変わらぬ日常は恵
主人公の人格を描くための、第一部分の新しいバージョンです、本来の第一部分は編集され、第二部分となりました
「はっ…!」
目を開けても、さっきの夢の光景はまだハッキリと覚えられる。
あれはとある街が戦火に荒らされる映像。人々は泣き喚き、次々と逃げ出し、そして上空より舞い降りる炎に飲み込まれた。しかも、街に侵入したのは人ではなく、ファンタジー世界に出る怪物だ。そんな物を相手にする者は火砲ではなく、機関銃でもなく、拳銃ですらなく、ただ剣と矛で奮戦している。しかし彼らの結末はあまりにも残酷だった。
苦戦を経てようやく怪物に打ち勝ち、一息つけられると思って気を緩み、戦友に抱きついて勝利を祝おうとした彼らはその次の瞬間に矢の雨に射抜かれ、それに気付く間も無く、表情が永遠に固まった儘、次々と倒れて行った……あの画像を思い出すだけで鳥肌が立ってしまう。
他がどう思うのかは知らないけど、何も変わらぬ日常を送れることはとてもありがたい事だと思っている。大自然はもちろん、たとえそれが人類の歴史の中でも、戦争に絶えはなかった。この世界では、毎日のように戦争が起きている。だからこそ、比較的平和で豊かな時代で生まれ育った自分は幸せだと思う。
俺は花沢恵、二十一歳、父より受け継いだ「花沢オート」と云う、そこそこ規模のある自動車業社の社長を勤めている。今日は将来の経営方針について職員たちと話し合う日だが、その前に俺の一日は、三人での朝食から始まる。
「兄ちゃんまだ〜?昨日の夜からお腹空かせて待ってたんだから早く〜」
「はいはい…ほら、出来立てほやほやのローストビーフとトーストだ、サラダもしっかり食えよ〜……もう写真撮ってないで、さっさと食わないと冷めちまうだろう」
「今食う〜、…うん!やっぱ兄ちゃんに頼むは正解だった〜」
偶に妹から「これ美味しそう」と、ネットで見かけた料理を作ってくれと頼まれる。あまり油っぽくないもので食材の値段も家計に妨げないなら、大体この様に作ってあげている
「姉さんもはやく食べな、今日大事なミーティングがあるんじゃない?、この時間の電車は痴漢多いし、このあとクルマで送るよ」
「いいの、恵だって、今日は例の件で会社に行く日でしょう?私はバイクでいいから、心配ないわ。」
「じゃあほっひおおふってふへはい?ひへんひゃへはいはくひふほはふいひは〜(じゃあこっちを送ってくれない?自転車で大学行くのダルいからさ〜)」
「お前な……食べるか喋るかどっちか選べよな。」
「ん……っ、自転車で大学行くのダルいから送ってくれない?」
「はぁあ?ダルいってお前、大学に行くの週に三日だけだろう。運動しないと太るぞ?」
「そうだけど、…うちのメニュウ食べて太れる人なんてないと思うよ?ほら、オカズと云えばさぁあ?、鶏むねチャーシューとか、焼き魚とか、エビ入り卵焼きとか、野菜たっぷりクリームシチューとか、普段はそう言うのしかないし、もっとこう…サクッとした、油の乗ってる、高カロリなやつ食べたいじゃん?」
「普段のあれではダメだって云うのか?」
実を言うと、低カロリーの食材にバリエーションを付けて美味しく仕上げられるために工夫を入れたつもりだが、やはり食材自体が油に欠けていて、あまり満足感を与えられる物じゃなかったかもな……
「鶏むねチャーシューに掛ける調味をママレードに変えたり、魚にタイ風味のドレッシングをかけたり、クリームシチューに花椒(ホアージャオ)やブラックトリュフを加えて香ばしく仕上げたり、そりゃあ美味しいけど、こっちが欲しいのは別物なぁのっ。」
「…じゃあ連休の後にエビの天ぷらな。」
「え…兄ちゃんの天ぷらってサクサクじゃなくてふわふわだからヤだな……」
くっ……あれは大失敗だった、天ぷらの作り方に詳しくなかったから衣のミックスの温度を気にかけてなかった、返す言葉がない。
「……」
「詩羽…恵だって悔しいかったんだよ?」
「…ごめんっ!……でも……」——姉さんの言葉を聞いて自分が失言したと気づいた詩羽は慌てて詫びを言った、けどそのあと彼女はお願いの目で俺を見つめた。
