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遍在にして常在の障礙(その1)

3週ぶりの更新、本当にお待たせしました。毎週更新とデカ口たたいたのにこのざまですね、はい……まあとにかく、今回はいろんなインフォをたくさん詰めた回です、一時詰めすぎと思ったのですが、これからそれを一つずつ伸ばして行く予定なので、まずは本文へどうぞ。

 クーゲルが帝都に戻った後弱一年、七歳になったベアトリスは今後、食文化を改善するため何をすべきかを探るため、この一年近い時間を使ってウニタス帝国と言う国について少し調べた。


 ウニタス帝国とは、16年前に統一戦争停戦の直後で建国した、大陸の殆どを支配している多種族国家。その支配下にある種族は大きく分けて五つあるーー人間、エルフ、鬼、ドワーフ、竜人。


 最高支配者である皇帝は人間で、正妃も人間、そして他にエルフ、鬼、ドワーフ、竜人からその長の妹や娘を側妃として迎い、種族を問わず有能な者を用いれ、各種族の長に公爵の位と高度の自治権を授け、貿易、技術交流、文化交流に励んでいる。


 形式的に帝国と呼ぶけど、実際は特権階級が残っている共和国みたいな物。今はその特権階級がみんな有志で有能な者ばかりで、国の発展と民の生活はそのおかげで順調に発展している。


 戦争後十六年、今や総人口も百六十万余りまで戻った。戦時徴兵年齢に足していない少年、片親、孤児なども現在、労働力、生育、消費を貢献し、国を正しい軌道に戻しつつある。


 皇帝と公爵達は二年前から、教育では交流生プロジェクト、経済では移民創業策励プログラム、文化では言語統一など、各種族の交流に有利な政策を進み、生産技術の革新を目指して全種族から飛び抜けた人材達を掻き集め、ぶつかり合わせている。


 蒸気機関、汽車、蒸気船もこの交流の産物で、大量輸送手段として作られたものだったが、汽車の方は一年だけ運営して、軌道がモンスターに破壊されるせいで、実用にならず放置された物だ。


 交流生政策の例としてバルガンの工房。人間は勿論、ドワーフや竜人、鬼、エルフまでいる……そう、あのエルフが、他種族と一室……しゃなくて一工房の中で真面目な顔で鉄を打ち、汗を降る画像……ベアトリスが前世で築き上げたエルフへの認識が破滅した。バルガンの丁寧っぷりの次に突っ込みたいものがあるならそこだろう。


 融合政策で言語を一つにまとまり、各地の文化交流と技術発展が蠢動(しゅんどう)するこの時代。蒸気船も相当速いが大川や湖でしか動けないし、結局陸上の馬車を頼らないといけない。人員、資金、物資の流通がもっとスムーズになれば、グローバリゼーションが始動し,文芸復興時代の暁も近くなるだろう。全体の食文化を進めたいのなら、まずやるべきことは……


 ベアトリスは家にある公務室のドアをノックして、声を上げた。


「……ママ、ちょっといいですか?」


「リズ?入って入って〜♪」


 ママで呼ぶようになってから弱一年、ベアトリスはまだ恥ずかしいが、あの後クラリスの執念深い頼みに敵わず、大人しくクラリスのことをママと呼ぶことになった。


(ベアトリスとして生きていくと決めたからって、精神年齢7+22歳しかも前世が男でパパママは精神的に恥ずかしすぎる……言い出すんじゃなかった……)


 初めてクラリスを「ママ」と呼んだら、幸せそうな表情で鼻血が噴き出し失神したと言うことがジークフリートに知られて、頑なに頼んてきた父にも「パパ」と呼んだが……母と同じ始末で鼻血噴泉で失神、二日かけてようやく回復した。


(二人は楽しそうだし、まあ……)


 と考えながら、ベアトリスはドアを推した。ドアが開けて目に入れたのは、書類の山とペンを舞っているクラリス、座っているクラリスの頭よりも高く積んだ書類が机の両側に聳立している。その間にクラリスは文書を次々と閲覧し、残像が出るような速さで仕事をこなしていく。


