳か……最後に見えた詩羽もこの歳くらいだったな……はぁ……おっと、今はクレイナの悩みをちゃんと解かないとっ……!)
工房フェリウスの広い中庭を歩き回る中、ベアトリスはクレイナに問いかけた。
「クレイナさんさ、一年前と今の差をどう思う?」
「え?」
「一年前の毎日喧嘩と比べて、今はこの平和ぶりですよ?これはなにゆえだと思いますか?」
工房の中に目を向くと見えるのは煌めく目と自信で作業する学徒たち——波紋鋼の製作に挑戦している者、普通の高炭素鋼を打っている者、熱処理を済まして武器の靭性を確認している者、木材、布、獣皮で柄を作っている者。
なによりそこにいるのは単一種族ではなく、たったの十数年前で終わった、統一戦争で敵対していた全種族の二十代から四十代までの者。戦後にしては、平和にやっていけるのが不思議に思える年齢層だ。
そんな工房フェリウスの現状を彼女の目で確かめたクレイナは、ゆっくりしたペースでこう言った。
「そっか……みんな、過去から歩き出したんだ……」
そう言いながら工房の熱い雰囲気を目にかかるクレイナは思わず、心の奥底から湧き出す、下に向いて艶々な笑顔になった。
「お嬢さま……この御恩は忘れられません。」
「私は何もやってないわよ?」
「でもこの風景は私の希望になりました……それに、手を繋いでここまで連れてくれたのもお嬢さまです、こんな私なんか……平民ごときの手を。」
クレイナは自分の両手を見てそう言った、そんな彼女の手は皮膚の角質化が進んで荒れ荒れ。よく見れば、胼胝をナイフで削った跡もある。
「とても素敵で偉い手だと思うよ。そんな手を持つ貴女が『平民ごとき』など言わないで、もっと誇らしく思ってもいいの。」
紫色の眸と母親の遺伝子が故、天性の麗質をそなえるベアトリスは不本意ながらも、時々とらえ所のないオーラを放ってしまう。しかし、斜め後ろでそんなベアトリスを見ると、クレイナの胸に穏やかで心地良い暖流が湧き出した。
「お嬢……」
クレイナが口を開けようとした瞬間、もう一人の声が脇から入った。
「よっ!…こいしょっ!……ふ〜っ!」
ゼルの声と共に、重そうな物が地面に叩きつかれた音が鳴った。振り返ると、そこに変な板車と酒樽の山とゼルの姿が居る。その酒樽の一つ一つがベアトリスよりも高いし、板車にも板がなく、フレームとスパイクのついた妙な設計のもの。
「よし、俺の作品もこれに打つける予定だし、ひと頑張りすっか〜」
大きな息を入れたら、ゼルはターゲットの組み立てに取り組んて行った。そこを見ると、ベアトリスは思わず息を入れた。
(この人も怪力だな……物が入っていなくてもあんなデカい酒樽、結構重いはずだけど、家にいる水を入れた酒樽も似たサイズで軽いんだよな…あ〜あっ、体のおかげで重量感覚がおかしくなったよな……なんでも軽く感じるし……)
「おまたせ〜お嬢様に似合いそうな武器探してきたよ〜」
ゼルがターゲットを組み立てる中、クレアも何丁もの武器とスタンドを背負って帰って来た。
(野太刀、クレイモア、ハルバード、メイス、長刀、斬首剣……大きいな、どれも本物の二倍以上……あっ、そういえばモンスタを狩りに使う巨大武器だったな……にしても、大型ばかりだな。)
クレアは涼しい顔をしていると言っても、これだけの重量を背負って歩けるこの世界の人間の身体素質に、恵は改めて不思議に思った。
(少なくとも90キロがいそうだ……詩羽と同じくらいの体格なのに…やっぱこっちの人の筋力はすごいな。筋肉が同じだったら骨格の構成が違うのかな……って、そんな事じゃなくて、とにかく…)
「お疲れ様、逞しくなったね。」
「いえいえ、とんでもないよ、お嬢様と比べれば全然。」
「あらっ、天性の力と比べてどうするの?」
「あはは、そうでしたね♪」
背負う武器をスタンドに並び終わった後、クレアはそのままそのうち一つを取り上げて、少し離れた場所で演武し始めた。
