表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪逆令嬢の忠誠  作者: 野良海豚
序章 初めての悪逆
2/25

徹底的な教育

 徹底的に、その令嬢は忠実だった。




 レアル男爵家にロベルタ=デ=レアルが生まれた日、当主であるイルデフォンソ=デ=レアル男爵は狂喜乱舞し、愛用の片眼鏡(モノクル)を一つ床に落として壊した。


 嫡男夫婦に待望の魔法使い候補が誕生したからだ。


 レアル家最後の魔法使い誕生より200年。およそ70年の周期で大陸の何処かに現れるという魔法使いだが、前回と前々回の周期ではレアル家に現れなかった。


 しかし今回の周期は違う。生まれたてでこれほどの魔力量があれば、まず間違いなく魔法使いとして覚醒するだろう。


 とはいえ懸念事項もある。今のレアル家には力がない。魔法使い候補が現れたと知られれば、他家からどんな横車があるかわかったものではないのだ。


 幼い頃から婚約を結ばされるなどはまだいいほうで、誘拐同然に引き取られたり暗殺される可能性もある。


 出生の届けを出さないわけにはいかないが、お披露目を兼ねている10歳の貴族院入学までは隠し通すのがいいだろう。


 おそらくあと10年もすればファニア王国に限らず大陸中で魔法使いが出現する。


 それに隣国である聖ランツ教国がファニア王国に対して不穏な動きを見せているらしい。


 どの道聖ランツ教国の国教であるディバド教がファニア王国のリスタ教の廃絶を目論んでいるのは明白だ。軍事衝突はいずれ必ず起こる。


 その時に備え、他の魔法使いに後れを取らぬよう、また来る戦乱で王国と王家に貢献できるよう孫娘を厳しく鍛えねばならない。


 幸いなことに魔法使い候補と同時に将来の継嗣になるであろう男の赤子も誕生しており、後継問題も心配ない。そのためイルデフォンソは実務の大半を嫡男に任せて孫娘の育成に注力することにした。




 イルデフォンソの教育方針は徹底していた。


 まず一切の甘えを抱かせぬよう早々に父母から引き離した。息子夫婦、特に嫁が強く反対したが当主であるイルデフォンソの決定だ。最終的には諦めさせた。


 乳母には教師を兼任できる厳しい者を用意した。これで情に流されて甘やかすことはない。


 少し成長した頃から母乳代わりに魔力を高める薬液を与えた。将来の健康に悪影響が出る可能性もあるが、魔法使いに覚醒しなれなければレアル家の未来がない。危険を承知で服用させた。


 絵本の代わりに教本を読み聞かせ、玩具の代わりに木剣を振らせ、歌の代わりに詠唱を教え、遊戯の代わりに礼法をさせる。楽しみを全く知らなければ辛いという感情すら浮かばぬだろう。


 その甲斐あって6歳になるころには、教師達が舌を巻くほどの成果を示すようになる。


 そしてこの頃からイルデフォンソは、孫娘に王国と王家への忠誠を何度も言い聞かせた。


「お前は全力でファニア王家に尽くさなければならない」


「お前の全てはファニア王国に捧げなければならない」


「お前は全てにおいて国と王家を優先しなければならない」


 イルデフォンソの熱心な指導により、孫娘の心には愛国心がしっかりと根付いたはずだ。


 このまま成長すれば、優秀で忠実な魔法使いとして王家に認められるのは確実であろう。


(そうすれば長年我がレアル家を墓守男爵家などと侮った者共を見返してやれる。そもそも歴史あるレアル家がいつまでも男爵家に留まっておること自体が間違いなのだ。本来ならば子爵、いや伯爵程度の格式はあってしかるべきではないか)


 イルデフォンソは内心で野望を燃やしながら、気を緩めることなく孫娘の指導を継続した。




 孫娘が8歳になるころには、貴族院に入学する10歳までに身につけるべき教養や作法、さらにある程度の武術や魔術は身についていた。残るは魔法使いに覚醒するだけである。


 とはいえ魔法使いに覚醒するのはそのほとんどが10歳から12歳だと言われている。まだ焦るような段階ではない。


(だが教師達を雇い続ける費用も馬鹿にならん。そろそろ実地で鍛えることにするか)


 折しも隣国である聖ランツ教国が不穏な動きを見せている。戦場に出れば屋敷に籠っていては得られない経験を積むことができるであろう。


(それにこれほどの魔力量だ。魔法に覚醒しておらずとも『魔術』を使えばものの役に立つやもしれん)


 魔術とは、魔法を模倣して生まれた技術だ。両者の違いは主に以下のとおり。


 魔法は授かった瞬間から本能的に使えるが、魔術は学ばなければ身につかない。


 魔法は無言で使えるが、魔術は呪文の詠唱が必要だ。そのため発動までの時間が大幅に異なるし、詠唱の内容で周囲の人間に何の魔術を使おうとしているかが伝わってしまう。


 魔法に比べると魔術は同じ現象を起こしても魔力の消費効率が悪い。魔術を短い時間で何度も使うのは至難の業だ。


 魔法は起こす現象の強さを使い手が調節できるが、魔術は誰が使ってもその効果が一定になる。


 結果として魔法使いは過去に伝説になるような武勲を上げた者が多くいるが、魔術で目立った武勲をあげた者はほとんどいない。それほど使い勝手に差があるのだ。


(だがこれほどの魔力を持つなら、やり方次第で魔術でも活躍できるだろう。いや、せねばならん。甘いことを言っていてはいつまで経っても功績などあげられぬ)