「リズが仕事の時間で来るなんて珍しいわね〜どうしたの?」


「実は、幾つか荷馬車に加えたい改良があります。」


「あら〜素敵じゃない、仕事が終わったらゆっくり聞いてあげるからねっ、スケッチある?」


 ジークフリートが休養に入る今、クラリスが代理領主として、アインハイゼの事務に取り組んでいる。今までジークフリートが不在の時、領主事務は彼女に任されたから、二人とも第一線で領主と貴族の責務を十六年間(こな)してきた者、その仕事ぶり、元平民に見えない。


(仕事をこなしながら話を正面的に答えてくれるなんて、まだまだ余裕って訳ね……普段はああなのに、両親がイメージよりずっと優秀で仰天した件……)


「スケッチはまだです、()るなら、えっと……ママ、あそこの机と紙筆(しひつ)を使っていいですか?」


「もちろん〜」


 少し身長が伸びたベアトリスは音を立てないように接客用の机を使って、空白の紙で何かを描き始めた。一方、クラリスは一旦休憩を取り、自分で紅茶を入れ始めた。


(荷馬車の改良か……難しいことを言い出したわね……でも、どんな案が出るのか楽しみだわ〜リズなら、想像を超える物を提出してくるかも♪)


「奥様、声をかければいいのに……」


「ああ、嬉しくてついね♪。にしてもやっぱりクレイナちゃん、綺麗ね〜」


「勿体なきお言葉。奥様こそ(わたくし)なんかよりずっと……」


 そう言いながら茶具を引き受けたのはクレイナ・ギニウス、弱一年前侍女になった金髪翠瞳のハーフエルフで、ダン・ギニウスの実の姉。エルフである母から受け継いだのは、エメラルドのような眸、人離れの視力、そして優秀な身体能力。


「髪と瞳はお母さんから引き継いだものでしょう?いいな〜」


 「炎帝の襲撃から弟を守ってくれた恩は、この身を捧げて報います!」とか言い出して、当時は騒がせたけど……色々打ち消して、その後はクラリスの世話に当てている。


 真面目で手先が器用、そして覚えも速いから、頼もしい同僚だと称賛されている。けど無口のせいで『人を馬鹿にしてるんじゃない?』、吊り目で『目付き悪くない?』、献身宣言をした上に容姿も好ましいから『実は旦那様を誘惑しに来たんじゃない?』と一部事情をわからない侍者から陰口を言われてるらしい……


「お嬢様もどうぞ。」


「アッ、ありがとっ。」


「いえ、勿体なきお言葉……」


 ベアトリスの礼が身に余ると礼を重ねたクレイナは、何かを考えたように一時凝れて、疑問を上げた。


「……僭越ですが、ずっと思ってました……どうしてフラワル家の皆さまは、私のようなハーフにも普通に接するのですか?」


「『礼を持って人に接すべし』、これくらいは当たり前でしょう?」


 十六年と言う年月は長いが短い。人は育てるが、誤解と偏見を(なら)すには足りない。今のところどの種族の人々もまだ、他種族とハーフを自分達と同一視する事はできない。差別を阻止する為の法案が実行された後でも、普通は冷たい態度で扱われてしまう者だ。


「ですが……(わたくし)達は人間ではないし、エルフでもない、異質者いしつしゃなんです。」


 それを聞いて、何かを(えが)いていたベアトリスはペンを置き、立ち上がってクレイナの手を握り、そして予想を越す一言を言い出した。


「ママ、クレイナさんちょっと借りるけどいい?」


「いいわよ〜アンナがいるから、行っておいで〜」


「じゃあクレイナさん、行こっか。」


 困惑に頭を詰められた表情をしているが、クレイナはかっこかわいい()だ、吊り目と言った五官の特徴は別として、雰囲気から見れば二十四歳とは思えない若気(わかげ)、スタイルのバランスがバッチリだし、肌もつやつやで十七歳のように見える。