クレアが握っている武器はメイス、彼女の身長とほぼ同じの長さで、両手戦鎚と言っても無難のサイズだ。とは言え、工夫の入れた逸品だと言うことは分かり易い。
(バランスの良い洗練された設計に、合理的で握りやすい柄の仕様、頭部も外見より性能を追求する形状、どこまでも実用性と使い勝手を考慮した設計だな……)
「見事な一品ですね、それは誰の作品ですか?」
「へ?はぁーっ!!」
ベアトリスの称賛にクレアは一瞬動揺した。そのせいで薙ぎ払えの勢いを止められず、メイスをすごい勢いでクレイナへ飛ばしてしまった。それとほぼ同時に、ベアトリスがクレイナを横に押し退けて地面に貼り付かせた。
飛んだメイスはクレイナが居た場所を通して、数メートル先で地面に打つけて止めた。それから座り上がったベアトリスは真っ先に、驚いたクレイナの安否を訊ねた。
「クレイナさん、怪我はない?」
「うっ、うん。」
「こめん!二人とも大丈夫?」
クレアも駆けつけて二人の安否を確認しに来た、普通ならこの場合はクレイナが回答するが、可愛らしいお媛様のイメージと異なって、こう云う場合だけなぜかベアトリスが主導権を握る様になる。
「私たちは無事です、ほらクレアさん、ちょっと手を見せてみ。」
「ええっ?、私は大丈夫だけど……」
そう言いながらクレアは手をベアトリスの前に差し出し、それをベアトリスがじっくり目と手を通した。
「右手の手首辺りが他より少しだけ熱いね……気づきにくいけど腫れと発赤……ちょっと動かしてみて?」
「へ?おっ、うん……あれっ、なんか違和感が……」
心当たりがついたベアトリスはすぐにクレアに応急処置を勧めた。
「すぐ冷水で漬けた布で冷やして、黶ができてからじゃ遅いよ。」
「え?でも……」
「いいから早くやりなさい。何日間手が動けなくなるのは嫌でしょう?」
「あっ、はいっ。」
そしたらクレアは手当てをしに工房の中に戻った。
「なんだ?、誰か傷ついたのか?」
ターゲットの組み立てを済ましたゼルもその場に寄って様子を見にきて、ベアトリスとクレイナも立ち上がって服についた埃を払った。
「クレアさんが手首を傷んだ様だから、手当てを済ましに行かせたわ。それ以外怪我人はないよ。」
「そっか……じゃあ俺は仕事に戻らせてもらうぜ。」
「ちょっと待って。」
「なんだ?」
「依頼です。」
ゼルの問いかけに、ベアトリスは真っ向からに答えた。すると、目が散漫だったゼルは直ぐ気を引き締まった。
「今回の依頼はあなたが作ったその蔓巻き状のばねを用いれた玩具の部品よ。」
ベアトリスの言葉に耳を傾いたゼルは直ぐ興味を釣られた。
「うん…ピョンピョン系か?」
「ご名答。」
「で?どんなもんなんだ?」
「ばねをディスク付きの棒に接合して円筒に入れて、外してばねの入れ替えができる様に蓋を接合できれば、あとはハンドルと足台をつければ完成です。」
「ふ〜意外と簡単そうだな。」
「それは頼もしいですね…ただ、この部品は軽くて細い方がいいから、今のままでは太すぎるわ、もっと細くしてもらえるかしら?」
「あはは、やっぱハードな仕事かっ。」
「ごめんね、こんな訳のわからない難儀ばかりで。」
「いいさ、こう云う依頼は滅多に無いから、むしろ礼を言いたいところだぜ。」
「……どうして?」
「ばねの依頼で考え方を一転したよ、むかしゃあ腕とトンカチで十分だと思ったけど、今ならバルカンの旦那が鉄床を頼る理由がわかってきたよ。もちろんトンカチ一梃でもほとんどのことはできる、でも、更なる高みへ行きたいなら、工具に拘るわけにはいかないってな。」
「そっか……よかったね。」
「ああ、あんたの依頼を引き受けて、本当に良かったよ。これで夢に近づけた、あいつらも喜ぶだろうな……」
そう言いながら、ゼルの頬はさっきよりも緩め、釈然したような顔になった。長年フォージに居るせいか、ゼルの皮膚は銅色でツルツル、体もボディービルダーの様で、なにより年齢故に、成人男性の落ち着きをそなっている。
(普段は散漫で身勝手だけど、こうして見るとかっこいいな…でも、あいつらはだれなんだ……?)