「お前はこれから私と戦場に赴き、実戦の中で能力を伸ばし力を蓄えるのだ。今まで以上に気を引き締めよ」


 孫娘に今後の方針を言い渡すと、長旅の準備を終えたイルデフォンソは孫娘を連れて前線へと赴いた。




 イルデフォンソはまず前線に近い街であるフレサンに宿を確保した。


(優先目的は危機的状況を体験させて覚醒を促すこと、次が殺人を経験させ戦場の空気に慣れることだ。功績をあげるのはその後でいい。そのためにも手ごろな戦場を見繕わねば)


 内心で計画を立てると共に、今後のために孫娘へ実戦的な教育を施す。


「まずは情報を集める。戦争では情報の質と量が戦況を左右するのだ。よく覚えておくように」


 その後情報収集に多少手間取ったものの、イルデフォンソは集めた情報を基に今後の計画を練り始める。


(どうやら王国軍は劣勢のようだ。合流すれば軍組織に組み入れられ、成果の上前をはねられたり使い潰される恐れがあるな)


 こういった予測もわかりやすく言い換えて孫娘へ伝える。こういった積み重ねもいずれ大きな力になるだろう。


「誰のもとで戦うか、誰と共に戦うかはよく吟味せねばならん。無能な味方や手柄を掠め取ろうとする味方もいるからな」


 元々レアル家は軍系貴族と繋がりがあるわけではない。むしろ軍系貴族にはレアル家を軽んじてきた者が多い。少なくともイルデフォンソの目から見れば味方であっても信用できる者達ではないのだ。


(仮に十分な力を身につける前に目立てば、囮にされて教国から優先的に狙われるやもしれん。それでなくとも黒魔法使いはディバド教会に目の仇にされているのだし。手柄をあげる前に潰されては意味が無い)


 こういった懸念も教育として教え込む。男爵邸での教育でも教えた内容ではあるが、実践に即した形で教えるのも重要だ。


「必要がない限りは極力目立つな。目立つのはいつでもできるが、一度目立てば元には戻れぬ」


 孫娘に必要な知識を授けながら、情報の分析を進めて目的に合致した戦場を割り出していく。


(このままいけば次に両軍の先遣隊が衝突するのはコンバロの村だな。周囲が森に囲まれているから大兵力と遭遇する危険はまずない上、身を隠すにも向いている。ここに向かうとしよう)


 直近の行動が決まると、仕上げとして精神を引き締める。


「明朝に移動を開始する。ここからは戦場だ。ぬかるなよ」


 翌朝、イルデフォンソは孫娘を連れコンバロ村に向けて出立した。




 数日後、コンバロ村から少し離れた場所で野営の準備を整えると、イルデフォンソは孫娘に今後の計画を伝えた。


「お前が最優先にせねばならんのは魔法使いへの覚醒だが、これは狙ってもなかなかできることではない。よって他の課題をこなしながら覚醒を促す」


 ここまでの教育は順調だが、時間を無駄にすることは許されない。


「そして最初の課題は殺人を経験することだ。人を殺すことに慣れなければ、黒魔法使いが王家の役に立つことなどできん」


 たとえ8歳の童女であろうとも、レアル家の者である以上負わねばならぬ責務がある。


「人を殺す時は躊躇うな。躊躇えばそれが隙になる。例え味方でも必要とあれば殺せ。無能な味方は敵よりも邪魔になる」


 それにこの教えは戦場でのみ役に立つものではない。この教えに従うことで更なる高みへと昇っていけるのだ。


「実戦の空気に馴染み、どのような状況でも乱されぬ心を持て。冷静さを失えば例え魔法使いといえど容易く屠られる」


 強くあれ。強くあることで初めて成せることがある。お前はそれを成さねばならぬ。


「近日中にこの村には教国軍が、少し遅れて王国軍が来るだろう。狙うべきは当然教国軍だが、お前の存在が今の段階で知れ渡るのも避けねばならん」


 我が血を引くなら、この程度の試練は過たず越えて見せよ。


「状況次第だが、場合によっては王国軍や村人を殺める可能性も覚悟しておくように」


 それから数日後、運命の時は訪れた。




 まだ朝靄の残る時間帯、食料調達を行っているときに一人の人影を発見した。まずいことに野営地に近づいてくる。こちらの存在に気付いている可能性が高い。そして彼我の移動速度を考えると、振り切るのは難しい。


(あれが教国軍か王国軍か村人かまだわからぬが、我々がここにいるという情報が広まってはまずい。やむを得ぬか)


「いよいよ時が来た。殺せ」


 非情の命令を下すイルデフォンソ。戦場では迅速な決断もまた重要なのだ。


 とはいえ孫娘がこの命令に従うことは疑いない。問題があるとすれば能力面や精神面での不安だ。


 この場合最も避けなければならないのは、標的を討ち漏らした上に逃走されてしまうこと。そうなると増援を呼ばれる可能性が高い。流石に増援など呼ばれては手に負えぬ。


 そうならぬよう、いざとなれば自分がなんとしてもフォローしなければ。




 だがその日、イルデフォンソ=デ=レアル男爵は無念にもその生涯を終えることとなる。

続きは24時に投稿します。

次話でいったん完結です。

ご評価をよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