客観的な境遇
新作を書きました。
3話読み切りですが、もし好評でしたら続きを書きます。
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客観的に、その令嬢は不遇だった。
ロベルタ=デ=レアル。
父コンラド=デ=レアルと母パロマの第二子にして長女。同時に第一子である長男も誕生している。
父からはレアル家の血筋によく現れるという細面の美貌を受け継いだ。
母からは社交界において星空に例えられた黒髪と黒瞳を受け継いでいる。
しかし令嬢らしい微笑みや娘らしい瑞々しさは微塵も持ち合わせていない。
鋭い印象のある容貌に黒髪黒瞳、加えて氷のごとき無表情。滅多に言葉を発することはなく、喋ったとしても内容は最低限。
祖父の遺品である片眼鏡からのぞく目はいわゆる三白眼でもあり、纏う雰囲気は亡霊さながら。
自発的な行動はほとんどなく、命じられたことをただ淡々とこなす。楽しいとも疲れたとも言わず黙々と。
10歳を迎えたロベルタに対し、父は不愛想だと嘆き、母は不気味だと慄き、兄は役立たずだと罵った。
そもそもここに至るまで、ロベルタはどのような環境で育ったのか。
レアル男爵家はファニア王家の墓所の管理を担う法衣貴族だ。歴史は古いが権力や財力とは無縁な弱小貴族で、口さがない者からは『墓守男爵家』などと呼ばれることもある。
しかしそれは表向きの話。実のところレアル家は古くから王家より密命を与えられていた。それは一族に時折現れる『魔法使い』を育成し、その力でもって陰ながらファニア王国に貢献すること。
生まれた時から高い魔力を有していたロベルタは、次代の魔法使いとして期待されることとなった。
特に大きな期待をかけたのが、当時の男爵家当主であったロベルタの祖父、イルデフォンソ=デ=レアルだ。
イルデフォンソは王家への忠誠が篤く、レアル家の魔法使いが王国に貢献することを熱望していた。その為ロベルタは言葉もまだろくに喋れないうちから両親と引き離され、英才教育を施される。
具体的には魔法の覚醒を促すための薬液の摂取に始まり、王族や高位貴族にまみえることを見越しての礼儀作法、読み書きや算術から始まる様々な学問、さらに身を守るための武術と魔術も叩き込まれた。
朝起きてから夜眠るまで、学習と鍛錬に塗りつぶされた生活。
イルデフォンソの集めた教師達はロベルタに一切の甘えを許さず、時折あった祖父自らの指導はさらに厳しいものだった。
父母や兄の存在すら知らず、ロベルタは人の温もりを知らぬままに成長した。
ロベルタが8歳のとき、転機が訪れた。西の隣国である聖ランツ教国が、ファニア王国へ突如攻め入ってきたのだ。
目的は領土の拡大、関税の優越、海上交通の優越と様々であったが、表向きはファニア王国の国教である『リスタ教』教会の駆逐と、リスタ教徒の『ディバド教』への改宗が掲げられていた。
聖戦を謳った聖ランツ教国に対し、イルデフォンソは怒り狂った。彼は愛国者であると同時に熱心なリスタ教徒でもあり、長年対立してきたディバド教徒を心から憎んでいたからだ。
イルデフォンソは早速ロベルタを戦場へ出すことを検討する。まだ魔法の力に目覚めてもいない8歳の童女を、である。
しかも主な目的はあえて極限状態に置く事で魔法の覚醒を促すことである。死の危険はかなり高い。それがわかっていながらロベルタは戦場へ駆り出されることになった。
イルデフォンソはロベルタの父コンラドに後事を託し、ロベルタを伴って前線へ出る。
徐々に広がる戦火。泥沼化する戦況。王国も教国も引き際を誤り続けた結果、前線は阿鼻叫喚の地獄と化した。
事前の想定以上に危険な状況に置かれたロベルタとイルデフォンソだったが、ある時ふっつりと消息を絶つ。前後の状況からその生存は絶望視された。
しかし出征より1年。敗戦を機に、ロベルタはイルデフォンソの遺品である片眼鏡を身につけて独り帰還した。
この時のロベルタはもうすぐ10歳。まだ幼さの抜けない年齢のはずだが、纏う雰囲気はとても童女とは思えない虚ろなものだった。
聖ランツ教国は戦勝国としてファニア王国に様々な要求を突き付けた。どれもこれも無理難題であったが、ロベルタやレアル家にとって問題だったのは国教をディバド教に改めよという要求だ。
リスタ教において魔法使いは、数多いる神より賜った加護であるとされている。加護を授けた神の司る事象によって性質は変われど、そこに正邪はない。
だがディバド教において魔法使いは明確に善悪で分けられている。
その中でもディバド教において最も忌み嫌われ、悪の象徴とされる存在。それが冥府の神『モデスト』の加護を受ける『黒魔法使い』だった。
歴史上レアル家に何度か現れた魔法使いは、そのほとんどが黒魔法使いだ。ロベルタが魔法使いとして覚醒した場合も、黒魔法使いとなる可能性が高い。
ファニア王国が敗れディバド教会が乗り込んで来た今、ロベルタが黒魔法使いになれば教会によって捕らえられ、罪を浄化する為と称して火刑に処されるだろう。
ロベルタはこれまでの鍛錬の成果を得たとしても、それを掲げることは許されなくなったのだ。
男爵位を継承した父のコンラドは考えた。
ロベルタは未だ魔法使いとして覚醒してはいないようだが、覚醒すればディバド教会に処断される。それを阻止する力はファニア王国にもレアル家にもない。
