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悪逆令嬢の忠誠  作者: 野良海豚
本章 この忠誠を貴方に
4/25

個人的な思惑

連載開始しました。

当面は隔日でお届けいたします。

よろしくお願いいたします。

「ロベルタ! 言いつけておいた仕事はどうした! この程度の仕事もできないとは、本当に役立たずだな! 罰として三日間、お前の食事は残飯だ!」


 甲高い少年の声が響き渡る。声の主は得意絶頂といった表情で鼻息も荒く少女を見下していた。


 ここはファニア王国の王都にあるレアル男爵家の邸宅。昼食時に使用人達が使う食堂にわざわざ出向いて宣言したのは、次期当主であるサカリアス。


 先日10歳になったばかりでありながら、その堂々たる態度は貴族家令息らしい自信に満ち溢れている。


「はい」


 一方で見下された少女はといえば、逆らう様子もなく静かに返答するだけ。その表情には不満や悲しみなど一切浮かんでいない。ただ淡々と返答するのみだ。


 だがサカリアスはそれで満足したらしく、料理人に自分の指示を守るよう念を押すと、意気揚々と去っていく。


 残されたロベルタは料理人から自分の食事を受け取ろうともせず、食堂の出口へ向かった。残飯を口にする気はないのだろう。


 このような状況であれば、周囲の使用人たちから同情の一つも集まりそうなものである。しかし今少女の周りにはそのような気配もない。


 まるで少女がそのような目にあうのは当然だと言わんばかりの雰囲気がそこには形成されていた。




 ロベルタがレアル男爵家に戻ってからおよそ二ヶ月。


 戦地より戻ってきた娘に対し、初対面の挨拶も無事を喜ぶ言葉もなく父と母が告げた内容は以下のとおり。


 お前がロベルタであるという証拠はないが、イルデフォンソの遺品をいくつか持ち帰ったので屋敷には置く。


 ただし貴族令嬢としてではなく、使用人の一人として。当然、貴族院への入学は認めない。


 もし男爵令嬢であるロベルタとしての扱いを求めるのであれば、今までロベルタの養育にかかった費用を返済すること。完済すればお前をロベルタであると認めよう。


 それまでは使用人として働き、その給金を返済に充てるように、と。


 ちなみにロベルタの養育にかかった費用として示された金額は明らかに水増しされており、一方で使用人の給金として提示された額は相場を大きく下回っていた。完済は全く現実的ではない。


 さらに養育費を返済する意思を表明していないにもかかわらず、給金が支払われる様子もない。


 つまりこれは、一生無給で働けという意思表示なのだなとロベルタは受け取った。




 当主夫妻から使用人たちへの説明において、ロベルタは新しい使用人としか紹介されなかった。


 また夫人からの指示で、仕事量は過剰に振り分けられることが決まる。この時点で、使用人たちはロベルタが何らかの理由で夫人から疎まれていることを感じとった。


 さらに次期当主であるサカリアスが頻繁にロベルタの元へ訪れ、無理な仕事を言いつける。その後()()()()()()()()()役立たずだと詰り、罰を与えると称してロベルタへ辛く当たるようになった。


 このような状況でロベルタを助ける、いや関わるのは危険だと使用人たちが判断するもの無理からぬこと。


 それにどれほど理不尽な言葉をかけられようと、まともな食事をほとんど与えられなかろうと、ロベルタは文句一つ言わない。表情一つ変えない。というより、()()()()()()()()()


 これでは使用人たちがロベルタを不気味に思うのは当然だろう。かくして使用人たちは保身とよくわからないモノへの恐怖から、ロベルタへの仕打ちを傍観し追認することにしたのだった。




 いっぽうでロベルタはというと、全く辛いとも悲しいとも思っていなかった。


 昨日サカリアスがロベルタに言いつけた仕事は、男爵邸の東館を午前中に一人で清掃することだ。通常であれば十人で一日かかる仕事量である。


 なお東館は現在使用されておらず、今後も特に使用する予定はない場所なので、この指示に意味は全くない。純粋な嫌がらせだ。


 だがそもそもサカリアスは東館の状況を全く把握していなかった。そのためこの嫌がらせはロベルタの心情に何の影響も与えられていない。


 なにしろ東館に限らずレアル男爵家の管理区域内は()()()()()清掃がされている。


 それも現在男爵家で雇っている、あまり質の良くない使用人では難しいであろう仕上がりで。


 これに文句をつける以上、サカリアスは現場など見ていない。最初から難癖をつけるつもりだったということが明らかだ。


 なのでロベルタは気にもとめていない。記憶に残るかどうかも怪しいだろう。




 それにサカリアスは知らないことだが、そもそもロベルタの食事など()()()()()()()()()()()()


 初日から三日目まで夫人の指示で食事を与えられず、それでもロベルタが平然と仕事をしているので、誰かがこっそり自分の食事を分け与えているのだろうと皆が思っていたのだ。それ以来ロベルタの食事は用意されていない。


