熱狂的な終幕
次の25話が同時に投稿されております。
こちらの24話からご覧ください。
加速された時間の中で、ロベルタは考える。
(加速の魔術は効果時間が体感で三分。実際には90秒の間倍の速度で動ける。この状況における最善手は身体強化と操影を重ねた上での高速連撃。時間はかけられない。速度と物量で押し切る!)
加速された時間の中で、ロベルタは思う。
(なぜ殿下は白魔術でご自分を治療しない。痛みに耐えて魔術を使う余力をなぜ私の援護に回す。殿下が死ねば私が生きていても意味がないのに。そんなこと、誰よりも知っているはずなのに!)
さきほど魔術制御の試験を受けていたことも考慮すると、サルバドルの魔力量と制御力ではそろそろ魔力が底をつく。だがロベルタが操影の魔法をかけつつ深淵から傀儡と己の武器を取り出す間に、またサルバドルの呪文が紡がれた。
「慈悲深きルズレグラに乞う。全き躰にさらなる加護を」
(なぜご自分より私を優先する。これで準備は整った。これで後が無くなった。こんな所で死ねない。こんなことで死なせない! 絶対に、殺す!!!)
乱れる思考を強引に収束させ、全身全霊を敵の排除に向ける。一挙手一投足に殺意を込め、誓いの短剣を握り締めた。
「まだ足掻きますか」
苛立たし気に女が吐き捨てる。その両眼に宿るは憎悪の果てに辿り着いた狂気。ただ魔女を滅さんと練り上げた必殺の意思。縦横に走る剣の軌跡が群がる傀儡を切り散らし、最後の一体を間合いに捉える。あと一撃でロベルタの守りは全て剥がされるだろう。
だがその時、ロベルタの踏み込みが軽やかな旋律を刻んだ。
「なに?」
加速と身体強化があって初めて実現可能な速度でロベルタが傀儡の影から女へと突きかかる。無論その程度の攻撃に対応できない相手ではない。ロベルタの狙いはその後にある。
「自棄になったか! こんなものでどうにかなるとでも!」
最後の一体が切り払われた背後からもう一体の傀儡が現れ、ロベルタの動きに追随する形で攻撃を仕掛けた。女はその攻撃とロベルタの二撃目に対応するが、さすがに反撃までは手が回らない。何故なら新たな傀儡がまたロベルタを追うように現れたからだ。
「ええい、鬱陶しい! 散れっ!」
舞うように踊るように、ロベルタは女の周囲を回りつつ澱みなく短剣と体術で攻撃を仕掛ける。女にとってロベルタの攻撃自体はさほど脅威ではない。だが問題はロベルタが一足一刀の間合いの内側に留まり、傀儡を生み出し続けていることだ。これでは傀儡を一撃で始末するのは難しい。
「小賢しい!」
これこそがロベルタの狙いだった。傀儡の発生源であるロベルタ自身が至近距離で攻撃に加わることで、手数を加速度的に増やして飽和攻撃に繋げたのだ。
原理自体は単純でも、実行は困難を極める。女の出鱈目な剣技が届く距離にロベルタ本人が踏み込まなければ始まらず、どれほど危険でも踏みとどまり続ける必要がある。また傀儡の攻撃が単調になれば即座に対応されるため、ロベルタは同時にいくつもの体を制御しなければならない。
(加速の残り時間は60秒。けれど私の脳がそんなにもたない。全開戦闘はあと40秒が限界。傀儡を増やせばさらに余裕は無くなる。けど)
現在ロベルタが制御している傀儡は四体。ロベルタ自身を入れて五方向からの攻撃をかけているが、まだ女の防御を抜くことができない。全ての攻撃を弾かれる音が連なって、魂を軋ませる不協和音を響かせている。
ここまでやっても、まだ、届いていない。
視界の隅に傷ついた主の姿が見えた。ほんの一瞬だけ視線が交錯する。何かが伝わったわけではない。だが、心の芯で何かが固まった。
(死なせない! だから死ねない! 死線を越えてでも!)
舞い踊るロベルタの残像かのように、新たな傀儡が二体現れる。さらに全ての傀儡へと操影の魔法がかかり、その躰を霞ませる。
「っ!」
当然、ロベルタの脳には相応の負荷がかかる。既に限界を踏み越えていたところへのさらなる過重。もはや猶予など欠片もない。噛みしめた奥歯が軋みを上げる。
敵を殺すか己が燃え落ちるか、死の舞踏が幕を開けた。
「魔女め! 涜神の化生め!」
傀儡の一体が初めて女の二の腕に傷をつける。掠り傷ではあるものの、女の顔を憎悪から驚愕へと変えた。そのまま同様の傷が躰の随所に増えていく。
だが同時にロベルタの躰もまた灼熱感に包まれる。過負荷に晒された脳だけではない。加速と身体強化によって生まれた速度での舞踏が、大気との摩擦熱を生じさせているのだ。
「ふぅ、ぐぅっ」
あまりの苦痛で意識が一瞬だけ途切れると、その一瞬で傀儡が一つ潰された。無謀は承知で新たに二体の傀儡を呼ぶ。操影をかける余裕はない。
「貴女だけは絶対に許さない! 必ず殺す! 何度だって潰す! 存在を滅してみせる!」
女が上擦った声を上げながら負傷覚悟で二体の傀儡を切り飛ばす。ロベルタが新たに三体の傀儡を呼び出す。ロベルタの終幕は目前で、女の躰は満身創痍だ。
「こんな攻撃は知らない! こんな恐怖は知らない! こんな魔女は知らない! 何故前の魔女よりこんなにも強い!」
冷静さを失っているように見えながら、女は正確無比な剣技で傀儡を切る。だが既に流れはロベルタに移っていた。ここからは最善手を選び続けても絶対に勝てない。なまじ剣技を極めたせいで、そのことが女には嫌というほどわかってしまった。
もはや何も考えず殺意の命じるままに踊り狂うロベルタが、ひと際高く足を踏み鳴らす。その右手には血塗られた短剣。切り裂かれた喉から吹き出る血潮を浴びながら、なお舞踏は終わらない。
女は致命傷を負いながらなお剣を振るう。勢いは減じているものの人を殺すだけなら十分な威力はまだ保っている。保てている。死んでいるはずの肉体で戦いを続けている。切り裂かれたはずの喉がゆっくりと融合していく。全身の傷もまた徐々に癒えていく。不死身の肉体。理不尽の権化。相対する者が目の当たりにしたならば、心が折れることは間違いない。今まではそうだった。女の口元が歪に吊り上がる。魔女の心が挫けたその時こそ、本当の断罪が始まるのだ。
始まる、はず、なのに、この、魔女は、いったい、何時までこの体を切り刻むつもりなのか!