「……大丈夫だっ、板前がアップした天ぷらの作り方の解説動画でしっかりメモをとってある、今度はサクサクに仕上げる。」——その眼差しの意味をもちろん俺はわかっている、それで俺は胸を叩き、次回の成功を保証した。
「それなら楽しめそう〜……そういえばイースター連休も近いし、今年はどこに行く?やっぱ国外がいいな〜」
また顔が明るくなったな、にしても、イースター連休、今年もこの時期か……
「じゃあ明日、父さんと母さんに会いに行こう。」
「…うん。」
いつもそわそわする妹も、両親に会う話をする時だけこうなる。
「行き先はオーストラリアでいいか?このあと飛行機とホテルの枠とかするから、他に行きたい場所があったら教えろよ?」
「ん〜ん、いいよ、そこでいい。」
オーストラリアはもう大丈夫のようだな、よかった。
「じゃあいつも通り窓枠で?、姉さんは窓から二枠目に、俺は後ろの窓枠を取ることでいい?」
「イヤ、今度は兄ちゃんの隣がいい。そっちの方が落ち着くから。」
「じゃあ私は詩羽の前の枠を取るかしら、恵はそれでいいよね?」
「俺は別にいいから。」
「兄ちゃんまたそんなこと言い出して……」
「えっ、なんでいきなり泣くの?…わかった、わかったから、俺も詩羽の隣がいい、もう泣くなって。」
「そんなの、わかってないじゃん……」
「え……何の話だよそれ……」
「恵、何も言わなくていい。詩羽も程々にね、恵が困ってるじゃない。」
「でもっ……」
「恵の欲しいものは何なのか、分かってるんでしょう?」
「……うん…兄ちゃんごめん。」
んん…なんか気まずい、とにかくなんか言ってみよう…!
「…そ、そういえば詩羽、彼氏はまだなのか?お前が彼氏できたとわかれば、父さんと母さんもきっと喜ぶけどな……」
「ッ……兄ちゃんのバカッ…」
部屋に戻った……、悪い事言ってしまったか……にしても、あんなに器用な子が二十歳になってまだ彼氏の一人もできていない、か……、姉もそうだし、なんでだろう……まあ、こっちもそんなこと言える立場じゃないけど…
そのあと、俺はバイクで出社する姉を見送り、そして自宅の向こうにいる仕事場に向かい、職員たちにれいの相談をしに行った。
。。。。。。
「おはようございます、社長。」
「おす、社長。」
「おおっ、坊ちゃん来たか。おはよう。」
会議室に着いた時、参加予定のあるメンバーは既に揃っていた。
「おはよう、みなさんご苦労様です、それとシゲ爺、坊ちゃんはもうやめてくれないか。」
「そいつはならねえな、今年で二十二になるとは言え、坊ちゃんはまだまだ未熟だ。もっとこの年寄りに頼ってもいいんだぞ。」
話してる人は黒沢茂(くろさわ・しげる)、父がこの花沢オートを設立した時からの職員だ。五十年歳上で、佐織、俺、詩羽の兄弟三人の誕生と成長を見届けてきた、言わばジイちゃんみたいな人だ。
「いつもそうしいるつもりだけどな。」
「そっか…。それで、今日はれいの話だな?」
「ああ。この前、辺りに新しいスカイスクレーパーが建てられてる話あったろう?そこへ視察して、責任者からも話を聞いて来た。話に依れば、かなり高級マンションになるらしい。だからそれに合わせて、ハイクラスセダンとスポーツカーを何台か商品目録に入れて様子を伺うつもりだ。」
「目録に入れるってことは、お客さんは買った車をすぐ使えるわけじゃないってことですかい?」
「ああ、そうなる。スポーツカーならともかく、高級セダンは今まで扱ったことのない部類だ。いきなり突っ込むと大損を招きしかねない。だから穏健策として目録に入れるだけにして、様子を見るのが考えだが……シゲ爺?」
それではダメだと言っているように、シゲ爺は頭を横に振っていた。
「坊ちゃんよ、儂は君の父の野心と判断力、そしてリスクに目を取られない所を見込んで入社した。そして彼も儂の目に曇りはなかったことを見事に証明した。なんせ二十年前のこのようなチャンスを、彼は十二分に利用して、社を壮大してくれたからな。」