(前世で美女耐性つけられてよかった……って、もう女だけどね。でも……この手は……)


 神の恵(踏ん張り)を(もと)に、自分は母と前世の姉妹をも凌ぐ傾城傾国の美人になると云う未来に気付かなかったベアトリスは今、クレイナの手の感触を判断材料にし、ある推測をした。


 クレイナは其の儘、ベアトリスに引き出された、二人が扉を抜く後、クラリスはベアトリスのスケッチを見て、思わず口角を吊り上げた。


(すごい……どれも斬新な構造、しかもシンプルで効きそうなデザイン、やっぱり、リズは天才だね……)


 この評価を知ったらベアトリスはきっと、違う違う違う、これは元いた世界の偉い人達の発想を借りただけだから。私はそんな大した者じゃないから!、と心の中で叫ぶだろう。


 装飾が少ないローブから目立たない刺繍がたくさんつけられたシャツとちょうど膝の上に届くスカートに着替えたベアトリスはメイド服の儘のクレイナと一緒にフラワル家の馬車を乗り、平民街へいみんがいに訪れた。


 最初の行き先は鍛冶工房フェリウス、馬車から降りたばかりの二人を迎えると備えていた様なタイミングで、クレアが入り口の後ろから現れた。


「いらっしゃい!、いい風が吹いた様ですね〜丁度この前の依頼がすましたよ〜」


「分かりました、にしても、元気そうで何よりですね、クレアさん。」


 例の捜索行動の後、ベアトリスは定期的に工房を訪ねるようになった。理由は至ってシンプル、あるイベントの手伝いと、依頼の進み具合を見に。


「お嬢様こそご安泰でなにより……ところで、そこのはひょっとして……クレイナ・ギニウス?」


「えっ、あの……どうして名前を……」


 体を屈めて、目線の接触を避けたクレイナ、どうやらクレアとは初対面だ。


「ダンから姉がフラワル家に仕えたと聞いたよ。あなたとっても綺麗ね〜ふふっ」


 おどおどしてクレイナは、目に疑問の色を覆った。


「ダン?ダン・ギニウスのこと……ですか?」


「ああ、彼奴(あいつ)はいつもウチのおバカさん達と騒いでるのっ。」


 ダンはあの明るい性格だから、若者の間では人気が高い、誰の前でも大型犬みたいな、空気を和らげる役を担えるディプロマットだ、ベアトリスも彼を気に入れている。


「弟が騒いだようで、申し訳ありません……」


「いいよ、アイツのおかげで種族が違う奴等(やつら)も仲良くやれて助かったしね。」


「……え?」


「聞いてないのか?まあ彼奴はあまり自分がした事を口にしないタイプだしね……おまけにアインハイゼ防衛戦で負傷したし、今はまだ病院に居るんだっけ……実は……」


。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。


 それはベアトリスが皇子捜索の支度を進むために、鍛冶工房フェリウスに訪れたあの日、ベアトリスが工房から去った後の話。


 ダンとクレアは呼吸をぴったり合ったように、同時に背中を伸ばした。


「さーてっ、武具の支度を済まそうか。」


「まあっ、中が修羅場になってないと良いけど……」


 馬車が街角を曲がり見えなくなった後、二人は工房の中に戻った。ゲートに入った後五歩も経たず人の大叫びが聞こえてきて、二人は思わず足を止めて聞こえようとした。


『誰がトカゲだ!』


『てめえだよこのトカゲ!何冷えた鋼叩いてんだ!』


『伝統芸だって言ったはずだが?』


『何が伝統芸だ、まだ灰色が残ってる温度で叩いたら鋼に罅が入るって事くらい知らんのか!』


『まあまあ、彼が作った武具も親方さんに認められたんだ、ハンターの好評も集まっってるし、まず品質は問題ないだろう……』


『てめえは黙ってろよこの(じじい)!』


『ええっ?!俺は三十もたってねえんだぞ!?』


『そう言う貴様は如何だ、先ほどのフラワル嬢は貴様の作品は一目でスキップした、対して吾の作品じっくり観察(かんさつ)されて触れられたんだ、どっちの作品が良いのか分かり(やす)いではないか。』