「ひぃっ! ひぃぃぃぃぃぃいいいあああああぁぁぁ!!!」
引き攣った笑みを浮かべていた女の口から悲鳴が漏れる。ロベルタの舞踏は途切れない。魔女の殺意は女の不死性を歯牙にもかけていない。死なないならば死ぬまで殺す。如何な不条理も覆すその意思が、魔女よりも先に聖騎士の心を折った。
「待って、止め、殺さな」
頬の肉ごと舌を千切られる。喉はもう何度切られたのか。心臓は何度貫かれたのか。まさか自分は、肉片になるまで殺され続けるのか。
「た……す……」
僅かに癒えた喉から漏れた嘆願ごと、女の頸が断ち切られる。一度だけ床で弾んだ首級を踏み砕いたその一撃が、高らかに終幕を告げた。
女の躰が再生を止めたのを確認すると、ロベルタはサルバドルの元へと移動する。身体強化と加速が残っているのであっという間だったが、そのあっという間に二度意識が飛びかけた。酷使した肉体が悲鳴をあげ、ところどころ火傷も負っている。何より脳にかかった負荷が酷い。今すぐにでも休まなければ危険な状態だった。
サルバドルはロベルタの到着を待たずに短槍に手をかけ、引き抜こうと奮闘している。こちらも出血で意識が朦朧とし始めており、このままでは命が危ない。
二人がかりで槍を引き抜き、ロベルタがなけなしの魔力を注ぎ込んで『治癒』の白魔術を使用する。なんとか出血が止まったことで生命の危機は免れた。
魔力が底をついたロベルタが、意識を失ってサルバドルの上に覆いかぶさる。身動きの取れなくなったサルバドルもまた、ほどなく意識を失った。
ロベルタが眼を覚ますと、間近にサルバドルの寝顔があった。身体がとんでもなく怠く、頭が岩のように重い。だが身体のあちこちにあった火傷が全く痛まなくなっていた。
「治って……ますね」
加熱した短剣を握っていたため、最も状態が酷かった右手を目の前に持ってくる。全く元通りとは言えないが、やや肌が赤い程度まで治癒していた。
「誰かが治してくれたのでしょうか……?」
ゆっくりと身体を起こして周囲を見回すが、夜になっているだけで場所は移動していない。それにロベルタ自身もサルバドルも固まっているとはいえ血まみれのままだし、なによりあの女の死体が転がっている。誰かがこの惨状を見たなら、そのまま放置されるとは考えにくい。
必然的に、ロベルタを癒したのはサルバドルの治癒ということになる。
「まったくもう……、殿下ときたら……」
大きな、非常に大きな溜息をつくと、ロベルタはサルバドルの傷を確かめた。案の定、意識を失う前と変わっていない。
「やっぱり……」
色々と言いたいことが喉元までせり上がって来たが、意識のない人間に言っても仕方がない。ロベルタは周囲に出したままになっていた傀儡に自身とサルバドルを運ばせつつ、あの女の死体を深淵へ放り込んだ。
現場には多量の血痕が残っているが、これを隠蔽する前にサルバドルを治癒しなければならない。人目につかないよう細心の注意を払って男子寮のサルバドルの部屋へと移動した。
部屋につくと寝台にサルバドルをそっと降ろし、血まみれの服を脱がせる。ロベルタ自身の服は血まみれな上にあちこち焼け焦げていたので、脱ぐというより破り捨てた。
傀儡を深淵に収納すると、サルバドルの治癒に取り掛かる。ロベルタの魔力量を半分も使わないうちに傷はすっかり治った。数日は違和感があるかも知れないが、それ以上の問題はないだろう。残った魔力でロベルタ自身の身体にも隅々まで治癒をかけていく。大きな傷は残っていなかったので、こちらはすぐに治癒が終わった。
と、ここで先日と同じ失敗をしたことに気付く。いつの間にか空が白んでいたのだ。これでは魔法で部屋に跳べない。
「これは……困りましたね」
あまり困っているようには聞こえない口調で呟くと、ロベルタは使っていない毛布を借りて長椅子に寝そべった。傷は治っても酷使した脳の疲労はまだ回復していない。もう一眠りしたほうがいいだろう。
眼を閉じた瞬間、ロベルタの意識はまた闇に落ちた。
申し訳ありません。予定より長くなってしまいました。
もう一話だけ続きます。投稿は同時です。
ご評価をいただければ幸いです。