「『あいつら』……は?」
それを聴いたゼルの目の雰囲気は直ぐ変え、そこを捉えたベアトリスは問題を取り消そうとした。
「ごめんなさい、言わなくていいから……」
「いいんだ、別に悲しいことじゃないから……ただ、まさかそこを聞いてくるとはな…」
そう言いながら、ゼルはモンスターゲットに目を向いて、語り始めた。
「『あいつら』は、家族のことだよ。俺が五歳になった時、ドン・アジリスの襲撃に遭って死んだ、俺以外一人残らず……護衛として雇った傭兵四人のうち二人まで喰らわれたらしい。」
ここで一つ止まったゼルは、鼻で短い息をして、もう一度口を開けた。
「戦争の終わりより少し前の話でな、落とされた城から逃げ出す途中に、血の匂いに惹かれたモンスターと遭遇した。肝心な時に傭兵の武器が砕いて隙ができて、あいつらはドン・アジリスにやられ、俺の家族もアジリスどもに囲まれて終わったって事さ。」
「じゃあ……」
「ああ、俺が家族のうち唯一生き残っているメンバーだ。」
「……寂しく…ないのですか?」
「……最初は、な……でも、生き残った傭兵はそのまま引退して俺の世話をしてくれたから、もう二人の親ができたようなもんで、ありがたい話だろう?」
戦火に焦がされた時代にこう云う言葉がある——「野良犬の大群は旅人に骨すら残らない最期をもたらす」、それらと比べて、ゼルはとてつもなく幸運であった。ただ、生き残った代わりに、肉親も全て失った。
「正直、英雄が来て全員助かったと云う幻想もした事あるけど、最後まで誰も来なかった……でも義父と義母は幼い俺を見捨てず、育ててくれた、もう十分幸せもんだよ……だから失ったものばっか見てるより、まだ持ってるものを大事にする方が良いと、俺は思うんだっ……って、七歳児相手に何言ってんだろう俺……すまん、今のは忘れてくれ。」
(達観だな……俺と似た境遇なのにこうもあっさりと……)
こんな時、三人の後ろから腹が立ったような、してないような女声が聞こえた。
「あんた……お嬢様の前でそんなこと言うの?」
「ウワッ!……いつ戻ったんだよお前……」
「英雄だって生身の人よ、全人類助けられる訳ないじゃない……」
「いいのよクレアさん、それより手首は大丈夫?」
「ええ、ありがとうございます、問題ないよ。」
ゼルと一緒に振り返ったベアトリスの目に映した人はクレア、傷んだ手首は既に水で濡らした布で包まれ、狩に使っている装備も着用した姿である。しかし野外で巨大なモンスターと対峙するために作った物の割に、クレアの装備はあまり固く見えない。
首から太ももまで覆う鎖帷子の上に、胴体の防御は軽便な上胸甲と腰当てだけで、四肢の防御が胴体より厚い。その中特に前腕、肩、そして脛の部分がモンスターの甲殻で補強され、ガッツリ重装している。
「じゃあこいつらの使い方実演してあげるから、何かあったら言ってね。うっ……ふっ……!」
「ちょっと待ちな。」
もう一度メイスを振ろうとしたクレアを止めたゼルはそう言った。
「なによゼル、お嬢様の依頼があるんじゃなかったの?早く行ったら?」
「そんな手で武器振る気か?いいから寄越せ、俺がやる。」
そう言いながら、ゼルがメイスを引き取って肩に当てた。
「何よいきなり……」
「いいから鎧を脱げって……俺も着替えに行くから、お嬢ちゃんはもうちと散歩しな。」
そう言いながら、ゼルはクレアを工房の中に連れ戻った。二人を見送ったクレイナは優しい顔と声でベアトリスに話しかけた。
「お嬢さま。」
「どうしたの?」
「先ほどは言い損ねたのですが、これからも末長く、よろしくお願いします。」
「えっ、いきなりどうしたの?そんな真顔で……」
「お嬢さまの側にいれば、どんな困難でも突き抜ける気がしますから、それに……主人に守られた僕なんて、話になりません。これからは私が、お嬢さまをお守りしますよ。」
「そう……ですか。じゃあ……えっ…と、あらためて、よろしくね。」
「はい♪」
(『持ってるものを大事にする』か……そうだな……少なくとも、俺には姉妹に与えられた二度目の生がいる、この二度目の生で再び愛された、親しんでくれる友人までできた……『恵』はもう終わった、そうだよな、姉さん、詩羽……)
クレイナの笑みを見ながら、ベアトリスの心を覆う霧は少しずつ散って逝った……