「ああ、それはわかっている。でも、俺は父さんのような賢い人ではないし、会社を大きくする野心も持ってない。欲しいのは姉妹が好きな男をできて幸せになるだけだって、シゲ爺にもよくわかってるんだろう?」
「ふん…これだから坊ちゃんは未熟だと言ってるのさ、若者はもっと欲張りで良いんだっ。父との約束はわかるけど、ちゃんと自分の将来を考えねばいかんぞ。」
「今はいいんだ、俺にはまだまだ時間がある、先のことは先で考えるさ。」
「分かってないな……まったく、坊ちゃんには敵わん」——俺の意志を尊重し、爺さんは仕方ないとため息をつけて、気を引き締めた。
「それで、何か他の考えはついたか?社長さんよ。」
正直、上流の人が何を求めるのかはよくわからない。ほとんどの人が車を買う時、まず考慮に入れる要素は車の外観で、車としての性能はさほどに求めていない。実際、外見に定評のあるモデルがうちの売り上げに一番貢献している。しかしハイステータスの人と来たら、それは多分通用しないだろう。
「うん……上流社会の人が乗る車は、豪華な物が主流だと理解していいか?」
「ああ、詰まって言えばそうだな。」
「うん……なら、カローラクラウンのような物はどうだ?」
「確かに、クラウンのハイクラスモデルなら高級車の中でも比較的安い方で、儂らにも負担できる車種だ。しかしその程度のクルマでは、上流階層を引き付けるには一足足りないじゃろう。しかもハイステータスと来れば、すでに車の一台や二台持ってるのは珍しくない。残された商機は、思ったより少ないかもな…」
「んん…」——全く彼の言う通りだ、実際そう考えてみると使える手は少くない、となれば……
「なら、新たに高級車整備の業務を開くのはどうだ?整備や改造は既に扱っているし、部品の仕入れ先も心当たりはついてる。車は消耗品だけど、壊れた車をスクラップして新しいのを買う人も少数、整備場の手を打つのが安全だと思う。あと、これはあくまで一つの発想だけど、垂直循環式(すいちょくじゅんかんしき)駐車場の業務を導入しようと思ってる。」
話の後半を聞きながら、シゲ爺は顔を綻んだ。
「そうか…坊ちゃんがそう思うのならいいさ。」
なんだか申し訳ない、彼はこの会社の発展に見込んで元の会社から抜け出して来たのにな……花沢オートは今よりずっと早いペースで成長していた……七年前、俺が会社を引き受けた日までは
「なんか…、ごめん。俺がもっとしっかりしていれば…」
「いや、今の発想は十分すぎるくらいだ。いつも言ってるんだろう?、儂は君たち兄弟が楽しくいてくれれば十分だって。」
いつもそんなありがたい事言って…商売に関して完全な素人だった頃に彼が居なかったら、この会社はどうなっていたか……他の職員たちも社に残っていてくれたし、俺は本当に恵まれてる
「…ありがとう、シゲ爺。残ってくれた人にも、新しく入った人たちにも、何を言えば良いか……」
これを聞いた人たちはみな顔を緩め、笑顔で答えてくれた。
「困った時はお互い様すよ、社長。」
「佐藤くんの言う通りだっ……これからの方針は高級車整備業務の開展と垂直駐車場の建造と経営だな?、あとは儂らに任せておけ。坊ちゃんは彼女でも作れ〜」
「そうすよ社長、なんなら自分が何人か紹介してあげるから、そのかわり詩羽ちゃんにもショウカッ、イ……ッタァア!何するんすカァー丸山センパーイ。」
「下心丸出しだぞ……すいません社長、このあときっちり教育します。」
「えー?そんなぁああ、センパイだって佐織さんの事気になってるんじゃないすか……」
「…それとこれとは別だ。」
この二人は丸山清司と佐藤咲太、失礼な言い方だけど、ざっくり言えば名前通りな二人だ。
「あはは…、機会があったら紹介するさ、丸山にもな。」
「マジすか?!や……ったぁー!」
「社長、本当に、いいんですかい?」
「ああ、もっとも、成れるかどうかはあの二人次第だけどな……じゃあ今日はこの辺で、またな。」