『やっろうっ!……やんのかてめえ!』


『その気なら受けて立ってやる、人間が吾に勝てると思うか!』


『上等だ!……』


 いくら五大種族の国が一つになり、反差別法が()てられたとは言え、元敵国民であった他種族(たしゅぞく)への偏見(へんけん)は十年二十年程度で完全に掻き消せる訳じゃない。


 学徒(がくと)達の大叫びを聞こえたダンの目は光を薄めて、これを予想していた様に、珍しく冴えない顔を(さら)し、溜め息をつけた。


「やっぱりか……」


 同じく嘆息(たんそく)したクレアは今、指で横髪(よこがみ)の先をクルクルしている。


「まさかお嬢様の行動が作品の()()しの判断材料になってるとは……みんなの作品、それぞれ素晴らしい個性を持ってるのに……」


「タイミングがお嬢が去った後は幸いだけど、って言うかもしかして、お嬢が引っ掛けになった?……」


 その一言で、クレアは明らかに不快な目でダンを睨んだ。


「……明日からの起こし方、拳にしようか。」


「……(わり)いっ、勘弁してくれ……」


「はあ〜いつまで続くのよ……こんな地味で無意味な争いは……」


 不快から無精(ぶしょう)に切り替えたクレアは額に掌を当て、先程の嘆息よりも大きな一息をつけた。


「みんなそれぞれの教育を受けて物の見方はもう固めたし、変えようとしても大変だし……」


 クレアの独り言を聞いて、ダンは頭のどこか閃いたように、いきなり両手でクレアの肩を掴んで、楽しいゴールデンレトリバーのような笑顔を晒して彼の考えをクレアに教えた。


「なあっ、別々の信念を変えるのが無理なら、共通の信念を作れば良いんじゃないか?」


 幼馴染の突然な挙動に驚いたクレアはそのショックで言葉の意味を理解できず、ただボーッとして、数秒かけて頭を立ち直ってからその意味を尋ねた。


「それは……どういう……?」


「定期的に誰が一番なのかを決めるの大会を開催すれば良いんだよ!自分が正しいって証明したい、自分が一番だって訴えたいならさ、どっちの腕が一番か試してみれば良いじゃないか!、狩猟祭のようにさ〜!」


「えっと……狩猟祭って、毎年の晩春から早夏まで開催されるあの誰が一番のハンターなのか、獲物の『強さ』と『数』で決めるあの非公式のイベントのこと……だよね?」


「そーだよ!、この工房のみんなは最高の鍛冶職人を目指してるんだろう?なら競え合わせば良いじゃないか!明確な頂点と言う共通目標があって、実力を互いに見せつけて認め合えればさあ、偏見は少なくなるんじゃないか?」


 興奮(こうふん)の煌めきを目に帯びたダンはさらに強くクレアの肩を掴ん締めて、大声でその発想を口にして、さらに顔を寄せた。


 いくら幼馴染とは言え、家族以外の異性の顔を目の前に寄せられるクレアは恥ずかしさに耐えきれず、首元から(かお)の隅々まで全部完熟りんごのように赤くなり、目がクルクルになって舌を拗らせた。


「話はわっ……わかったから、(かお)……近いっ!……」


 最初、亢奮で不妥当に気付かなかったダンは、クレアの異状に見てようやく気が付かれて、頬を薄紅(うすべに)に染めて手を人ごと引き戻した。


「ごめん!……」


 一時空気は沈滞したが、立ち直ったダンはすぐさまクレアの手を繋いで歩き出した。


「うまくやれたら偏見と差別を塗り替えるかもしれない!、早く草案を作ろうぜ!」


 この楽観すぎる考えは如何(いか)にもダンらしいが、今のクレアにそんなことは頭に入れない、話の筋はまるで分からないが、なんとなくイケる気がした。


 バルカンのところに戻った二人は、その考えを詳しくバルカンに聞かせて、準備に取り組んだ。ただ、五大種族が同じ舞台に立つ試合と云うことはやはり空前で、何をすべきかに(まよ)った。