それどころか、庇いだてすれば自分達も諸共に処断されるだろう。いずれにせよロベルタは助からないのだ。
幼い頃から引き離され、肉親としての実感も薄い娘。
強大な力を得る可能性こそあるが、表に出せない力にどれほどの利用価値があろうか。
跡取りとなる息子も健康で、後継者の予備としての意味もほとんどない。
また容姿こそ整っているが、政略結婚には使えないだろう。あまりにも不愛想が過ぎる。
これで父母や兄と暮らせる喜びを振りまくなら、あるいは祖父の死を嘆いてみせるなら話は変わったかも知れない。だがロベルタは戦地から戻って以降、家族や使用人とほとんど会話もせず氷のような無表情のままひっそりと日々を過ごしている。
そうやって独りを望むのなら、そのまま独りで焼かれてくれ。
コンラドはさして悩むことなく、その時が来たらロベルタを見捨てる決断をした。
ロベルタの母であるパロマは考えた。
ロベルタは確かに自分の娘ではあるが、我が子であるという実感がどうしても持てない。
生まれてすぐ舅に取り上げられ、長く引き離されて会えなかった。
それだけならまだしも、戦地での経験のせいか元々の性格なのか、あまりにも感情が読み取れなさすぎて同じ人間であるとすら思えない。ましてや家族だなどと思えるはずもない。
ロベルタを育成する為に多額の金銭が使われた結果、レアル家の財政が圧迫されたことに対する苛立ちもある。
そのせいで使用人を減らしたり、夜会の参加を何度も見合わせたりせざるを得なかった。
何よりロベルタの兄であるサカリアスの教育費用まで不足しているのだ。大事な跡取りだというのに。
しかも多額の教育費をかけたロベルタはなんの成果も持ち帰っていない。それどころか未だ魔法使いとして覚醒もしていないようだ。
これではなんの為に我慢を強いられてきたのかわからない。
もちろん全責任は舅にある。ロベルタの教育は全て舅の指示によるものであり、本人が望んだわけではないのだから。
だが無責任にも舅は戻らなかった。これでは責任を追及することもできない。
ならばロベルタに幾ばくかでも返還してもらうしかないではないか。
おりしも敗戦に伴う戦後賠償金のしわ寄せで、レアル家の年金減額が伝えられたところでもある。
新たに使用人を雇いなおすどころか、今よりも減らさなければならないだろう。ならばその穴を埋めさせればいい。
そう考えたパロマの指示によって、ロベルタは下働きの使用人として働くこととなった。
ロベルタの兄であるサカリアスは考えた。
ロベルタは祖父の手厚い教育を施されていながら、未だに魔法が使えないらしい。
だが自分にも魔力はある。けっして少なくない魔力が。
魔法こそまだ使えないが、魔力の量であれば同年代の令息令嬢より勝っている自信がある。
おそらくロベルタの魔力が高いというのは何かの間違いで、本当は自分こそが魔法使いになるべきなのだろう。
それにロベルタが戦争に行ったのに、ファニア王国は負けてしまった。それはロベルタが役立たずだったからに違いない。
自分が戦争に行けばきっとファニア王国は勝っていた。負けたのはロベルタのせいだ。
その証拠にロベルタは使用人の仕事をさせられている。あれはきっと役に立たなかった罰なのだろう。
でも戦争に負けたせいでファニア王国はこれから大変なことになるらしい。ロベルタのせいで。なのにその罰があんな程度で済まされていいはずがない。
もっと厳しく罰するべきだ。父や母がやらないなら、次期当主である自分がやる。やらなければならない。
それにロベルタは兄であり次期当主である自分を敬わないのだ。使用人達はみんな自分に会えば頭を下げるのに、ロベルタだけは礼はしても頭を下げない。今は使用人として扱われているのに。
こんなことが許されるものか。立場を思い知らせなければならない。
そう考えたサカリアスの指示により、ロベルタには大人でもこなせないような仕事量が割り振られることになった。
レアル家の使用人たちは考えた。
新しい使用人としてロベルタという娘が加わった。
おおかた戦争で親を亡くしたか、借金のかたで売られてきたのだろう。当主夫妻からはなんの説明もなかったが、今の情勢なら想像はつく。
だがどういうわけか、この娘は当主一家から疎まれているらしい。
不憫といえば不憫だが、自分達とて敗戦による不景気のせいで他人に構う余裕はない。せいぜい利用させてもらうとしよう。
とはいえ10歳の子供にできることなど知れたものだ。特に貴族の世話には専門的な技術を要求される。ならば単純な仕事を大量にこなしてもらうのが一番自分達の負担が減るだろう。
このレアル家の屋敷は歴史が古いせいか、男爵家とは思えないほど邸内が広い。それに加えて王家の地下墓地まで管理しなければならない。
だからこの娘にはひたすら掃除をしてもらえばいい。とんでもない作業量だが、どうせ他に行くあてもないのであろうし、逃げることもあるまい。
それにこれは雇い主の意向でもある。だからこの娘がどうなろうと自分たちの知った事ではない。
使用人たちの思惑により、ロベルタは邸内でひたすら清掃にはげむことになった。
ロベルタ=デ=レアル男爵令嬢、10歳。
客観的に、その令嬢は不遇だった。
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