「愛してますよーシャーチョーオ—」
彼らがうちの姉妹に好意を抱いてるのはわかってる。姉妹たちは美人だし、『誰々さんに告られた』の話や『周りからの視線が露骨』と言ったグチもよく聞かされる。でも相手が誰であろうと悉く断ったあの二人に興味を向かれる人って存在するのだろうか…
まあ、旨く行けたら父との約束は果たせるし、行かなくても損はない。もっとも彼女たちは俺と同じく、恋人を作る気がないかも知れないがな
会社から出たその後は普段と変わらない1日だった、次の日、両親を会いに、俺たち兄弟は墓地に向かった…なぜ両親に会う場所が墓地なんだって?それは単純な話……二人はここで眠っているからだ
この墓場には番人と定期的に墓を清掃してくれるサービスがついてる、だから両親の墓はもちろん、墓場全体も綺麗に手入れされている
墓碑の場所については、ここ七年間でお亡くなりになった祖父母と外祖父母に相談して、二人を同じ墓に纏めてもらった。なんせ二人は愛し合う仲、それぞれの故郷で墓を作るのは二人を無理やり分断するようで、墓参りをする際も不便だし、俺たち兄弟はそれがイヤだった。それに夫妻が墓を共有するのも珍しいことではないので、祖父母たちはそれで納得できた。
墓の前では、俺たち三人は何も口に出さない、なぜなら、目を閉じて自分の心の中で両親に話すのがうちの習慣だ。うっかり大声出して横で寝てるカタまで起こしたら失礼だからな。
俺の報告は例年通り、『平穏な生活を送っている』と『姉妹は未だ彼氏をできてない』の二つだけで、話は短い、だから俺はいつも一番最初に目を開く者だ。今日も例外はなかった、ただし例年なら、俺が目を開いた後1分の内で二人も目を開くのだが、今年はなぜか1分過ぎても目を開いていない。何をすればいいかわからなくて、とにかく俺は辺りを見渡してみた。
イースター連休の前だからか、やはり墓参に来てる人は少ない、単独の人影が二、三人ほど見えるけど、多分ここの番人の人。その中一人は俺の視線に気付いたか、あの人はこっちに向いて手を振った、俺も返事として彼にお辞儀をした。
「兄ちゃん何してるの?」
「向こうに誰かが居るの?……あぁ、お巡りの人か。」
「ああ、二人とも話は済んだのか?」
「もういいよ、話したいことは全部言ったから。」
「よしっ、じゃあ帰ろうか。」
何を伝えたかはわからないけど、詩羽は気分がすっきりしたようだ。両親に話したくて他には言えない事があったかな…
クルマで家に戻った俺たちはいつも通りの日常を過ごし、そして数日後、イースター連休が始まった。
予約した枠はビジネスクラスで、俺たちは話した通りの席で座った。離陸時間は朝6時で、目的地はブリスベン、シドニーで乗り継ぎを待つ時間を含めて少なくでも14時間は掛かるから、本来イースター連休に向いていない行き先だ。
うちではそれは問題ない、姉の会社のイースター連休は丸々一周間あるし、詩羽の方は尚更問題ない、俺自身は……まあ、大半の時間は外を歩いていて、偶に現れて会社の方針を決めるだけの社長だしな。
ブリスベンに到着した頃は当地時間二十一時、一時間ほど遅れたところで、そのせいでホテルに着く頃はもう二十三時になっている。
「はあ〜疲れた〜一人ずつ風呂だと時間かかりそうだし、一緒にシャワー浴びようよ。」
「なんでそれでまだ彼氏できてないんだよ……」
「ウルサイッ、兄弟だから別にいいじゃん、しようよしようよ〜」
そう言いながら彼女は抱きついてきた。いつもなら詩羽はこんな筋の通ってない理屈を言い出さない、だとすればやっぱり……
「まあ〜まあ〜いいんじゃない?時間が時間だし、私も一緒に入ろうかな。」
「え?」——姉さんまで……はあ……断っても切りがないし、早く風呂に入りたい気持ちもあるし、起きられなくて明日の日程に支障が出たら損だし、今日は我慢しよう……
「……じゃあちゃんと水着着てくれよ?」
「ええ〜?新しい水着だからお風呂なんかで見せちゃうのやだな……」「私も同感かも……」
はあ……もうイヤだこの姉妹……