「狩猟祭はギルドの強度格付系統(モンスターランク)と言う客観指標(きゃっかんしひょう)があったから審査は簡単だけど……鍛冶は俺の専門外(せんもんがい)だし量化(りょうか)できるもんじゃないし……如何すりゃ良いんだ?……」


「どの種族から審査員を招いても別種族から反対されるかも知れないし……ウチのお父さんは実力主義で有名だからみんなは納得できると思うけど、ほかの審査員は……」


 この世界、この時代で、中立を保てる者は麟鳳亀竜(りんぽうきりゅう)だし、バルカンのような人は決して多くいない。最後まで良い案ができず、二人はひとまずこのことを後に回して、皇子捜索行動で役に立てるように準備を済ませた。


 皇子を無事連れ戻した後二週、フラワル夫人ーーつまりクラリスの知恵を借りる為に、フラワル邸に手紙を送った。訪問の許可を頂いて予約の日程を確定した後、二人は衣装を用意し、予約の日でフラワル邸に(おとず)れて行った。


 今、ダンとクレアは自分が持てる最高級の衣服(いふく)を身に纏い、屋敷の会客室で主人を待っている。


 ダンが着ているのは地味な緋色に染められた素朴でノースリーブの良質麻布で作った短いローブと同じ素材の青黒いスラックス、履物はモンスターの韌皮のブーツ。全身を纏う一枚のロングコートも同じモンスターの褐色の紋を持つ青黒い皮の柔らかい部分、防寒に薄い桃色の毛皮を襟巻にして、裏にもパッディングを仕込んだ二重構造。


 一方、クレアの衣装は青黒と紺藍を用い入れたペンシルスカートと短めのトレンチコートの一式(いっしき)。一目でわかる布地(ぬのち)の緻密さに体の曲線に沿ったカット、必要以上に肌を見せず、バランス良く鍛えられた肩、胴、胸部、臀部を(つつ)み、その輪郭(りんかく)適度に(えが)くデザイン。履物には(なめ)した皮革と木で作ったハイヒール、その表面に暗い緑と明るい黄色が交錯する弾力皮が貼っている。特に上半身のアクセサリーとして、同じ素材のショールを掛けている。


 二人とも平民階級が持てる最高級の衣装を身にしている、その理由も単純明白(たんじゅんめいはく)ーーこれから対面する人はそれほど崇高な地位と権力の持ち主だから。


 フラワル家は貴族として中間帯にある伯爵家とは言え、実際の地位は伯爵を大きく上回る。


 戦時、モンスター討伐と救助行動を繰り返し、数えきれぬ人命を救助、領土と伯爵位を授けられた後、モンスター危害の予防策(よぼうさく)を打ち、地形を利用した湖上(こじょう)貿易都市を建て、道路と川にハンター付きの駅所を設立し、金銭と人材の流動を加速させて帝国の経済復興に繋がったと云う数々の実績により、種族分かず圧倒的支持率を有す。


 その権力、帝国の四大産業ーー林業、農業、鉱業、製造業をそれぞれ担う四つの公爵家「クォーターズ」でも軽視できない。普通、それほど崇高な地位に立つ者が平民との面会を受け入れること自体が考えられない……ただし、フラワル家は普通ではない。


「私達のような平民も接待してくれるなんて、やっぱりウチの主と夫人は他の貴族と大違いね。」


「ここの侍者にも平民出身の人があるらしいぜ、戦時モンスターの危害による孤児だってさ……」


「道理で……」


 二人が耳を交わす間に侍女の声が門の外から透した。


「奥様とお嬢様の御成です。」


「「えっ?どうしてお嬢(様)まで……」」


 適度な装飾を施された分厚い木門が開かれ、そこに立っているのは手を繋いでいるクラリスとベアトリス。一刻前疑惑していたダンとクレアは今完全にその姿に目を奪われて()けた。


