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悪逆令嬢の忠誠  作者: 野良海豚
本章 この忠誠を貴方に
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一方的な蹂躙

「ロベルタ! ロベルタはどこだ!」


 レアル家の使用人食堂に、今日もサカリアスの声が響く。


 だが使用人たちは顔を見合わせるだけで、一向に答えようとしない。


 そもそも、使用人たちはそれなりに忙しいのだ。ロベルタの動向を態々把握している者などいない。


 ロベルタにとって全くありがたくないことだが、実のところレアル家でロベルタを最も気にしているのはサカリアスだ。サカリアスが知らないなら他の誰もロベルタの居場所など知らない。


「全く! 仕事ができないばかりかどこにいるかもわからないとはな! お前達! ロベルタを見かけたら僕のところへ来るように伝えろ!」


 使用人たちにそう言い放つと、サカリアスは食堂を去って行った。


 若君が去ったことでわずかに雰囲気が緩む。やはり雇い主の一族が近くにいると、気が休まらない。


「なあ、お前、今日ロベルタをどっかで見たか?」


 ふと庭師が料理人に話しかけるが、料理人にも心当たりがない。


「いや。もし見かけるとしたらお前だろう? あいつは食堂に来ないからな」


「だよな」


 そう言いつつも庭師は何やら納得いかないようだ。しきりに首を捻っている。


「どうしたんだよ。何か気になるのか?」


「ああ、気のせいかも知れないんだが、昨日から見てないような気がしたんだよ」


「はあ? んじゃどっかでさぼってるのか?」


「かも知れないが……ひょっとして逃げたのかも知れないな」


「逃げたって……あー、でもそれもあり得るか。行くところが無くたって出ていきたくもなるな」


「あの調子じゃなぁ」


 ロベルタの扱いは誰が見ても酷いものだった。ただでさえ過大な仕事量を課されているのに、若君の嫌がらせにまで耐えていたのだ。いくらロベルタが表面的に平然としていたとしても、内心で耐えきれなくなっていても不思議ではない。


「ま、そのほうがあの子のためかもな」


「かも知れんな」


 それっきり、二人がロベルタの話題を出すことはなかった。レアル家の使用人にとって、ロベルタの存在はそれくらいに軽かったのだ。




 ロベルタはサルバドルの元を辞去したあと、屋敷の清掃に充てていた傀儡を全て回収すると、そのまま屋敷を出ていた。


 元々持ち物は全て影の中に収納していたし、与えられていた屋根裏部屋には一度しか入ったことがない。


 そもそも寝泊まりは何年も前から前線の街フレサンの一角に小さな家を購入して、そこを利用していたのだ。なにしろ黒魔法の夜行を使えば一瞬で行き来できる。レアル家に戻ってからも主な生活空間はフレサンの街から変わっていなかった。


 ともあれ屋敷を引き払って気持ち身軽になったロベルタは、さっそく行動を開始する。


 まず五人の暗殺者の霊から、引き出せるだけ組織の情報を引き出す。そして日が昇る前に、単独行動をしているノリエガ一家の構成員を時間の許す限り襲撃した。


 夜が明けるまでに使い潰した傀儡は二体。とはいえもともと消耗していた傀儡だ。別に惜しくはない。それにまだ使い道があるので回収はしておく。


 一方で襲撃した構成員の数は十八名。損傷が激しく傀儡として使えない死体も二体ほどあったが、全て影の中に収納した。これで痕跡は最低限しか残らない。


 この時点で夜が明けたため、王都の一角に確保した廃屋に移動して十八体の死霊からさらに情報を引き出す。組織の全容はおおよそ掴めたが、今回の襲撃の依頼人はまだわからない。


 そのまま一度フレサンの家に戻って休息を取ると、ロベルタは日没と共に行動を再開する。


 黒魔法の『操影』で影を纏って自分の姿を見えづらくしたロベルタは、王都の郊外にある大きな屋敷にたどり着いた。ここがノリエガ一家の本拠地だ。邸宅には首領のホセ=ノリエガとその家族が住んでいて、隣の大きな建物は暗殺者の訓練施設らしい。


 ここまでの襲撃において、ロベルタは常に傀儡を見えるところで操作していた。傀儡はある程度の判断力を持つが、知能を使わせるほど魔力を余分に消費するからだ。


 だがこの屋敷の襲撃ではそうもいかない。数を揃えて一斉にかからなければ、取りこぼしが出る可能性がある。


 末端の人間を取りこぼしたところでどうということはないが、重要な情報を持つ者に逃げられては意味が無い。


 そのためロベルタは今使える手駒のうち、戦いに向いたモノを全て投入することにした。数は四十体。今回は流血を避ける必要がないので武装もさせた。


 襲撃の手始めに青魔術の一つである過去視の魔術の対抗魔術を屋敷にかける。


 過去視の魔術はその名の通り当該空間の過去を見る青魔術だが、あらかじめ同じ青魔術にある対抗魔術で妨害することが可能だ。


 これだけ大きい屋敷の全域にかけるのは少々大変だが、ロベルタの魔力量なら問題ない。


 その上で傀儡たちを屋敷の周囲に配置し、門や玄関を封鎖した上で同時に突入させる。


 警備員も、暗殺者も、暗殺者に指示を出す者も、暗殺者を育てた者も、暗殺者の見習いらしき子どもも、顧客との交渉を担当していた者も、会計を担当していた者も、ただの使用人も、そして組織の首領も、その家族も、護衛も、例外なく殺し尽くした。抵抗の余地も命乞いの暇も与えず。その数、百人余り。


