欺瞞的な不正
十日が過ぎ、神前決闘の日になった。
あれから改めてジュストより決闘のルールが周知されたが、新たな参加者は現れていない。本物の武器を使用する上に魔術に制限がないこと、何より死んでも自己責任ということと、代理人が認められないということが原因だろう。
剣や魔術の腕に覚えがある者はそれなりにいるのだが、この条件だと各家の跡取りは事実上参加できない。親や親族に止められてしまう。
腕に自信があり、跡継ぎでない者もいないわけではない。しかしそういう者でも命の危険を犯してまでロベルタを手に入れるメリットがあるかと言えば二の足を踏む。
それに対戦相手となるのは王族だ。勝ったとしても怪我をさせたり殺してしまった場合、本当にお咎めがないのかがわからない。
なにしろ神前決闘をファニア王国で行うのは今回が初めてなのだ。いくら王国民全員がディバド教に改宗させられたといっても、まだまだ定着したとは言い難い。王権より神権が上位にあるという感覚が根付いていないのだ。
まして今回はバレンティンと教会の癒着が明確なのである。これでは仮に勝利したところで、どんな面倒な事態になるかわかったものではない。
そういった理由もあり、決闘はサルバドルとバレンティンのみで行われることとなった。
神前決闘の舞台は学院内にある練武場で行われる。練武場はいわゆる闘技場のようなつくりをしており、公開で行われる試合などに使用される施設だ。
今回の決闘は学業とは関係のないものだが、取り仕切っているのが神官教師であるジュストであることや当事者が全員貴族院に所属していることから、この場所を使用することとなった。
観覧席には学院の生徒が多数詰めかけた他、東側にあるバレンティンの関係者席には国王夫妻と第一王子に第一王女の姿もある。国王はこの決闘に対して一度は停止命令を出そうとしたそうだが、結局止めることはできなかったらしい。
なお西側にあるサルバドルの関係者席にはシスネロス子爵の姿があった。厳密にはサルバドルの関係者ではないが、シスネロス子爵がサルバドルをロベルタの婚約者だと認めていることを示すためにここに座っている。いわばこの決闘に対する無言の抗議だ。
その抗議を受ける立場であるジュスト神官は立会人をつとめており、同時に審判を兼ねる。また他に二名の神官教師が補助の審判として控えていた。三名とも白魔術を修めており、怪我人が出た場合の応急処置も施せる。彼らは観客席より前にある専用の席についていた。
東側の入場門にはバレンティンとサカリアスを除く側近が控えており、西側の入場門にはサルバドルとロベルタが待機している。後は審判の合図があれば門が開き、決闘が始まるのだ。
「殿下……」
「心配はいらん。バレンティンの強さはわかっている。油断しなければいいだけの相手だ」
不安げなロベルタとは対照的に、サルバドルは落ち着いていた。
「むしろこのような衆人環視の中のほうがやりやすい。下手な細工ができないからな」
闘技場は観客席から闘者の一挙手一投足が見て取れる。今回の決闘においては武器にも魔術にも制限がないのであまり意味はないはずだが、バレンティンの性格上バレなければ何をやってきてもおかしくない。
そのため大抵のことが露見するこの状況は、サルバドルにとって好都合だった。
「ですが、何の小細工もなしということはないと思います」
「だろうな。何があっても対応できる心づもりだけはしておく」
この十日間、ロベルタとサルバドルはこの決闘に向けての対策を練り続けていた。状況からバレンティン側にできることは限られているはずだが、審判が向こうについている状態だ。誰の目にも明確な形で勝たなければいけない上に、最悪の場合はサルバドルが殺されてしまう。そのため考えつく限りの対策を考案してきた。