 なので今日から食事は残飯だと言われても、待遇としてはむしろ向上してしまっている。それを口にするつもりはないが。


 今日食堂に顔を出した理由も事前にサカリアスに呼び出されていたからで、普段なら寄り付きもしない。行く意味がないのだから。


 これでサカリアスの嫌がらせが心に響こうはずもない。ロベルタから見て、サカリアスは嫌がらせすら満足にできない無能という評価に落ち着いていた。




 実のところ、ロベルタは今の状況に不満を持ってはいる。


 だがそれは男爵邸おける自分の境遇についてなどではない。そもそもレアル男爵家など眼中に入っていない。気にする価値がない。


 父である当主が言った養育費など、今のロベルタならば即金で支払える。一年以上戦場を駆け回っている間に、聖ランツ教国軍の軍需物資を何度も密かに奪取していたからだ。


 軍需物資の中には手柄を立てた者への報奨金をその場で手渡すためや、必要な物資を現地で調達するために、少なくない通貨が用意されている。


 それらを黒魔法や身につけた各種の魔術を駆使して盗み取っていたのだ。ロベルタの持つ資金はレアル男爵家の現在の資産を上回っている。養育費程度、どうということもない。


 また母である当主夫人や兄であるサカリアスの言いつける仕事など、黒魔法で使役した死体、通称『傀儡』を駆使して要求以上にこなしている。


 傀儡はロベルタの膨大な知識を反映して働くため、レアル男爵家の使用人たちよりよほど質の高い仕事をしているのだ。


 さらにロベルタの食事に関しても、奪取した軍需物資の中に膨大な量の保存食があるし、傀儡に作らせることもできる。


 傀儡は死体ではあるものの与えた魔力が十分に残っているうちは腐らないので、別に不衛生というわけでもない。腕も男爵家で雇っている料理人よりいい。なのでわざわざ食堂で食事を取る必要などないのだ。


 残る問題と言えばこのままでは貴族院に通えないことくらいだが、実のところロベルタの知識量では貴族院に通っても学ぶことがない。


 あえて言うなら貴族院を卒業することで貴族家の継承資格を得ることができるが、言ってしまえばそれだけだ。絶対に必要というものでもない。


 ゆえに、ロベルタは今の生活に対して不満はなかった。ロベルタの抱いている不満は別のものに向いている。




 端的に言うと、ロベルタは飢えていた。食物ではなく、愛情でもないものに。


 ロベルタはごく幼いころから『王国と王家に忠実な魔法使い』となるべく育てられた。それ以外のことなど考える余地も与えられなかった。


 だが感情が全くないわけではない。勉強や鍛錬は確かに辛かったし、毎日与えられた薬液を服用するのは苦しかった。だからこそ、それに見合うモノを求めたのだ。


 ロベルタは己を一つの道具だと認識している。そのように育てられた。そこに疑問はない。


 だが道具に感情があるとするなら、求めるモノは決まっている。使い手だ。


 ロベルタの求めたモノは己を使う者だった。存分に縦横無尽に己を使いこなす者を求めているのだ。


 最初は祖父がその位置にいた。しかし祖父は無能に過ぎた。


 道具として使い手の足りないところを補佐するのは望むところだ。だが足りていなさ過ぎる使い手は道具を使いこなす前に道具を壊すか自分が死ぬ。それでは意味が無い。


 それに祖父の手を離れてから、山野で力を磨き、駒を集め、知識を蓄えた。道具としての己をさらに高めているのだ。ならばより良い使い手を求めるのも無理からぬこと。


 だが帰還した男爵邸で出会った使い手となり得るはずの者達は、父も母も兄も祖父と変わらぬ愚物だった。これでは己を使いこなすことなどできようはずもない。


 そもそもロベルタの主はあくまでも王国と王家だ。レアル家ではない。


 そして戦地や王都で死霊から集めた情報により、今の王家には主として最適な人物がいると判明している。


 その人物の元にたどり着くため、あえてロベルタはレアル男爵邸に留まり続けているのだった。




 ロベルタがレアル家に戻った理由は家族に会うためではない。まして今のような境遇で時間を無駄にするためでもない。


 祖父の死霊から得た情報の中に非常に有益なものがあり、それを活用する為に戻ったのだ。


 ロベルタが祖父から得た情報。それはレアル家が過去に王家より授けられていたもう一つの密命についてだった。


 レアル家の管理する王家の地下墓地には、王城の後宮までつながる緊急時の脱出路が過去に存在していたのだ。


 とはいえ百年ほど前に崩落して以来、復旧の目途が立たなかったために口伝でその存在だけが伝えられてきた。


 その通路を復旧するのは本来ならば至難の業だ。だがロベルタの傀儡であれば、昼夜を問わず不眠不休で作業ができる。そこにロベルタの豊富な魔力による魔術を駆使すれば、できない話ではない。


 作業開始からおよそ二ヶ月。崩落した土砂を取り除き、金属を操る銀魔術で通路を補強し、いよいよロベルタは後宮側の出口までたどり着いたのだった。




「あと少し」


 思わず声が漏れる。滅多に喋らないロベルタでも声を抑えられないほど、気持ちが昂っていた。


 この先にロベルタの求めてやまない人物がいる。胸が高鳴り、呼吸も荒くなっていく。


 わずかに震える手で最後の扉を開くと、後宮の一角にある朽ちた石碑の裏に出た。


 今夜は満月に近いため、本来ならばこのような侵入には向いていない。だがロベルタはこれ以上待てなかった。


 後宮内部の構造も死霊から入手している。目的の人物の部屋はここからさほど離れていない。


 風を操る緑魔術で音と気配を抑えると、ロベルタは目的地まで慎重に移動する。ほどなく到着したのは、王族に与えられる部屋の中でもっとも端にある場所だった。


「っ」


 逸る心を抑え、身だしなみを整える。服装はメイドのお仕着せのままだ。他にまともな服がないという事情もあるが、自分が仕える者だとわかりやすいようにという意図もあった。


 細心の注意を払い、無音で扉の鍵を開ける。このような技術も死霊たちから学んだ。主と選んだ方の部屋に無断で忍び入るなど無礼極まりないが、今は自身の能力を示すためにあえて礼を失する。


 全てを無音のままやり遂げ室内に忍び入ったロベルタは、ついに窓際で月に照らされながら佇む人影にまみえたのだった。

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