 かかった時間はわずか30分。たったそれだけで、屋敷は静かになった。


 ロベルタは屋敷に踏み入ると、周囲を漂う死霊たちからさっそく情報を集め始める。最優先はサルバドルの暗殺を依頼した人物の正体だ。


 案の定と言うか、組織の首領であるホセ=ノリエガがその情報を持っていた。吐かせた依頼人の名はシスネロス子爵。


 ロベルタの知識に照らし合わせると、あまり特徴のない領地貴族家だったはずだ。さらに言えば現当主は優柔不断な性格である。このような思い切った手を単独で使うとは考えにくい。


 もしかしたら背後にもっと上位の別の貴族が控えている可能性もある。


 なおロベルタとしてはどうでもいい話だが、現当主はロベルタにとってもう一人の祖父でもあった。彼の娘がロベルタの母だ。


 とはいえサルバドルの命を狙った以上、当然彼にも報いを受けさせる。そこに躊躇いは一切ない。元よりずっと一緒に暮らしてきた祖父ですら躊躇わず手にかけたのだ。会ったこともない祖父に情など湧かない。


 ただサルバドルが何と言うか、それだけが気になった。




 目的の情報を得ると、ロベルタは屋敷の中から今後の役に立つモノを根こそぎ回収し始める。


 百体の死体、現金、食料、医薬品、医薬ではない薬、換金しやすい宝飾品や調度品などだ。


 それが済むとロベルタは深淵からこれまでに使い潰した死体や傀儡に使えない死体を取り出し、炎を操る赤魔術で屋敷の各所に同時に火を放った。少しでも衛視による犯罪捜査を混乱させるためだ。


 こうしておけばこの屋敷で何が起こったのか、正確なことはわからなくなる。死体が一つもなければその異常性から黒魔法の関与を疑われる可能性があるが、少ないながらも死体があるならその可能性は下がる。


 それに火を点けることで流された血の量も誤魔化せるだろう。そうなればここにいない人は死んだのか逃げたのか判別などつかない。


 ここにいたのは元々裏社会の人間たちだ。他の組織との抗争などによって襲撃される可能性は常にある。衛視の捜査でも当然その可能性を考えるだろう。ならばそちらへ誘導してやればいい。


 全ての作業を終えると、ロベルタはフレサンにある家に跳んだ。




 屋敷の人間を皆殺しにし、金品どころか死体まで奪い、最後に火を点ける。ここまでやっていながら、ロベルタは感情を揺らさない。


 悲しくないし苦しくない。だからと言って楽しくもない。ただサルバドルに成果を持って行けるという安心だけがあった。


 ロベルタとて、善悪の区別がつかないわけではない。屋敷にいた使用人や、まだ殺人を犯していない暗殺者の見習いなどを殺すのはどちらかというと悪だとわかっている。


 だが生き残った者から今夜の惨劇が漏れるのは困る。万が一にも自分がやったとわかってしまうのはさらに困る。


 だから念のために殺す。その程度の理由で殺せてしまう。他にも理由はあるが、なくてもやることはきっと変わらない。そうなるようにと望まれて育ったから。


 ロベルタとてそのようなあり方に疑問を抱かなかったわけではない。自分の心が歪であることなど、とうに承知している。


 けれどロベルタには正しい心のあり方がわからない。わかるのが怖い。黒魔法使いのロベルタは罪など気にしないが、あり得たかも知れないただの男爵令嬢としてのロベルタ=デ=レアルは、その罪に耐えられない気がしてならない。


 そしてロベルタはこれ以上考えるのをやめた。いつものように。




 フレサンの家に戻ったロベルタは、ひとまず体を休めながら今後について考えた。


 情報は手に入れたものの、今の自分は非常に血生臭い。このままサルバドルの元へ行くのは問題だろう。かといって今から体を丹念に洗っていては夜が明けてしまう。


 後宮には訪れたことがあるので夜行の魔法で行ける。だが夜行はその名の通り夜しか使えない。それに、夜が明けていなくても夜明け前などに訪問するのは避けるべきだろう。その程度の気遣いもできないと思われたら大変だ。


 ならばサルバドルへの再訪問は明日の夜にして、それまでに身支度を整えるべきではないだろうか。


 幸い、自分がこれまで得てきた知識の中には服飾に関するものもある。王族の、いや王弟殿下の前に出ても恥ずかしくない服装を整えていくべきだろう。


 そこまで考えてからふと気付く。王弟殿下の前に出ても恥ずかしくない格式の服は、普通オーダーメイドだ。急ぎの料金でも一週間はかかる。いやそもそも男爵令嬢を名乗れない自分では、貴族用の店を利用できないかも知れない。既製品の店ですら怪しいくらいだ。


 これはまずい。これまでも服は祖父か母から与えられてきた。だがそれは実用性のみを考えたものばかりだ。


 一応礼法の授業のためにドレスも与えられたが、戦地に行く前の話だ。手元にはないし、あっても体が成長していて着られない。それにあれはあくまでも練習用だ。格式としては全く話にならない。


 ではどうするのか。またこのメイドのお仕着せで行くのか。前回と同じ服で行くのか。あれから湯浴みも着替えもしていないと思われないだろうか。もしそう思われたら自分は羞恥で死ぬのではないか。


 こうなったからには仕方がない。自分の頭の中には服を作るための知識もある。ロベルタ本人は裁縫も刺繍も経験がないが、傀儡たちなら問題なく作業できるだろう。明朝一番に布と糸と針を購入し、人海戦術で一気に作り上げるのだ。魔力の無駄遣い? 何が無駄なものか!


 そうと決まればデザインを考えなければ。夜の訪問であるということと、10歳という年齢と、肌の色と髪の色と瞳の色とを考慮に入れた上で失礼のない装いとはどういうものか?


 気になる男性に会いにいくための勝負服を決めかねて懊悩する少女。そこだけ見れば、実に乙女な光景だった。

ご評価をいただけると幸いです。

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