おそらくどのような事態になっても対応は可能なはずだし、死にさえしなければ巻き返しも可能ではある。だがロベルタの不安は消えなかった。
「これより! 神前決闘を行う! 闘者は闘技場の中央まで進み出よ!」
ジュストの呼び声に合わせて東西の門が開く。呼び出しに応じてサルバドルとバレンティンが進み出ると、再び門が閉まった。ロベルタもバレンティンの側近たちも観客席に移動する。
「ルールは先に定めた通り! 両者全力を尽くし、女神の裁定を求めよ!」
決闘の作法に従い、始めの合図があるまでサルバドルとバレンティンは口を開かない。これには事前に呪文を唱えるなどの不正予防の意味がある。
両者は充分な距離を置いた位置で正対すると、剣を抜いて頭上に高々と掲げた後に構えた。これも決闘の作法である。
後は合図を待つのみ。いずれも自身の勝利を疑っておらず、不敵な笑みを浮かべていた。
「両者覚悟は良いな! 偉大なる女神ルズレグラよ、ご照覧あれ! 始め!!」
ジュストの合図とともに、バレンティンが駆け出して切りかかる。一方のサルバドルは防御を固めて様子見の構えだ。
「はあっ!」
まずは一撃、バレンティンの上段切りをサルバドルは受け流す。だがその表情には先程までの余裕がない。
「ふっ!」
そのまま二撃、三撃とバレンティンが畳みかける。今のところお互いに剣技のみで戦っているのだが、サルバドルの表情には明らかな困惑が浮かんでいた。
(これは……? こいつ、本当にバレンティンか!?)
サルバドルの剣技は10歳という年齢を考えると卓越していると言っていい。ロベルタと会う前から短時間なら近衛の兵士と渡り合える実力があった上に、ここしばらくはロベルタの傀儡との訓練でさらに力量を上げていた。
一方でバレンティンの剣技も10歳としては優れたものだったが、近衛の兵士に食い下がれるほどの実力ではない。それは入学してからの授業でも明らかだった。
それが今はサルバドルを押している。剣技の癖などはそのままなのに、剣の重さや速さが全く違う。これではまるで……。
(……白魔術か……やってくれる!)
バレンティンは白魔術の一つ『身体強化』を前もってかけていたのだ。とはいえ、バレンティン自身は白魔術を習得していないはずだし、仮に習得していても決闘の合図の後に使う時間はなかったはずである。おそらく入場の直前に誰かからかけてもらったのだろう。
さらに言えば、バレンティンは身体強化のかかった己の体を使いこなしていた。今初めてかけられたならこうはいかない。当然、事前に身体を慣らすための練習を重ねていたはずだ。
(なるほどな。この不正ならバレにくい上に、万が一こちらに看破されても対抗呪文が使えない)
白魔術はディバド教会に所属する神官以外には伝授されない。そのため、サルバドルが対抗呪文で打ち消すのは本来なら不可能なはずだ。
実際にはサルバドルは身体強化もその対抗呪文も使えるが、使ってしまえば今度はどこで習得したのかを問い詰められるだろう。それはそれで困る。
それに、魔術は万能ではない。この魔術にも限界は当然ある。
(身体強化の持続時間は三分。入場前から発動していたとして、守りに徹すれば残り時間をしのぎきるのは難しくない)
普段のバレンティンからは想像もできない激しい連撃を防ぎながら、サルバドルは冷静に分析を進める。
(それに目が慣れて来た。最初こそ焦ったが、種が割れればどうということはないな)
サルバドルが落ち着きを取り戻すのと対照的に、バレンティンは焦りを強くしていく。初撃からの一連の攻勢をしのがれると、勝ち目が大きく下がるとわかっていたからだ。
(くそっ! 身体強化があっても押し切れないだと!? こいつは化け物か!)