 クラリスの身を纏うのは古代紫に染めた美しい光沢を放つ麻・綿混紡生地と桜色の薄絹で作った露出を抑えたフェイクオフショルダーのフィッシュテールドレス。顔の後に目を釣っていくは絹に覆われる首。そこから視線を誘導され、絹を(とお)し朦朧だが見える鎖骨と玉肩(ぎょくけん)。混紡生地に隠された峰の間にアメシストを主体とし、剣の形を採った銀製ブローチを飾る、そこから(すそ)まで全てがその閉月羞花な風姿に沿えた絶妙な仕立て具合。何よりフィンガーレス・グローブで腕の肌を覆うことは点睛(てんせい)一筆(いっぴつ)になった。


 混紡生地と絹の美味しいところを両方とも生かしたデザインで婀娜で高貴な雰囲気を放つ絶品。何よりクラリス自身の美貌がそれを昇華させ、優雅と言う第三の美しさを添え、実際をはるかに上回る美を与えた。


 ベアトリスが身にしている物も普通ではない,稀に見る雪白(せっぱく)な分厚い麻・綿混紡生地で出来た短めの外套に、ミディアム丈の赤黒格子縞(こうしじま)Aライン吊りスカート。胴着(どうぎ)は桜色の綿製ブラウスで、スカートの内側に桜色の絹製(けんせい)タイツを着ていて、下腿(かたい)と太ももに迫る寒気(かんき)退(しりぞ)いた。アジサイと簡単な直線の紋様を入れた純白のスカーフと菱形(りょうけい)の紋様を飾る絹製デミグラブでさらに可愛げアップをした。


 素朴だが、シンプル故に表現できる愛らしさもあると証明した逸品だ……が……


 現時点のベアトリスは未だしも、クラリスは唯でさえ見目麗しい女性なのに、美しいドレスまで纏ったらもはやそこの問題ではない。この姿で貴族や皇族に接するなら理に合うけど、とても平民を接見する時に見せる姿じゃない。


 と言っても、平民であるダンとクレアにそう言った貴族の礼儀作法を知るはずがない。二人はただ目前(もくぜん)の美景に目を惹かれ、クラリスとベアトリスがテーブルの向こうに掛けるまで呆然とした顔で二人を注目していた。


 クラリスの目が二人に向く瞬間、ダンとクレアはクラリスの眼差しに刺されやっと正気(しょうき)を取り戻し、そして硬直に陥れた。


(さすが湖の女王(レイクスレギナ)の異名を持つおかた、目の形はそれほど鋭くないのにこの威厳、アペックス級のモンスターにも後れを取らない……)


ダンとクレアの念頭に浮かんだ考えは同じだった。大物に目を付けられた様な緊張感の中、最初に沈黙を打破した者はクラリスではない、クレアでもない、ダンすら違う。最初に沈黙を打破したのはーーベアトリス。


「ママ、長くなりそうなので、お茶を入れてあげましょうか?」


 クラリスは(うなず)けて肯定の意を示し、そして(めくばせ)で合図を送った。その指示を(うけたまわ)ったアンナはすぐ流れるような動きでハーブティーを作り、あっという間に部屋の中に緊張を(ほぐ)れる香りが漂い、ダンとクレアに加えられたプレッシャーをある程度打ち消した。