本来の予定では最初の連撃でサルバドルに致命傷を与えるつもりだったのだが、普段と全く速さの違う一撃を初見で防がれてしまった。
確かに以前からサルバドルは強かったが、今のバレンティンの身体能力はそれこそ近衛の兵士を凌駕するのだ。だというのに対等に渡り合っているとは、デタラメにもほどがある。
こうなるともう一つの切り札を使う必要があるかも知れない。なるべく使いたくはなかったが、ここで負ければ失うモノが多すぎる。
「ちいっ!」
残り僅かな時間を使って、バレンティンは距離を取る。このまま剣技で戦っていては、身体強化が切れた途端に切り殺されかねない。魔術戦に切り替えたほうが無難だ。
「風を束ねる神ビラエントに乞う、彼方より来たりてその息吹をここに!」
「風を統べる神ビラエントに願う、彼方へと舞い戻れ」
そう思ったのだが、大急ぎで唱えた緑魔術の『風撃』はサルバドルを攻撃するどころか発動した直後に対抗呪文で消されてしまった。
「なんだと!?」
続いての青魔術『水撃』も、赤魔術『炎撃』も発動直後に消されてしまう。魔力量にはほぼ差がなかったはずだが、どうやら制御力に大きな差があるようだ。発動の速さと正確さが段違いである。
「くそぉ! 来るなぁ!」
そうこうしているうちに身体強化が切れ、バレンティンはいよいよ窮地に立たされた。剣技でも魔術でも対抗できる手段がない。もはや結果は見えている。
それでもバレンティンは呪文を紡ぎ続けた。距離を詰められれば殺されるかも知れない。それに剣技に比べれば魔術のほうがまだ力量差が少ないようだ。ならば魔術を放ち続けて逆転の目を探るのが今打てる最前の手だろう。
一方のサルバドルは油断なく剣を構えながら距離を詰める。ほぼ決着はついているが、降伏させるまで決闘は終わらない。
サルバドルはこの決闘でバレンティンを殺すつもりはなかった。別に情があるわけではない。殺せば国王や王妃と決定的に対立してしまうと予想しているだけだ。
だがバレンティンの性格を考えるとこのまま降伏するとはどうしても思えない。プライドの高さと往生際の悪さは幼いころからよく知っている。なら戦闘不能に追い込むしかないだろう。
そう考えたサルバドルは、銀魔術の『土撃』を体捌きで躱すと一気に間合いを密着状態まで詰めた。
虚を突かれて目を見開くバレンティン。硬直したその右足を蹴り払い、体勢を崩したところへ眉間に肘を叩きこむ。
「ぐげっ!」
剣技ならまだしも格闘術では素人同然のバレンティンは、意識が一瞬飛んだため受け身も取れずに倒れ込んだ。すかさず剣を蹴り飛ばすサルバドル。これで警戒するべきは魔術だけだ。
「降伏しろバレンティン」
剣を突きつけて降伏を促す。積極的に殺すつもりはないが、魔術で抵抗するようなら容赦するつもりはない。バレンティンの魔術の腕なら、人を一人殺すくらいはいつでも可能なのだから。
「ちっ!」
突き付けられた剣を睨みながら悪態をつくバレンティン。不正まで働いた挙句に負けたのだ。内心が穏やかでいられるはずもない。
「貴様などにあの娘は渡さん! アレは私のものだ!」
感情的に言い放つバレンティンに対し、サルバドルの返答はそっけなかった。
「勘違いするなバレンティン。彼女は元々お前のものじゃない」
「うるさい! 貴様さえいなければ!」
「いや、私がいなくても彼女はお前の手に負えないさ。……すごくおっかないんだぞ?」
「何を知ったふうな口を!」
「知ってるんだから仕方がない。それで? 降伏しないのなら遠慮なく殺させてもらうが?」
ここに来てバレンティンも限界を悟った。それにバレンティンがサルバドルを殺すのに躊躇わないのと同じくらいには、サルバドルも躊躇わないだろう。それくらいにはお互いにお互いのことを理解していた。
だがそれを理解していながら、バレンティンは挑発的な笑みを浮かべた。
「貴様は私に勝てない。なぜなら……「そこまで!!」
バレンティンの言葉に繋ぐように、ジュストが鋭い声を放った。何やら怒りの表情を作って、闘技場に響き渡る声で宣告する。
「サルバドル=デ=ファニア! 貴殿の不正行為が明らかとなった! よってこの決闘はバレンティン=デ=ファニアの勝利とする!」
それはいざという時のために用意された、バレンティンたちの奥の手だった。
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明後日の投稿の後、同日に一章の残りを全て投稿します。