 ベアトリスの無形のアシスタンスのおかげで、ダンが言葉を出せた。


「……奥様、お嬢様、お久しぶりでございます、元気そうで何より……伯爵様のお体は如何(いかが)でしょうか。」


「ええ、お父様は今大人しく療養に専念しています、ありがとね。ダンこそ、あの後城門(じょうもん)を出れた?」


「もちろん()、実はこの上着とブーツ、あの後仕留めたモンスターの素材で作ったん()よイッテェッ!」


 ダンの脳天が殴られた、そして殴った者はもちろん、クレア。


「普段の口調はしていけないとあれほど言ったのに……見苦しいところを見せて申し訳ありませんでした、奥様、お嬢様。」


(立って殴る動きから詫びの礼まで行雲流水(こううんりゅうすい)、どうしても不足を指し出すなら、冷や汗の出過ぎくらいかな……)


 その一連の動きを全て目に収めたベアトリスは微笑みを我慢ならず、頭の中でそう黙念した。


「そろそろ本題に入りましょう、こう見えても、領主代理の仕事で忙しいのでっ。」


 一言で空気を引き締まった状態に戻らせたクラリスだったが、ベアトリスは小さなため息をつけて、再度身分に相応しい姿勢に戻った。


 もちろん忙しいと言ったのは嘘だーーいくら庶民に親しみが感じれると言っても、仕事が一段落してなかったら、一般人を接見している暇なんてない、クラリスの眼光の鋭さは別の理由故のもの。


 一言でまとめるなら……せっかく手を抜ける様になって娘と遊べる時間を捻出したのにまた仕事押し付けられたと云う、どこにも見える極普通の親の不満。実際、ベアトリスが子供の頃から抱いできた印象は間違いだった。


 ジークフリートと結び、愛の結晶ができる前、クラリスは淑やかでしなやかな態度で人に接していた。しかしベアトリスを産んだ後、その振る舞いは親バカにすっかり大変様。彼女の兄であるブレインさえもこう評価した。「あれはもはや別人だぞ……」と……


「申し訳ありません……実は、グランドスクエアーで武具鍛造(ぶぐたんぞう)の競技大会を(ひら)こうと計画を進んでいたのですが、審査員の委任に困っていまして……」


「そう?幾つか聞かせたいところがある。」


 帝国の法律は国民に集会の自由を保障しこれを勧奨している、象徴として大都市なら必ず数千を納める大広場ーーグランドスクエアーがある。治安と風紀さえ乱れないならその広場でどんな活動でも自由に(ひら)けるーー市場(いちば)演芸(えんげい)講談(こうだん)演武(えんぶ)、ほとんどなんでもあり。


 数秒が経ち、クラリスは最初の一問を言った。


「一問目、どうして鍛造の競技を?」


 ダンとクレアの答えはシンプルに。


「はい、種族間偏見の打ち消しです。」


 その一言でクラリスの雰囲気が豹変(ひょうへん)した。先程の威厳は消え去り、これまで空気に秘めた張力が解れ、クラリスの表情はさほど変わっていないが、眼前の二人を圧迫する意は無くなった。


「それはどう言う理屈?」


「はい、日常で気付いたんですが、我々ハンターは種族が違えど衝突が少なくて、他の業界や街の人達より、別種族でも仲良くやれる傾向があります。そこを追究していたのですが、やはり(かなめ)交流(こうりゅう)の深みかと思っています。だから、まず全員が追い求める明確の目標を作れば、交流が深めるのではないかと愚見しています。」


 クラリスはそれに頷け、そして二問目を出した。


「よろしい。では二問目、なぜ他ではなく鍛冶?」


「実はうちの工房、毎日の様に学徒が理念の違いで口喧嘩か大乱戦かになって……父は実力主義だけど放任主義で処理しようとしないし、だからこう言う大会を(ひら)いてぶつかり合わせればなんとかできると思って……それに鍛冶なら、民衆の興味を引くこともできるはずかと思います。」


「つまり、鍛治師には理念を、一般人には意見をぶつかり合せる同時に、最高を決めるイベントの頂点に立つと言う共同目標を作って、交流の礎である信念を一つにまとまると言うことね……大会を開くこと自体は良い案だけど、過激論者への対策はある?」


 過激論者という名詞が出た途端、ダンとクレアの表情が変わった。二人は何かを悟ったように、再び引き締まった顔に戻った……

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